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疾走する青春の乙女マッドサイエンティスト

 見学会当日。礼士達生徒は現地集合で長尾博物館に集まっていた。

 地上三階建て、地下は四階まである博物館の内容は、主役である科学研究の展示は勿論、カフェラウンジやショップにレストランまで揃っている。飛行船が展示されている間は館長公認で地元からも出店の展開が行なわれており、博物館は大掛かりなお祭り状態だった。天気は良好、一般の来客も多い。今回の目的である飛行船は博物館の中央にある大きな広場だ。学生達の殆どがそこに集まっているが、それでも依然余裕のある敷地に飛行船は堂々と飾られている。五十メートル程離れた場所からでもその大きさは圧巻だ。

「ぉー、でっけぇ風船だぜ」

 礼士は飛行船を見上げてそのままの感想しか出なかった。まだ近づいてもいない以上、それでも仕方ないのだがこの一言では余りにも単純だ。

「それに長いねぇ。でも搭乗席に対して風船の巨体がちょっと妙かな」

 続く武は全体から受ける印象を述べる。飛行船は全体の八割が上昇に用いられる風船で構成されており、確かに余り締まりの良い外見とは言い難い。

「あのサイズだと可能乗客数は少なそうだ」

 応樹の見立て通り定員数はかなり少ない。船の航空に必要な要員以外は数える程しか乗せられない程度だろう。そうなると、物資の運搬にも向いていないと言える。

「穴が開いたら落っこちるんじゃないか?大丈夫なのかコレ」

「鳥がぶつかってきたりしたら、なんて考えると確かに乗れないわねぇ」

 虎太郎と巽はほぼ同意見と言って良かった。やはり相性が良い。しかし安全面の心配をするというのは、至極当然と言える。万が一の事が起きた場合、何の支えも無い空では助かる確率はゼロに等しい。事前に考えられる可能性は考慮すべきだ。

「風船の部分を支えているのは中の気体だけらしいわ。不燃性のガスだから、炎上する心配は無いみたい。とはいえ、やっぱり怖いわね」

 入り口で手渡されたパンフレットを見ながら、登歌も虎太郎達に同意する。

 痺れを切らしたかの様に、すずめが両手を挙げた。

「旅客飛行船ブリュンヒルデ号! 元々西欧の貴族層の中でも選りすぐりの富豪が遊覧する目的で造られた物なんだ。だから搭乗席は広くないけれど、豪華で眺めは最高なんだよっ。乗客の制限が座席の値段を跳ね上がらせたね、貴重だよ! 穴が開く心配は無いんだ! 強化繊維を惜しみなく使ってあるからミサイルでも当たらない限り安全! 啄木鳥(きつつき)が突っついても大丈夫! 気体で浮き上がるからコストもリーズナブル! 正に知識の結晶! なんだよお!」

 第一印象的に呟いた感想全てに答える様にすずめが熱弁する。周囲から小さな拍手が聞こえてくるほどだった。

「……学問の知識でなかったら只の奇矯(ききょう)だな」

「まったくかなわねぇなー」

 目の前でくるくると回る学友を見て、応樹は頭を抱えつつ呆れた。その隣で礼士が棒読みなのは言うまでもない。そんな事は気にかけられない程すずめのテンションは上昇していた。輝く瞳はまるでプレゼントを貰った子供の様である。

「白玉、分かったからちょっと落ち着こうぜ?」

「ねぇねぇ! 搭乗席も見れるんだって! 行こうよ行こうよ行くよーっ」

 返事も待たずに興奮しきったすずめは駆け足で飛行船へ向かった。普段との違いに一同揃って呆気にとられる。

「無理な相談みたいだねぇ」

「科学好きの白玉さんが興奮するのは無理ないわ」

 すずめの弁護をするものの、登歌もおっとりと微笑んでいる。

「すずにょんが喋ってた事、パンフレットにも書いてないようなのがちらっほらあるんだけど。事前に調べてきたのかしら……。あー、もう見えなくなりそう。すずにょーん、落ち着きなさいったらー」

 規定時間中はそれぞれの裁量で行動を任されているとはいえ、一度逸れるとこの混雑では合流するには骨が折れる。館内では端末の使用制限もある為、尚更だ。すずめを捕まえるべく巽も駆け出した。

「全く、落ち着きの無い」

「そりゃこっちのお姫様も、だぜ」

 片手で頭を抱える応樹に、まだ問題が残っていると言わんばかりに礼士がおどける。巽に続く様に登歌も走りだしていた。振り返って見せる表情は満面の笑顔だ。

「ねぇ、私達も行きましょうっ」

 授業はまだ始まったばかりである。だが礼士達は一秒とて無駄に出来る間は無いのだ。


「近寄ると本当に凄い大きさね……」

 目の前に鎮座する巨大な建造物。しかしここにあるのはレプリカだ。つまりこれ程大きな物を百五十年も前の技術者達はゼロから造り上げたのだという事になる。しかも空を飛ぶのだから驚きだ。

「推進力も科学式なのか。航空時間が短いとはいえ、当時の科学力も侮れないなぁ」

 過去の大規模な移動手段である連結車両や大型鋼船は推進力を妖異能者が請け負っていた。これは現在でも少ないが残っている職業である。効率的な科学燃料が乏しかった当時において、全推進力を科学式で行うこの飛行船は正しく画期的だったに違いない。

「まさに技術の宝箱だよぉう。解体出来ないのが残念で仕方ないょお」

 陶酔しきった顔でとても物騒な発言をする変わり者が居た。

「不穏な事を言わないのっ。それに、構造なんか知ってどうすんの」

「そんなの、再現するに決まってるよぉ」

 物騒の次は不遜な発言だった。余りにも突拍子の無い台詞の連続にさすがの巽も引き気味になってしまう。

「はぁ? ちょっとテンション上がり過ぎて思考が変になってない?」

「発想が短絡的だぞ、派手娘。きっと『いずれは』という事だろう」

 たしなめる様な発言だが、半ば自分に言い聞かせている風にも聞こえた。応樹の許容量も超えてしまったのだろう。そんな彼らを更に追い詰める様に重苦しい表情で虎太郎は呟いた。

「いや、白玉はやりかねないな……」

「うん、規模の違いはあるけどきっとまたアッサリと再現するね……」

 同意する武の言葉は推測ではなく断言である。つまり、確実に行える能力があるという事になる。

「最初の時ちゃんと言ったよな? この手の暴走で全衛隊に絡まれたらもう知らねぇぞって。忘れて無いよな覚えてんだろうなあぁん?」

「わふれてなひっ、らいひょうふっ、じょうらんらからっ、らからやめれっ、ほっぺはいはいってはっ」

 礼士はすずめの頬を両手でつねってぐねぐねと上下左右に伸ばしながら静かな剣幕で釘を刺していた。過去に恐ろしい出来事があったのだろう。長尾最大規模のテイルロードトップが恐れる様な何かが。

「詳しく知りたい様な、関わっちゃうとヤバイ様な……。すずにょんの見た目と言動に騙されたわ」

 戦慄する巽の言葉を聞いて当事者は何故か頬を赤く染めて笑っていた。決して褒めているわけではないのだが……楽天的ここに極まれりである。

「穂摘、その瓶底がしでかしたであろう全衛隊が絡んでくる程の事態、真っ当な手段で治めたんだろうな」

「手前ェの心配には及ばねぇよ、生真面目」

「もうっ、喧嘩はそこまでよ。全く何かにつけていがみ合おうとするんだから」

「フンっ」

「けっ」

 こんな場所でも、どんな状況でも彼らの態度が変わる事は無いのだろう。不仲に見えるそれは視点を変えれば揺るぎ無い繋がりなのかもしれない。

「どっちもガキだな」

「まったくだねぇ」

 身も蓋も無い言い分である。

「ありゃ、すずにょんが消えた。って、飛行船の中に居るしっ。あそこ入れるんだ。行くしかないよとかにょんっ」

「う、うんっ」

 一緒になって見学しようと事前に約束していたにも関わらず、すずめは何処までも自由だった。窓からくるくると踊る姿が見える。あれでは他の客にも迷惑をかけかねない。

「ったく。オラ行くぞ優等生。我らがお姫様を守るんだろ」

「言われずとも」

「そこはぶれねえんだな」

「仲良しだよね、実際」

「うるせぇぞ、外野っ」

「うるさいぞ、外野っ」


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