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まもるべきもの

 礼士が柴門道場に再入門してから、週末の休み明けの登校。

 乱取り勝負を制した礼士はブランクを取り戻す意味も兼ねて柴門家に泊り込み、所謂内弟子状態となって鍛錬に明け暮れた。生存必須事項以外は全て訓練という、常識外れも甚だしい内容である。当然いくら礼士が若く体力に溢れているとはいえ、消耗したものはしっかりと無くなっていた。

 食堂ではいつものメンバーが集まって席に着いている。礼士だけはまるで錆付いた機械が動く様な挙動で鯖ミソ定食と戦っていた。

「で、土日の間はずっと特訓しててこの有様。なんだね」

「ぉー……」

 すずめへの返事にも覇気が無い。ここまでひどいと見ている方が心配になる。

「んだよーこの週末で面白れぇ事になりやがって。武も知ってんなら教えてくれりゃあ良かったのによ」

「結果としては元鞘に収まっただけだからねぇ。まぁこれからの展開によっては、テイルロードの出番もあるだろうさ」

「やっぱりアンタ達規格外だわぁ」

 深く知り合うようになって数日だが、既に巽は礼士達の常軌から逸脱した行動にただただ呆れるだけだった。そんな彼女を肯定する者も居る。間隔を一つ分、わざと空けて応樹が席につく。

「そんな常識外の連中が動くなんて、僕は御免だ」

「出やがったな優等生っ。じゃあお前には他に名案があるって言うのか?」

 虎太郎が茶化す様に質問を投げかける。

「そんな事は分かりきっている。僕達柴門の門下生が付きっきりで守れば良い」

「それは嬉しいけど……皆も大変じゃないかしら」

「貴女の身を守るためなら、ウチの連中は喜んで名乗りを上げます。そこのボロ雑巾状態の馬鹿と軟派な詐欺師もどきも、非常に遺憾ながらその仲間です」

 痛烈な皮肉を受けても、ボロ雑巾は食事に精一杯で反応も出来ず、詐欺師もどきはへらへらと笑うばかりだ。

「ってもその筆頭とやらが、この状態じゃあ結果は出てる様なもんだろ」

「全く虎太郎の言う通りだね。だけどまぁその辺りは師範も考えての采配なんじゃないかなぁ。実際、ここ二日間は音沙汰なく経過した訳だし」

「油断大敵だぞ、新藤」

「いやはや、それもその通り。だったら、道場の外からも力を貸してもらうべきだよね」

「っ! またそれか……」

 誘導話術もここまでくると本当に油断が出来なくなる。どこからが仕掛けで、どこまでが素なのか皆目見当もつかない。

「さぁ? 自然な流れだと思うよ?」

「お前も平常運行だな。まぁ、こっちでも目立たない様に動いておくぜ」

「頼ん……だ」

「穂摘君、本当に大丈夫? なの?」

「どーみても大丈夫じゃないでしょ、あれは」

「前途多難ね……」

 まるで保護者の様な表情で一同を眺める登歌だが、一番危機感を覚えなければいけないのは彼女である。そんな事情にも関わらず、ともすれば今の雰囲気で最も穏やかに見える様は周囲の気遣いあってのものなのかもしれない。

 そんな事を知ってか知らずか。応樹はスケジュール帳を開いて今後の予定を確認する。

「多難かつ、多忙です。明日には長尾博物館での西欧式飛行船見学会が控えていますからね。色々と準備をしておかないと」

 毎年春から梅雨入り前の行楽シーズンを中心に長尾博物館では世界的、歴史的に珍しい発明や研究、芸術等を一つ一つ取り上げて大々的に展示する催し物が行われている。チョイスされるテーマによって内容への評価にムラがあるが、連鎖的に開かれるお祭り騒ぎは概ね好評を得ている。基本的に学習向けのテーマを扱うので、周囲の学校では校外学習として足を運ぶ事が恒例化している。長尾中学も当然例に漏れずだった。

 今年のテーマは、百五十年程昔に西欧連合国で造られた飛行船について。展示されているのは本物ではなくレプリカだが、精巧に再現された姿が売り文句となっていた。

「そう言えばあったな、そんなイベント。けどよ、さすがにこの状況だと柴門は参加しない方が安全じゃないか?」

「混雑に紛れてアイツらが襲って来る可能性は高いわね……」

 油断は許されない今の状況において、不特定多数の見物客がひしめく博物館へ赴くのは無謀でしかない。

 そんな分かりきった事であるにも関わらず、登歌はまるで聞き分けの無い子供の様な表情で口を尖らせた。

「でも、委員長だし、学校の行事なんだからちゃんと参加しなくちゃ」

 重ねて凡そ考慮には及ばない反発を口にしだした。

 すずめは少し呆気に取られたが、疑問は飲み込みつつたしなめる。

「確かに登歌ちゃんは委員長っていう大事な立場だけど、事情を話せば先生達だってきっと分かってくれるよ?」

「だろうけど……」

 今までの登歌からはとても想像出来ない稚拙(ちせつ)な意地の張り具合である。

「お前は自分の仕事をしっかりやりゃあ良い。回りの事は、俺達に任せとけ」

「礼士――」

 注意するであろうと思われた礼士も何故か登歌を擁護した。心情的な観点で考慮すればおかしい所は一点も無いが、実情的に見れば異常としかいえない。

「んー、本当に大丈夫か?」

「テツさんから頼まれた助太刀が幾らか現場には居るし、博物館の警備員もしっかり居るだろうからそんなに心配する必要は無いと思うよ」

 武ですら登歌側の意見だった。

「とはいえ、用心に超した事は無い。穂摘も、明日にはその体たらくをどうにかしておけ」

 真っ先に声を上げそうな応樹も、追及は無かった。

「あったりめぇだぁ……ぁ」

 覇気の感じられない返事は全く頼りない。

 すずめと巽には疑問だけが残されていた。


 放課後の渡り廊下。その中ほどで手摺りに顎を乗せて巽は風を受けている。いつものメンバーで揃って帰ろうとしたところ、登歌は向かえの車が来て即帰宅。体力的に使いモノにならない礼士も同行した。武と虎太郎のテイルロード組は明日の打ち合わせがあるとの事でこちらも先に離脱。日直の仕事があったすずめと応樹だけが残っている。

 巽はすずめを待ちながら昼休みの違和感に脳味噌をフル回転させていた。

「うーん……ぬぬぬぬ」

「何をそんなに唸っている、派手娘」

 ぶっきら棒に声をかけてきたのは応樹だった。帰り支度の済んだ優等生をぎろりと睨みつける。少し怯んだ所を更に追い討ちをかけるべく噛みつく。

「うっさいっ。唸ってるのはうっきーが原因だっつーの」

「うっ!? ……僕の事か?」

 今までにない奇怪な呼称を受けて更に怯む。

「やっぱり巽ちゃんのつけるあだ名は面白いねぇ」

 応樹の背後からすずめがひょっこり現れる。丁度良いタイミングだった。畳み掛ける様に食堂での違和感を投げつける。

「あだ名は置いといて。何でアンタ、とかにょんが明日の課外授業に参加するのに反対しなかったの?」

「あ、それは私も気になるかも。織畠君、性格的に真っ向から反対派だと思ってたから意外だったよぉ」

 暴投的な言葉の連続に驚きはしたが、すずめの緩やかな声色が挟まったお陰で応樹もなんとか立て直す。

「別に、事情を知っていれば何ら不思議な事ではない」

「知らないから気にして唸ってんでしょうがっ。情報通面するんなら少しは漏洩(ろうえい)しなさいよっ」

 焦らしている訳ではないのだがどうも煮え切らない応樹に対して巽もそろそろ我慢の限界が近かった。これ以上黙っていると物理的に噛みつかれかねないだろう。

「余り言いふらす様な事ではないのだが……、君達なら良いか。十二分の二。この数字は何だと思う?」

 結局折れてしまった応樹が今度は問い掛けた。巽も意味のある問いだと判断して反発せず真面目に考える。すずめにはサッパリ意味が分からなかった。そもそも算数としては誤答ではないか。

「おかしくない? それだと六分の一じゃないの?」

「整えないって事は……、何かの回数って事かしら」

「派手娘が近い。正解は、分母が長尾小学校六年間で行われる遠足の回数。分子が……登歌さんの参加回数だ」

「少なっ!?」

「どういう、事?」

 神妙な面持ちで巽は更に問い掛ける。察しの良さに安心したのか、応樹もこれ以上もったいぶる事はなかった。

「登歌さんが虚弱体質だという話は有名だろう。今でこそ普通に出席できているが、当時は月の半分以上学校には来ていなかったんだ。当然、行事や委員会等も参加経験は皆無だ」

 体育の授業を合同で行う中学では登歌の虚弱体質は同学年において今や常識になっていた事だ。激しい運動を行う時はほぼ見学で体力測定も最低値。ひどい時は見学中の日陰で朦朧(もうろう)としていて騒ぎになった事がある。極端な子だと知り合う以前から巽は思っていたが、過去においてそこまでだったとは思い至らなかった。

「中学になってから体質が改善されてきたのか、彼女は今までを取り戻すかの様に行動し始めた。理由を知っている僕や新藤……穂摘なら、当然彼女の意見は尊重するさ。この程度の理不尽に、彼女の青春を邪魔されてなるものか」

 応樹は強い意思を感じさせる言葉で締めくくった。

 熱弁とも言える応樹の発言から、幼馴染み同士の繋がりを感じ取り力になってやりたい、なんとか守ってあげたいという気持ちは理解出来た。しかし、そんな熱意を知らされて巽は少しだけ羨ましいと思っていた。自分にも彼らの様な理解者が居たら……。ほんの少しだけ想像して、すぐにかき消す。

「うっきー、なんだかとかにょんに惚れてるみたいな台詞ね」

 誤魔化す様につい心にもない憎まれ口を言ってしまう。

「た、巽ちゃんっ」

「ああ、その通りだが登歌さんには言っても意味は無いぞ。既に知っているし、とうの昔に断られているからな」

「マジでっ。……ごめん」

 口に出す必要の無い事を言わせてしまった。そう思い巽は後悔で表情を曇らせる。

 見ていられないと言わんばかりの呆れ顔で、優等生は忌憚(きたん)のない言葉をかけてきた。

「謝るなよ。気持ち悪い」

 忌憚がないにも程があった。

「殴るわよ!?」

「ご免蒙(めんこうむ)る」

 空気を一瞬で軽いものに変えて、気持ちも切り替えて揃って帰路をゆく。

 今からでも十分に間に合う。巽は優等生と変わり者の友達を見てそう思った。

「うっきー、すずにょん」

「何だ」

「なぁにぃ?」

「明日、絶対楽しくしようねっ」


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