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笑み曲ぐ妖女と

 殆ど這いずる形で近くに設置されたベンチへと辿り着く。痛みを堪えて深呼吸をし、全身に酸素を送り込む。息が整う事で思考整理も追いつきだした。

 そのまま空を仰ぐ。

「言いたい事も言うだけ、やるだけやっていきやがって……」

 初めに会った日と、今し方の別れ際の言葉。ここまでされて気がつかない程礼士も馬鹿ではない。

 独学の鍛錬では超えられない限界。そこで立ち止まっているのが、今の自分である……と。それは誰に言われるでもなく、自分自身が痛感している事だった。それでも不良同士の喧嘩であれば通用する。だったら、それはそれでいいではないか。率先して恥の上塗りをする必要は無い……筈だった。あの日までは。


 このままでいてはいけなくなった。もっと、強くならなければいけなくなった。当てはある。けれどもそこに赴くのは、トカゲの男とまた戦うと思った時以上に……怖かった。

 もし拒絶されたら。多分一生傷を抱える事になる。

 それはきっと今の想像以上に辛い事だ。

 だけど。


 一生消えない傷を、彼女が受けてしまったら?


「これが最善だってんなら……俺は……。やるしか、ねぇよな」

 日が沈み掛けるまで呻吟(しんぎん)を重ね、礼士はごく単純な結論に至った。そもそも、今までそうだったのだ。

 頭は良いくせに不器用な幼馴染みを守る為に、既に礼士は大勢の力を借りて奔走している。恥の上塗りなぞ今更なのだ。だから、これからもこの程度で止まる必要は無いのだ。

 そうと決まれば善は急げ、だ。体の痛みも既に引いている。立ち上がり、広場の出口へと歩みを進める。

「なにを、どうするのぉ?」

 その一歩を踏み出した時、真後ろから絡みつく様な声が聞こえた。

「っ、――お前は!」

 掛け値無しの真後ろ。ほとんど密着寸前までに、女は居た。この距離まで気がつかないのは、いくら悩み抜いていた後の油断とはいえ、考え難い。だが現に背後には幽霊の様に唐突に現れた女が立っている。

「朱焔、よ。そんなに突っ慳貪しないでよぉ」

「んな馴れ馴れしい口っ」

 鳥肌が立ちそうな声色で話す女――朱焔を、加減抜きで体を回し遠心力を乗せた肘鉄、続け様に裏拳を繰り出す。

「聞かれる筋合いは無ぇよ!」

 不意打ちに近かった連撃は当然の様に避けられた。

 口角を吊り上げた、脳に張り付く様な笑みを浮かべながら和装の女は佇んでいた。同じ和装でも彩の様に折り目正しく凛然とした雰囲気は無く、全体的に隙間が多くだらしがない。時代モノの活劇に出てきそうな場末の遊女といった容貌だ。だというのに、醸し出す気配は空気を凍らせる様な冷たさを感じさせる。

「つれないわねぇ……。でも、何となくアイツが気に掛ける理由が分かった気がするわぁ」

(アイツ……? 彩の事、だよな)

「覗き見してたって訳か」

「色々因縁があるのよぉ、私達。偶然とはいえ、久々に会ってみれば相変わらずの調子……意趣返しの一つでもしたくなるのが心情でしょう?」

「そいつは御尤(ごもっと)もだ。けどよ、俺がその意趣返しに関係あるのか?」

「言ったでしょ、気に掛けてるって……。貴方、アイツに気に入られはじめてるわぁ」

 そんな事を言われても俄かには信じがたかった。確かに彩の言葉を受けてからの行動を思えば、気を遣われているのは分からないでもない。だが、語り口や態度を考えるととてもではないが気に入られているという発想は無い。この結論まで考慮しての行動だとしたら、彼女は相当な役者だ。

「それで思ったのよ。貴方を壊せば、あの驕慢(きょうまん)な妖精はどんな顔をするかしら……って」

 そう締めくくって、朱焔は恍惚の笑みを向けた。背中に刀を突っ込まれた様な寒気を感じる。在り来たりで予想通りの展開だった。

「上等だぜ……やれるもんならやってみろってんだ!」

 勝算は限りなく低い。しかしこのまま背を向けて逃げるなどと言う選択肢は――選べるわけがない。先の決意は今この時の為だったと確信する。


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