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まどろみと約束

「俺は柴門家一同から恨まれでもしてんのか……」

 布団に無理矢理入れられて、天井を眺めながら礼士は愚痴をこぼした。

 今日だけで一家の半数以上から攻撃されている。被害の大小は考慮していないが。

「そ、そんな事無いからっ! それにお父さんとお婆ちゃんは今日は居ないし、居合わせればきっと心配するに決まってるわ」

「揃って鼻で笑いながら虚仮(こけ)にされるのが目に見えるぜ」

「……ここに礼士を運び込んできた時、お爺ちゃんもお母さんも凄く心配していたわ」

 和歌は洗濯機に入れた礼士の制服の様子を見に行っていた。普段大量に洗濯をする柴門家には大型の洗濯機と乾燥機がある。明日の朝には余裕で綺麗な制服が出てくるだろう。

 その時は無我夢中だったとはいえ、思い返せば相当な汚れだったに違いない。土埃や汗は勿論、自分の流した血で――。

「……」

「今は離れてしまっていても、長い間一緒に居た……家族だもの。気に掛けない筈が無いわ」

 礼士は何も言わずに登歌の言葉を聞く。

 今まで思っていた事が、(せき)を切って溢れだしてきた様に言葉になる。目頭の熱さを堪えて、登歌はゆっくりと呟いた。

「皆待ってるのよ、貴方がまた道場に戻ってきてくれるのを。信じて、待ってるの……」

「……頭」

「――え?」

 礼士の不意打ちに登歌は呆けた。しかしすぐさま言葉の真意に思い当たる。

「あ、大丈夫、よ。上着……ありがとう」

「……」

「礼士?」

 全く無反応の礼士を見ると、いつの間にか彼は眠っていた。静かに胸を上下させて眠る姿は、平時の様子からは想像もつかない。

「――そうよね、疲れてるもんね。今日はゆっくり休んで、明日一緒に学校行こうね」

 掛け布団を正して電灯を消す。音を立てない様に注意しながら、登歌は部屋を後にした。

 襖が閉まりきった所で、礼士は目を開けた。

「信じて、か。それでも俺は、俺自身が信じられねぇよ」

 登歌の望みに返す言葉を見つけられないまま、もう一度目を閉じる。通り魔達の事や、和装の少女――彩の事。考えるべき事はうんざりする程あったが、体の疲れが思考を許さなかった。程なくして、礼士は今度こそ眠りについた。



 夢を見た。



 なんて事は無い、彼女と初めて会った時の。

 親父に無理矢理連れられてやってきた道場。俺は稽古を嫌がって逃げ出そうとしていたんだ。師範や門下生の目を盗んで庭に抜け出して、通り掛かった部屋の窓からその光は見えた。

 小さなベッドから腰を起こして絵本に夢中になっている女の子。

 冗談みたいに白く光を返す銀色の髪。その隙間から覗く二枚の薄い狐の耳。

 ため息しかでなかった。

 俺に気付いた彼女は顔を真赤にして布団に逃げ込んだ。


 どうしてかくれるんだよ。


 いや、こないで。あっちいってっ。


 なんでだよ。


 きみもわらうもん。ひそひそするもん。へん(・・)っていうもん。


 なにがだよ。どこもおかしくないじゃないか。


 布団を剥ぎ取る。彼女は頭を両手で押さえて、その違いを必死に隠す。頬は真赤で、瞳からは大粒の涙が流れる。


 なくなよ。おまえどこもおかしくないじゃないか。


 うそ。だってほかのこには、こんなみみ(・・)ついてないもん。


 だからなんだよ。おれはすごくうらやましいぞ。


 ……なんで?


 だって、みんなとちがうんだぜ。それってとくべつ(・・・・)っていうんだろ。いいなぁ。


 そう、かなぁ。


 彼女の警戒が緩むと同時に、師範がやってくる。道場に連れ戻される途中で、俺は聞いた。


 あのこ、なんでとくべつがいやなんだろ?


 特別と言うのは、見方によって意味が変わってくる。毎回良い事とはならんのじゃよ。


 なんだよそれ。おかしなはなしだなぁ。


 全くじゃ。しかしそのおかしな話に対して、ワシらは何も出来んのじゃよ。


 むー。じゃあ、おれがなんとかするしかないなっ。


 ほう。お主の様なガキんちょに出来るかのぅ。


 できる! できるようになる。だから――


 俺は――


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