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フェイズ・ジョーカー  作者: ナイトレイド
つきのうさぎと魔法使い。
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五月一日

五月一日 AM9:30 相馬家



 噴水広場での襲撃から二日後。自室で相馬ナイトはこれでもかというほど惰眠をむさぼっていた。


 安倍彦馬によって引き起こされた爆破から辛うじて生き残り救急車と消防車を携帯電話で呼んで炎上しているバイクに愕然としている安倍を見捨ててその場から逃げた。


 意識を失っている三人の安否が気になったが昨日のニュースで確認したところ、死者の情報がなかったから無事だったんだろう。


 そして暇になったゴールデンウィーク二日目、相馬は惰眠をむさぼっていた。


 学校から出された課題は初日に終わらせてしまってすることがない。鎖音原に連絡して一緒に遊ぼうかと思ったのだが所用があるとかで無理だ。


 本当ならユーリン・ノーランという歌手の護衛をすることになっていたのだがあれから安倍から連絡がないので必要なくなったんだろう。


 本音を言うと自ら危険なことに飛び込むとかそういう自殺願望はないからこういう平凡な毎日がありがたく感じる。


 夜闇決闘という最悪な日々を潜り抜けてからというものの相馬は平凡な日常というものに今まで以上に深い愛情を抱く。


 平凡な日常を過ごしていると忘れられる。


 色々な事を。


「ないとぉおおおおおおおおおおおおおおお!」


 とにかく惰眠をむさぼろう。


 そう考えて相馬がベッドの下に置いてあるペットボトルで水分補給をしてから惰眠をむさぼろうとしていると部屋のドアを突き破るようにして小さな影がどしんと腹の上に落下した。


「ぐほぉお!」


 襲撃者によって腹に大ダメージを受けて口から空気の塊と水を噴きだして横に体を折り曲げる。


「こら! 寝るな! 退避だ!」


「退避?」


「まちがえた。大変だ!」


「なにがだよ・・朱柚・・てか、はらいてぇ・・」


 相馬の妹、朱柚〈しゅゆ〉は台所に黒い物体が出現した時よりも慌てている。


 何かあったのか?痛むお腹をおさえながら相馬は尋ねた。


「何か・・あったのか・・」


「警察だよ!警察がないとを逮捕するためにやってきたんだよ」


「・・・はい?」


 何をバカな?という顔をしている相馬の表情に「あー!」と朱柚は叫ぶ。


「本当なんだよ! はやまとかいう刑事さんが手帳をみせて相馬ないとがここにいないかってきいてきたんだよ。外で待ってもらっているけれど、なにかしたのならすぐにじしゅするべきだよ! しゅゆが付き添ってあげるから」


「まずは妹よ。落ち着け・・・深呼吸しろ」


「う、うん・・すーはーすーはー」


「落ち着いたか?」


「うん」


「だったらまずお前にいいたいことがある」


 相馬は少し間を置いてから。


「お客様を外に待たせちゃダメだろ?」






 あれから我が妹はダッシュで階段を駆け下りて外で待っていた刑事をリビングに迎え入れてくれている間に着ていた服を脱いで私服に着替えた。


 着替え終わった相馬はすぐに階段を下りてリビングに向かう。


 リビングに入ると不安そうな顔をしている朱柚ともう一人。


 長身の男の人は相馬が入ってくると立ち上がってスーツの懐から折りたたみ式の警察手帳を取り出す。


「二日ぶりといえばわかってもらえますでしょうか? 警視庁の芳養麻といいます。相馬ナイト君」


「・・・・あ」


 二日ぶりと男の人の顔を見て相馬は襲撃した時に自分を乗せた男の人だということに気づいた。


 この人、刑事だったのか!?と驚いていると芳養麻という刑事は朱柚が用意した麦茶を一口飲んでから口を開く。


「突然の来訪申し訳ありません・・キミに話したいことがあってね。大事な内容だからキミは席を外してもらえないかな?」


「あ、しゅゆですか?しゅゆは・・ないとの妹で」


「朱柚、俺は大丈夫だから部屋でのんびりしてきてくれないか?」


「でも」


「大丈夫だって・・それよりお前は課題終わらせたのか? 学校が休みだからって宿題でているはずだぞ?」


「う、わ、わかった!」


 宿題と兄の二つを天秤にかけた結果。


 宿題を取ったというわけではないが大好きな兄からの言葉に泣く泣く二階の自室に駆け込んでいく彼女の姿を見送りながら相馬は芳養麻の前に座る。


 ちらりと目の前の相手の顔を盗み見ると芳養麻は「さて・・」と言葉を漏らすと。


「まずは二日前の事件については他言無用で頼む」


「えっと、知られちゃマズイ事件とかですか?」


「広まれば国際問題に発展する」


「全力を持って沈黙を貫き通す事を誓います!」


 国際問題なんて規模がでかすぎる! 一般人が受け止められる問題ではない。


「さて、今回はこの話をする為だけにきたというわけではないんだ。相馬ナイト君。まず訂正がある。私は刑事だが警視庁捜査一課の人間というわけではない。警視庁公安部公安総務課第六公安捜査第11係に所属している」


「公安って・・・・ドラマでしかみたことがない」


「堂々と捜査するわけにはいかないからね。私が所属している警視庁公安部公安総務課第六公安捜査第11係は魔術師が日本で引き起こしている事件を担当としている」


「その・・刑事さんが何で俺のところに?そもそも俺は一般人で」


「半年前に起きた連続殺人事件、そしてK国で起きた裏カジノ本拠地爆破事件、そして一昨日の事件、調べたところキミらしき姿が何度も確認されている」



「何かの間違いじゃないですか?そもそも俺はパスポートなんてもっていないからK国なんていったこともありませんし・・刑事さんならそのこと調べてるでしょ?」


「確かに」


「だったら」


「私がここにきたのはこの事を聞くためではない」


「でしたら、なんのために?」


「相馬君、キミが魔法使いであるということを知っている」


「なっ」


 芳養麻から告げられた言葉に相馬は驚きの声を漏らす。警察、しかも公安の人に自分の秘密が握られているという事に不安しか感じない。


 国家権力に魔法使いという存在が知られたらどうなるか、大きな力は災いを生む。もしかしたらどこかの研究所につれていかれて解剖されたり、おそろしいこととかに巻き込まれるかもしれない。


 それに気づいたのか芳養麻は笑みを浮かべて。


「別にキミの生活を壊そうとかそういう考えはない。それにキミが魔法使いであるという情報を知っているのは私だけだ」


「はぁ・・それで何で刑事さんはここに?」


「君の力を借りたい。現在この国にユーリン・ノーランという世界的有名な歌手が来日していることは知っているね? キミにその護衛の協力を頼もうと思ってきたんだ」


 ユーリン・ノーラン。天使の歌声をもつといわれているほどの歌手で相馬は最近まで全く知らなかった。安倍やエイレーネなどは知っていたが、


「安倍彦馬・・あ、魔術師ですけどそいつから聞いた話だと警察から雇われたとかいう話を聞いたんですけど」


「だが、それだけで彼女を守りきれるという保証もない。相馬君。ユーリン・ノーランは世界的に有名な歌手だ。そんな彼女が内戦・・テロが終わって間もない日本にやってきて大怪我を負った、最悪命を落としてしまったということになったら日本は世界を敵に回してもおかしくはないことになる」


 芳養麻の言葉に相馬は言葉を失う。


 彼はさらりととんでもないことを述べたことに気づいていないのだろう。


 ユーリン・ノーランを狙っているのは爆散魔の魔術師という二つ名を持っている相手。


 話によると警察は学会から魔術師を護衛として雇っているということをきいた。


「それに、キミの事を話したら護衛対象であるユーリン・ノーランが会いたいといっていてね。護衛を引き受けてくれるかはともかく一度、彼女に会ってもらえないだろうか」


「・・・・まぁ会うだけならいいです」


 何故、自分に世界的有名な歌手であるユーリン・ノーランが会いたがっているのか少し気になる。


 会うだけなら大丈夫と自分に言い聞かせて相馬は了承した。


「朱柚、少しでかけてくるから家で大人しく留守番しているんだぞー」


「どこにいくの!?まさかろうや・・」


「違う違う! 少しお出かけするだけだからちゃんと無事に帰ってくるから」


「ほんとう?」


「お前の兄ちゃんうそつかない」


「うそついたら針万本のますから」


「りょーかい」


 じゃでかけてくるといって相馬は家を出る。


 いってらっしゃーいと手を振って見送る妹に笑顔を向けてドアを閉めて芳養麻が停車させている車に向かおうとして動きを止めた。


「よぉ」


 車の傍には安倍彦馬が待機していた。


「安倍、なんでここに」


「一昨日の件、おかしいと思って問い合わせたら学会は確かに警察に話を通したって言ったんだよ。んで護衛担当の芳養麻に話をつけに来たんだよ。おい、どういうことだ」


「簡単なことだ。守銭奴のキミは信用できない。金さえ詰まれたら寝返る危険があるものを雇うわけがない。だからこちらから断ったそれだけのことだ」


「俺が信用できねぇから魔法使いの相馬ナイトを使うってか?」


「部外者のキミと話す口を持っていない。急いでいるんだ。ここらで失礼させてもらうよ」


 安倍を押しのけて芳養麻は車の運転席に乗り込む。相馬が後を追いかけようとすると待ったをかける。


「何かあったらすぐさま俺を呼べ」


「・・わかった」


 安倍の真剣な顔に少したじろぎながら相馬は頷く。


 前にも彼の真剣な顔を見た事があるため、咄嗟に頷いてしまった。


 助手席に乗り込むと車は走り出す。


「安倍と知り合いなんですか?」


「過去に一回だけ彼に仕事を依頼したことがある・・その結果は散々なものだったけどね」


「そう・・ですか」


 安倍との関係を尋ねた時に芳養麻の表情が険しいものになったのに気づいて追求するのをやめる。


 触れて欲しくない部分に関わろうとしていると察したからだ。














五月一日 PM13:00 国際ホテル地下駐車場。



 車を地下駐車場に停めてから芳養麻の後に続く形で相馬はホテルの中に入る。


「駐車場の入口まで固めているんですね」


「彼女に危害を加えようというのは魔術師だけではないからね。これくらいの警備は基本だ。それに他にも防衛対策は施してある」


 そういって駐車場の隅に設置されている円筒の物体に目を向けながらガラス張りのドアを開けて中に入る。


 ドアを抜けるとすぐそこにエレベーターがあって芳養麻は中に入り、続いて相馬が入るとドアが閉まった。


 エレベーターの中に目を向けると監視カメラと合う。



「すまないが目的のフロアについたら念のために身体検査を受けてもらうよ」


「え、俺は別に怪しいものは」


「安心してくれ。私も受ける。外から入ってきたものは職員問わず検査を受ける事になっているんだ。気づかないうちに発信機や盗聴器を仕掛けられているという危険もありえるからね」


「成る程」


 徹底しているなーと感心する。


 いや、それほど警戒しないといけないということか?と改める。


 自分の常識は魔術師には通用しない。


 チーンと音が鳴って左右にエレベーターのドアが開くと一斉に黒服の視線がこちらに集まる。


 すす、と黒服の一人がこちらに近づいた。


 いかつい顔をしているからなんか怖い。


「では検査を始めます」


 そういって相馬と芳養麻の二人は近くの部屋に入れられる。











「もう・・お嫁をもらえない」


 時間は十分もかからなかったけれど既に満身創痍。


 戦いという名の検査を潜り抜けてある部屋に待機させられている。


 それまでが本当に地獄だった。


 部屋に到着した途端にはいぬいでね~とかいって筋肉隆々の男が服を脱がそうと手をわきわきと動かして近づいてきたり、鉄の棒みたいなものを体におしつけられて凶器を持っていないか調べられ。


 最終的には・・・・やめよう。思い出しただけで体が震えてくる。


 おまけに連絡とれないように携帯没収された。


 自分の体を抱きしめている相馬を見て芳養麻は呆れたような表情を向けて。


「ふざけていないでついてきなさい」


「はい」


 ちなみに芳養麻も相馬と同じような目にあったというのにまるで気にしていないという顔をしている。


 何度も同じ事を繰り返しているから慣れているとかそういうものなんだろうか。


 カーペットのような廊下を二人で歩いていると部屋番号が書かれている扉の前で芳養麻は立ち止まる。


 ドアの左右には黒服の人が入口を固めていた。


「ここに彼女がいる。私は立ち入る事ができないからキミだけで入ってくれ」


「はあ」


 この扉の向こうにユーリン・ノーランがいる。


 有名人が扉の向こうにいるということに少しだけ緊張しながらドアを数回ノックする。コンコンと乾いた音が廊下に響く。


 ドアをノックしたが返事がない。入っていいのかどうしょうと悩んでいるとどうぞーという返事がきたのでドアノブを回して中に入った。


 中に入った相馬は言葉を失う。


 ホテルの個室というとベッドと小さめの家具が置いてある物ばかりだと思っていたがいざ中に入るとまるで私室がそのままホテルの中に移動したかのような豪華な家具ばかりが目の前に広がっている。


 装飾のついた棚や鏡付きの机、真っ白なテーブル。周りを見てもベッドがない事から別の部屋にあるのだろう。


 ひとしきり部屋を見た相馬は窓から景色を見ている女性の姿が目に入った。


 白いワンピースの上に薄い上着のようなものを羽織り、金髪の長い髪は陽の光りで絹のように輝いている。それと同じくらい肌も染み一つない。


 後姿だけでも絵になる女性に相馬はなんと声をかけていいかわからない。そもそも女性と関わる機会というのが妹とエレネ達くらいでコミュ能力が低い自分はどうしたらいいんだーと考えていると女性がこちらに気づいて振り返る。


 後姿だけでなく顔立ちも整っていて綺麗だ。青い瞳が子どもみたいに輝いてこちらを見ていた。


 そこで相馬は奇妙な違和感を覚えた。


 前にもこんな感覚になったような気がする。どこでだっただろうかと記憶を探っている間に女性はこちらに近づいてきて。


「今日はきてくれてありがとう」


「い、いえ・・こちらこそお呼びいただきありがとうございます」


 流暢な日本語で話しかけられたことに少し驚きながらぺこりと挨拶する。


 すると女性はくすくすと笑う。あれへんなことしたかな~と戸惑っていると彼女は机においてあった帽子とサングラスをかぶる。


 その姿に一昨日の女性の姿がフラッシュバックして息を呑む相馬は目の前の女性の名前を呼ぶ。




「まさか・・ユーさん・・」




「正解よ。会いたかったわナイト君、ちゃんと自己紹介していなかったね。ユーリン・ノーランです」


「あ、相馬ナイトです。でもなんか変な感じだ・・一昨日挨拶したのにまた自己紹介するのって」


 くすくすと笑ってユーリンは相馬にソファーに座るように促す。


 ソファーに座ると思った以上に柔らかくてここのホテルの施設ってすげぇーと感心してしまう。彼の行動にユーリンはくすくすと笑って紅茶の入ったカップを差し出した。


 差し出された紅茶を一口飲む。




「おいしいですね。これ」


「うーん?私はもう少し甘みが欲しいとおもうけどなぁ」


「そういうものですか」


「そういうものなんだよ」


 紅茶ってわからないなぁと思いながら相馬はごくごくと飲んでいく。


 はしたないと思われるかもしれないが検査の為にかなり喉が渇いていて実は水に餓えていた。


 紅茶で喉が潤うかどうかわからないが飲まずにやっていられなかった相馬は少し間を置いてから本題を切り出す。


「ユー・・おっとユーリンさんはどうして俺を呼んだんですか?」


「一昨日、私とリナ・・あ、秘書なんだけど守ってくれたのが貴方だって聞いたからお礼をいいたくって無理して呼んでもらったの」


「それだけ・・・・ですか?」


「うん、もしかして迷惑だったかな」


 不安そうに尋ねてくる彼女に相馬は首を横に振る。


 呼ばれたのはてっきり護衛を頼み込んでくるのかと思っていたから。芳養麻の調べで自分が〈普通の人間〉ではないということがわかっているから。


「いえ、そういうわけじゃないんですよ。呼ばれた理由ってそれだけだったんですか・・邪魔しちゃ悪いしおいとまさせて」


「あ、待って」


 ソファーから立ち上がろうとした相馬の腕を掴む。


 美人に掴まれて相馬は少し戸惑いながらその場で動きを止める。


「えっと・・」


「あ、ごめん忙しいよね。ナイト君も予定とかあるんだし」


「いや、特にこれといったことはないんですよ。ただユーリンさん週末とか忙しいし休める間に休んでおくべきじゃないかなぁと思いまして」


「大丈夫だよ。それに私がナイト君とお話したいからって警護の人に無理して頼んじゃっただけだから」


 それっていいのか?って思いながら相馬はソファーに座りなおす。やっぱりこのソファーのすわり心地はいいなぁという感想を持つけれど、庶民の自分からしたら滅多に味わえない満喫しよう。


「そういえばユーさん、おっとユーリンさんは」


「ユーでいいよ。ナイト君にはそういってもらったほうが私としては嬉しいから」


「オーライ・・・・あ、お手洗いかりていい?」


 外だよーと彼女がいったので相馬は部屋から出る。


 部屋から出た途端、廊下に待機している黒服達の視線がこっちに集まってぐん!と緊張度が増したことにうんざりしながら相馬はトイレのマークを見つけて中に入った。


 視線がなくなったことで相馬はようやく安堵の息をはいた。


 これで落ち着けると。ユーリンは気づいていなかったが突き刺さるような視線がずっと室内に満ちていて落ち着かなかった。


 ちなみに気づいたのは今までの経験が役に立ったというのがとても複雑な気分だ。


 携帯電話は黒服の人が預かっているので外に連絡を取る事はできない。連絡を取る為には黒服の人に話を通さないとダメと芳養麻に言われた。


「といいつつもしっかり監視されてんだよなぁ・・」


 ちらりと視線を向けると目に見えるところに監視カメラが設置されている。ご丁寧に相馬が動くと監視カメラも動く。


 テレビで悪の組織などにあるような追尾システムが登載されているようだ。


「ユーさんって・・・・天然なんかな?」


 どうでもいい感想を抱きながらトイレを出るとそこには女性が待っていた。


 どこかで見たような気がするけれど思い出せない。


 黒いズボンと上着を着てそこそこに長い髪を後ろでまとめていることからキャリアウーマンというイメージを相手に与えそうだがちらりと上着から覗いている黒いモノに気づかなければという話だが。


「何か・・用事ですか?」


「一昨日のお礼をいっておこうと思って」


「お礼って」


 そこで思い出す。一昨日、芳養麻達が姿を見せたときに傍にいたなぁ。


「貴方・・あの時の」


「リナイアス・ケイオス・・ユーリンの専属秘書兼SPよ。本当に助かったわ。貴方のおかげで助かったから」


「いえいえ偶然ですから。あ、相馬ナイトといいます・・・・・・あの」


 それからケイオスはどういうわけか上からつま先まで相馬を見つめている。その視線がなにかを品定めしているような気がして声をかけられない。


 ただ黙って待っていると相馬と目が合い彼女は笑う。


「ごめんなさい。ユーリンが気に入った男の子っていうのがどんなのか興味があったからつい」


「いえ」


「でも、納得したわ。ユーリンが貴方を気に入ったわけが・・相馬ナイト君」


「はい?」


「唐突な話をしちゃうんだけど。しばらくユーリンと一緒にいてあげることとかできない」


 リナイアス・ケイオスからいわれた突然の言葉に相馬の頭上に?マークが浮かび上がった。


 今この人はなんといった?相馬は彼女が告げた言葉をもう一度リフレインさせる。


「一緒にいてって・・・・なんでですか?俺みたいな一般人がいたら余計に緊張しちゃうんじゃあっちこっち訪問するって」


「逆よ。貴方も気づいていると思うけれどこの国はないせ・・テロが終わった後だからぴりぴりしているあの部屋にも監視カメラがいたるところに仕掛けられているし」


「え、監視カメラあったんですか?変な視線を感じるなーとは思っていましたけれど」


「監視カメラの他にも色々と仕掛けてあるんだけど、あの子は天然というかそういうのを気にしないところがあるのよ。監視カメラがあるから部屋で着替えちゃダメだっていってるのに服を脱ごうとしたりしたこともあって」


「・・そんなこともしてるんすか」


 はぁーとため息を吐いているリナイアスの前で相馬は戦慄する。ユーリン・ノーランは想像以上のドがつく天然女性なのだと。顔をひきつらせている相馬の前でリナイアスはひとしきり呟いた後。


「あの子も恋でもしたらそういうところ治るのかしらどう思う?」


「自分に聞かないでください。そういうのは疎いんで」


「あらモテそうな顔をしていたのに」


「既に過去形!?」


「冗談よ。貴方面白いわね~」


 からかわれたと気づいた時にはけらけらと笑うリナイアスの姿が目の前にあった。


 少し疲れていたのだろうか相馬はあっさりと彼女のペースに乗せられてしまった。


 そもそも相馬は相手のペースに乗せられやすい性格であるという事を本人は気づいていない。


「話がずれたわね。ユーリンはこの国の人達にとってはニトロを扱うのと同じくらい慎重になっているの。だから彼女の自由というのが一切考えられていない。どれだけ彼女がやりたいしたいことがあったとしてもそれは絶対にこの国じゃ叶わない」


「そんなことは・・」


「本当にいいきれる?」


 真剣な顔で覗き込んでくる彼女にないと否定しようとした相馬だが脳裏にユーリンを狙っているという魔術師の存在がよぎって言葉を止める。


 警察も魔術師が彼女を狙っているという事実を掴んでいるから余計に警戒心を強めてあそこまで徹底的な警備なんだと理解する。


 魔術師が狙っているという状況の中で決められている予定以外の事を組み込む事はない。


「圧迫されている空気の中で彼女は外に出て偶然にも貴方と出会った」


「俺・・と?」


「偶然だったけれど貴方はユーリンと出会って一日だけだけど彼女と行動をしていた。それから今日までずっとあの子は貴方の事を話し続けていたわ。ファミレスのハンバーグを食べたとか小物を見て周ったとか幸せそうに語っていたの」


「だから」


 俺に彼女と一緒にいろというんですか?といおうとした言葉を無理やり飲み込む。


 もしそれで彼女が肯定してしまったら自分は否定してしまう。一昨日の出来事を相馬は否定したくない。


 本当に楽しかったと思っている一昨日のやりとりを相馬は否定しないといけなくなる。だから言葉を飲み込んだ、自分の気持ちを否定させない為に黙った。


「何をしておられるのですか?」


「ミスターハヤマ・・いえ、彼と少し先日の感謝の言葉を述べていたのです」


「そうですか、ミスケイオスお話したい事がありますのでこちらへ」


「あ、はい」


 芳養麻に呼ばれてリナイアスは去っていく。


 残された相馬は複雑な気持ちのまま戻るわけにはいかず廊下の壁にもたれて少し考える。


 リナイアスはユーリン・ノーランを思って相馬に日本滞在の間、一緒にいてほしいと頼み込んだのだろう。


 有名人の護衛というのがどういうものなのか知らないが素人の相馬でもわかるようなものやわかりにくいものまで混ざり合っている護衛というのはされている人からしたら息の詰まるもののはず。


 ユーリンは特に気にしていないが他の人からしたら一人だけであんなところにいるのはきつい。けれどそこに自分という部外者を迎えるというのはおかしいと思う。


 それならリナイアスが傍にいればいいだけで相馬がいる必要はない。


 だったら。


「(爆散魔から彼女を守る為・・か?)」と考えて「それでお前の意見を伺いたいんだけど、安倍」


『なんだ、気づいてたのか』


 相馬のポケットからよちよちと二足歩行のネズミみたいな生き物が現れる。


 チビキャラにデフォルトされたネズミみたいな姿をしたそれの口から安倍彦馬の声が響いてくる。


「ポケットに覚えのない紙が入っていたら気づくって・・しかも警察の人とかはまるで見えていない態度だったからな」


『認識阻害の術式も混ぜ合わせているからな。魔術師とかじゃない限り見つけることなんざ不可能だ。前の式神よりかは頑丈に作るときに色々と仕込んだからなァ』


「それで・・お前の意見を聞きたいんだが?」


『話を聞いている限りだとあの専属秘書とかいうのはお前を緩和剤にすることで警備を緩ませようとしてんじゃねぇのか』


 「は?」言っている事がわからない。


『考えてもみろ。警察が過剰とまでいえる防衛網を強いているのはなんのためだ? 簡単な答えだ。魔術師の侵入を防ぐ為にだよ。奴らはどんなところからでも侵入できるおそろしい存在だと警察が理解しているからアリ一匹入り込めないほどの壁を展開している』


「それはわかるけれど」


 そこから自分を使うという考えに辿り着けない。


『これだからド素人は』式神はやれやれという表情を作りながら『お前は俺達魔術師とは違う魔法使いだ。魔法使いが本気になれば大陸を消す事なんて造作でもない力を秘めているんだ。警察、特にあの偉いさんが何を企んでいるのかはわかんねぇがお前という存在を戦力として数えたい為に引き込もうとしているんだよ』


 安倍の言い分はわかる。


 戦った数こそ少ないが相馬は魔法使いとしての実力を何度も示してしまっている。全ての始まりである夜闇決闘をはじめとする魔術師との戦いを潜り抜けてきたからだ「でも、納得できないって」と呟く。


『まぁだいうのかお前は! 全くこれだからパンピ-っていうのは理解速度が遅くてたまらねぇ苛々するッつーの!』


 式神越しに安倍の怒気が伝わってくるがそれでも相馬は納得がいかなかった。なにより。


「何かが引っかかっているんだよな・・・・なんだろ」


 一人で悩んでいると背後から柔らかい何かに包まれた。


「みーつけた!」という声が耳元で聞こえて「もう遅いから心配して探しに来ちゃったよナイト君」


「ゆ、ユーさん!?抜け出してきていいんですか」


「大丈夫大丈夫」とユーリンは笑う。彼女の笑顔を見ているとさっきまで色々と悩んでいた事がバカらしく思ってくる。


 それほど彼女が純粋ということなんだろうか。


「あそこに警備の人が見てるから」


 ユーリンの言葉どおり彼女が指した方向には黒服の男が壁にくっつくギリギリの距離で立っていてサングラス越しにこちらをみている。


 気のせいか殺気が含まれているのは警備による疲れからだろうと思いたい。てかそう思わないと八つ裂きにされてしまいそうな雰囲気が漂っている。


「へ、部屋に戻りましょうか!」


「うん、いいよ~」


「って このまま戻るつもりですか?」


「いいじゃないか~減るものじゃないし」


 理性が物凄い勢いで減っています。背後に当たっている柔らかいモノと首筋に当たる吐息に思春期の男子としてドキドキしております。


 ガリガリ削られていく理性に苦しんでいると芳養麻がやってくる。


 近づいてくる彼の表情はなにやら困ったみたいな顔をしていてどうしてか嫌な予感というのが相馬の脳裏を駆け巡った。不運な事にこの相馬の予想は的中してしまった。


「相馬君、キミに悲しいお知らせがあるんだ」


「悲しい・・お知らせ?」




















「しばらく家に帰れなくなった」



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