四月二十九日
四月二十九日 PM18:10 中央広場噴水前
噴水が爆発を起こした。
状況を理解するのに全員の反応が遅れた。
その間に噴水を壊した傍からゆらりと複数の影が見えた。
「囲め!」
芳養麻はいち早く噴水の爆発という状況を理解して部下達に指示を飛ばす。
上司からの叫びに部下達は一斉に噴水の周りを包囲する。
彼らは懐から拳銃を抜いて噴水の傍にいる相手に向けて構えた。
芳養麻も安全装置を解除して噴水の方に向かって叫ぶ。
「こちらは銃を持っている! 抵抗は無意味だ。大人しく投降を」
最後までいう前にばちりと傍の街灯が音を立てて爆発する。
噴水を包囲している者の視線が街灯に移った途端に影が動き出す。
影が動いた事に気づいた一人が拳銃を発砲しようとするが黒いなにかが飛んだ瞬間、拳銃を向けていた一人の体が左右にわかれた。
「なに・・」
芳養麻を含めた全員が目の前の出来事に固まる。
彼らの目の前で仲間の一人の体が左右にわかれてしまった。
わかれたと同時にきられたところから蛇口から水が零れ落ちたみたいに赤いものやぶよぶよしたものが流れ出す。
芳養麻は咄嗟に護衛対象である彼女達の視界を隠そうとする。
既にリナイアス・ケイオスが彼女を抱きしめていたことに安堵しつつ目の前の状況にどう対処するか思考を巡らして部下達に叫ぶ。
「発砲!近づかせるな!」
同時に耳を劈くような音が複数、周囲に響きわたる。
一般人からは全くの無縁の音がいくつも響いて彼女と傍にいた少年は体を震わせていた。
「いまのうちに車に乗り込んでください。ここから離れます」
「はい・・さ、こっちに」
「キミもきたまえ」
芳養麻は学生の腕を掴むと車に押し込んで自分は運転席に回る。
部下のほうを見ると距離を置きながら敵に向かって発砲している。しかし、さきほどよりも人数が減っている。
舌打ちしながら芳養麻は運転席に乗り込んでアクセルを踏んだ。
後輪が唸りながら走り出す。
一旦、ホテルまで逃げて体制を整える。
あそこならまだ対処できる。
「(まただ・・)」
顔を怒りで歪ませながら芳養麻は思う。
半年前の魔術師による殺人事件を阻止しようとして自分以外の仲間が全滅した時と同じだ。警察は市民を守る頼りになる存在でないといけない。
なのにわけのわからない力を使う相手に赤子のようにあしらわれている。
このままでいいわけがない。
警察は絶対だ。
奴等に対処できるほどの力を。
そこで車に押し込んだ学生の視線に気づいて顔から無理やり表情を消す。
自分は警官だ。護衛対象である彼らを不安に陥れるような真似は避けないといけない。
「あの・・・残っている人たちは・・」
「彼らには各自で判断するように指示を飛ばしていいます。大丈夫です彼らは訓練を受けたプロだ。そう簡単に命を落とすような連中じゃない」
残された仲間には事前に臨機応変に対処するよう指示をだしてある。
訓練を受けているというのもウソではない。機動隊ばりの訓練を受けさせている。
だが、相手は未知の存在であり常識が通用しない。
一人でもいいから生き残りがいることを願いながら車を走らせていると視界が真っ白になる。
相馬ナイトは何が起こったのかわからなかった。
噴水が爆発したと思ったら一人が叫んで黒服達が噴水を壊したなにかに向かって発砲を始める。
あまり聞いた事のない銃撃音に驚いていると腕を掴まれて車の中に押し込まれた。
髪の長い女性、ユーさんと一緒に後部座席に乗せられて車は走り出す。
あれはなんだったんだ?
相馬は走り出した車の中で考える。
なんだ?と考えたらすぐに答えが出てくる。
魔術に関係するもの。
それしかない。
非常識=魔術と考えるのは安直かもしれないが相馬の頭の中にはそれしか浮かばなかった。
魔術という存在を知って半年も経たないが非常識な出来事というと決まって魔術が関わっていた。夜闇決闘を含め相の頭の中の非常識全てに関わっていた。
だから自然とあの襲撃者を魔術に関係するものかと考える。
「(あーくそ、情報が足りない・・安倍かエレネがいたらもう少し具体的な情報を教えてくれるかもしれないのに)」
自分は魔術を使う事が出来ないし知識が豊富でもない。
魔術師であるエイレーネや安倍ならば相手がなんなのか理解できて目の前の問題に対処する事ができるんだろう。
ふと、相馬は気づく。
バックミラーに映っている男の人の顔が険しいものになっていた。
目の前の人は部下を置いてユーと自分を守る為に車を走らせているんだ。
非常識な相手を前に仲間を置いていったんだ。
相馬の視線に気づいたのか男の人は険しい表情を消す。
「あの・・・残っている人たちは・・」
「彼らには各自で判断するように指示を飛ばしていいます。大丈夫、彼らは訓練を受けたプロだ。そう簡単に命を落とすような連中じゃない」
まるで用意していた言葉をすらすらと話しているような感じ。
そう思いながら相馬は後ろに下がる。
この人達、何者なんだ?と今更になって思ったのだ。
ユーさんの関係者のようだけれど、動きがどこか場慣れしているような空気を感じる。
隣にいる彼女に質問しようとした瞬間、視界が歪んだ。
「なっ」
気がついたときには体を天井に打ちつける。
ぐるぐると視界が揺れる。違う、車が回転しているんだとわかったところで強い衝撃が襲いかかった。
後頭部をシートに打ち付けて相馬の顔は歪む。
顔をゆがめたまま相馬は周りを見る。
ひっくり返った車の中でユーともう一人の女性は互いを抱き合うようにして動かない。
痛む体を動かして彼女達の口元に手を触れる。
手の表面に息があたった。外傷がないことから意識を失っているだけだろう。
運転席の方を見た相馬は息を呑む。
エアバックに顔を押し付けるようにして男の人が意識を失っている。
失っている彼の体に砕けたガラスの破片などが突き刺さって額からはゆっくりと赤い液体が流れていた。
これはマズイ。
音を立ててしぼんでいくエアバックをみながら相馬は車の窓ガラスを足で蹴る。
一回、二回、三回とけり続けた。
五回ばかりけり続けたところでようやく窓ガラスが崩れる。
痛む足に顔を歪めながら相馬は嵌っているガラスをどけていく。
人が通れるほどの広さになったのを確認して相馬はゆっくりと車から這い出る。
車から一足先に脱出した相馬は助けを呼ぼうとして動きを止めた。
人の気配がない。
なさすぎるんだ。
時間は夜といってもまだ八時くらいで自分がいる場所は人の行き交いがまだまだ絶えないはずなのにまるで元から人が存在していないみたいに気配がなかった。
「おい・・・この状況って」
ギシリと何かが軋む音が響いた途端、相馬は自分のいた場所からすぐに離れる。
少し遅れて衝撃と風が相馬の体を撫でた。
暗闇にようやく目が慣れてきた相馬は襲撃者の姿を捉える。
端整に切り揃えられた市松人形を思わせる黒い髪、白い肌。それだけをみればとても綺麗で多くの人を釘付けにしてしまうだろう。
但し、少し視線を下に向けると白い顔に対して木製の体が目に入る。
綺麗な顔に木製の体という異質な組み合わせに相馬の頭の中に警鐘が鳴り響いていた。
ギシリギシリと木と木の関節がこすれあうような音をだしながら人形はゆっくりと陥没した地面から手を引き抜く。
キリリと首が少し傾いて目がこちらを捉えると風を切って相馬に近づいてくる。
声をだす暇もなく人形が間合いに侵入。
瞬間、相馬の視界がぐにゃりと歪んだ。
気がついた頃には地面に大の字で倒れていた。全身の骨という骨が悲鳴を上げている。殴られたと理解するのに遅れた。
「がっ・・・はっ!」
声をだそうとすると一気に肺から空気が抜けていく。体のあっちこっちがびりびりと痛む。骨は折れていないみたいだ。
動けない相馬に人形はゆっくりと近づいてくる。
逃げることもできず相馬の心臓目掛けて拳を振り心臓を貫く。
そうなるはずだった。
視界の片隅で白い光りが走ったと思うと目前にいた人形が吹っ飛んだ。
少し遅れて横から強い風が吹いて髪がゆらゆらと乱れた。
「ふぅー、主人公っていうのは最高の場面に登場するもんだよなァ」
「・・・安倍」
「よ、相馬ナイトォ。相変わらずお前はとんでもないもんに遭遇してばっかりだな」
「どうしてここに?」
ヘルメットを外してにやりと獣のように笑みを浮かべる安倍に尋ねる。
彼はホテル前で追い出された後に不貞腐れて相馬を置き去りにしてどっかにいってしまった。
そんなヤツがどうしてここに?
へん、と笑いながら安倍はバイクから降りる。
「なんでここにって顔をしてるな。本当はさっさと家かえって愛しい妹の手料理を味わう予定だったんだがな、素人魔術師でもわかる人払いの結界を展開されたら気になるんだよ・・んできたらどこぞの素人魔法使いさんがカラクリに苦戦しているようだから手助けにきてやったわけ、ありがたく思えよ」
「そうだな。感謝を表してお前にはそこのお人形さんと戦う権利を上げよう。では」
「おうおうもっと感謝しろ。そしてお前は大人しく・・・ってなにぃ!」
うんうんと頷いている安倍を置いて相馬は転倒している車に駆け寄る。
転がっていたタイヤの側面のプレートを手に持って運転席の窓ガラスに打ち付ける。
二回ほど叩きつけて壊れた窓ガラスを払いのけてシートベルトに手を伸ばす。
幸いシートベルトは壊れていなかったようであっさりと解除できた。血まみれの男を車からある程度引きずり出し今度はユーと女性の方を同じ要領で助け出そうとする。
ぴちゃぴちゃと等間隔で落下していく音が聞こえて相馬は車のエンジンの方を見る。
「おいおいおい!」
転倒した時に壊れていたのかボンネットの隙間からガソリンが地面に向かって滴り落ちていた。
しかもかなりの量で何かの拍子に火がついたら車は爆発を起こしてしまうだろう。
「はっはー!人形風情がこの俺様に歯向かった事を後悔するといい。ド派手に燃えちまいな!」
聞こえてきた声に相馬は息を呑む。
見ると安倍彦馬が札に炎を灯して半壊しているカラクリに向かって叩きつけようとしていた。
加えるとカラクリの足元から線を引くようにしてガソリンの液体が車の方まで垂れてる。
「よせーーーーー!」
「くらえぇーーーー!」
枯れるほどの大声で相馬は制止を呼びかけたが既に遅く。炎の灯った札がカラクリに向かって放たれた。
眩い光りと共に道路は爆発を起こす。
「ったく、この俺を顎で使いやがって代金を大量にふんだくってやる」
安倍彦馬は転倒している車の方に走っていく相馬ナイトを睨みながら目の前でぎしぎしと音を立てて起き上がろうとしている人形に目を向ける。
「かなりの速度で突っ込んだんだがなァ。もう少しスピードだしておけばよかったか?」
バイクに激突された人形はゆっくりと起き上がる。だが無傷ではないようで片腕が大きく捻じ曲がっているだけではく。片目が潰れて中身が丸出しになっていた。
丸出しになっている中身に目を向けて安倍は鼻を鳴らす。
「やはりカラクリだったか」
からくりと聞くと誰もが茶を運ぶ人形などを思い浮かべるだろう。
日本の伝統的な機械仕掛けの人形や模型、機械装置のことをからくりといい。大昔はのぞきからくりという名称を略して呼ばれているそうだ。
からくりの最も古い物で658年の指南車というのがはじめてのからくりといわれて自動車などにおける差動歯車の原理に大きく類似しているらしい。
絡繰、機巧、機関、唐繰と様々な表記がある。
そしてからくりは魔術師の世界ではかなり古くから使用されている技術の一つ。
からくりは西洋と東洋では使われている技術が似通ったところがあるが決定的に異なるのは使用目的。
東洋は技術向上の補佐などの目的で作られているが西洋のからくりのほとんどが魂を入れるための器もしくは生贄として作られていることが多い。
目的が異なるのは西洋がからくりを製作したのは死者蘇生と宗教的思想が背景にあるからだろう。
人形は魂の入るための容器という話がある。
小さい頃に西洋人形をみたことがあるが空虚な瞳を見て不気味だと安倍は感じた。
「ふん、構造からして破壊目的のからくりかよ」
壊れた目から覗く構造を見て安倍は判断する。
ぎしししと木の関節同士が擦れあう音を鳴らしながらカラクリは安倍に襲い掛かってくる。
「おいおい、一応レディとはいえ襲い掛かってくるってーの、はしたないぜ?」
拳が安倍の顔に届く。
しかし、それよりも早く懐から札を貼り付ける。
「【また吹き飛べ】」
言葉を紡いだ途端、カラクリはバイクに激突されたのと同じように吹き飛んで近くのショーウィンドウの中に消えた。
「おいおい、魔術対策を施されていないのか? 製作者はよほど愚かなのかそれとも作るつもりがなかったかのどちらかだろうな」
ゆっくりと這い出てくるカラクリをみながら安倍は分析を下す。
彼はその間、懐から札を一枚取り出してお経のような言葉をつむぐ。
安倍彦馬は陰陽師であり言霊使い。
陰陽師は古き日本の律令制下の官職の一つで元々は占筮や地相などを職掌とする職業だったがある時代から呪術や祭祀を司る集団の事をさす。安倍は陰陽師の一人。
彼は言霊を中心とする術を得意としており。紡いだ言葉どおりの現象を起こせるようになっている。
しかし言霊術は欠点がある。
カラクリなどの言葉が理解できない相手には通用しないという問題がある。
そこで彼の用いている札の出番。
札による魔装のサポートによって言葉を理解できない相手に対して札を通してパスを作ることによって術が通用できるようになった。
バイクとぶつかった時と同等の衝撃を受けたカラクリは見るも無残な姿になっていた。
無事だった片腕は千切れてなくなっているし左足は折れていて右足の方も亀裂が入っている。
ぎちゃぎちゃと悲鳴のような音を鳴らしながらカラクリは近づいてくる。
もし、カラクリが生きている人間だったら目にどんな感情が流れていただろうかと安倍は考えようとしてやめた。
これから倒す相手のことを気にするほど自分はバカではない。常に冷酷であれ。でないと魔術師というものは命を落とす。そういう世界だ。
安倍はカラクリが逃げようとせずに立ち向かってくるのに気づく。
コイツの頭には目的達成しかインストールされていないようだ。
「普通のカラクリは撤退という考えもあるんだがな・・・製作者は駄作を作っちまったみたいだな・・・さてとォ」
札に炎を灯しながら安倍はにやりと笑う。
見る人によっては悪人のような笑みで安倍は半壊している人形に叫ぶ。
「はっはー!人形風情がこの俺様に歯向かった事を後悔するといい。【ド派手に燃えちまいな】!」
術の行使による疲労を相手にばれさせないために半ば叫び声をだしながら札に灯った炎を相手に向かって放つ。
眩い光りと共に道路は爆発を起こした。