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フェイズ・ジョーカー  作者: ナイトレイド
つきのうさぎと魔法使い。
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四月二十九日


「彼の事が心配ですか?」


 草薙家のお座敷でエイレーネは心配です!という表情をして緑茶を飲んでいるのを見てメイドは尋ねた。


「わかりますか・・?」


「当然です。貴方に何年仕えていると思います? 表情だけで何を考えているかわかるくらいは一緒にいるんですから」


「そう・・でしたね」


「はい」


 エイレーネは少し考えてからぽつりぽつりと話し始める。



「私と関わらなかったら彼はこんなことに巻き込まれなかったかと思うと」


「それは考えすぎです」


 主の悩みをメイドはばっさりと否定する。


「彼も仰っていましたがたらればの話をしたところで今の状況に何かが起こるというわけではありませんよ」


「だけど」


「それ以上言うとまた彼が怒ってしまいますよ?相馬ナイトがボロボロになっても戦ったのはお嬢様にどうしてもらいたいからでしたっけ?」


「        から」


「はい?聞こえませんよ」


「笑っていて欲しいから!」


 顔を羞恥に染めてエイレーネは叫んだ。


 これだから彼女をからかうのは面白いとメイドは内心ほくそ笑む。


 純心無垢で可愛い。


 こんな可愛い主を最悪な戦争から救ったのがあの男だと考えると嫉妬してしまう。


 もし彼がいなくて、最悪の状況になっていたらを考えると彼に感謝するが自分ができなかったことに腹立たしい。


 うん、余計に腹立たしくなってきたぞ。今度会ったらぼろくそいじめてやろうとメイドは笑っていた。


「・・・よくわからないけれど、急にナイト君が心配になりました」


 エイレーネはここにいない相馬乃斗の身を案じた。


 実際の所、彼女の予感は的中していたといえよう。相馬はこの日厄介な出来事に巻き込まれるのだから。








四月二十九日 PM14:00 国際ホテル9F


 芳養麻春人はやまはるとは警視庁公安部公安総務課第六公安捜査第11係に所属している刑事である。


 警視庁公安部はGHQの人権指令により廃止された警視庁特別高等警察部の後継組織。芳養麻の所属している公安部は暴力団や政治組織をはじめとする普通の警察が対処するには手の余る事件を管轄としている。


 その中で芳養麻の所属している第11係は数ある課の中でかなり特殊な位置にあった。


 第11係は魔法を中心とする事件を担当している。


 魔法、普通に考えたらバカなと鼻で笑って税金の無駄遣いと笑うだろう。配属された当初の芳養麻も同じように税金の無駄だと一蹴していた。


 けれど、それは間違いだった。配属されて三日後に彼は遭遇した。魔術師と。


 その魔術師は駒を得る為に民家に押し入り何人も惨殺し、メディアでは連続殺人鬼として騒がれていた。


 魔術師を確保する為に芳養麻は先輩刑事と共に狙われそうな民家に張り込んで待機していた。すると見事にその魔術師は張り込んでいた家にやってくる。応援を呼んで確保しようとした時、相手が魔術を使う。


 結果、二十人はいたであろう仲間が芳養麻を含めて三人しか生き残らなかった。


 その時、芳養麻が感じたのは魔術師への恐怖ではなく生き残った事への安堵と惨めさ。


 絶対と信じていた警察ですら勝てない強大な相手。


 魔術師は関係のない所で命を落としたという報告を聞いた。不甲斐ない自分に苛立った。


 芳養麻は国家一種、いわゆるキャリア組で警察を選んだのはいなくなった父のような強くて頼られる。なにより正義を信じて働いていた警官に憧れたからだ。


 だから、芳養麻は許せなかった自分の信じている警察が魔術師という得体の知れない力を使う相手に勝てず。ただ、蹂躙されてしまうという現実を否定したかった。


だから彼は力を求める。魔術師に対抗できる為の力。


 そんな彼が所属する警視庁公安部公安総務課第六公安捜査第11係は現在、海外からやってきた有名歌手ユーリン・ノーランの護衛を担当する事になった。


 要人の警護ならSPなどが行なうのが基本なのだが、どうやらユーリン・ノーランを海外で活動している魔術師が狙っているという情報を上が入手した為に芳養麻達が警護を担当し警護課はサポートという形で役目を仰せつかった。


 早々に問題が発生した。


「ユーリン・ノーランがいなくなったというのはどういうことだ!?」


 国際ホテルの一室で芳養麻は部下に叫ぶ。


 彼らのいる部屋はユーリン・ノーランが宿泊で利用している場所。しかし、そこに肝心のユーリン・ノーランの姿がない。代わりに地面に倒れて意識を失っている女性SPがいる。


 倒れているSPは海外からユーリン・ノーランの護衛としてやってきていたが持っていたスタンガンの調整をしていたら誤って突き立ててしまって気絶したそうだ。


「どうやら彼女の服と着替えて抜け出したようです」


「カメラでも彼女らしき姿が裏口の職員専用口から出て行くのが確認されました」


 顔を歪めて芳養麻は部下が確認しているノートパソコンを覗き込む。そこには倒れているSPのスーツを着た彼女の姿が映っている。


「自分が狙われているという自覚がないのか・・一人で出かけるなど正気の沙汰ではない。すぐに彼女を探せ。彼女に何かあれば国際問題に発展するぞ!」


 部下達に指示をだして芳養麻の頭の中ではもしかしたらという考えが頭に浮かぶ。


 ユーリン・ノーランは世界的に有名な歌手で芳養麻の母もファンの一人で何回か聴いたことがあるが一言では表現できないほどの魅力を秘めていた。


 噂では彼女の歌を聴きながら命を絶った作曲家もいたらしい。


 世界的有名な彼女がこの日本で、しかも変なところで命を落としたという情報が広まればこの国は世界から叩かれる。


 内戦から一年しか経っていない日本は未だに傷を癒している途中のようなもので昔みたいな経済力も力も取り戻せていない。


 情報によるとユーリン・ノーランは魔術師に狙われている。警備の隙をつかれて命を落としてしまったなどという最悪の状況になればこの国は今よりもっと深い傷を負うことになってしまうと同時に警察の地位も落ちる。


 それはダメだ。


 警察はこの国に住む者達の守護者であり要でなければならない。


 なんとしても彼女を守り、日本は内戦を終えたのだという事を証明しなければならないのだ。


 そのためには。


「ミスター・・ハヤマ」



「・・・ミス・ケイオス。なにか?」


 ハスキーな声に呼ばれて振り返ると黒いスーツに長い髪を後ろで纏めた女性が近づいてくる。

リナイアス・ケイオス。ユーリン・ノーランの専属秘書で彼女が抜け出した事実をいちはやく察知した人物だ。


「お願いします。彼女をユーリンを早く見つけてください」


「任せてください」


「それと・・先ほど、ホテルのフロントから連絡があったのですが護衛のためにやってきたという二人組がいるそうなのですが、そちらが呼びましたか?」


「二人組・・ですか」


 芳養麻はすぐにある人物が頭に浮かぶ。


 安倍彦馬。


 警察と協力関係にある魔術組織、学会といわれる場所と繋がりのある魔術師。高校生でありながらかなりの力を持っていて、上が期待している何より金にがめつい。


 おそらく上層部が自分達だけでは危険だと判断して学会に協力を要請したと考えられる。ならば。


「そのような話は聞いておりませんのですぐに追い返してください」


「・・わかりました」


 ケイオスは携帯を取り出してフロントへ連絡している、彼らを追い返せといっているのだろう。


 芳養麻は魔術師の強力を仰ぐつもりなどない。


 これは自分達の仕事で魔術師の力など不要。


 なにより。


「得体の知れない奴らと一緒に護衛など出来るわけがない」













四月二十九日 PM16:40 中央広場噴水付近




「ぶぇっくし!」


「どうしたの? くしゃみして」


「うーん、急に鼻がむずむずして・・ゴミでも入ったのかな?」


 近くで貰ったポケットティッシュを取り出してユーに見られないようにして鼻をかむ。


 一応、女性の前なので音を立てないように注意する。


 あれから二人はぶらぶらと通りを歩き、ワゴン販売されているメロンパンをおいしそうに食べながら噴水が中央にある広場で行なわれているライブの演奏を聴いていた。


 ユーは楽しそうにライブを聴いている。


「ユーさんってなんでも楽しそうにしてるよね」


「いけないかな?」


「そんなことないよ・・ただ」


 楽しそうに笑っているユーの姿はまるではじめて遊園地にやってきた子どもみたいな顔をしていて何かが気になる。どうして気になるのかというのもわからないけれど。


 ユーは少し苦笑しながら口を開こうとすると急に広場が騒がしくなった。


 どうしたんだろ? ボーカルの人が倒れているぞという声が聞こえてくるとユーは立ち上がって中央に向かう。


「あ、ユーさん!?」


 人ごみを掻き分けて歩いていく彼女に慌てて相馬はついていく。


 一足先に辿り着いたユーは演奏を中断しているバンドメンバーの中心でうずくまっている女性ボーカルと話をしている。


「大丈夫ですか?」


「だ・・・だい」


「喋ったらダメ・・これ以上喋っちゃうと喉を痛めちゃうから」


 ユーの真剣な言葉にボーカルの人は無言でコクコクと頷いた。


「すぐに病院にいって診察を受けて、大きな声をだしたりしないでね」


 コクコクとボーカルの女性は頷いたがそこで困ったなとギターの男性が呟く。他の仲間も困ったという顔をしていた。


 気になった相馬が近くにいたギターの男性に尋ねる。


「どうしたんですか?」


「メインボーカルの彼女がいないと俺達は演奏できないんだ・・・今日はここまでなのか」


「あの人の喉が治ればいつでもできるんじゃ?」


「普通ならそうなんだけど、ここの広場は中々使用申請がおりないんだよ。今回だって数ヶ月待ってようやくだ」


「だから、ここでしっかりアピールしておきたいんだけど・・」


「ねぇ、ナイト君」


「はい」


「ここの使用の許可ってそんなに大変なの?」


「アンタ、知らないのか?ここはカミカゼグループの担当なんだよ」


「カミカゼ?」


「ここら一体を管理している企業だよ」


 首をかしげるユーに相馬は簡潔に説明する。テロがはじまってから日本は先進国から下落してしまったがその中で常に黒字をたたき出していた企業がある。


 それがカミカゼグループという会社でテロが終わって傾いている現在の日本の財政面七割を掌握しているといっても過言ではない。


 そして横坂市の再開発を担当した企業というのがカミカゼグループというものだ。


 カミカゼグループは初代社長が一代で築き上げたワンマン企業のようなものなので初代が病気でなくなった後は終わりかと思われていたグループ。

 実際の所二代目があまりにも非凡だったことから絶望的なことには変わりなかった。だが、唐突に三代目の社長就任になってからというもののカミカゼグループは右肩上がりに業績を上げている。


 その裏には何かおそろしいことがなされているのではないかという話もあるがどれも根も葉もない噂ばかりで真実とはいいがたい。最近では軍事企業にも手を出しているらしく日本初の民間軍事会社が横坂市の近くにあるらしい。


「俺らみたいなバンド活動している奴らにはかなり厳しくて念入りのチェックが行なわれるんだ。今日は夕方の六時までしかおさえられなかったんだ。色々選曲して街の人達に聞いてもらおうと思ったんだけど・・くそっ」


 悔しそうにギターを持っている人が顔を歪める。


 テロの間、国を批判したものや学生運動を支援するような歌が流行した。


 それが原因としてより過激な運動が起こるようになり政府は歌に対してテロが終わった後も過剰に警戒している。


 ある企業が電子の中で製作した歌姫の曲をネットに流したという理由だけで検察がその企業に強制捜査に立ち入ったという新しいニュースを思いだす。


 各地の市役所や警察は街で活動しているバンドなどに監視の目を光らせている。彼らの活動は役所が念入りに調査された末に問題なしと判断され、ここらを担当している企業からOKサインがおりたんだおる。


 悔しそうにしている彼らの表情からするにこの場所で演奏する事を願ってきたのだろう。

 

 ユーは少し考えると。


「今回だけ、私がボーカルを担当してはダメですか?」


「ユーさん!?」


「そういう申し出は嬉しいけれど、貴方・・音楽は?」


「大丈夫・・各曲一回だけリハーサルさせて。そうすれば間違えずに歌う事ができるから」


「・・・でも」


 いきなりの人を交えて演奏できるのかという不安が彼らの顔にはあった。彼女は問う。


「演奏できる滅多にない機会なんですよね。そのチャンスを無駄にさせたくないんです。私の腕を信じて・・必ず成功させてみせるから!」


 彼女の真剣の言葉にメンバーの人達は顔を見合わせながらもすぐに頷いた。


 ここで演奏できる機会を逃したくないという考えが勝ったのかもしれない。


 彼らのこの時の選択はある意味正しかったといえよう。


 参加が決まったユーはかぶっていた帽子を脱いだ。その拍子に隠れていた長い金髪が街灯の光りに反射して輝いているように見えた。


 サングラスを外した彼女の青い瞳を見た全員が言葉を失う。変な格好をしていても美人は美人だということを証明したような美貌に相馬を含め全員が釘付けになる。


「はじめましょう」


 彼女の言葉に全員がはっと意識を切り替えてリハーサルを始める。


 軽いリハーサルを終えてバンドメンバーは理解した。この人はプロだ、と。


 ボーカルの彼女とは違った方面の美声は彼らのバンドに新たなスパイスとなってさっきよりも倍の客を引き寄せるという結果になった。


 彼らは今回だけボーカルを担当した女性と共に制限時間ぎりぎりまで演奏を続けた。


 願わくばずっとこのまま演奏したい、聴いていたいとバンドのメンバー全員は思った。けれど、時間は永遠ではない。いつかは終わりがやってくる。


「時間だ。解散したまえ」


 六時ジャストになってやってきた警官の言葉に彼らは演奏をやめる。


 彼らに送られる声援を聞きながら片づけをはじめた。


 バンドの人達はボーカルを担当してくれたユーに感謝の言葉を送る。ユーは感謝の言葉に素直に喜ぶ。


「私は協力しただけですから・・それに、私は今回だけの代理です。次の演奏は喉を痛めてしまった彼女と一緒に頑張ってください。貴方達の演奏は素晴らしいです、きっと彼女を交えたら私のものより良いものになると思うから」


「「「ありがとうございます!」」」


 ぺこりと喉を痛めているボーカルの人達と一緒にバンドメンバーは感謝をして去っていった。


「凄いね。ユーさん」


「ナイト君・・」


 バンドメンバーがいなくなって緊張の糸がきれたのかユーはその場にしゃがむように座って、置いてあったペットボトルの中の水をゆっくりと飲む。


「驚いたよ。歌が上手いんですね」


「昔からずっと歌ってきたから」


「そうなんですか・・ん?」


 二人の近くに黒塗りのリムジンが数台停車したと思うとドアが開いて黒服の男達が囲むようにした現れた。


 咄嗟に相馬は彼女を守るようにして前に出る。


「なんだ・・・あんた達」


「探しましたよ」


 長い髪を後ろに纏めた女性が黒服の輪を抜けてやってくる。


「リナ・・・」


「みんな心配しています。帰りましょう」


「・・・?」


 知り合いなのか?と相馬が尋ねようとすると近くの噴水が爆発を起こした。




次回、ある人物が戦闘をします。

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