四月二十九日
なかなか話が進まないな。
次回で少し話が動く予定です。
駅から少し歩くと商店街に辿り着いた。
アーケードの張り巡らされた商店街はそこそこの人気があるようで沢山の人が行き交っている。
服、雑貨の店の間に喫茶店などが並んでいる。
雑多な軒並みと人の行き交う姿をみていると相馬は半年前の出来事がウソなんじゃないかと思うことがある。
全てが夢で、自分はちっぽけなただの人間。
「みんな私とナイト君を見ているんだけどなんでかな?」
「俺じゃなくてみんなユーさん見ているんだと思う」
私?とユーは首をかしげる。
すれ違う人たちは彼女を見ていた。
服装が少し変であることを除いても服の裾から除く綺麗な手や肌は太陽の光りの中で輝いているように見える。
ほとんどの人が目に入れても痛くないと思うほどの美しさを彼女は持っている。それほどまでの美しさを彼女は持っている。
「ナイト君もカッコイイよ」
「んー、そうかな?」
子どもみたいに無邪気な目で見てくる彼女に曖昧に頷いた。
ふと、ユーは雑貨ショップのウィンドウを覗き込む。
カラフルな衣服、キュートなウサギの置物、店内に足を踏み入れると流行のBGMが耳に届く。
女性店員が他の客に商品を勧めている声や「かわいい」を聞きながらユーと相馬の二人は奥に進む。
この空間に自分は永遠に馴染まないだろうと相馬はどうでも良い事を考えてしまう。
「ねぇ! これ可愛くないかな」
「え?」
「これこれ」
ユーは相馬の前にマグカップを持ち上げる。
マグカップは全体的に白く側面にクマなど沢山の動物たちが楽しそうに行進しているものがプリントされていた。
「可愛いでしょ?」
「・・・え、あ、そうだね」
「どうしたの?考え事」
「うーん、なんか俺がいることが場違いみたいに思えて」
「なんで?」
「なんでって・・」
ここは女性しかいないからといおうとして言葉が詰まる。
「ナイト君がいちゃいけないなんてことはないよ。ただ困っているだけだと思う」
「そんなもんかな」
「そんなもんなんだよ」
笑顔でいってくる彼女の言葉を聞いているとさっきまで考えていた事がバカみたいに感じてしまう。
それは彼女が本心でいっているからか自分の中で思っていた感情を余計な肉付けもされずにいわれたからだろうか。
「なんだろ、納得してしまう自分がいる」
「良かった・・・えっと、これはいくらするのかな?」
「どれどれ・・980円だって」
「えっと・・それって日本の円というヤツだよね?ドルとかユーロだといくらくらいするの」
「・・・・えっと」
生粋の日本人で海外に一度もでたことがないからわからない相馬は日本円がドルやユーロに変換するとどのくらいの額になるのか覚えていない。
前に数学の授業で聞いた覚えがあるけれど思い出せなかった。
「こ、ここは俺が支払うよ。ユーさんは待っていてよ」
「悪いよ。私が・・これでお願いします」
有無をいわさぬ口調でユーさんはレジに向かって懐から黒いカードを取り出す。
店員はカードを見ると低姿勢になる。
相馬は知らなかったがユーが取り出したカードはブラックカードというもので、いわゆるお金持ちが使っているモノだった。
一部の噂ではブラックカード一枚で無人島が三つほど買える額のお金が詰まっているそうだ。
事実を知らない相馬とユーは店員の態度に首をかしげながら店を後にした。
「次はどうし」
キュルー。
どうするか尋ねようとした相馬の耳に小さな音が聞こえた。
なんだ?と首をかしげているとユーがお腹を押さえて俯いている。
「もしかして何も食べてないとか?」
「うん・・・飛行機の中で毒とか入ってちゃ大変だからダメですってとめられたから」
「え?」
後半は小さい声で聞き取るできなかった為に尋ね返すとなんでもないと言われる。
「じゃあ、近くのファミレスに入ろうか」
「ファミレスって・・なに?」
「みんなでわいわい楽しむ所だよ」
少し説明がおかしいかもしれないが二人は近くのファミレスに入る。
ファミレスは昼時だから混むはずなんだが入口から空いている席がちらほらと見えた。繁盛していないのだろうか。
「いらっしゃいませー、何名様でしょうか?」
「二名です。禁煙席でお願いします」
「はい、どうぞこちらへ!」
やってきた店員さんの誘導に従って二人は禁煙席に辿りつく。
ユーが煙草を吸うのかわからないが煙が苦手という個人的理由で禁煙席を選んだ。
相馬が座り、ユーが座るのだが。
「ユーさん」
「なにかな?」
「何ゆえ、私の隣に座っているのでしょうか?」
「え、隣に座らないといけないんじゃないの」
真顔で尋ねてきた。肌と肌が触れ合う距離で座られて甘い香りが漂って脳がくらくらしてくる。
「違います! 向かい合うように座るんですよ」
そうなんだー、と笑顔を浮かべてユーは相馬の隣から向かい合うように席に移動する。
隣を見るとにこにこと営業をスマイルを浮かべている店員がいた。なんか、貴方楽しそうにしているようにみえるのは気のせいでしょうか?
「では、決まりましたらそこのスィッチを押しておよびください」
ぺこりと会釈して店員さんは足早に離れていく「ねえねえ!あそこに出来たてほやほやのカップルがいるわよー!」という叫びが聞こえたような。
「ねぇねぇ、このオススメハンバーグセットっておいしそうだね~。ナイト君は何を頼むの?」
「俺は・・・ペペロンチーノでも頼もうかな」
「そう。じゃあ、店員さん呼ぶボタンはこれだよね? 私が押すよ」
「どうぞ」
えい! ピンポーンとメロディーが奥から響き、少ししてさっき応対した店員とは別の人がやってくる。
「はい、注文窺います」
「えっと、この春のハンバーグセットとペペロンチーノで」
「春のハンバーグセットはソフトドリンクが一つ選べますが」
店員の言葉に相馬はユーに尋ねる。
「どれにします?」
「じゃあ、このメロンソーダというので」
「わかりました。では、注文を繰り返します。春のハンバーグセットが一つ、ペペロンチーノが一つ、あつあつカップルが一組でよろしいですね」
「全くよろしくねぇぞっていうか笹瀬川なにをしている!」
「バイトだよ。臨時の」
やってきた店員は同じクラスの笹瀬川。
腰より下の長い髪で活発そうな瞳は猫を連想させる。女の子でいつもバイトをして忙しいという事を自己紹介でいっていた気がする。
「臨時って、ここのバイトだったのか?」
「違うわよ~。ここの店長が私の知り合いなんだけど、バイトの子が急に欠席しちゃったからカバーするためにきてって呼び寄せたのよ。丁度暇だったからね。
そういう相馬君もなにやってるの?デートとは隅におけないわねぇ」
「デートじゃなくて道案内。あと何度もいっているけれど、そうまじゃなくて俺の名前はそうばだから。大事なことだし間違えないで」
「細かいよ。相馬君」
「・・・もう・・いいです」
また間違えたとその場で崩れた。そんなことはお構い無しという感じで彼女は質問を飛ばしてくる。
「それでそれで? 隣の超美人さんは誰。みたところ外国の人みたいだけど」
「ユーさん、日本にきたばかりだからってことで案内しているの」
「ふぅん、相馬君って意外と優しいんだね」
「意外は余計でしょ。それより注文ちゃんと受理してくれた?」
「はーい、ちゃんと受理しましたよ。ではお待ちくださいね」
営業スマイルを浮かべて笹瀬川は去っていった。
去っていた笹瀬川を見送ったユーはそのまま周囲の客たちを眺めている。
カップル、子連れ、学生の談話などを羨ましそうに彼女は見ていた。
「ユーさん?」
「日本の人達って聞いていたよりも生き生きしているね」
「・・聞いた?」
「ニュースや新聞だと・・・ほら、色々かかれていたから」
あぁ、と相馬は納得した。
「内戦が酷くて経済も建物もほとんど治っていないって新聞で読んでいたからどれほど酷いのかなと思っていたら・・みんな楽しそうにしてるから」
「ここも少し前までは酷かったんだけどね。どっかの大企業が再建に協力しだしたことで前よりもさらに設備が充実した街になっているんだ」
少し前まで大小さまざまな瓦礫が街中に放置されていたのだが少し前にある企業が街の再建に乗り出したことで半壊していた街があっという間に修築、増築になったと同時に横坂市として新たな名前を受けて生まれ変わった。
「そう・・なんだ」
今から三年ほど前の夏。東京都内各所でテロが起こった。
建物がいくつも倒壊して数多くの犠牲者を出したテロ。
噂では前もって脅迫文が総理大臣相手に届いたそうだが、ただの悪戯だということで握りつぶしてしまったという話がある。
テロによって被害を受けた建物は電子系統のシステムがたくさんおかれていた場所を含めて基地局も巻き込まれた。
これにより日本の電子システムの六割がダウンして日本は国家として致命的ダメージを受ける。
“壊れた夏”と称されたテロをきっかけで日本では武装した集団、つまりはテロリストだが、いくつも姿を見せた。
最初は警察が対応していたがある寺院で起きた発砲事件に通報に駆けつけた警官を大量の銃器が出迎え、尻尾を巻いて署に戻るという警察にとって恥ずかしいほどの事件が発生。
全ての事件に機動隊で対処するという異例の事態を引き起こした。
しかし、機動隊は数が少なく各地で次々と発生する事件に限界を感じた国会はある決断を下す。
自衛隊の投入。
段々と激しくなる状況に誰もが危機感を抱き、防衛手段として自衛隊の投入に誰も異論をださなかった。
都会の各地で待機していた自衛隊の姿を思い出す。
自衛隊投入が決まった時からこの国はおかしくなっていたのかもしれない。
地方の片隅でしか行なわれていなかった学生運動が大規模で行なわれ変な宗教団体がありえない速度で規模を広げて運動が激動。交通機関が一斉にストライキを起こす。
まるで性質の悪いウィルスが広まったかのように日本という国は目に見える速度で崩壊の一途を辿っていた。
海外から軍隊を派遣という案まででていたらしいが一年前。内戦は終わりを告げた。唐突に。
「あ、ユーさん少し注意」
「なに?」
「この国で内戦っていったらダメだよ」
少し声を低くして周囲に注意しながら話す。
「どうして? 新聞だと」
「表向きテロってことでこの国は通しているから、内戦っていうと癇癪起こす人がいるんだ」
「そうなの?」
内戦が終わって一年と少し程度しか経過していない為、熱が冷めていない人がちらほらといて、たまに大きな声で「あれは内戦じゃない!」と大声で揉めて警官が止めに入るというのを目撃した事がある。
横坂市は新しく誕生した街だけれどそこから住んでいた者や新しい住処を求めてやってきたテロの被害者達も多いのだが、中には過激派の人のいたらしくて最近も暴行事件が起こったいうのを小耳に挟む事があった。
「ほとんどの人は気にしないんだけど、偶にね」
「わかった。気をつける」
「おまちどーさま~」
話していると笹瀬川さんが注文したものを運んでくる。
「ペペロンチーノと春のハンバーグセットでーす」
「ありがと」
「うわー、おいしそう!」
目の前に置かれたのは普通のペペロンチーノと大きなハンバーグとポテトサラダ、ニンジンやコーンなどが鉄板型の皿の上に乗ってパンとコンソメスープの春のハンバーグセット。
ペペロンチーノは他の店と比べてかなり安いので金銭に余裕のない相馬にとって嬉しい限り。しかも食べてみると中々においしい。
おいしいものを食べている時に人は無言になることを聞いたがこういうところで無言になるというのは自分が庶民だからか?
隣を見ると、他のテーブルに向かったはずの笹瀬川が戻ってきた。
「あとこれはサービスね~」
笹瀬川はそういって二人の前にミルクプリンがのった皿を置いていく。
「おい、サービスって」
「カップル様限定のミルクプリンをどうぞ味わってください」
どどーん!と近くに貼られているポスターを誇示して笹瀬川は別の客から呼ばれて別のテーブルに向かう。
「うわー!おいしそう・・・ナイト君。どうしたの?」
「だからーカップルじゃないっていってんのに」
不思議そうに尋ねてくるユーに対して相馬は首を横に振って、笹瀬川の置いていったミルクプリンを睨む。
「ナイト君。これ一人分しかないみたいだけど、どうしょう・・」
「ユーさん食べていいですよ? 俺はペペロンチーノだけで大丈夫なんで」
「・・・・そうだ!」
ぱんと両手を叩いて何か閃いた表情をしたユーはスプーンで正方形の形をしたミルクプリンを器用にスプーンですくいあげると相馬の前に差し出す。
「はい、どーぞ」
「いや・・ペペロンチーノあるから大丈夫って」
「でも、私だけおいしいのを独り占めって悪い気がするし・・なによりおいしいものは一緒に分かち合いたいから、どうぞ~!」
そういって強くスプーンをぐぃっと押してくる。
これは受け取らないと彼女は下がらないと判断した相馬はぱくりとプリンを口の中に含む。
プリンというよりはゼリーに近い感触だなと感想を抱きながらそのまま味わう。世間一般でいうあーんをされたということは頭から排除しておいた。
「うん・・ミルクのほどよい甘さ。意外とおいしいなぁ」
「そう?なら私も」
ユーはスプーンでミルクプリンをすくってプリンを食べる。
「うーん、おいしい~」
「・・・・」
「どうしたの?」
「い、いや、なんでもないです」
おいしそうに食べているその顔に見惚れそうになりましたなんていったら絶対にからかわれてしまうと考えて誤魔化す。
「ほぉー」
「なんでここにいるんだ。笹瀬川さん」
「いいじゃないいいじゃない。私がどこにいようと自由だし~」
「店員が一人の客に構い続けるってどうかと思うんだけど」
「それはそれ、これはこれよ。あと少ししたら私休憩時間だし~こんな面白いものを見過ごすなんてことをするわけが」
「さて、おいしいものも食べ終わりましたしユーさん、次いきましょかー!」
えー、もういっちゃうの?と騒いでいる笹瀬川を放置して相馬とユーはファミレスを後にする。