七月一日
七月一日 AM11:30 横坂病院
羽鳥天月は部隊長の烏丸の命令で横坂病院に足を運んでいた。
横坂病院は都市の中で一番の規模を誇る病院であり、街の中心に位置し緊急患者を優先的に搬入している。
この病院の五つある中の第四病棟、そこは対自の職員が入院する場所にもなっていた。
彼女がここにやってきたのは二日前に入院した国友高校生徒会メンバーが作成した報告書を受け取る為。
「(あの時・・・・)」
羽鳥達、第八部隊が指定された場所で待機していると、空間が歪み雪崩のように国友高校生徒会メンバーが現れて、場は混乱した。
部隊長、烏丸の指示で重傷の彼らをヘリで搬入しようとしている時・・・・偶然にもミュータントとして能力が発動していた羽鳥は一人の人間の姿を捉える。
相馬ナイト。
自分が好意を寄せている相手があの場にいた。
生徒会の彼らなら何か知っているかもしれない、そんな期待を抱いて入院している病室に入る。
「失礼します」
「・・・・いらっしゃい」
「勝手に食事してはいけないのでは?」
病室に入ってすぐに容態を聞く前に羽鳥は大きなドーナッツを頬ぼっている曙リーサに聞く。
「大丈夫、先生に許可、とった」
「そう」
担当の医師がいったのなら自分がとやかくいうことではないと羽鳥は追求をしない。
目の前にいる彼女なら知っているかもしれないと思い、聞いて見る。
「貴方に聞きたいことがある」
「?」
「戦闘中に貴方と同じ年齢の男子をみなかった?身長175センチくらい」
「・・・・見てない」
「そう」
「何故、質問」
「見覚えのある人をみつけたから」
あの距離で自分が見間違えることはないけれど、戦っていた人達が知らないというのなら、何かと見間違えたのかもしれない。
「報告書の回収にきた」
「あそこ」
曙は丸いテーブルの上に置かれているファイルを指差す。
羽鳥はファイルの中身を確認する。
「お大事に」
「ありがとう」
最後に言葉を交わして、羽鳥は病室を後にする。
「・・・・もういいよ」
十分くらいして、曙が呟くとカーテンをどけて包帯を巻いた火町塔志郎が姿を見せる。
顔半分が包帯で隠されていて、痛々しい姿となっていた火町はため息を吐く。
「いきなり来られるとは思いませんでした、事前連絡はして欲しいものです」
「でも、良い子」
彼女の言葉に火町はため息を吐く。
「報告書のことですが、書いていませんよね?」
「約束、守る」
意識を取り戻してすぐに包帯を巻いた安倍彦馬が代表として現れて、二人にある約束を取り付けた。
吸血姫の撃退は生徒会で行われた、激しい戦いの為に長谷川ロナンは死亡、吸血皇は元から存在しなかった、他にはなにもみなかったと報告書に記す――というもの。
自分達の存在を公表する必要なし。
メリットがない、むしろ、こちら側にメリットがありすぎることに何か裏があるのではと疑った火町だが、安倍が「今回は色々とあるんだ、余計な詮索するな」と一方的に約束を取り付けて去っていった。
「我々は今回の事件、特に貢献できていませんからね。上からうるさくいわれて目的を阻まれたら困ります。これは必要な手段なんです」
「・・・・その割には納得してない様子」
曙の指摘をスルーして火町は中断していた読書を再開する。
頭の中ではもくもくと不満が募っていくのを適当ないいわけをつけて消していく。
火町を含め、生徒会に所属している者達はそれぞれの目的がある、そのために一番、手っ取り早い手段が国友高校生徒会に所属する事。
「(全く、やるせないものですね)」
何も一つない空き地に相馬ナイトはいた。
かなり広い敷地でビルが建てるほどの面積を有している、その建物の近くにいる。
「・・・・・・俺は・・・・」
立ち入り禁止と書かれている看板をみながら相馬は口に出さず、自分を責め続ける。
もう少し速かったら、
吸血皇を完全に屠っていれば、
彼女と話しているのに意識を向けていたばかりに潰され意識を失ってなかったら。
――魚座の魔法使いの動きに注意していれば。
「十六夜は、消えることがなかった」
出会って間もない相手だけれど、相馬の中では守らないといけない一人になっていた。
だから、後悔ばかり押し寄せる。
こうしておけばという気持ちが浮き上がって浮き上がって止まる所を知らない。
容器からあふれ出した水はどんどん流れ溢れていく。
「風邪、引きますよ?」
負のスパイラルに陥っている相馬を呼ぶ声に振り返るとエイレーネが立っていた。
彼女は傘をさして、こっちにやってくる。
傘に入れられてから相馬は雨がふっていることに気づいた。
「なんで、ここに・・・・」
「・・・・なんとなくです」
エイレーネは困ったような顔を浮かべて持っていたハンカチで濡れた髪をふいてくれる。
小さな手が髪に触れるたびにずきり、と何かが痛む。
「・・・・守れなかった」
――――震える声で、聞こえるか聞こえないか怪しいほど、小さく呟いた。
「失ってから、全部守るって決めていたのに――――守れなかった」
エイレーネは優しく髪を拭き続ける。
その間も相馬は吐き続けた。
後悔という感情を・・・・。
「少しで手が届きそうだったのに、また・・・・また、掴めなかった。俺は・・・・」
「それ以上は言っちゃダメです」
頬を両手で掴んでエイレーネが真っ直ぐに相馬を見る。
琥珀色の双眸は迷うことなく見つめて。
「そこから先をいってしまえば、今までナイトさんが助けてきた人達の全てを否定する事になります、貴方は今までに沢山の人を救ってきているじゃないですか・・・・ユーリン・ノーランさん、安倍さんの妹さん、剣立さん、そして・・・・私」
優しく包み込むように、エイレーネは目を逸らさない。
「今回の事を忘れろとはいいません・・・・けれど、今までを否定することだけはしないで、貴方がいてくれたから救われた人はいるのですから」
「・・・・・・」
相馬はゆっくりと傘から、彼女から離れる。
心配している彼女の前で相馬は空を見た。
濁っている雲から降り注いでいる雨、まるで今の自分の気持ちを表しているかのような天気。
「俺は・・・・もっと、強く・・・・なれるかな? エレネ」
「なれますよ。ナイトさんは誰よりも強い、弱い人のために手を差し伸べられる優しい魔法使いになれます」
――強くなりたい。
今よりももっと、
もう、後悔したくないように。
泣いている人の手を今度こそ掴むため。
相馬ナイトは今よりも、強くなる事を決めた。
「いやぁ、あれは予想外だったね。まさか、吸血皇が枝の欠片をもっているなんて」
立ち入り禁止区域、そこで真っ黒ともう一人は話をしている。
「アレのせいで、魚座の魔法使いに何か勘ぐられないといけないけどね~」
「大丈夫だよ。存在は敵対する者だけれど、根っこの部分は自分達と同じ、滅びを求める者に変わりはない」
まぁねと呟いてから、真っ黒に尋ねた。
「次はどーするつもり?」
「続けて、枝を利用する・・・・それと」
真っ黒の言葉にもう一人は驚愕に顔を染めてから、おそるおそる尋ねた。
「危険じゃないの?」
「あれは力が発動すれば、やってくる。力をぎりぎりまで抑えておけば自分達にとっていいタイミングで現れてくれるよ。コッチにとって良いタイミングでね」
真っ黒はフードの中でにやりと笑う。
つられて、もう一人も笑い出す、
「じゃあ、気をつけてね。向こうにはこっちよりも厄介な存在が多いからね~」
「了解、まぁ・・・・そろそろ、動き時だよねぇ、色々と」
「楽しみ?」
笑顔で向けられた言葉に真っ黒はにこりと、微笑んで。
「す・ご・く・た・の・し・み」
――狂った声で応えた。




