六月二十九日
六月二十九日 PM16:25 公園。
「気がつきやがったか」
「ナイト君!」
目を開けると、安倍彦馬と剣立鳴海が顔を覗き込んできた。
「・・・・あれ、俺は」
少し朦朧とする頭をおさえるようにしながらベンチから体を起こす。
「どこも怪我とかしてない? 僕のことがわかる?」
剣立が心配して矢継ぎ早に質問をしてくるが答える余裕がない。
「・・・・二人は、どうしてここに」
「例の吸血姫がここらにいるということを掴んで公園にやってきたらお前が倒れていたのを見つけたんだよ・・・・なにがあった?」
安倍はだいたいの予想を頭の中でたてているのか前置きをおいて本題を切り出してくる。
心配とかそういうのがないだけ、今の相馬にとっては救いだった。
相馬は二人に話した。
少し前から十六夜と名乗る少女と出会っていたという事、彼女と契約をして恋を教えるという約束をしていて、今日はデートをした。その最後に、廃墟に飛ばされてさよならといわれ、理由を聞く暇もないまま意識を手放してしまったこと、全てを伝える。
伝えて相馬は悩んだ。
これからどうすればいいのか、迷っていた。
十六夜と会ってもう一度話をしたいという気持ちと会ったところでなんとかできるのか?という疑問がせめぎあっている。
あの世界にいけたとしても、彼女に運よくもう一度会えたとしても、彼女になんといえばいいのだろう。
問い詰めた所で、彼女の決意は揺らがない、そういう目をしていた。
強い決意を秘めている相手にどうすればいいのか。
そもそも自分がいくことは迷惑になる、決意して追い出したというのにのこのこと目の前に現れたら彼女の気持ちを踏みにじる事になってしまう。
彼女の気持ちを踏みにじってまで会いに行く必要が・・・あるのか?
「・・・・お前、ふざけんなよ」
「え」
安倍の言葉に顔を上げたところで顔に痛みが走って地面に倒れる。
非難する剣立の声を聞きながら胸倉を掴んで無理やり体を起こされた。
「何にぐだぐだ悩んでるのかはしらねぇ、お前のことだからなにをはなせばいいのかとかくっだらねぇこと考えてんだろうな・・・・いいか! 一度しかいわねぇから耳の穴かっぽじってよぉく聞いておけ! お前はぐだぐだ考える事ができるほどデキタ人間なんかじゃねぇ、うだうだ考えるのは全てが終わってからにしろ! お前がいましたいと思っていることはなんだ? お前の覚悟の中身をいえ!!」
「・・・・俺、は」
胸倉をつかまれたまま、相馬は一度、目を瞑る。
自分がなにをしたいのか、未来のことは考えず現在したいことを。
カッと目を開いて相馬は叫ぶ。
「・・・・十六夜と会う!会って話をする」
「けっ」
つまらなそうに舌打ちをして胸倉から手を離す。
「バカがぐだぐだ考えてんじゃねぇよ。そういうのは頭がよくなってからしろ」
「てめぇにいわれたくねぇよ」
「んだとぉ!」
「そ、それよりさ!どうやってその人のところに会いに行くわけ? 僕らは移動手段なにもないんだけど」
剣立の指摘に相馬はしまったと顔をゆがめる。
彼女に会いに行くと決めたはいいがどうやっていくのか、その方法がなかった。
安倍もそのことを忘れていたのか、あ、とマヌケな声を漏らす。
三人の下に声が響いた。
「全く、貴方達はそれでも人間ですか? 幼稚園児からやり直す事をオススメします」
その声は酷く呆れたような感情を混ぜ合わせながらも淡々と飛んでくる。
けれど、その声が今の相馬にとってはやけに頼もしく思えた。
「急いできてください、お嬢様の手を煩わせたくないので」
「どういうことですか?」
火町は目の前で両手を広げている十六夜に尋ねる。
彼女を排除する為に持っている力を使ってこの時間が異なる空間にやってきた。
ここは自分達が生活している世界とは異なる場所にある、一説では世界として構築できずに周囲に散らばっている欠片。
その欠片に侵入することなど、空間操作や魔術に長けた吸血姫と呼ばれている者達が使えると契約の相手が授けた知識の中に入っていて、火町は警戒していた。
なのに。
「貴方は抵抗せずに我々に殺されるつもりなのですか?」
両手を広げて受け入れようとしている彼女の姿に火町は戸惑いながらも問う。
自分から殺される事を望む、そんな敵は今までに存在しなかった。
この世界にやってきた敵――迷い込んできた者のほとんどは敵意をもって自分達に襲い掛かってきて、火町はそれらを撃退する。
中には苦戦するような相手がいた、けれど。
目の前の少女のように殺されることを望むなんていう者はいなくて、突然の事に火町の頭でどうすればいいのかという案が浮かんでは消えるという混乱が起こる。
そんな中、事態は急変した。
頭上から降り注いだ殺気と同時に衝撃が火町と曙を襲う。
鼓膜を突き破らんとするほどの音と揺れが体に降り注ぐ。
「一体・・・・!?」
「ちっ、んだよ。二人とも生き残ったのか」
体の無事を確認して何が起こったのか確認しようとして声が聞こえてさらに火町の顔に驚きが走る。
「長谷川君・・・・一体」
「何で俺様がお前らを攻撃したのかって聞きたいんだろ?」
にたにたと悪者のような笑みを浮かべながら長谷川は服についた土埃を払い、鋭い瞳を向ける。
「その通りです、キミは我々の仲間では」
「―――くっだらねぇ」
一蹴して長谷川は笑う。
「いいか、副会長、力っていうのは自分のために使うもんなんだよ。お前らみたいに飼い犬になってへいこらへいこらこき使われる為にあるんじゃねぇ、俺は俺のしたいように力を使う、その為に協力しているのさ」
人をバカにした笑みで火町を見下し。
「命令でソイツにしなれたら困るのさ・・・・なぁ」
風が巻き起こる。
竜巻のように吹き荒れて砂が舞う中でゆっくりと地面に魔法陣のようなものが現れてそこから姿を見せる。
「―――吸血皇様」
「なっ!?」
魔法陣から現れたのは銀髪に赤い細目、純白の肌に黒いマントを羽織った男。
現れた男に長谷川が吸血皇と呼んだ事で火町は目を見開いて、動揺する。
吸血皇、数多く存在する吸血鬼の中でトップに君臨しているとされている王。
異世界に渡り力を得る過程で、何度も伝説と謳われてきた恐怖の存在。
それが吸血皇。
相手がどのように動くか緊張している中でゆっくりと吸血皇は離れた所にいる十六夜へと近づこうとした。
「来るな」
ぴしゃりと彼女は拒絶の言葉を投げる。
「酷い言い草だね、七万四千百五十時間ぶりの再会じゃないか。そんな邪険に扱う事もないだろう?」
「私はお前に会うつもりはないとあの時いったはずだ」
「約束のことかい? あれなら双方の同意があってこそ成り立つものだよ? キミの言葉に私は同意したかな、しんていないだろう?ならば、約束とはいえないものなのだよ。それに・・」
吸血皇は独占欲の強い目で十六夜の綺麗な体を眺めて。
「妹であるキミが姉のしでかしたことに責任を取るものじゃないのかな?」
「・・・・・・」
姉という言葉に十六夜は体を鎖でがんじがらめに拘束されたみたいに動けなくなってしまう。
動揺している彼女を見て、ほくそ笑んでいる吸血皇がゆっくりと手を伸ばそうとする。
「――――十六夜!」
はっ!と吸血皇の手を払いのけて彼女は見上げる。
薄暗い空から相馬ナイトが落ちてきた。
「ソウバナイト!!」
十六夜は落下する彼を抱きとめる。
そっ、と地面に下ろして彼女は相馬をマジマジと見た。
「なんで・・・」
震える声で尋ねた。
さよなら、といったのに。
もう会わないと思っていた。なのに彼はやってきた。
何度目かになるかわからないけれど、自分の前に姿を見せて。
「なんで、なんで、また」
殺されてしまうかもしれないのに。
キミを守る為に遠ざけたのに、なんでまたこうやって顔を見せる? どうして笑うんだ。
「そんなの・・・・決まってんだろ」
十六夜の肩を掴んで叫ぶ。
「俺が、お前と会いたいからに決まってんだろ!!」
「・・・・私に、会いたかった?」
「そうだよ」
「何故?」
十六夜は本当にわからないという顔をして尋ねてくる。
何故、と尋ねている瞳を覗き込み。
「俺が会いたいと思ったからだ!何故もへったくれもない!」
「・・なんだ、それは、わからない・・わからないぞ」
唇を震わせながら彼女はわからないと繰り返す。
「――おい、そこの人間」
吸血皇は面白くないと顔を歪めながら相馬を呼ぶ。
「そこの娘は私のモノだ。すぐに離れろ。汚らわしい人間が触れて良いものではない」
鋭い眼光に臆さずに相馬は睨み返す。
「十六夜はモノじゃない」
「いいや、モノだ。それは私と婚約をする。醜い人間風情が」
「・・・・・・黙ってろ」
吸血皇の言葉を最後まで聞かずに遮る。
「なん・・だと、貴様はなんと」
「黙ってろっていったのが聞こえなかったか!中二病みたいな格好したヤツが口を挟むな!!」
近づこうとした吸血皇の足元に水と式で構成された炎が地面にぶつかって蒸気を生み出す。
「悪いけれど、ナイト君の邪魔はさせないよ」
「外野は黙ってろってことだ。メインはあっちなんだからなぁ!」
村雨丸を構えた剣立鳴海と式神の札を手に構えた安部が二人を守るように立つ。
不快感と憎悪が混じった表情をした吸血皇は興奮して唇の隙間から牙がはみ出る。
「十六夜、お前がどうしてここにきたのかはわからないから何も言えないけれど、俺はまだお前との約束を果たせていない」
「・・・・もう、いいんだ」
首を横に振って彼女はもういい、と呟く。
「私がここにいたら彼らのように殺そうとする者達がやってくる、自分の住んでいる世界を捨てたものは怪人となり他の世界から拒絶されてしまう・・・・そんな私と一緒にいたらお前まで拒絶されてしまうかもしれない、だから」
「だから、お前が独りぼっちになっていい理由にはならない!」
憤りを感じた。
それは世界に対してなのか、仕組みを作った者になのかはわからない、けれど、少女が独りぼっちで、周りからも拒絶されて救いがない歪が、気持ち悪く、許せなかった。
「お前が世界から切り捨てられたとしても独りぼっちになっていい理由なんかない、そんなの俺は絶対に認めない! だから」
戸惑っている彼女に向かって相馬は手を伸ばす。
「しきたりとか決まりなんか関係ない!気にすんな! どうしたいか、お前が決めろ!十六夜!」
「わ、私は・・・・」
「俺は絶対に拒絶しない、お前を!」
瞳を揺らしながら手、顔を、何度もみながら震える手をゆっくりと伸ばして掴む。
大きな手が包み込むようにして十六夜の手を握り締める。
何もかも受け入れてくれそうな暖かくて大きな手に彼女は笑顔を浮かべて。
―――そんな彼女の目の前で相馬は漆黒の巨大な足に踏み潰された。
「・・・・・・・・・・・・・え?」
壁に暖かい何かが飛び散る。
震える手でそれにゆっくりと拭う。
―――彼の指の肉片と血が掌の上で転がっていた。
『はっ、吸血皇に逆らうからこーんなことになっちまうんだよ』
バカにしたような声が上から聞こえて、十六夜は見上げる。
黄色い瞳が目を細めて自分の足元を見てにたにたと笑っていた。
少し前に自分に襲い掛かってきたフェンリルだと気づくのに時間はかからない。
十六夜は呆然とした表情で手の中にある指に触れた。
まだ暖かい、けれど、段々と冷たくなってきている。
「・・・・・・・・いなくなった」
焦点の定まらない瞳が指とついている血を交互にみた。
なんとかできるかもしれない。
隣に相馬ナイトがいてくれれば、もしかしたらこの世界でも、怪物となった自分でも生きる事ができた。
――でも、いない。
壊せ、全てを狂わせろ。
何もかも、破壊してしまえ。
―――それができる力が、お前にはあるのだから。
「お前がいないなら・・・・壊しても変わらないか」
どす黒い感情に染まっていく中で掌にある血を舌で舐める。
ゆっくりと、優しく扱うように、吸血〈ドレイン〉した。
ドクン、と彼女の体が大きく震え、背中から翼が飛び出す。
血のように真っ赤な翼、唇からはみ出すように白い牙が出る。
地面を蹴って、十六夜はフェンリルの顎を蹴り飛ばす。
蹴られたフェンリルは悲鳴を上げて後ろにひっくり返った。
『がはっ!?な、なんだと』
契約の力を使って変身をしている長谷川が捉えられないスピードに驚き、体を起き上がらせようとする。
けれど、
「逃さない」
フェンリルの腹の上に降り立つ、逃げられないようにする。
自分よりも小さな存在だから蹴り飛ばせばと前足で叩き落そうとするが手で掴まれてしまう。
感情の篭っていない冷たい瞳がフェンリルを見下す。
「私の友達を殺した貴様は」
一言、一言、言葉を紡がれるだけで長谷川の寿命が削れる気分。
いや、違う。
ゆっくりとだが、彼女の口に文字のようなものが吸い込まれていた。
文字が吸い込まれる度に長谷川の記憶が少しずつ消える。
記憶が吸われていく。
『や、やめ!』
逃げようと暴れていたがしっかりと拘束されていて逃げられない。
必死になっている長谷川はぼんやりとこちらを眺めている吸血皇に気づいて助けを求める。
『き、吸血皇! た、助けてくれ! このままじゃ、俺の存在が』
「あぁ、うん」と返して、吸血皇はなにもしようとしない。
その間にもフェンリルの体の半分が消滅を始めている。
『お、おい!?なんで』
「質問なんだけど、なんで君を助けないといけないのさ?」
『は、はぁ!?』
「ていうかキミ、少し馴れ馴れしいよ?王様である私にそんな態度をとるものはそのまま食われて消滅してしまいなさい」
慇懃無礼、自己中心的な発言にさすがの長谷川も予想外すぎたのはマヌケな表情を浮かべつつ、次第に怒りの表情に染まる。
『ふざけん・・・・なぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!』
吸血皇に怒りの咆哮をあげるけれど、彼は眼中にないのか、真っ直ぐに十六夜の姿を眺めている。
『が・・・・あ・・・・ぁ・・・・?』
体の七割が消滅し始めたところで長谷川の様子がおかしくなる。
変身は既に解けて、舌がだらりとでて、ぼたぼたと涎が地面に落ちて、瞳からは段々と生気が消えていく。
「・・・・・ぺっ」
その光景を見て、何かを思ったのか十六夜は吸うのを止めて、半ば吸っていた文字を唾液を飛ばすみたいに地面にこぼした。
「何やってんの? 最後まで吸っちゃいなよ」
虚ろな表情をして動かない長谷川の顔を吸血皇が踏み潰す。
「そんなことをしなくても、どうせこいつは助からない」
「甘い!甘いよ、そんなことをして何の意味があるの? 私達は頂点に君臨する絶対者でなければならない、下級の相手にいちいち慈悲を施していたらこいつらは調子に乗るばかりだ」
「・・・・そういう貴様も勘違いしているみたいだな」
「あ?」
「私は貴様と歩むつもりはない・・・・そこの人間!」
十六夜は固まって動けない火町と曙に視線を向ける。
赤い瞳にみられて二人は首根っこを掴まれたような顔になった。
「この私を殺せ」
そんな彼らに十六夜は叫んだ。
「私を殺せ!」
「・・・な」
「どういうことだ!キミは私と」
激昂して吸血皇は十六夜を掴もうとする。
けれど、彼女はその手を払いのけた。
「私は貴様の思い通りになるつもりはない・・・・そうなるくらいなら死を選ぶ」
吸血皇の嫁にならない。
彼女は強い拒絶を死という形で明白にしようとしていた。
突然の事に吸血皇、曙、火町ですら呆然とした表情をしている。
「「ざけんな!!」」
その中で、二人の人間が怒った。
安倍彦馬と剣立鳴海。
「そんな簡単に死ぬなんて軽々しく口にださないでよ!」
「剣立のいうとおりだ、てめぇ・・・・なにもみていなかったのか!?」
「・・・・何を言っている!私なんかがいたせいで、ソウバナイトは・・・・キミ達の友は死んで」
「はっ!」
十六夜の言葉を鼻で笑って安倍は遮る。
「あんなけむくじゃらの犬に踏み潰されたくらいでアイツが死ぬわけがねぇだろ?お休みタイムだってーの、こんな中二病全開野郎なんざ、俺様だけで十分だ!」
「安倍君の言うとおりだよ、僕の知っているナイト君はこんなことでくたばったりしない、泣いている子がいるのに手を差し伸べずに終わるなんてことは絶対にしないから」
「だ、だが・・・・」
「―――キミらさ」
安倍と剣立は無言で、声の主、吸血皇に目線を向けた。
「なに、つまらない芝居なんてしているのさ? そんなことをするぐらいなら死ね、てか、偉そうに私の所有物に手を出さないでもらえるかな?」
吸血皇はつまらないものをみるような目で二人を見下した。
「は! 王様気分も今のうちだ、俺様の手でてめぇを裸の王様にしてやる!」
「自分中心でいると痛い目をみるって思い知らせてあげるよ」
その態度に安倍は小バカにしたように、剣立は静かな怒りで返す。
「ふん・・・・余興だ。こいつらの相手でもしてもらうか」
靴底で地面を叩くと二人を囲むようにしていくつもの魔法陣が現れて、そこから異形の怪物が姿をみせる。
「私のコレクションのようなものだ、マンティコア!バジリスク!そいつらを殺してしまえ」
「そんなこと!」
十六夜が怪物達を始末しようとするが、囲むようにして赤い結晶が地面から現れて、動きを封じる。
結晶から出ようと手を伸ばすと紫電が発生して激痛が起こった。
「キミはそこで見ているといい、無残に食い殺されるこいつらの末路をね」
二人を囲むようにして一匹のバジリスクが口から舌をちろちろと出し、三匹のマンティコアは獲物を睨んで逃さないようにしていた。
四体の魔物がじりじりと包囲網を形成しようとしているのを見て、安倍と剣立が構えようとする。
「遅い」
刹那、黒い影がバジリスクに襲い掛かった。
あまりの速さに誰も気づけない。
気づいたのは両目を抉られたバジリスクの悲鳴が轟いてから。
「てめぇ、なんで」
突然の事に戸惑いながらも安倍は声を振り絞って現れた黒い影に尋ねた。
「・・・・あれは、危険。排除、する」
漆黒の大きな処刑鎌を片手にもった曙リーサはぽつりと呟く。
「目、みたら、死ぬ」
「は?」
「全く・・・」
片言の言葉に安倍が理解できず固まっていると火町がため息を吐きながら傍にやってくる。
「バジリスクの目は魔眼になっていて、直視してしまえば命を落としてしまう呪いがあるのです、なので曙さんは鎌でバジリスクの目を潰したんですよ」
「ご説明、どーも、んで、てめぇはどうするつもりだ?」
「生徒会メンバーが牙をむいてしまったんです、やらなければ私達も消滅するのは目に見えています・・・なにより」
鋭い視線を吸血皇に向ける。
「こちらの仲間をゴミみたいに扱ったあいつを赦せない」
声に混じっている怒気に安倍は気づいたが深く追求しない。
彼らにも思うところがある、それだけのことだ。
「なら、まずは目の前で唸っているけむくじゃら共を倒すことをはじめようぜ」
「そのことですが」
三体が今にも飛び掛ってきそうな状況の中で火町はゆっくりと前に出る。
「ここの三匹は私が相手をするので三人には吸血皇の相手をしてもらえないでしょうか?」
「は!?なにいってんだ!こいつら神話レベルの魔物だぞ!そんなのに一人でやりあうなんて無謀にも程が!」
―――ザン、ガン、ドォン!
安倍の言葉を遮るように火町を囲むように地面から大量の武器が生えてくる。
槍、剣、斧、をはじめとしてみた事のない武器まで様々――。
「“武器再現領地(Weapon・Re:birth)”を展開した私の前でこの三匹など雑魚以下ですので・・・・お願いします、鎌を所持している曙さんと妖刀を持つ剣立さん、そしてとっておきをもっている安倍さんならなんとかできるでしょう?」
「・・・・・けっ」
挑発的な火町の言葉に安倍は口の端を歪めて笑う。
「お前の殴る分がなくなっても文句いうんじゃねぇぞ」
「期待していますよ」
安倍は背を向けて二人と一緒に吸血皇のほうに走る。
追いかけようとしたマンティコアの足元に槍を投擲し、火町は不敵に笑う。
「キミ達の相手はこの私です・・・・覚悟するといい、ここにあるのは幾多もの戦場で己を削り朽ち果てたものもあれば今も覇道を突き進んでいる物ばかり。覚悟なきものは去る事をオススメしよう」
マンティコアは唸り声をあげて襲い掛かってくるのを見て、火町も地面から武器を引き抜いてかなりの距離まで近づいているマンティコアの足に剣を振るう。
刃が足に食い込んで鮮血を撒き散らして悲鳴を上げる魔物に槍を投擲する。
槍が喉笛を貫いてどぼどぼと零れ落ちる血を避けながら剣を捨て、地面に生えた斧を掴むとそのまま地面を蹴って上空に舞い上がりマンティコアの首に斧刃を突き立てる。
肉と骨を砕くように斬り、首と胴体を両断した。
断末魔を残さずに一匹が死亡する。
「まずは一匹目です。さて、次にくるのはどちらですか?」
返り血で染まった斧を投げ捨てて地面に突き刺さっている武器を手にとって微笑む。
その姿は獲物を前にした野獣、火町が放つ雰囲気に自然とマンティコア達の足が後ろに下がった。
けれど、野獣は獲物を逃さない。
離れようとした獲物を野獣は狩るために武器を携えて襲い掛かる。
「よぉ、暇そうだな、王様ヨォ」
「そうだね、雑魚の争いをみているというのは暇で暇で仕方がないよ」
安倍達が吸血皇と対峙する、けれど、相手はやる気がないのか覇気が薄い。
飽きっぽい性分なのかと分析をしてみるが判断しがたいところだ。
そもそも、高圧的になったり飽きたりどういう性格だよ、と考えていると吸血皇が掌に真っ赤な槍を生み出す。
「うん」
小石を川に向かって投げるような自然の動作で安倍に向かって槍を投擲しようとする。
「【止まれ!】」
投げようとする寸前に安倍は言霊の力を発動させた。
体の動きを止めて吸血皇は槍が投擲できなくなる――――はずだった。
「なに!?」
あまりに自然に投げられて安倍の反応が遅れた。
やべ、と防護術式を展開しようとした目の前で黒い刃が槍を受け流す。
「す、すまねぇ」
「注意、あれ、神格レベル・・・・・鎌、ボロボロ」
処刑鎌は赤い槍によって刃こぼれしているばかりかところどころ穴が空いている。
「何をしようとしたのかわからないけれど、僕を操ろうとするにしては全然、レベルが足りてない力だねぇ・・・・それにしては、この槍を受け流すなんて神に匹敵する力を持っているんだねぇ、少しは楽しめそうかな?」
「・・・くっ」
「曙さん!」
吸血皇は会話をしている間も赤い槍を投げてくる。
魔力で構成されていてかなりの威力もある、その槍をを何発も投擲しているのに疲れている様子を見せない。
「正真正銘、化け物ってことかよ」
防護術式を展開して曙と剣立を守るので精一杯の安倍は悪態をつく、隙を見て剣立が村雨丸で反撃をしているが片手で受け止められてしまっていて、アレを呼ぶための詠唱時間もない。決定打がない状態が続く。
これが皇と呼ばれるヤツの力なのかと歯軋りする。
神格を有すればこうも規格外になりえるのか?
「ちっ、いちかばちかで」
「―――その必要ありませんよ」
槍を投げようとしていたところに剣が投擲されて、小さな爆発が起こった。
「マンティコアを倒し終えましたのでそろそろ参加させてもらいます、私が殴る分は残っていますかな?」
「ちっ、いいタイミングでくるもんだな副会長さんよぉ!」
武器を携えてやってくる火町は無傷だが、纏っている服はボロボロになっていた。
増援でこれならなんとかなると思った瞬間。
―――魔力の爆発で大地が揺れる。
全員が揺れる大地の中で倒れないように踏みとどまっている。
そんな中でゆっくりと爆発の中心にいる吸血皇が姿を見せた。
余裕、怠惰という表情が消え去り憤怒一色に染まり、背中から漆黒の翼が空に向かって伸びる。
「き、吸血したのか」
漆黒の翼を見て冷や汗を流しながら火町は震える声を絞り出す。
「てめぇらは殺す。存在を欠片も残さずに俺様に歯向かったという事実を胸に抱いて恐怖の海に沈みやがれ」
槍を展開する。
さきほどのものよりも血のように赤く、どこか黒い槍。
一つだけじゃない、無数に展開して槍を投擲しようと手を掲げて。
「いけない!」
火町は持っていた武器を構えて安倍達の前に出る。
吸血皇の放った槍が次々と飛んでくるのを両手に持つ武器を巧に操って弾き飛ばしていく。
しかし、神格レベルの攻撃を名もなき武器がずっと耐え続けていられるわけがなく。
「くっ!」
根から折れた武器を捨てて、別の武器を手に取ろうと手を伸ばす。
けれど、その間も槍が飛来して火町や後ろにいる安倍達にも襲い掛かっていた。
安倍は悪態をつきながら、もっている札を全て地面に叩きつけて防護結界を展開する。
「そんなちゃちなもので防げるわけがねぇだろうがぁ!」
怒涛の槍の雨がさらに降り注ぐ。
「――あぁ」
閉じ込められた結晶の中で十六夜はボロボロになっていく彼らを見ていた。
見ているだけしか出来ない事に歯がゆさを感じて暴れるけれど、既に吸血して伸びていた翼は引っ込んでいる。
今の自分では何も出来ない。
彼らを逃がす事も、ここを壊して吸血皇を倒すことすら。
「(姉さんがいたら・・・)」
浮かぶのは唯一の肉親となってしまった最愛の姉
「(姉さん・・・・)」
十六夜には二つ歳の離れた姉がいた。
自分よりも綺麗な髪を揺らして、子どもみたいに色々なものに興味を示してドレスが汚れるというのにはしゃぎまわって心配をかける、
霊木に登るという無茶をして、怒られて落ち込んでいたけれど、自分を見つけると笑顔になってあっちこっちつれ回したりして懲りない。
そんな姉を十六夜は大好きだった。
『ねぇ―――――』
ある日、お城のテラスで夜空を眺めていた時、姉は急に尋ねる。
『恋ってしたことある?』
『私はね? しちゃったのかもしれないの・・・生まれてはじめての恋』
『恋っていうのがこんなにドキドキしてしまうものなんて知らなかったわ、あの人の事しか考えられなくなっちゃうの。あぁ、今なにをしているんだろうとか私の事を思い出してくれたりしているのかな~って考えてしまって・・・・苦しくなって、でも、その気持ちがさらに愛おしくさせてくれる』
夜空を眺めている姉は今までにみたことのない高揚した表情をしていて、酷く不安になった。
『あ~。まだ貴方にはわかんなかったかな?でもね』
不安な顔をしていたのが姉にばれて、苦笑しながら手を握りながら微笑む。
姉の笑顔は一種の魔法だった。
みれば不安で、泣きそうになる自分の心を落ち着かせてくれる。素敵な魔法。
『―――いずれ、わかると思うわ』
次の日、姉は姿を消す。
その時に十六夜は知ってしまった。
姉は吸血皇の嫁として嫁ぐ、嫁がないということで一族の中でもめていたということ。
先代を殺した現吸血皇は酷く傲慢な性格で、欲しいものは多種族を滅ぼしても手に入れるという性格をしている。
そんな吸血皇が欲したのが姉、要求を跳ね除けてあろうことか姉は別の世界へと飛び去ってしまった。
異世界へ飛ぶことは一族の中で禁忌とされていて、渡ったものは魔王に匹敵するほどの力を有する危険分子という烙印をおされこの世界に居場所はない。
大好きな姉が危険分子となったことにショックを受けながらも十六夜の頭の片隅ではあることが気になっていた。
「(恋とはなんなのだろう)」
一族を、自分も捨ててまでその恋は大事にされるものなのか?
姉がいなくなってからずっと十六夜は恋という存在について考え続けた。
どれだけの本を調べても、一番の賢者に尋ねても答えを得られない中、吸血皇が今度は自分を嫁によこせといってくる。
反対した十六夜の両親は吸血皇の怒りに触れて殺された。
両親が殺された事で十六夜は吸血皇の臣下を数人、殺して自分の世界を捨てる。
姉との思い出が詰まっている世界を捨てる事に抵抗はあった。
でも。
恋をしればわかるかもしれない、姉が自分のいた世界を捨てた理由がわかる。
―――そして、自分は相馬ナイトという少年と出会った。
「・・・・ソウバナイト・・・・」
震える声で彼の名前を呟く。
ちくり、と小さな針が心臓の中心をつくような痛み。
自分が関わってしまった為に命を落とした。
恋を知りたかったから、偶然、ここにやってきた彼と契約したから。
「・・・出会わなければ良かった」
彼と契約して、この世界の事を聞いてから。
二人だけで話をして。
でーとをしなければ。
「出会わなければ、こんなことにならなかったんだ」
「そんな悲しい事いうなよ・・・・」
十六夜の体を封じ込めていた結晶が音を立てて砕け散った。
いきなり結晶がなくなったことに彼女は呆然とした表情で前を見る。
ガラスの破片みたいな欠片になった結晶がゆっくりと地面に落ちていくのと混ざるように赤い粒子がちらちらと舞う。
十六夜は目を見開いて結晶を砕いた者をみた。
「よぉ、助けに来たぜ?」




