六月十六日
ようやく書きあがりました。
「私に恋を教えてくれ」
流れる銀髪を揺らして目の前にいる少女は言葉を紡いだ。
廃墟と化している街の中心で、一人の少女が、目の前にいる少年に紡いだ言葉。
空は厚い雲に覆われていて日の光が降り注ぐ事がない世界。
二人だけの世界といっても過言ではない場所での告白。
「こい?・・・こいって、恋か?」
一瞬、川や池の中で気ままに泳ぐ魚を連想してしまいそうになった。
「その恋だ」
「ちょっと待ってくれ・・・えっと・・・名前は?」
「*жΦΣ#ΜΚ」
「・・・・はい?」
少女が言葉を紡いだと思うと理解できない羅列が飛び出した。
「どうやらこの世界では私の名前をいう事はできないようだ」
少女はどこか寂しげな表情で俯いた。
この出会いが新たな事件の始まりだった。
六月十六日 AM8:25 国友高校 一年四組
六月、じめじめとした梅雨の季節がもうそろそろかもしれないというのに空は快晴でこれでもかと日光が容赦なく歩いている者を照らしている。
額に浮き出る汗を拭いながら地球温暖化によって気象がおかしくなりつつあるとニュースで話しているのを今更ながら相馬ナイトは思い出した。
六月ってこれといった行事がないから休みもないから日曜が唯一の休日。
「あちぃ・・・」
ぺらぺらと下敷きで顔を仰ぎながら窓から降り注ぐ日光を睨む。
国友高校のクラスにはカーテンとエアコンが配備されている、けれど、エアコンは教師が管理していて、HRがはじまらないと機能しない。
カーテンは少し前にクラスメイトの一人が絵の具をぶっかけてしまって、現在クリーニングにだされ日光と熱気から身を守るものが一つも無かった。
「夏服にチェンジしても暑いなぁ」
袖口に青いラインが入った半袖のシャツをみながらため息を吐く。
「ナイト君! おはよー!」
「よぉ、剣立・・・・・」
後ろからクラスメイトで親友の剣立鳴海からの挨拶に答えて振り返った相馬は言葉を失った。
剣立鳴海は自分と同じ袖口に青いラインが入った夏服を着て黒いズボン。
それだけで言葉を失うほど相馬はコミュ症というわけではない、彼が驚いているのは。
「剣立、髪、どうしたんだ?」
「あ、わかる?」
剣立は周囲を覆うように伸びた髪をそのままにしていて、ボブショートみたいな髪型をしていたのだが、髪を整えて短いポニーテールみたいな感じになっていた。
「心機一転といえばいいのかな、今までの自分とこれからの自分は違うんだぞぉーっていう決意みたいなものだよ、変かな?」
「いや、似合ってるぞ・・・・ん」
「本当!?嬉しいなぁ、ナイト君にそういってもらえるなんて~」
肯定してすぐに男にポニーテールが似合っているといっていいものなのかと少し悩む、けれど、剣立は戸籍上男であるだけで、ややこしい位置にいるから当人の気持ちによるのかな?と体をくねくねして喜んでいる剣立を見ると、なんかどうでもいいような気になってくる。
くねくねしているのをそろそろ止めたほうがいいかな?とクラスメイト達の視線が集まってきているからどうするかと考えていると。
「ねぇ、ナイト君」
もじもじと胸の前で手を動かしながら剣立は尋ねてくる。
気のせいか、じりじりと距離を詰めていく。
後ろに下がろうにも窓と壁があるから動けない。
「なんでしょうか?剣立さん」
「それだよ」
むすーっと食べ物をくわえたリスみたいに頬を膨らませて剣立が抗議する。
「えーっと、なにが?」
「どうして、剣立って呼ぶのさ」
「・・・・・・・・・・・・・・ふぁい?」
意味がわからないという顔をしているとずぃっと距離を詰められた。
「僕はキミの事を大好きで、大切な友達だから名前で呼んでいるのにさ、ナイト君はいつまで経っても僕の事を剣立、剣立~って呼ぶだけで一向に名前で呼んでくれないじゃないか! 大江戸村で僕にいってくれたことはウソだったの!」
「いや・・・そういうわけじゃ」
「なんで目をそらすのさ!」
それは貴方との距離がかなり近いからですと相馬はいえなかった。
今、剣立と相馬は肌と肌が触れ合う距離にいて、第三者からすれば見詰め合っている者同士にみえる。
実際の所、クラスメイト達は面白いものをみるみたいに、なにやら一心不乱に書きなぐっている女子の姿があったりしていたがぐぃっと無理やり視線を剣立の目とあうように戻された。
「あの時の事は・・・・ウソだったの? 僕にいってくれたことは」
「ウソなわけないだろ」
不安そうに瞳を潤ませる剣立に相馬は真面目に答える。
「俺はお前の友達だ、なにがあっても助けるっていう言葉にウソ偽りはない」
「・・・・じゃあ、名前で呼んでよ」
「どうしても?」
「絶対」
「拒否権とかはぁ」
「あると思う?」
「ないですよねぇ~」
剣立の表情からして呼ばなければ離れないと目が語っている。
相馬は周囲の視線とか、目の前の剣立の距離とかでドギマギしながらも仕方ないと諦めて。
「・・・・鳴海」
「聞こえない」
こいつぅ。
「鳴海!」「なぁに? ナイト君」
「これで満足か?」
「嬉しい!」
そういって剣立は抱きついてくる。
予想外の行動に受け身とかそういうことを取る暇もなく後ろの壁に後頭部を勢いよくぶつけた。
くらくらと視界が揺れて痛む頭のせいで、体に密着している柔らかいモノを考えないで済むのは幸運だろうか。
「うがっ!」
「嬉しい、嬉しいよ! ナイト君は僕の大切な人だよぉ」
「大切な人なら、・・・頭打ったことの心配してくんねぇかな」
満足してほくほくした笑顔の剣立に文句を言った相馬はぴたりと動きを止める。
・・・・・・視線を感じる。
じぃーっとこちらを見るような視線を感じて周囲をみてみるけれど、それらしき姿はない。
「どうしたの?」
「いや、なんか視線を感じたような気がしたんだけど、気のせいか」
「まさか!?僕とナイト君のやり取りに嫉妬している女がいるのか!すぐに排除しなければ!?」
突然の剣立の発言に相馬は慌てる。
「待てよ! 俺らのやり取りに嫉妬する女子ってなんだ? てか、排除するなんていう物騒な思考をすぐに排除しなさい」
虚ろな瞳でぶつぶつといいだした剣立の様子に周囲にいた生徒達は「ヤミーだ!」
「ヤミーが具現化したぞ!」という悲鳴を上げながら遠くへ逃げようとする。
目の前の光景を見て、あぁ、またかぁとため息を吐いた。
六文銭という妖刀事件が終わってからというものの、剣立鳴海は相馬ナイトが女性と話をしていると虚ろな瞳になってぶつぶつと口を動かして負のオーラを撒き散らすという事が多くなり、クラスメイト達は怯えて、目撃した友人の鎖音原流星によりヤミー化(病み化)と命名され、その状態になると全員が距離を置くようになる。
「ナイト君は・・・僕と話をしていればいいんだ」
「そろそろ帰って来い、担任くるから」
ぽん!と持っていた下敷きで剣立の頭を小突く。
剣立は目を見開くと担任の松永(愛称、まっちゃん)が入ってくる。
「はーい、授業をはじめますよ~。みなさん、席についてくださいね~」
まばらだった生徒達が慌てて自分の席に座る。
「お前も大変だな」
「そうか?」
前の席に座っている鎖音原が体を後ろにもたれるようにしながら口を動かす。
首を動かしてこっちを見ないようにしている辺り、先生にばれないようにという考えだろう。
「だって、少し前まで、おどおどしていたヤツが積極的なアタックしてんだぜ? 普通の人間なら戸惑うか胃を潰してるな」
「その言い方って、俺が普通じゃないってことになるんだけど」
失礼なと思いながら半眼で鎖音原を睨む。
「いやいや、お前の心が大きいって事だ」
にらまれているのに気づいたのか言い方が悪いと思ったのか慌てて取り繕う。
「別に、けんだ・・鳴海が明るくなったと考えれば特に気にすることはないだろ? 人間、誰だって変わるときはかわるんだ」
そういった時に、ちくりと心の中心を針で突かれたような痛みが走った。
一瞬だけ、彼女の姿が蘇る。
日傘を差しながら本に目を向けている少女の姿。
首を振って、相馬は話し変えようとして。
「そういえば、最近、特進クラスの・・・変なヤツこないな」
「安倍か?そういや、みてないな」
変なヤツ=安倍という図式が出来上がっていることに何も言わない。
それほどまでに安倍彦馬という男は変なのだから。
国友高校には普通の学校にはない特進クラスという制度が存在している。
特進クラスとは成績上位者だけで構成されているクラスであり、他の生徒達よりも優遇されている。まずは学費、食費などにおける学校に支払う金銭が全額免除になっていること。
免除されていることから学生は勉学により打ち込め成績も格段に上昇していく。
ただし、このクラスでは行われる成績が悪ければ一般クラスに戻され、学費なども払わないといけなくなるため、特進クラス=毎日勉強しないといけないクラスというイメージが一般のクラスではついている、それだけなら問題ないのだが、頭がいいから他の奴らを見下すという性格に問題ありの生徒がいたりして、一般クラスとのいざこざが絶えない。
特進から一般に戻った人も落ち零れといわれて双方からいじめられて退学するものもいる。
学力が全て、今の社会を現しているようなクラス制度が特進クラスである。
そして、知り合いといっていいのか少し微妙ではあるが安倍彦馬は特進クラスの生徒で、少し前まで、用事があるとこちらのクラスまで顔を見せていた。
「まぁ、来ないってことは用事がないでいいんじゃないか? それに諺でいうだろ?人の噂をすれば」
「―――相馬ナイトぉ!」
「なんとやらって・・・・」
あちゃーと額をあてそうになるのを堪える。
ドアを乱暴に開けた安倍彦馬は鬼も裸足で逃げ出すような形相でずかずかと教室に入ってくるとそのまま相馬の胸倉を掴んで。
「コイツ、借りていきます!」
「ひっ!? ど、どうぞ」
まっちゃんは安倍の雰囲気に圧されてつい、許可を出す。涙目だったのはびっくりしたからだと思う。
教師が生徒に負けるって、いや、まっちゃんにそういうのを求めてはいけない。悪いのは安倍だ。
クラスの人たちは突然の事に呆然と見送ろうとしていたが、忘れてはいないだろうか、一人の人物を。
「待って」
胸倉を掴んでつれていこうとした安倍の道を阻むようにして剣立鳴海が立ちはだかる。
「邪魔だ、俺は相馬ナイトに用がある。部外者は引っ込んでろ」
「部外者じゃないよ。僕はナイト君の友達だ、友達がへんなやつに連れて行かれそうになっているのを無視なんてできないよ」
「んぁ?男か女なのかわっかんねぇヤツが俺様の邪魔をしようとするんじゃねぇ!」
あ、終わったな。
同情しないが相馬は胸倉を掴んでいる安倍に合掌する。
「・・・・・いま、なんていった?」
俯いて前髪に隠れて表情がみえない剣立は静かに尋ねる。
「あ? 男なのか女なのかわっかんねぇ顔つきしてるから判断できねぇんだよ。どっちかにしろよな!」
「・・・・・・・・・か」
「んあ?」
「男なのか女なのかはっきりしていないといけないのかって言ってんだろーがぁぁぁぁぁぁぁあああああああああああ!」
瞬間、間合いを詰め渾身の一撃が安倍の腹部にクリティカルヒットする。
華奢な体のどこにそんな力があるのか繰り出された一撃を受けてぶふぉぁと唾液を撒き散らして安倍は後ろに倒れこむ。
「うわっ・・とと」
倒れそうになるのを堪えていると胸倉を掴んでいた手の力を抜けて床にぺたんと落ちる。
六文銭という妖刀が引き起こした事件の後、剣立鳴海は自分の体の事をクラスメイトに話した。
今までの、内側に閉じこもっていた自分と決別する為に、という第一歩がクラスメイト達への告白。
最初は戸惑いを見せていたみんなだが、鎖音原や笹瀬川をはじめとした人達が受け入れた事によって今となってはクラス全員が受け入れている。
だが、クラスの外には剣立の事を良く知らないヤツがいて、たまに男女といって冷やかしがあった。
これにはクラス全員で処理していたのだが、ある日、唐突にからかわれて剣立は。
怒り狂った。
この一言で済ますと普通に思うかもしれないが、実際はクラス全員が団結して止めないといけないくらいの暴れ具合で、授業が一つまるまるつぶれたほどの出来事。
「まぁ、今回は比較的、被害が少ない方か」
尊い犠牲、一名で済んだわけだから。
「うぅぅぅぅぅぅぅううううう」
「やりすぎたけれど、そこまでおちこまなくていいから」
「ナイト君の気を引くために色々と計画しているのに、こんなことばっかりしていたら僕の計画は開始する前に頓挫しちゃうよぉ・・・どうしょう」
保健室の隅っこでうずくまって唸っている剣立に相馬は慰めの言葉をかける、けれど、何かをしきりにつぶやいていて聞こえない様子。
「にしても、コイツは何のようだったんだろうか」
ベットの上で伸びている安倍彦馬を見ながら相馬は考える。
安倍彦馬との出会いははっきりいって最悪以外の何物でもない、それから一つの事件に巻き込まれて関わりを持つようになった。
それから五月の頭に世界的有名歌手、ユーリン・ノーランの護衛を頼まれて、それっきり。
急にやってきて、今度は何を押し付けるつもりだったのだろうか?と考えていると剣立がおずおずと尋ねてくる。
「ねぇ、ナイト君」
「ん?」
「コイツ、友達?」
「いいや、違う」
「そうなの? それにしては随分と親しかったけど」
「ただの、腐れ縁だ。色々あって知り合った、それだけの関係だ」
そう、どれだけ関わったとしても、事件を共に解決したとしても相馬と安倍の関係は知り合い、腐れ縁の一言で片付けるもので友達では絶対にない。
「じゃあ、なんでナイト君のところに来たのかな?」
「さぁ」
「ところで、コイツ何なの? 制服からすると、特進クラスみたいだけど不良みたいなヤツって珍しいね」
剣立の言葉にそうえいばと安倍の服装を見る。
特進クラスは好成績者の集りだ、服装もきりっとしていて着崩しているヤツなんて見た事はない。
「まぁ、コイツだから」
どうしてか、なんて考えても意味ないけれど。
「っはぁ!」
色々と考えていると悲鳴みたいな声をあげてがばっ!と安倍が起き上がった。
「こ、ここはどこだ!? 俺は、何を!」
余談だが、怒った剣立に殴られた人は例外なく、怒る直前の記憶を失っている。
「慌てた様子で教室にやってきたみたいだけど、何かあったのか?」
一応、用件を聞いてみる。
剣立の攻撃で用事も忘れていてくれている事を願ってみる。
「えーっと、なんだったかな」
神様というのは一応、存在しているらしい。
自分が何の用事でここにいるのか完璧に忘れ去っている。
おそるべし鳴海パンチ。
「忘れるってことはどうでもいいことなんじゃ?」
「・・いや、かなり大事な話だったと」
「まぁ、思い出すといいな。じゃあ、俺らは授業あるから」
うーん、と唸っている安倍を残して相馬は剣立と一緒に保健室を出て、廊下を歩く。
触らぬ神に祟りなし、安倍と関わらなければ厄介ごとなし。
廊下に出たところで剣立がおずおずと話してくる。
「あの人、どうして忘れちゃったのかなぁ?」
「さぁ」
惚けておく。
ここで鳴海パンチを受けて安倍が記憶を失ったなんていったら余計に落ち込むのは目に見えている。
それにしても、鳴海パンチって、なんかぴったりしていていいな、アンパンのヒーローみたいな技みたいで。
「変な顔になってるよ。ナイト君」
剣立の指摘になんともいえなかった。




