六月三日
あとがきを投稿して今回の話は終わりです。
六月三日 AM7:30 草薙屋敷
「貴方は本当に脳みそがついているのですか?」
開口一番、相馬を待っていたのはメイドさんによる罵倒だった。
「魔法使いとしての力を発動する為に瀕死となるのは仕方ないとしましょう、それほどまでに状況が最悪だったのですから、ですが、腕を斬りおとすというのは愚の骨頂です。いくら貴方が不可能を可能にする魔法使いだとしても肉体を元に戻すなんていうことは無理だというのを忘れたのですか? おかげでまた彼女に来てもらって腕をくっつけてもらう羽目になったのです、そのために費やしたお金がどのくらいだったか」
まだ、続くのかと正座しながらうんざりとした声を出しそうになる。だそうものならメイドによって恐ろしい処罰が課せられるのは目に見えている。
さらに朝からの罵倒というのは意外と披露がたまるんだなぁと気づく。
「・・・えっと、少し失礼しますね」
「お嬢様」
縁側で正座をさせられていると引き戸をあけてエイレーネがやってくる。
主がやってくるとぴたりと罵倒の攻撃を止めて、ささっと壁際に移った。
「ナイトさん、足を崩して大丈夫ですよ」
「さ、サンキュー」
お嬢様は甘いですね、とメイドは呟いて奥へと消える。
主の命令には絶対に従う、それが彼女の姿勢。
「腕の方は大丈夫ですか?」
「あぁ、斬られる前よりしっかりと動いてくれる」
六文銭によって斬りおとされてしまった腕は魔術師の間で有名な闇医者の手によって元通り縫合されている。綺麗に斬りおとされていなかったら難しかったといわれた。
「剣立さんはどうなるんでしょうか?」
「六文銭に操られていただけだし、誰も殺していないから事情聴取だけで戻ってこれるってさ」
あの事件の後、城戸が応援としてやってきた芳養麻達が駆けつけ相馬は話した。
意識を失っていた人達には“特殊なガスが蔓延して意識を失ってしまった”というニュースが後日、報道される。
剣立は事情聴取をするため、一時的に警察署で事情聴取を受けているといっても被害者は全員軽度で記憶を失っている為に大きな罪にならないとこっそり教えてくれた。
そろそろ帰ってくるだろう。
「剣立さんには驚かされましたね。まさか、適正ランクがAもあるなんて将来は最高の剣使いになるでしょう」
「六文銭もすっげぇのに憑依していたわけだ」
あの後、エイレーネに頼んで剣立の妖刀・聖剣適正をみてもらったところ、なんとA。
Aランクほどの持ち主なら二つの妖刀を使いこなせて、かつ、妖刀の力を全て引き出せるほどの適正。
「敵だと苦戦して、味方だと安心するっていうのはこういうことをいうんだろうな」
「少し違うんじゃないですか?」
「どうだろう」
「・・・・・・・・」
苦笑してるエイレーネは少し考える素振りを見せてそっと、後ろから相馬ナイトを抱きしめる。
突然の事に頭が混乱して、背中に伝わってくる温もりに体から汗が噴き出した。
「友達を助ける為とはいえナイトさんは色々と無茶をやらかしすぎです。私を助ける時も・・・」
エイレーネの脳裏には血まみれになりながらも自分を守る為に戦ってくれた姿。
血だらけになってまで戦う必要もないのに、必死になってくれた彼の後姿を思い出して顔をゆがめる。
相馬ナイトはいくつもの事件に偶然にも巻き込まれ大怪我を何度も負ってきた。
本来なら関わる必要のないことばかり、ちょっと運が悪かっただけに巻き込まれていっただけのこと。
それなのに、相馬ナイトは奮闘して誰もが幸せになれる可能性を模索しそれを幾度も掴み取った。
泣きじゃくっている誰かに手を伸ばし何度もそれを掴んできた。代償に瀕死の重傷を己の体に刻み込みながら。
だから、エイレーネは心配だった。
これからも相馬は泣きじゃくっている、助けを求めている人に手を差し伸べるだろう、なんどもボロボロになりながらも。
魔法使いは同族といえる魔術師からも、普通の人からも拒絶されてしまう。
エイレーネや剣立鳴海のように拒絶しない人間なんてほんの一握りかもしれない。このままだと、いずれ。
「あ、あの・・・エレネ・・・さん?」
「ナイトさんはここにいますよ」
「え?」
動揺している相馬の声にかぶせるようにしてエイレーネは耳元で呟く。
言葉なんてどうとでも取り繕う事ができるけれど伝えたかった。
自分の中にある、決して変わる事のない想い。
どう頑張っても届く事はない気持ち。
けれど、何度でも口にだして伝えていこう。
そう、また胸にとどめながらエイレーネは優しく微笑む。
今の彼女の顔を見たなら、相馬ナイトは顔を真っ赤にして、メイドは鼻血を垂れ流していただろう。
???? AM??:?? 立ち入り禁止区域
そこは人が住めるような環境ではなかった。
原型を保っていない車や途中で崩れている建築物などがクレーターのような形を作って広がっている。
空は黒く不気味な雲によって日の光りが通る事はなく、常に闇が支配する世界となっている。
内戦終了後に、政府の判断によって封鎖されたある地域がある。
壊れた夏以降、激化したテロと繰り広げた戦闘において都心の一部は修復不可能なくらい崩壊して、瓦礫や撤去できない残骸などが沢山、放置されている。
国としては撤去して再開発を行いたいのだが、撤去物を受け入れてくる地域がどこにもないため、再開発が出来ないということで立ち入り禁止。
―――しかし、これは表向きの理由。
「本当は内戦の中でばらまかれた毒ガスやら合成獣やらが沢山蠢いていて、頑張っても処理できないから国の偉い人達はここを立ち入り禁止区域として厳重に警戒してんだよねぇ。悲しきかな・・・これが戦争の招いた結果」
内戦で作られたバイオ生物などがこの地域には徘徊しているばかりか、汚染物質で大地が汚れていて、再開発に適していない。日本の中にありながら日本の一部として認められなくなってしまった場所、それが立ち入り禁止区域“ノンアース”である。
その立ち入り禁止区域に全身をすっぽりと黒い布で体を覆った真っ黒の姿があった。
「それにしても、この刀には本当にがっかりだよ、そこそこ役に立つのかと思えば全然、使えないんだからさ」
悪態をついた彼の手の中には原型を保っていない六文銭の姿があった。鍔の部分はところどころ亀裂が入っているし折れて残っている部分にいたっては刃こぼれしている。
「わかっていても、売り払ったのは貴方でしょ?」
真っ黒の傍に一人の少女が興味もないという表情で六文銭に目をむけた。
驚く事に彼女は宙に浮いて、紫の髪が風に揺れながら膝の上に顔をのせて真っ黒を見ている。
「まぁね、少しでも悪意をこの世界にばらまかないとねぇ。色々と失敗が続いているから地道に浸透させないと」
「また魔法使いに邪魔された」
「しかも、同じヤツだよ?いい加減にしてほしいなぁ」
あーやだやだと真っ黒がぼやいていると背後から合成獣の一体が口を開けて襲い掛かる。
無数に並ぶ歯が煌いて二人を喰らおうとした瞬間、空中で合成獣の体が弾け飛ぶ。
合成獣は自分の領域に入り込んだマヌケな空腹を満たす餌と考えて飛び掛ったのだろう、相手の力量を考えずに。
「邪魔だけど、真っ向から戦う勇気はないんでしょ? だったら次の計画を進めるとしましょか」
周囲に飛び散る鮮血や肉片に目を向けずに二人は会話のやり取りが続く。
「ところで、いつまでその抜け殻をもっているつもり? それ、もう魂ないんでしょ」
「いやいやいや、さすがは何人に憑依して生きながらえているだけあるよ、ほとんどの魂をもっていかれたというのにすこーしだけ残ってる。だからさぁ」
ぐばぁと真っ黒の口の部分が動いたかと思うとそのままばっくりと腕ごと六文銭を食べる。
ばちがちゅと鉄を砕く咀嚼音をだしている間に、ぼごぼごと食べた腕が膨れ上がって元通りになった。
「ふぃー、ごっそさん」
「相変わらず滅茶苦茶なことするわね」
「体はいくらでも元通りになるんだからさ、気にする必要ないじゃない」
「・・・そうね」
「えっと、何の話していたっけ?」
「次の計画についてでしょ、やる気ないなら他の奴らに任せたら」
「そういうキミもあんまり乗り気じゃないみたいだけど、もしかして獅子座の魔法使いが気になる?」
「気にならないといったらウソになるのはわかっているだろう? わかっている癖に」
真っ黒はくぐもった声で笑うとローブの隙間から手を出して空中に何かをばら撒く。
すると、彼らを中心として巨大な魔法陣が展開される。
「気乗りしないけれど、やらないといけないからはじめよっと」
瞬間、周囲に存在したものが歪んだ。




