四月二十八日
魔術教会通称血の結束の会議記録。
会議はいつにも増して騒々しかった。
何故なら極東の地で行なっていた計画が頓挫してしまったためである。
魔女を生み出す計画。
魔女は魔法使いと似ていて我らのように自然的に生まれるというわけではない。
会議の参加者は何をバカげたことをと渋っていたようだが議席の中でかなりの力を持つ、実質ナンバー1といってもいい闇の一族が計画を押していたことにより実行された。
極東の地ではつい先日まで大地に血が染みこんでいることから魔女を生み出しやすく計画はとんとん拍子に進み、実行に移されていたようだった。
それが失敗に終わったそうだ。
会議が何故失敗したのかという話になって理由が説明された途端、全員が顔をしかめる。
計画の失敗は一人の魔法使いの覚醒が原因。
魔法使い。
あぁ、なんとその名前を聞くだけで腹立たしい事だろう。全員がその気持ちで一杯だった。
魔法使いは我らが把握しているだけで四人、この時代に現存している。
そして、今回で五人目の魔法使い。
あぁ、なんということだろう。
話によれば計画が失敗してすぐに闇の一族の頭首と新人の魔法使いが死闘を繰り広げたらしい。
その結果、計画は凍結したばかりか闇の一族の娘が一人、ソイツの許婚となったと聞かされて全員の顔が歪み、誰とともなくぽつりと呟やかれた。
――一人あっちにいったと。
皮肉めいた言葉の中で頭首が戦ったという魔法使いのことが話された。
話を聞いてどうやらその魔法使いは獅子座だということが判明する。
その事実にまた会議に参加している者達が騒ぎ始めた。
魔法使いはどういうわけか黄道十二星座と関わりを持っている。
どうしてかというと魔法使いが生まれた日に十二星座の一つがまるで新星が誕生した瞬間のような輝きを起こすのだ。
星を重点的に調べている観測所の連中からの話だからウソというわけではないだろう。
今までに確認された魔法使いは。
射手座。
獅子座。
蠍座。
山羊座。
水瓶座。
天秤座。
であり、これらは時代がばらばらでほとんどが同一で存在した事が無い。
さらにいうならばこれらの星座を宿した魔法使いは過去に一度だけしか姿を見せていなかった。再び獅子座が姿を見せたという事に誰もが驚きを隠せず、苛立ちを募らせた。
この存在が我らにとって毒であるならば総力を上げて排除する事になるだろう。
だが、なにやら上はたくらみごとがあるようだ。
(血の結束書記の記録抜粋)
四月二十八日 商店街 通路
あぁ、どうしてこんなことになっているのだろうか?
相馬ナイト〈そうばないと〉は飛んでくる弾丸の雨から逃げながら考えていた。
彼がいるのは小さな商店街。小さいがこの街において活気さにおいてはどこにもひけをとらないほどの騒がしさをもっている。
なのに、夕方から夜になりつつあるこの時間帯は主婦達によって夕食の材料調達の為、にぎわっているはずなのに人っ子一人いない。
人がいない商店街の道路を走りながら相馬はどうしてこうなっているのか一日を振り返る。
目覚ましが鳴る前に妹に叩き起こされ朝飯を食べ、友達とふざけながら通学路を歩き、眠たくなるような教師とうるさい教師などの授業が終わって後は家に帰るだけという平凡な毎日。
平凡な日常を味わっているというのに自分はどうしてこうなっているのか。
―――相馬は隣の少年を睨む。
日本人らしい黄色い肌、レッドに染めた髪をオールバックにしてブレザーのボタンを全部外しネクタイは胸元でぶらぶらとだらしなく揺れている少年。
いかにも不良ですという雰囲気を漂わせている相手に向かって叫ぶ。
「やっぱりお前が原因だ!」
「ハァ!? なんで俺の責任になるっていうんだよ!」
「お前が今日校門の前でまった~なんてふざけたこといって俺の前に現れたのが原因だとしか思えないんだよ! クソ野郎!」
「ざけんなー! 俺だって空から鎧を纏った女がガトリングで攻撃してくるなんて状況に覚えがねぇんだぞ! あるとしたら絶対にお前が原因だ!」
互いに責任の擦り付け合いを行なう。
相馬とこの少年の仲ははっきりいって悪い。
出会いからして最悪すぎた。
隣にいる安倍彦馬はことあるごとに喧嘩をふっかけてきては決まって厄介な方へと事態が転がっていった。
今おこっている出来事もきっとこいつが原因に違いないと相馬は判断する。
それ以外の理由が思いつかない。
「ただの一般人にあんな国の極秘武装みたいなもん襲い掛かってくるわけねぇだろ! 絶対に陰陽師であるお前が原因だ」
「そうか! この天災陰陽師安倍彦馬が原因かぁ」
「納得してんじゃねぇ! つーか字ィ! 自分が元凶って語ってるようなもんじゃねぇかぁ!」
ふざけたことを抜かす隣の男を殴り飛ばしたい衝動に駆られながら相馬は考える。昨日までは普通の毎日だった。
放課後に家に帰ろうと学校を出たところで安倍が待ち構えていて有無を言わせず「仕事だ。手伝え」という一言だけいってバイクの後ろに乗せて走り出した。
理由を聞かずバイクを走らせていると急に人がいないことに気づいた相馬が安倍に聞こうとしたところでバイクが爆発。
正確にいうならバイクの前の道路が爆発、衝撃で二人は地面から投げ出された。爆風にあおられただけで大きな怪我はなかったがすぐに逃げた。
目の前に武器を構えた女性がいたからだ。女性は二十代後半くらいで黒色の甲冑みたいなものを体にぴったりと纏っていて、手に近未来的デザインの機関銃が握られている。
それをみた相馬は何も考えずに商店街の中に飛び込んだ。
逃げるという選択肢を安倍もとっていたようで二人は商店街の通路を並走している。
「もう一度確認するがお前に覚えは?」
「ぽっちもねぇ」
「俺にもだ・・・・つまり」
「つまり」
「間違いだという可能性も」
『そこにいる相馬ナイト(そうまないと)と安倍彦馬、大人しく我々に投降しなさい! 繰り返す』
人間違いという可能性をあげたところで上空からスピーカーか何か使ったのだろう声が届く。その声はあれぇ聞いた覚えがあるような名前を述べて投降を呼びかけてきた。
ちなみに苗字を間違えられていた事にかるーくショックを受ける。
「何が間違いだって?」
「間違いだと嬉しいなぁ・・」
「やっぱりてめぇが原因なんじゃねぇか!」
「ざけんな! てめぇも呼ばれていることを忘れてんじゃねぇよ! てかお前とセットで呼び出されるなんて最悪を通り越して地獄だね! てか、名前間違われた事がきついわ」
「ハッ! それはこちらのセリフだっつーの! どうして男とセットにされないといけねぇんだか・・呼ばれるならエレネちゃんのようなかわゆぃーい子のほうがいいわ」
「俺だって・・・いや、一人で呼ばれるほうがいい」
「この贅沢野郎がぁ!」
『いい加減、人の話きけやぁあああああああああああああああああああああ!』
何度も投降を呼びかけていた声の主は我慢の限界が訪れたのか、もともと短気だったのかスピーカーが壊れそうになるくらいの声量で叫んだ。
互いに責任をなすりつけあっていた二人はちらりと後ろを振り返る。
さっきまで無表情だった女性がさらに無表情のままガトリングを構えていた。どことなーく無視されていることにお怒りのように見えた、ていうかお怒りだった。
実際に構えているガトリングからはもくもくと煙のようなものが空に向かって伸びている。
ちらりと後ろを振り返れば隅っこにおいてあったカエルの置物が原型をとどめていなかった。
「ふざけるのはここまでにしよう」
「奇遇だな。俺もその考えに至った」
「とにかく俺達二人が狙われているみたいだけど、まるっきし覚えがないんだがどうする?」
「このまま逃げようと思えば逃げ続けられるがどこまでいっても人の気配がしねぇ。こりゃ封鎖されていると考えた方がいいかもしれねぇなぁ」
「やっぱり?」
安倍の言葉に相馬は納得する。
さっきの銃声はかなりの音で何も知らずに生活している人が聞いたらびっくりして飛び上がるだろう。
銃声と自分らを呼びかけている声は何度も繰り返しているのに窓からひょこと顔を見せる者がでてきてもいいのにそれがない。
だからあっさりと納得した。
「魔力的な物は感じないから人為的にだろう。あの後ろの嬢ちゃんが低空飛行で追いかけているのも高く飛んだらみつかるかもしれねぇからってとこだ」
「ならば?」
「あの後ろの嬢ちゃん倒した方が手っ取り早い」
「なるほど・・・・といいたいところだけどどうやって倒す? 威嚇射撃してきてるけれど一発もこっちにこねぇぞ」
怒りの一撃みたいに撃たれた以外にもさっきから規則的に弾丸が飛んできている。
飛んできているがその弾丸は一発も当たっていない。
向こうの腕がいいというのもあるが不測の事態というのは起こる。
流れ弾が安倍の脳天に向かって飛んでくるけれど、みえない壁に弾かれたみたいに反射して近くの蛍光灯に直撃した。
弾丸が直撃する瞬間、僅かだが胸元に入っている札が輝いたのを相馬は見逃さない。
安倍彦馬は服のいたるところに護符を忍ばせており攻撃が迫ると自動的に相手の軌道を変えることが出来る。
出来るがあくまでそれは防御面において作動するのであって攻撃に転換できるかといわれるとそういうわけじゃない。
余談だが相馬はそういった札を仕込んでいないので飛んできた弾丸が当たらない事を祈って逃げていた。
中々に強運の持ち主かもしれない。
「迎撃するって、お前なんとかできる術あるのか?」
「あるわけねぇーだろ! 防護符展開するので精一杯だ! 攻撃式展開する時間もねぇ!」
「となると・・・・」
「「逃げるしか結局選択肢ねぇんじゃねぇかぁ!」」
そういいながら走る速度をあげた二人だが突如、足場が消えた。
「「へ?」」
マヌケな声をあげて二人はゆっくりと地面があった場所を見る。
綺麗さっぱり足場がなくなっていて重力に引かれて二人はそのまま穴の中へと落ちていく。
「・・・・標的消失」
ぽつりとガトリングを構えていた少女は小さく呟いた。
少女がいなくなった後、穴は元からなかったかのように消えてしまう。
どうしてこんなことになっているのか。
相馬ナイトはもう一度考える。
そして答えに至った。
こんなことになっているのは。
「もう~、 約束の時間になってもこないからどうしたんだと思ったら油を売っていたんですね。ナイト君」
「いつつつ・・・・」
「お前、なんで」
「貴方が約束の時間になってもこないからです。女を待たせるなんて男として最低だと私は思います」
「いや・・・・約束なんてして」
「酷いわ!約束を忘れてしまうなんて」
「てめぇ! エレネさんの約束を反故にしようとするなんて男の風上にもおけねぇやつだな! この安倍彦馬が叩き潰してやる!」
「関係ないてめぇが俺に絡むんじゃねぇ。マジでうぜぇよ! 付け加えるとエレネがいっているようにみせかけて語るのやめてもらえないですかねぇメイドさん!」
「ぎゃふん」
うるさい安倍彦馬を殴り飛ばして相馬は彼女と隣に立っている女性を睨む。
腰にまで届きそうな長い亜麻色の髪。陶器のような白い肌の少女。
相馬は思う。
きっとこんなことになってしまっているのは。
「どうしました?私の顔になにか・・」
「なんでもない」
彼女と知り合ったことが全ての原因ともいえるんじゃなかろうか。
エイレーネ・D・草薙とあの日知り合ってしまったことが全ての原因だろうと相馬は改めて思い知らされた。
十三人の魔術師の中から最強の一人を決めるバトルロイヤル。
夜闇決闘の時にであったことが。