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奇跡

作者: 春春秋秋

父が亡くなり受け継いだ工場は小さな工場だった。

亡き父は、仕事一筋で、家族などかえりみなかったが、世界に通用する製品をつくる父を尊敬していた。

だけどもう、父が残したこの工場も……


「お父さんどうしたの?」

声のする方をみると、工作機械の横に娘がいた。

「春名、工場は危なからくるなっていっているだろ」

「だってここいろいろあって楽しいんだもの」

娘は機械をなでたりたたいたりしている。


一応安全には気をつけているものの、娘がけがをしないか心配だ。だけど、無理に工場から追い出したりする気にはなれなかった。

俺も小さいころこの工場でよく遊んだ。娘の姿が幼いころの自分に重なって見えた。娘は父を誇りに思ってくれているだろうか。


「春名なにやってるの、ここにきてはダメって言ってるでしょ。お父さんもちゃんと注意してください。」

「ああ、母さんすまない。」

妻は俺以上に心配性で、娘を工場で見かけると娘を怒鳴りつけるように注意することもしばしばだった。

妻から見れば、娘の工場の立ち入りを半分黙認している俺の態度は気に食わないらしい。

それもそうだろう。妻は普通のサラリーマン家庭の生まれで、俺のように工場に誇りも感じてなければ、この工場をただの危険なものの置き場としか見てないのかもしれない。

しかし、それも娘の安全を思えばの行動だと思えば、ちょっとさびしいが頼もしくもある。


「母さん、春名そろそろ夕飯にしよう」

「はーい」

娘は夕飯と聞くとさっきまでの工作機械への興味をあっという間に失ったかの如く、隣にある家へと駆けて行った。

「ねぇあなた。やっぱりうちの会社は倒産なの」

「ああ、あと一回不渡りを出せば倒産せざるを得ない」

自慢の工場はどこか色あせて見えた。


その日の夜、不思議な夢をみた。

古ぼけた家の中をあるいていた。夢とわかるのに、夢にしてはおかしなことに、家の柱や畳に触れる感覚がしっかりあった。

長い廊下を抜けた小さな畳の部屋に老人が座っていた。老人は煙草をふかしながら横になっていた。

「健。工場が倒産するそうだな。」

「なんでそんなことをしっているんだ?」

「俺はおまえの工場のことならなんでもしってるさ」

神様……。なんだかわからないが俺は反射的にそうおもった。夢にしては生々しく、リアルな感触がある夢。神の啓示とも言えるような夢だった。

「おまえは真面目に取り組んできたな。一切仕事に手を抜かなかった。よく頑張ったな。」

「神様、お願いです。工場を潰したくないんです。奇跡を。奇跡をください。」

神様はふーっとため息をついた。

「奇跡……。奇跡ねぇ……。宝くじでもかってみるか?まぁいいや、そろそろ、目をさましな」

神様がそういうと、今まで見ていた夢の世界は暗転し、夢の終わりをつげた。

目を覚ますと枕の横に宝くじ一枚と、煙草が一箱あった。

夢じゃない。


次の日、妻にその話をすると、「不思議な話もあるものね」といっていた。

きっといつも真面目に仕事に取り組んでいたから、神様が奇跡を起こしてくださったに違いない。

それから俺は神様に感謝するとともに、今まで以上に仕事に一生懸命にとりくんだ。


「ねぇあなた少しは休んだら、体壊すわよ。」

「いいんだ。神様が救ってくださるんだ。中途半端な仕事はできない。」

必ず当たるはずの宝くじを握りしめて。




一ヶ月後、


「ねぇお父さん、もう工場に入ることはできないの?」

「そうだよ。あの工場はもうお父さんのものじゃないんだ。」

工場は、銀行が差し押さえをおこない、今は入ることすらできない。家も差し押さえられ、妻の実家に身を寄せた。何もする気がおきなかった。

「ねぇ神様がくれた、宝くじなんで外れたのかな?」

「なんでだろうな……」

「あなた、お酒もほどほどにしないと……。」

「俺は一生懸命仕事をしてきた。なのになんで会社が潰れるんだ。一生懸命やっても無意味なのか。努力しても神は俺をせせら笑うのか?」

「お酒ばかり飲んでいるお父さん嫌い」

あの神様に腹が立っていた。そして、何より会社を潰した自分が情けなかった。経済力もない、家族ももう守れない。


「神様奇跡を起こせるのならもう一度あらわれてくれないか。そして、今度こそ本物の奇跡を……」


「馬鹿かおめぇは、奇跡なんておきねーよ」


そこにはあの日夢に見た、老人が立っていた。老人は問いかける。

「だけど、お前が神様に頼らなくたって積み重ねたもんはたしかにある。なぁ、娘さん、父さんをどうおもう?なぁあけみさん、会社がつぶした健を見放すか?」

娘は「誇りだよ」と答え、妻はびっくりしてなんども目をこするが、黙って首を横に振った。

老人はさらに続ける。

「奇跡なんておきやしねぇのさ。だけどな、奇跡に頼らなくたってお前は立派だ。真面目にやってきたことまで否定するな。自分を卑下するな」

ははは、なんだこりゃ、なんでこの老人を俺は神様だと勝手に思ったんだろう。

「積み重ねたものがあるから、今のお前がある。でなきゃ、とっくに家族にも愛想つかされてたし、俺にも見放されてるさ。」

俺は老人に酒を勧める。

「それに、奇跡なんて俺にはおこせねーよ。それはおまえがよく知ってるだろ」

老人は酒をくいっと一杯飲み干すとすーっとその姿を消した。

妻は目をパチクリすると、急に笑い出した。

「きっとあなたのことが心配だったのね」

「父さん今の人が神様なの?」

娘は不思議そうな顔をしている。

俺は亡き父が好きだった煙草をふかした。

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