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GAME -JIN-  作者: 転寝猫
7/9

12月24日

まず、最初に仕掛けたのはサラマンドラだった。

「おらぁ!!!」

炎の塊がノームに向かって飛び。

横から吹いてきた突風が、炎をかき消してしまう。

ちっ、と小さく舌打ちをする…サラマンドラ。

「おい、仁っつったか?お前…」

「ああ」

「仁………あの兄ちゃんがやれるか?」

サラマンドラは…精霊達の背後に回った睦月を、厳しい視線で見つめる。

「正直なとこ…ノームは隠れてると厄介だが、こうやって出張って来ちまえば大したことはねえんだ」

四精霊の中で、ノームは守備も攻撃も三番手なのだという。

「でも…シルフィードがピンピンしてると、あいつのこと庇っちまうから、埒あかねえんだよな。だから俺は…先にシルフィードをやって、その後すぐにノームを叩く。ウンディーネは」

突如、周囲に幾つもの水柱が上がり。

ウンディーネは…ぎょっとする俺達の方をすまし顔で見た。

「私はこれでよいのでしょう?」

「………ああ。頼むわ」

ウンディーネには、完全に守備に回ってもらうことにして。

「あの…私は?」

不安そうにつぶやく不知火に…サラマンドラはにやりと笑いかける。

「お前は俺の援護だ!シルフィードの分身達と、土人形達…あれを出来るだけ減らしてってくれ。ウンディーネの水柱に隠れながら…うまくやれよ」

「よっし、わかった!!!」

ガッツポーズをして…不知火はどこかへ駆けていった。

「よし…じゃ………健闘を祈るぜ!」

「ああ!」

サラマンドラと、がっちり握手を交わし。

俺は…睦月の方へ駆け出した。


睦月の手から放たれる風の刃を避けながら、周囲を必死で走り回る。

隙を見て、水の球を彼に向かって投げつけるが…

飛んできた風の刃と相殺されて、空中に消えてしまった。

思わず小さく舌打ちする。

でも…まだだ。

まだ………反撃のチャンスはあるはず。

また、風の刃を回避しながら走り…水の球を投げつけるが。

今度も…駄目。

荒い息を整えつつ…流れる汗をぐいっと拭う。

こないだウンディーネと一緒にいた時と違い、じっくり力を溜める時間が無いので…

投げられる水の塊の大きさが…どうしても小さくなってしまう。

「今日は…チャンバラにはお付き合いもらえないのかな?」

相変わらず、余裕の様子で…睦月が俺に笑いかける。

「お前に…チャンバラで敵いっこないからな」

昨日、ふっと脳裏に浮かんだ…あの考え。

睦月との間に間合いを取りながら、俺はじっと…彼を見据えた。

「お前………武士なんだろ?」

「………何だって?」

「お前は昔…人柱として犠牲になった娘の復讐のために、沢山の人間を斬り殺した………違うか?」

睦月はじっと俺の目を見つめ…

高らかに笑った。

「君は…面白いこと言うねぇ。俺がもし本当にその…武士?…だとしたら、俺は一体幾つなんだろう?それとも、武士が幽霊にでもなって…ゲームの為に蘇ったっての!?」

挑発的な睦月の言葉で、かぁっと頭に血が上るが…堪える。

やっぱり………考えすぎか。

『あんたの正体、わかっちゃったの』

不知火のハッタリが上手くいったからって…そうそう何度も上手くはいかないよな。

拳を握り、大きく一つ息をつく。

今のは忘れて…気を取り直して、もう一度だ。

そう思った…その時。

「もし俺が…そいつなんだとしたら」

睦月は表情のない黒い瞳で…再びじっと俺を見た。

「そいつの目的って一体………何なんだと思う?」

………目的?

「せっかく興味深い話だから、最後までちゃんと聞かせてもらおうと思ってさ…そんな奴が、どうしてゲームに参加して…勝ちたいって思うんだろう?」

「そ…そりゃあ………」

そんなことまで…考えてなかったけど。

「そんなの…決まってるだろ!?彼女の恨みを晴らすために………」

「彼女の敵はそいつ…みんな斬り殺しちゃったんだろ?」

………確かに。

「君がそいつだったら…周囲の人間が憎いと思うかな?」

「………そりゃ…そうだろ」

「でも…いくら恨みを晴らした気になったって、何の足しにもならないんだぜ?」

はっとして………

彼の顔をじっと見つめるが………

その瞳から…やっぱり一切の表情は読み取れない。

彼は俯いて、口の端をちょっと上げるようにして…笑った。

まるで…自分のことを蔑むような、自嘲的な笑み。

「自己満足だよ、そんなものは………そいつの自己満足でしかない」

「睦月………お前」

「そんなことしたって彼女が帰ってくるわけじゃないんだ!!!」

………睦月。

ふう、と小さくため息をつき。

彼はもう一度…俺をじっと見た。

「さて…おしゃべりはこの辺にしておこうか」

その黒い瞳がきらりと光り…

「!?」

幾筋ものかまいたちが…俺の体を切り刻んだ。


ジャンパーがずたずたに裂け…

腕や足から…ボタボタと血が流れた。

目眩がして…ぐっと足を踏ん張る。

「大したもんだ」

睦月がにやりと笑う。

「これだけ斬りつけられて…まだ立ってられるんだから」

「うぅ………」

こいつ…やっぱり………強い。

「でもまぁ…ここで終わりにしとこうかな」

周囲を…激しい風が吹き荒れる。

彼はすっと右手を頭上に掲げ………

その指先が…白く光った。

「バイバイ、仁くん…楽しかったよ」

思わず息を呑んで…

激しい風の刃に、両手をかざし…硬く目を閉じた。

ウンディーネ………

ごめんっ………


その時。

俺の手の平が…青い光を放ち。

飛んでくる…風の刃を受け止めた。

「くっ………」

ズズズッ…と足元が滑り、数メートル後退。

腕には風圧が重く圧し掛かり…気を抜くと折れてしまいそうだ。

ぐっと奥歯を噛み締め…

眩しい光の向こうの…睦月を睨む。

ここまでずっと優勢だった睦月も…やや苦しいらしく。

白い額に…一筋の汗が流れている。


正直…ここまでやれるとは思わなかった。

信じられない気持ちと…不意に襲い来る恐怖心。

………どうしても、勝たなきゃ。

ウンディーネ………

約束したんだ。

こいつを倒せば………

彼女を元の世界に返してあげるって約束に…ぐっと近づくことが出来る。


それに………先輩。

『絶対お姉ちゃんに謝らせてやる』

不知火の言葉。

『自己満足だよ…そんなの』

睦月、お前………

迷ってるんじゃないのか?

戸惑ってるんじゃないか?

自分が『彼女』のいない世界で…色々な人を傷つけながら、ゲームを戦っていることに。

もう………

「終わりにしようぜっ………」

お前が何者で…何が目的か…なんて、俺には分からない。

でも、ここできっちり落とし前つけたら………

話せよ、全部。

本当は…誰かに話したくて仕方ないんじゃないのか?

俺じゃなくてもいい。

先輩にでもいいから………

だから………

「終わりだ、睦月!!!」

叫んで、俺が目を見開くと…

青い光が…風の刃をかき消した。


ふと気づくと。

そこはマウンドの上だった。

9回裏、2アウト満塁。

目の前には…強豪チームの4番バッター。

絶対絶対…打たせるわけにいかない。

でも、あの日は………打ち取られてしまった。

あの試合に勝てたら…願いは叶うと思ってたんだ。

あの頃の俺は………

『姉ちゃんの病気が治りますように。奇跡的に病気がすっかり治って、また一緒にキャッチボールが出来ますように』…って。

願いは…叶わなかった。

勝てなかったし、姉ちゃんはもう…

『仁のコントロールは抜群なんだって…ひかりはいつも言ってたわ』

先輩…そんなこと言ってたな。

姉ちゃんは…信じてくれたんだ。

そう。

『仁のこと、心から信頼しています』

ウンディーネの言葉。

信じろ…仁。

自分自身を………


ぐっと足を踏み込む。

大きく振りかぶると、手の中に…青く眩しい光が現れ。

バッターをじっと睨み。

キャッチャーミットを真っ直ぐ見据え…

投げた。

「行けぇ!!!」


暗い空間を…青い光の球が走った。

一直線に………睦月に向かう。

睦月は不意な俺の反撃に、うまく反応出来ないらしい。

はっとした表情で…飛んでくる水の塊を見つめている。

彼の体は………遥か後方に、吹き飛ばされた。


凄まじい音がして…石畳の地面が大きくえぐれた。

土煙が上がり………彼の姿は大きく空いた穴の中に埋もれてしまっている。

「はぁ………」

大きく肩で息をつく。

「すず!!!」

サラマンドラの叫び声が聞こえ…見上げると。

負傷したシルフィードと、不知火が空から落ちてくるのが見えた。

「ウンディーネ!」

ウンディーネは俺の声に頷き…何か唱え始める。

「こっちも…しまいだ!」

サラマンドラがきっ、とノームを睨む。

彼の手の平から、巨大な炎の塊が放たれ。

ノームの小さな体は、炎に飲み込まれてしまった。

「不知火は…!?」

「仁、心配ありません」

ウンディーネが明るい声で答えてくれる。

見ると…不知火の体は、ウンディーネの青い光に包まれ。

ゆっくりと地面に着地するところだった。


不知火は…何が起こったのか、一瞬理解出来なかったらしい。

呆然と周囲を見渡す彼女と…目が合った。

『私達の勝ちなの?』と…尋ねるような目をしていて。

俺は答えるように…大きく頷く。

次第に笑顔になっていく彼女に近づこうと、一歩踏み出したとき。

地面に空いた穴の中から…

睦月がゆっくりと…体を起こした。

所々体が痛むらしく、苦痛に耐えるような表情で周囲を見渡し。

諦めたようにため息をついて…

天を仰いだ。

「俺達の…勝ちだ、睦月」

どこか清々しさを感じさせる、睦月の笑顔。

9回を全力で投げきったピッチャーのような…そんな表情に思えた。

が………

「だってさ。どうすんの!?」

突然、睦月が誰もいない暗い夜空に向かって…声を掛ける。

「そろそろ姿…見せたらどう?」

姿………?

周囲を囲む俺達のことなどお構いなしの様子で、睦月はふっ…とため息をつき。

「やれやれ………」

呆れたように笑って…髪に手をやる。

「…そういうことですか。俺達は捨て駒ってわけ」

………捨て駒?

どういうことだ。

つまり、他にも………ゲームに関わる…誰かが?

睦月は黙って俯き。

低い声で………つぶやいた。

「………ならいいよ。これにて…交渉は決裂だね」


苛立った様子の睦月の手の平から、大きな風が巻き起こり。

サラマンドラとの戦闘で黒焦げになった、ノームの体を吹き飛ばす。

その小さな体は地面に叩きつけられ、小さなうめき声が上がる。

「なっ………お前!?」

動揺して叫ぶサラマンドラを…睦月の冷たい視線が制す。

「君達は邪魔しないで…ここは俺達と彼らの問題だから」

更に、彼の右手からはかまいたちが放たれ。

ノームの体をずたずたに切り裂いた。

彼を倒す…というのではない。

あくまで…痛めつけているといった様子。

まるで………姿を見せない『誰か』に対する…あてつけみたいな。

「む…つき………き…さま………」

傷だらけのノームを蹴り倒し、睦月は吐き捨てるようにつぶやく。

「そこでしばらくノビてなよ…とどめは後で刺してやるから」

その長身の体がその場からすっと消えた…と思った瞬間。

「動くな」

はっとして…見ると。

睦月は、以前と同じ白く光る刀を…不知火の首に突きつけていた。

「すず!!!」

「動くなって言ってるだろ?」

叫ぶサラマンドラを睨み…彼は静かに言う。

あいつ………まだ、あんなに余力があったなんて。

「何を…する気だ!?」

睦月は俺の顔をじっと見つめ…

「賢者の石をこちらへ…渡してもらおう」

低い声で………要求した。

「さぁ、どうする?君達は、パートナーの女の子を見捨ててまで…ゲームに勝ちたいのかな?」

「てめえ!!!」

「そういう態度は良くないな」

不知火の細い首に更に刀が押し付けられ…

サラマンドラは悔しそうな顔で…両手を上げて降参の意を表し、一歩後ろに退いた。

睦月はいつもの余裕の笑みになって、不知火に向かって声をかける。

「そんなに怖がらなくても大丈夫だよ…悪いようにはしないさ」

「…何が悪いようには、よ!あんたどうせ、とんでもないこと企んでるんでしょ!?石の力で…土橋にすごい精霊呼び出させて、それで…世界征服とか、そんな願いを叶えさせようと思ってるんでしょ!?」

目一杯強がって見せる不知火。

ここまで虚勢を張れる彼女に…正直俺は感心した。

睦月は不知火の耳元で………小声で尋ねる。

「土橋が…精霊を呼び出す?」

その声は…不知火とすぐ傍にいる俺にしか、聞こえてはいないだろう。

「そっ…そうよ!だって………あいつはゲームマスターで」

俺の方をちらりと見て。

睦月は何か考えるような顔で………つぶやいた。

「………ずいぶんうまく丸め込まれたもんだね、君達も」

………何だって?

丸め込まれたって…

じゃあ…あいつは一体………?

「それに、世界征服なんて、馬鹿馬鹿しい…そんな気は毛頭ないよ。俺の目的は………ゲームの勝敗とか、祈願成就とか…そんな所にはない」

感情の無い黒い瞳で…睦月はきっぱりと断言する。

だが………

「………じゃあ、一体」

お前の目的は何だ?と問いかける俺の言葉を、彼は強い視線で遮る。

「けど…他のペアを勝者にすることだけは…絶対に出来無い。だから」

睦月………

「すぐに石を渡せ!さもなくば…」

厳しい声で怒鳴る睦月は…

一体………何を求めているんだろう。

その時…不意に聞こえてきた声。

空耳かと思うくらい、遠くに聞こえたその声は…

不知火にも、どうやら聞こえたらしい。

目を輝かせ…彼女は大声で叫んだ。

「お姉ちゃん!!!」


先輩は薄いパジャマの上に、昨夜不知火が着ていたダッフルコートを羽織っていた。

相変わらず、顔色は悪い。

でも、顔が青ざめているのは…多分、そのせいだけじゃ無い。

「睦月さん………」

悲しそうな声で…彼女は睦月の名を呼ぶが。

一度目を伏せ…何かを決心するように顔を上げて。

じっと彼を見据え…叫んだ。

「すずを離してください。その子は…私の妹なんです!」

「………文ちゃん」

睦月が先輩の名を呼ぶ。

それはまるで…叱られた子供のようで。

「ゲームっていうのが、何なのか…私は全然わかりませんけど…もうやめてください!これ以上私の大事な人達が傷つけあうの…見てられないんです!!!」

先輩………

「メール見ました。あれ…どういう意味ですか?」

彼女は悲しそうな目をしたまま…強い口調で睦月を問いただす。

「この期に及んで…私のこと…からかってるんですか!?」

「…文ちゃん、それは………」

「睦月さんは…一体私をどうしようっていうんですか!?すずや仁くんと戦うのに、私を味方につけておけばゲームを有利に戦えるって…そういうことですか!?」

先輩は厳しい声で言いながら…涙を流していた。

「私のこと…利用したんですか!?」

「文ちゃん!?」

「本当は分かってるんです私!自分がどれだけ馬鹿か…あなたのこと、本当に良い人だって…思ってたんです。睦月さんはきっと、私のこと守ってくれる、優しい人だって………」

「違うんだ、文ちゃん!そうじゃなくて…」

激しく首を振って…睦月は必死で弁解しようとしているように見える。

睦月………

先輩のこと利用してたわけじゃ…ないのか?

だとしたら………

先輩は流れる涙をコートの袖でぐいっ、と拭って…叫んだ。

「でも…騙されてたってわかっても…やっぱり私、嫌なんです!あなたが…すずや仁くん達と戦うの…見てられないんです!!!」

俺と不知火の身を案じつつも…睦月のことも信じたい。

どっちにも…傷ついて欲しくない。

優しい…先輩らしい言葉だと思った。

睦月は、辛そうな表情で俯き。

刀を持つ腕を…だらりとおろした。

先輩にもらい泣きしていた不知火は、緊張から解き放たれて…その場に座り込んでしまう。

「不知火!」

不知火は俺の顔を呆然と見つめ、青ざめた顔で…大きくため息をついた。

睦月は先輩に向きあい…ぽつり、とつぶやく。

「ごめん………」

どこか寂しげに…先輩は彼に微笑みかける。

「睦月さん…私………」


その時だ。

睦月に痛めつけられていたノームが…不意に起き上がり。

両手を大きく、空にかざす。

現れたのは…巨大な岩の塊。

気づいたときには…既に遅く。

その岩は真っ直ぐに………不知火先輩に向かって放たれていて。

不知火がぎゅっと目を瞑って…叫ぶ。

「お姉ちゃん!!!」


不思議な光景が…目の前に広がった。

真っ白な光が………先輩の体から放たれる。

目が眩むような光の中、必死で目を凝らすと。

先輩を襲った巨大な岩の塊は…一瞬で粉々に砕け散った。

砂のように細かい粒子が、さらさら地面に落ちていく。

音も無く…スロー再生を観ているような速さで。

これは…何だ?

これは………そうだ。

この前の………


気づいたら、光は消えていて…

先輩は、地面にぐったりと体を横たえていた。

「お姉ちゃん!?」

不知火が慌てて彼女の傍に駆け寄り、体を揺さぶる。

「大丈夫!?ねぇ…お姉ちゃん!?」

どうやら、怪我はしていないらしい。

周囲を見渡すと…ノームの姿はなく。

睦月とシルフィードの姿もなかった。

「俺…見てくる」

ウンディーネとサラマンドラに告げ、俺は周囲のビル街を駆け回った。

どこにも…あいつらの姿はない。

静かな街に、吹きすさぶ風の音だけが響く。

さっきの光………

不知火が昨日包まれた真っ白な光と…良く似てた。

あいつ自身昨日の事は、何が何だかさっぱりわからないと言っていたが…

あの時、あいつが着てたのは…

先輩のダッフルコートだ。

もしかしたら………先輩にも何か…大きな力があって。

でも………それは一体…何だ?

しばらく探しまわってみたが…彼らの痕跡を見つけることは出来なかった。

諦めて、みんなのいる広場に戻る。

「ごめん…」

不知火はいいよ、というように首を振って。

携帯のディスプレイを…俺に見せた。

メールは………睦月からだ。

『また明日ここで』

小さくため息をついて…空を見上げる。

「睦月………」


疲れた体を引きずって…登校してはみたものの。

その日の授業は、ほとんど耳に入ってこなかった。

帰り道、不知火の姿を見つけて…声を掛ける。

「ゲームのこと、今朝お姉ちゃんにも色々説明しといたわ。巻き込んじゃったのは事実だし、知らないで何か危険なことに巻き込まれても困るから」

コートのポケットに手をつっこんだまま、素っ気ない様子で彼女は言う。

「何か………変わった事、言ってなかったか?」

え?と不思議そうに俺を見て…小さく首を振る。

「『引き分けには出来ないの?』って…聞かれたけど」

「…引き分け?」

「そう。ウンディーネよりずっと激しいわよ、3人みーんな同列で引き分け。あのおっさん次第だって言ったらさ、『聞いてみたら?』って…きょとんとした顔して言うわけ」

やれやれ、というようにため息をつく。

「私もさぁ…どうでも良くなってきちゃった。何か…ゲームなんてなかったらもっと、私達ハッピーになれたような気がしない?」

だってさぁ、と首をコキコキ鳴らす。

「私は全然興味ないけど、有名人と知り合いになれたのよ?お姉ちゃんだって大好きな『KEIくん』と仲良くなれたんだし…それより何より、精霊なんてテレビゲームの中だけの生き物だと思ってたものに会えて、友達になれたんだから…」

「それ………そもそもゲームが無かったら…出来てないだろ?」

俺の的確な指摘に、不知火は一瞬硬直して………

顔を赤らめて…頭を掻く。

「まあ…だからさ!もう、それでいいじゃない!?って思うわけ。ほら、今日はイブだし…クリスマスってみんなで平和に楽しく過ごすものでしょ?」

………そう…かな。

まあ………いいか。


今日は部活に参加せず、まっすぐウンディーネの泉へ向かった。

不知火はもうゲームからも睦月からも…興味を失ってしまったみたいだけど。

人柱になった娘と…その仇を討った若い武士。

そいつがゲームに参加して、やろうとすることって…一体何だ?

それに…不知火先輩。

『初めて会った気がしない』ってウンディーネは言ってたけど。

自暴自棄になっているようにすら見えた睦月を…黙らせた。

あの人は………一体何者なんだろう。

でも…この前のあの…取り乱した様子。

きっとあれは…嘘じゃない。

ゲームのことも知らなかったって…不知火は言ってたし。

ゲームマスター次第…か。

あの土橋って奴………何なんだろうか。

ゲームの審判だと言っていたが、俺の知る限り一回もフィールドに現れたことはない。

白い法衣も本物だろう。

睦月の反応からして…人柱の話も真実のような気がする。

だけど………

『精霊が俺達を利用しようとしてる』…とか。

睦月も…気になることを言っていた。

『ずいぶんうまく丸め込まれたもんだね』

あいつ………

言ってることの本筋は多分…間違ってないんだろう。

ただ………

小さな嘘を時々織り込むことで…俺達をミスリードしようとしている気がする。

「仁?」

考え込んでいた俺に、ウンディーネが心配そうに声を掛ける。

「あ…ごめん、大丈夫だよ」

「そうですか………」

ウンディーネは神社の石段の、俺が座るすぐ隣にちょこんと腰掛けた。

何故か少し…動揺してしまう。

「元気ないですね…仁は」

「………えっ?」

「すずさんは仁と同じ年なのに、もっと…明るくて、覇気がある感じがしますけど」

ああ…あいつね。

「あいつの元気は人一倍だからな…あんなにいつも元気いっぱいで、よく疲れないよなって思うけど…だってそうだろ?元気な時は元気だけど、そうじゃない時はセーブして…そういうもんじゃないか?」

んー…と首を傾げるウンディーネ。

「じゃあ仁は…どんな時、元気なんですか?」

「………どんな時…って」

「セーブしないのは…どんな時なんですか?」

…確かに。

謎が多すぎて、危険なことが多すぎて…

ウンディーネと過ごすこの約一週間は、いつもセーブしてる状態みたいな気がする。

部活も…まぁ、任意とは言われてるけど…サボリがちだし。

………そうだ。

「ウンディーネ、ちょっと待っててくれるかな?」

勢いをつけて立ち上がり、俺は家に向かって走り出した。

待って…と呼び止める彼女を、神社の境内に残して。


グローブを手渡すと、ウンディーネは不思議そうな顔をした。

「これ…何ですか?」

はめ方を教えてやって、簡単にキャッチボールの説明をすると。

「私に…出来るでしょうか?」

彼女は眉間に皺を寄せて…不安そうに俺を見る。

「大丈夫!軽く投げるから…取れなかったら無理しなくて良いし」

我ながら、変なことを思いついたなぁ…と思ったけど。

意外とこれが………面白かった。

初めてにしては、ウンディーネはなかなか筋が良くて。

「えいっ!」

可愛らしい声と共に投げたボールは、大きく放物線を描いて…俺の方に飛んでくる。

パシッとグローブに収まる…ボールの重み。

「ナイス、その調子!」

俺がゆっくりした弓なりの球を投げると、慌てた様子でちょこちょこ走り…

ぎゅっと目を閉じて、バンザイみたいな格好で…ボールをキャッチした。

「おーいウンディーネ!ボールが落ちてくる時に、目つぶっちゃうと危ないぞ」

「だって………怖いんです」

顔を赤らめて…しどろもどろに言い訳をするウンディーネ。

「大丈夫だって!しっかり落ちてくる所見て、構えるのはここ!おへその所で取るんだよ」

「出来ませんよ…そんなこと」

口を尖らせる彼女は………何だかとても可愛くて。

「えいっ」

投げたボールは…明後日の方向へ飛んで行ってしまう。

「あっ、仁!?ごめんなさい私っ…」

真っ赤な顔で頭を下げる彼女を見て、思わず噴き出してしまう。

「ドンマイドンマイ!行くぞー」


キャッチボールに興じていたら、いつの間にか…日が傾き始めていた。

俺が買ってきたジュースの缶を手にして(精霊ってジュースも飲めるらしい)、ウンディーネはにっこり笑った。

「何だか…とても楽しかったです」

「そっか…よかった」

「仁もすごく楽しそうでしたね」

「…ああ」

キャッチボールをしてみて…

やっぱりこいつは姉ちゃんとは別人なんだよなって…

ごく当たり前のことを…実感した。

ひょっとして、ボール握らせてみたら物凄く上手くて…なんて、想像しなかった訳じゃないから…若干、がっかりしなくもなかったけど。

「私…上手く出来てたでしょうか?」

心配そうに聞くウンディーネに…うん、と大きく頷く。

「初めてで、しかも女の子で…あんだけ出来れば上出来だよ」

ふふ、と…少し顔を赤らめ、嬉しそうに微笑むウンディーネ。

俺と同じくらいの女の子らしく、ウンディーネはこんな風に思いっきり遊べたことに大満足している様子だった。

喜んでもらえたみたいだし…ま、いいか。

「またキャッチボールしましょうね。そうだ!今度はすずさん達も一緒に」

また………か。

こんな風に…俺はいつまで彼女と一緒にいられるんだろう。

睦月との決着も、近いうちにつきそうだし…

その時が来たら…彼女は元の世界に帰ってしまうのだ。

そんなことをぼんやり考えていたら…どうやら彼女にも伝わってしまったらしい。

急に寂しげな目になって…神社の石畳に、視線を落とした。

「私………何だか…帰りたくなくなってきました」

「…ウンディーネ?」

「こんな風に…いつまでも、仁と一緒にいられたら………」

ドキンと心臓が…高鳴る。

「馬鹿だな…ウンディーネ………お前…ずっと一人ぼっちで…帰りたかったんだろ?家族のいる…元の世界に。だったら………」

切なげな目で俺を見て、彼女はそうですね…と微笑んだ。

馬鹿なのは…俺も一緒だけどさ。

「お前のいた世界って………どんなところだったんだ?」

尋ねると…彼女は懐かしそうに、夕焼けの空を見上げる。

「水が豊かで、澄んでいて…とても美しい所です。水が豊かなのは…この国も同じですが」

「でも………昔と比べると、かなり自然は無くなっちゃったからなあ」

「でも…仁達の世界も、美しいと私は思います」

何だか…自分が誉められたみたいで、体が少し熱くなる。

「ウンディーネの家族っていうのは…さ」

実はずっと気になっていたのだ。

「やっぱり…水の精霊なのか?つまり………ウンディーネっていうのはお前個人の名前じゃなくて…みんなの名前なのか?………うまく…説明出来ないんだけど」

「私には、母と父と、姉と妹がいます…皆水の精霊で、ウンディーネという名で。つまり………仁の質問にお答えするなら、ウンディーネというのは私個人の名前でもあって、私達全体の名前でもある…ということでしょうか」

姉と妹………か。

弟はやっぱ…いないのか。

「姉妹っていうと…不知火んちみたいな感じかな」

そうですね、と彼女は懐かしそうに笑う。

「お二人はすごく仲が良いですね。それに…とっても良く似ていて」

「………そうか?」

穏やかで優しい不知火先輩と気分屋な不知火…そんなに似てる気はしないけど。

「すずさんと文さんを見ていると…何だか懐かしくなります」

………そっか。

俺は携帯に収められた…一枚の写真を彼女に見せた。

彼女は………やっぱり驚いたらしく、言葉を失う。

「これ…おれの姉ちゃん。そっくりだろ?ウンディーネに」

まだ声が出てこないようで、目を丸くして、こくり…と黙って頷く。

「むかーしウンディーネに声を掛けたのって多分、うちの姉ちゃんだよ…言ってたんだ、『小さい頃この泉で、妖精を見たことがあるの』って」

「そう…でしたか」

感慨深げに…彼女は大きくため息をついた。

「でも………」

何故か涙がこみ上げてきて………

「3年くらい前…病気で………死んじゃったんだけど…さ」

「仁………」

こんな風に泣いたこと…友達の前でもなかったのに。

両腕に顔を埋めて深呼吸するが…涙はなかなか止まらない。

姉ちゃんに…教えてやりたかった。

『水の妖精はちゃんといたよ』って…

こんなに自分に似てるなんて知ったら…姉ちゃんどんなに驚くだろう。

それに…どんなに喜ぶだろう。

そう………絶対姉ちゃんは喜ぶと思うんだ。

そういう人だったから。

ふと。

冷たい手が、俺の額に触れた。

見ると…それはウンディーネの手で。

彼女は優しい笑顔で…俺をじっと見つめていた。

「泣かないで…仁。あなたの気持ちはきっと…お姉さんに伝わってると思います。だから」

柔らかい手の触れた額から…体中が癒されていくような感覚。

「ありがとう…ウンディーネ」

涙はいつの間にか…乾いていた。

右手の小指を差し出すと、また彼女は不思議そうに目を丸くする。

「指きりげんまんっていうんだ」

俺に促されて…おずおずと差し出された小指に、俺は小指を絡ませた。

「絶対絶対…お前を元の世界に返してあげる…約束するよ」

はっとした顔でじっと俺を見つめ。

目を潤ませて…ウンディーネはにっこり微笑んだ。


『また明日ここで』

睦月のメール通り、あの街に行くために。

俺は夜、家を抜け出して、ウンディーネの泉に向かった。

「ウンディーネ?」

呼ぶが………姿は見えない。

「ウンディーネ!?」

何故か…胸騒ぎがする。

どこに行っちゃったんだろう………

睦月が…また何か、仕掛けてきたんだろうか?

しかし…それだったら俺も一緒に行くはずだし。

何かあったんだろうか?

とりあえず、まだ動いている電車に飛び乗り…約束の場所へ。

ゲームのフィールドにも…ウンディーネの姿はなく。

不安そうな顔で佇む、不知火の姿だけがあった。

「不知火!」

少しほっとしたような顔で…俺を見つめる不知火。

「サラマンドラは…?」

必死な顔で首をふり、ウンディーネは?と訊くが。

俺も仕方なく…首を振る。

「どうして…?」

呆然と…つぶやいて。

彼女はぐいっ、と俺の腕を掴む。

「一体…二人はどこへ行っちゃったの?」

しかも。

不知火先輩の姿も見えない…という。

こんな夜更けに行方がわからない…なんて。

やっぱり…ゲーム絡みしか、考えられない。

「睦月の奴………まさか、また何か」

その時、人の気配を感じて…振り向く。

「お待たせ」

そこに立っていたのは…睦月だった。

不知火がはっとした顔をして…睦月に食って掛かる。

「あんた…お姉ちゃんを…どこにやったの!?」

「精霊達が見あたらないみたいだけど?」

彼は飄々とした様子で…周囲を見渡す。

かっとなって…怒鳴る。

「お前っ………!?」

「そう怖い顔するなよ…」

なだめる様に笑い…彼は首を傾げてみせる。

「俺も同じ状況なんだから………で、賢者の石はどこにあるの?」

同じ状況って………

そういえば…彼の傍らに、シルフィードの姿はない。

それに………ノームの姿も。

賢者の石………

あれは…ウンディーネが…

困惑する俺達に、そうだろうと思った、という顔をして。

彼は…ぽつりとつぶやく。

「精霊達が持って…姿を消したってわけ」

「あんたじゃ…ないの?」

不知火が問いかけ………彼は無言で頷いた。

「じゃあ………一体…誰が」

「土橋だろうね、多分」

………土橋!?

「土橋って………だって!あいつはゲームマスターで、ゲームの進行には関われないって」

混乱している不知火を見て…彼は静かに言う。

「ゲームマスターの意味を…君達はどうやら取り違えているみたいだし、それに………あいつはゲームマスターなんかじゃない」

………ゲームマスターじゃない?

あの男…一体。

「炎の精霊を操るのが…不知火すず。水の精霊が…水月仁。風の精霊が…風群睦月。とくれば、土の精霊は………誰だと思う?」

………そうか。

何で今まで…気づかなかったんだろう?

「土橋…研二郎………か」

「その通り」

睦月は頷いて。

きっぱりとこう…言い放った。

「土橋研二郎…彼は土の精霊ノームのパートナーであり…ゲームのプレイヤーだ」

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