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その三(黒の猫は姫のサンドバック)

 

 昼を大分過ぎてからフィアナは解放された。

 今日は疲れているだろうからと、これ以上王子と共にいることもないそうだ。食事はどうするかと聞かれたが、断っておいた。


 

「まだこの国になれません故、申し訳ありませんがご遠慮いたします」

 


 一歩間違えば無礼と思われても仕方ない申し出だが、彼は笑って許してくれた。

 それどころか、当分は同じ席での食事もやめようと申し出てくれた。こちらの食事もだが、この国自体に慣れていないのだから慣れる期間がいるだろうとのこと。

 大変ありがたい申し出であった。

 なぜなら元から今回の花嫁修業―――と名を借りたただの大規模な見合い―――は、シャアラとフィアナ二人だけの予定だったからである。

 入り用の人物は全て用意するとこちらの国は申し出てくれたため、ありがたくそうしたのだ。

 


 ただ姫の荷物が増えたのは誤算だった。

 なんでも愛馬のアパネも連れて行くから、乗馬用具一式を持っていくと言い出したのだ。

 元々そんな機会があるとも思えなかったが、影武者を使うことになった今、更にそのアパネを走らせることは難しいだろう。侍女が品のいい栗毛の馬を乗り回すことを寛容してくれるなど、よほど向こうの国―――正確には王子になるのだろうか―――が太っ腹でない限り不可能である。

 ドレスもアクセサリーもその他入り用の物も合わせると大変な荷物となったことは、フィアナが溜息を零すのに十分な理由だった。

 


 話は逸れたが、なぜフィアナがシャアラと共に食事へ出席することを良しとしないか。その理由は、パーティーでは侍女として姫が同席することなどなかった。が、今回もし正式な食事があるのなら姫を侍女として連れていく必要があったのである。

 なぜならフィアナの侍女はシャアラ一人となっているのだから。

 


 さすがに主を差し置いて自分が座って食事をするなど、フィアナには動揺しないわけにはいかない状況だ。直ぐに同意した。

 とりあえずシャアラが嫌っている侍従はともかく、王子の方はできた人物のようである。

 ―――若干ひっかかるところもあるが。

 侍女に案内されて本来は自分の部屋でない場所を目指す。

 


「ご入り用でしたらベルを鳴らしてくださいませ」

「ええ、分かりました」

 


 ぺこりと頭を下げて侍女がドアを開けようとしたのを制して、下がるように命じる。侍女は少し困惑したようだが、大人しく下がったのを確認して、その姿が消えてからフィアナはドアを開けた。

 


「ひ・・・フィアナ、これはどういう状況なのですか」

 危なく姫と呼ぶところであった。自分の名を呼ぶというのはなんともむず痒く、フィアナは身体を震わせた。恐る恐る部屋を見渡すと、大人しく収まっていた筈の荷が開かれて散乱していた。

 破れたりしているものはなさそうだが、随分と酷い。ドレスはどれも中途半端に出されている。皺になったらどうするのか。

 とにかく手当たり次第大きな箱を開けたようで、片付けるのが一苦労だ。その苦労を想ってフィアナは小言のひとつでも言おうと口を開きかけたが、シャアラを見て口を噤むこととなった。

 


「どうもこうもない」

 


 触れれば斬ると言わんばかりのオーラがシャアラからは漂っていて、思わずフィアナは後ずさった。


 


「どうしたのですか?」

「・・・アイツ」

「あいつ?」

「アイツよ、アイツ!何年たってもかわりゃしないのよ、アイツ!会った途端に・・・減らず口をぉぉおぉっ」

 


 姫は言うと同時に人形を蹴り飛ばした。

 彼女のサンドバック6代目のディディである。敢えて彼と呼ぶが、正直彼は可愛くはない。ただ只管ひらすらに丈夫さだけを追求した、円筒のような形だ。

 クッションと言うには硬すぎる彼は、汚れが目立たないようにと配慮されて真っ黒である。しかも姫が破ったために、所々緑だったり青だったりと混じっている。勿論縫い直したのはフィアナである。

 顔のつもりなのか上の方には大きな白丸が二つくっついており、猫のつもりなのか三角の布がその上にはとりつけられている。

 いーっと開いたその口らしき部分は、これまた可愛さから離れていた。

 ばしんばしんと蹴られ殴られる彼は、嘲笑うかのようなその表情を崩さない。

 


「・・そこまでにしてください。ディディが可哀そうです」

「あともう一発っ・・・!」

 


 姫の気合の一声と共にドフッ!と音が響き、紐で吊り下げられたディディが大きく舞い上がった。ぶちり、と音がしてディディが紐から解放され―――重たい音を立てて床に落ちた。

 


「ふ―――・・・」

 


 姫はすっきりした表情で額に滲んだ汗を拭う。

 それを横目にフィアナはディディを抱え上げた。

 


 先に言っておくが、別に姫は乗馬が好きなだけの・・・ほんの少しだけ異常な姫である。

 普通の姫より少し力が強く、多少暴力的なだけなのだから。

 


「あら・・・ディディ、中身が漏れちゃったわね。後で縫ってあげる、何色がいいかしら」

 


 その真っ白の目に呆れる様な色が混じっていたのは、きっと気のせいではない。

 





姫が漁ったのはどこにディディがあるかわからなかったから。

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