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その二(影は甘いものがお好き)

 



「荷物を運び終わるまで、一先ずこちらに」


 そう言われて案内された部屋で、彼女の国にはない随分と長細いソファに驚いた。

 彼女の国では一人がけが普通で、長椅子など公園や噴水の傍にしかなかった。高価な皮を使ったそれが鎮座している部屋はどうやら応接間のようだとフィアナは見当を付ける。

 王子がゆっくりと手を引いて、ソファに座るように促してきた。それに大人しく従う。王子自身はエスコートを終えると少々お待ち下さい、と言葉を残して立ちあがった。

 どうやら女官に何か言いつけるつもりのようで、フィアナから数歩離れたところでやはり女官の一人を呼びつけた。

 王子と女官が話しているその間にきょろりと部屋を見回す。


 

「・・・いない」


 

 確認するかのように部屋中を隙なく見渡したが、やはりお目当ての人物を見つけることができなかった。

 女官の一人を部屋から出させた彼は、振りかえってフィアナに―――正確にはシャアラに微笑んだ。


 

「何かございましたか。必要なものでも?」

「そうではないのです」


 

 淑女らしくそっと首を振る。本人に確認した方が早いと判断したフィアナはこちらに歩いてくる美貌の王子になるべく無邪気に問いかけた。


 

「あの・・・貴方には侍従がいらっしゃると聞いたのですが」

「ああ、よく知っていますね。彼に何か?」


 

 彼の笑っているはずの目が、笑っていないように感じられてフィアナはそっとその眉を顰めた。

 ―――探られている?

 はっきりとはしないが、フィアナの感覚は僅かながらも波立つ気配を王子から感じ取っていた。フィアナはそっと目を伏せ、彼の視線から逃れるようにして儚い笑みをその顔に張り付ける。


 

「いえ、これからお世話になる相手ですもの。ご挨拶をと思ったまでですわ」

「それはそれは。すみません、今は外しているのでまた後で伺わせましょう」

「いいのです。また会った時に挨拶いたしますのでお気遣いなく」

 


 にこりと笑って、ついでにそっと右手を口元に添えて首を傾げる。これで少しは無邪気な姫に見えただろうか。

 その仕草の甲斐あってか、ヴィル王子はその目を少し緩ませた。王子がフィアナの向かい側のソファに腰かけると同時に侍女がノックをして部屋に入ってきた。

 カートを先に押し込んだ彼女は、そっと扉を閉めてこちらに向かってきた。相変わらずにこにこと王子は笑みを絶やさない。

 カートが横に止められ、順々に並べられていくその品に彼女は目を見開く。

 


「・・・トルンのケーキ!」


 

 驚きのあまり声に出してしまって、はっと口を覆った。

 それすらにこにこと見やる王子に若干罰が悪く思いながらも視線を戻す。

 トルンは調理法が難しいのと、その果物としての見目が悪いことからこちらの国ではあまり食されないと聞いていた。

 その独特な甘みをフィアナは好んでいて、この国に来て当分食べられないことを残念に思っていたのに。


 

「あの、これは」

「本当はこの国の名物を用意していたのですが、いきなりこちらの国に馴染めというのも無理な話でしょうから」


 

 無理してこちらにあわせずとも好いと遠回しに伝えてくれているのか、優しく微笑むその顔にフィアナは心から笑んだ。

 この国に来て文化の違いとやらにフィアナは驚きの連続だった。予め勉強していようと、日常的な違いまでは彼女は叩きこむ時間がなかったのだ。なぜなら彼女はここに侍女として来る予定だったのだから。もっと大事なことは山ほどあったのである。

 後々この国に来て肌で感じればよいと思っていたが、まさか影武者を急に務めることになった為かその些細な違いでさえ彼女には負担だったようだ。初めて自分の国らしい文化を見たことは、酷く心を落ち着かさせていた。

 


「ありがとうございます」

 


 王子が目を見開き、フィアナを凝視するが、トルンの虜になっているフィアナは気づいていない。食べてもいいかと催促する彼女に、王子がくすりと笑って「どうぞ」と返すとさっそく彼女はフォークを手に取った。

 嬉しそうにそれを口にする彼女は顔を綻ばせながら再び感謝を口にし、侍女の置いたお茶にさえ礼を返す。

 


「噂に聞いていた通り、シャアラ姫は筋の通ったお方のようです」

 


 それにフィアナはきょとんとする。

 


 ・・・筋の通った?姫様が?

 フィアナの知る姫は自由奔放で、乗馬が大好きで、身体を少しばかり激しく動かすことが好きという一風変わった趣向をお持ちの方である。確かにある意味筋が通った方だが、隣国までその名が轟いていることは知らなかった。

 この手の情報不足はまずい。

 シャアラの要望はこの婚約話を解消し、国に帰ることだ。

 この国で必要な情報を収集し吟味して、確実にシャアラを国に返すことがフィアナの最終目標である。

 まさか婚約者である姫を偽っているなどばれるわけにはいかない。迅速な行動が必要だと頭をフル回転させながらも、フィアナは営業スマイルを崩さない。

 


 

 ―――しかし目下の問題は他にあった。

 彼女の主であるシャアラがこの国に来たくなかった理由の人物がここにいないのである。

 シャアラはその人物に会わぬようにと今はフィアナの、正確にはシャアラの部屋で荷をほどいているはずだ。

 流石に最初の目通りは彼が同行するだろうと思ってのことだったが、裏目に出てしまったようだ。

 何処かで出会っていなければいいのだが、とフィアナは心内でそっと溜息を零した。けれどもトルンを食べる手は止めない。

 二口目をもぐもぐしていると王子もそれに倣ってかフォークを手にとって食す。

 男の癖にやたら優雅だとフィアナは王子をじとりと見た。それをどう解釈したのか、王子は少し悩んだように苦笑した。

 


「申し訳ありません。私が既に食べてしまったので、もうひとつ欲しいのでしたら、」

「えぇ?!い、いいえっ!違いますっ」

 


 ぶんぶんと手を振るフィアナを王子は楽しそうに眺めている。なんだか罰が悪くなって目を反らし、三口目を咀嚼する。

 


「それにしても、不思議な味わいですね」

 首を傾けながら咀嚼する王子は、物珍しそうに呟いた。

「あら、お食べになったことがなかったのですか?」

「ええ、初めてです」

「あら、初めてなんですか」

 


 そこではたと思いつく。

 ―――そういえば姫様は、一切荷造りを手伝っていなかったけれど大丈夫かしら。

 

 




 

 


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