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その二十四(戦いのはじまり)





 遺跡の中は、熱い程に火がたかれ、そこらかしこに張られた蜘蛛の巣がその炎にちらちらと揺れる。



 遺跡の最も広い場所―――おそらく教会と思われる場所には、木製の机や椅子が運び込まれ、何十人もの男たちが机を囲み、宴を開いているところであった。

 机の上にはこれでもかと言わんばかりの食糧と酒が積まれており、男たちの無骨な手がそれを掴んでは口の中に放り込む。

 くちゃくちゃと咀嚼音を響かせながら、男たちは食料をまるで水のごとく胃へと流し込んでいく。

 そこらかしこで、がちんと瓶をかち合せる音が響き、どぼどぼと遠慮なく注がれる酒を、男たちは喉をならして飲み干しては空になった瓶を床に放った。


 飲む度に口から零れる酒など構わず、男たちはがははっと笑う。



「朝に出発だろ?まだ国の方にも話はいってない筈だ。楽勝だな」


 顔を真っ赤にそめた男は、ひっくひっくと吃逆しゃっくりを繰り返しながらそれでも酒を飲みほした。

 ばしゃりと口から溢れた酒が床を汚す。それに周りの男たちが「きたねぇ!」と零すが誰もが同じような状況のため皆笑うばかりだ。



「それにしてもよくもまあこんなに数を集めたもんだなぁ、あの眼帯の男」



 その横にいた男は、ぐるりと周りを見回してにやにやと笑った。辺りで飲み食いするのは何も知り合いばかりではないのだが、今はそんなことすら気にならない。

 ぐふぐふと笑いをこぼしながらその男は肉を食いちぎった。



「話きいたときゃぁもっと大変かと思ってたがなぁ、まーこの人数ならちょろいもんだ。それにあの女、姫って話だが大したことなかったな。あっさり捕まった!」

「後はちょいと国を揺さぶるって寸法だろう?よくもまぁこんなでかいこと考えたな!!」



 下品な笑い声をあげて男たちは灰色の男から受け取った前金をざらりと掴み、ばら撒いた。

 今まで手に入れたこともないような金に、男たちの目は欲望で彩られ、今にもその金を食糧と見紛い、食さんばかりであった。

 この目の前にある以上の金が手に入るのだと思えば、その口元はだらしなく垂れ下がる。



「…こんな金、どう楽しむか今から楽しみだ…!」

「あの女も貰えるって話だろ」

「あぁ、みたか、あの女。さすがは姫って感じだったな」


 男たちはその言葉に姫の姿を思い出して下半身が疼くのを感じた。

 初めて見た姫と呼ばれた女は、美しかった。

 この国ではみたことのない薄紅色の長い髪とその瞳に、男たちの目は奪われた。森の中で次々と騎士が屠られる中、侍女を庇って男たちの前に立ったあの姿は、まるで女神かの如く男達の目には映って見えたのだった。

 その姿を思い出して浮かれる男たちの中で、しかし一部は顔を顰めていた。



「しかしあの女は気味が悪ぃ」

「確かにな…薬は効きやしねぇ、泣き言はいわねぇで…ただの女じゃねぇ」



 どこか青ざめる男二人の肩に、でっぷりとした腹の男の腕が乗せられた。森でフィアナを掴まえた際に、灰色の男に絞められたあの男であった。


 男二人はそのむさ苦しさに一瞬顔を顰めたが、内輪では最も力を持つ男だ。逆らうことも許されず、へらりと笑った。

 太った男は上機嫌で男二人に顔をぐいと近づけた。その首にはまだ灰色の男に絞められた手の跡が残っていたが、男は酒で顔を真っ赤に染めて、その事すら忘れたように陽気に笑った。


「おぅおぅ、ただの女じゃねぇ…それが『オヒメサマ』ってやつなんじゃねぇのか?!しかし見たろ、俺が殴った時のあの顔!すかっとしたね」


 男はそういうと口から酒を飛び散らせながら笑った。まるでその時の再現のように腕を振り、どうだと胸を張る。

 姫を捕まえた時、あまりに姫に薬が効かない事にじれたこの男は、姫の頬を殴りつけて気を失わせたのだ。

 今頃倉庫に閉じ込められている姫の頬は真っ赤にはれあがっているに違いない。それを自慢げに語る太った男に、男たちが苦笑いをした。



 その時だった。



 男の背後に、真っ黒な影が現れたのは。





「・・・あの方に、怪我をさせたのか」


「…あ?」





 怒りを湛えた静かな声に振り向いた男のその太い首が、あっという間に掴まれた。


 男が目を白黒させるうちに、ぐっと首に込められた力に、男のその口が酸素を求めてあえぐ。


「か、はっ!」


 苦しみにその顔を歪ませる男が必死で目を見開き、首を掴む手を掴み返してもがこうとする。何とか自由になる足で相手の足を蹴ろうとするが、途端に片足の甲を剣で突き刺され、苦痛の叫びを口から迸らせた。

 叫んだことで吐き出した息に更にもだえ苦しむ男は、首を掴む手に更に込められた力に、身体を痙攣させ始めた。

 先程まで男にその腕を乗せられていた男達含め、周りはその光景に唖然とするしかない。



 ――――何が起きているんだ。



 他の男たちは酒と食事に夢中で、急に現れたマスクの男に気付かずまだ酒盛りをしている始末だ。



 太った男を掴む影のそのマスクから見える目は怒りに燃えたぎり、首を掴む手には青筋が浮く。

 ごぷりと泡を噴いた男を、無情にもマスクの男――――ルチエは投げ捨てた。明らかな体格差をものともしないその動きに、男たちは覚えがあった。

 ――――そう、少し前に港町であの姫に手を出そうとした時の、まるで子供のような顔をした男。



 一瞬の後、巨体の男の体は食事が乗せられた机ににたたきつけられ、食べ物と酒とを撒き散らしながら派手に机を倒した。

 けたたましいその音に、さすがに辺りがしぃんと静まった時、全員が何事かとルチエを見て、そして固まった。

 男たちの顔をじっとりと見回して、ルチエが悪魔のような笑みを浮かべたのだ。

 マスクのせいで顔半分しか見えずとも、その笑みは男たちの背筋を凍らすには十分だった。



「お前たち、あの方に手を出しておいてタダで済むと思うなよ」



 その声と共に四方から飛び込んできた屈強な男達に、ぎょっとしたのもつかの間。

 頑丈な装備を纏った男達の怒声と共に次々とやられる仲間に、一気に酔いも醒めた男たちは顔を青くした。


 特殊隊――――


 このまま捕まればどうなるか分かったものではない。

 しかし数だけはいる男たちは、道を誤った。このままでは捕まる―――そう思った男達は、各々武器を手に取り、雄たけびをあげた。


 その様子に、ルチエは蕩けるような笑みを浮かべた。


「そうこなくっちゃ。死ぬ方が幸せってくらい、ボコボコにしてあげるよ」


 勝敗など最初から見えている戦いが、遺跡の中で始まった―――――













 *****










 フィアナが目を覚ました場所は、真っ暗な森の中だった。



 既に日が落ちてかなりの時間がたっているらしく、灯りは月の光しかない。

 足元から這い上がる寒さに身を縮こませようとすれば、木の幹に手を縛りつけられていることに気付いた。

 しかし足だけは自由になっており、なんとか幹にそって立ち上がろうと体を動かす。嗅がされた薬の効果はもう大分抜けているようだったが、まだ震えを残す足を叱咤してフィアナは立ち上がる。

 はっと息を吐くと、白く息は森の空気の中に溶けていった。

 きょろきょろと辺りを見回すが、暗いこともあり今いる場所の手掛かりは全く掴めない。


 先程までは薄汚れた部屋に閉じ込められていたはずなのに―――


 腰の痛みに、ここまで荷物のように運ばれたのだろうということだけはわかったが、いつの間に外に出たのかもわからない。

 傍に繋がれた馬には、荷袋が乗せられている。その荷物は少なく、馬も他には見当たらなかった。


 ―――ここに私を連れてきたのは、一人…?


 そう思い当れば、頭に思い浮かんだのは一人だった。



「目が覚めたか」


 その声に顔を上げれば、灰色のマントの男が森の奥から歩いてくるところであった。歩いているというのに殆ど足音がしないことに気づき、フィアナは顔を引きつらせながらも叫んだ。



「あなた…!!」

「黙ってろ、碌に食べてなくて体もまともに動かないはずだ」



 実はその通りで、碌に食べても飲んでもいない体には、とても逃げ出すほどの体力はなかった。

 灰色の男は押し黙ったフィアナから少し離れた場所で立ち止まり、何やらごそごそと服の中をまさぐった。



「食うか?」



 その言葉と共に差し出されたものはとても食べ物とは思えないもので、顔を引きつらせてフィアナは首を振った。

「そうか」とさして気にした様子もない男は、フィアナに差し出したそれを自らの口の中に入れて咀嚼している。男が言うには栄養価が高いのだというそれは、しかしやはり食べようという気が起きないものであった。

 男は咀嚼しながらフィアナに近づいてきた。


「こ、来ないで!」

「キャンキャンわめくな」


 五月蠅そうに男はそういうと、片手に持っていた瓶の蓋をピンと弾き、それをフィアナの口に押し当てる。

 鼻につく匂いがとてもじゃないがまともなものとは思えなかった。毒に多少耐性があるといえど、訳のわからないものは飲みたくはない。

 唇に押し付けられる冷たい硬質な感触に、いやいやとフィアナは首を振った。


「飲め。解毒薬だ」


 飲めるものかと歯を食いしばったフィアナに、男が不機嫌そうに口を真一文字に結んだ。フィアナの顎をぐっと掴み、男は無理やり瓶の中身をフィアナの口に流し込む。

 顎を無理やり開かされ、飲むまいとした一口飲みこんでしまい、フィアナはむせた。吐き出そうとげほげほと咳込むフィアナに、男は冷たい目を向けていた。



「…後遺症が残っても、困るだろうが」



 そう男は呟いたが、自身の咽る音が耳に響くフィアナにははっきりとは聞こえなかったようで、赤くなった眼で男を睨みつけた。



 フィアナが落ち着いた頃、男はじっとその片目だけの眼で空を見上げた。そしてふっと息を吐くと耳をそばだてる様に、男は目を閉じた。

 その様子をどこかでみたことがある――――そう、フィアナは思った。

 この何かを聞き取るような男の姿にそっくりな、そんな場面を、フィアナは他に見たことがあるのだと。




 そうだ、遠乗りに行ったあの時、王子も同じように目を閉じて、耳を欹てて―――そしてふっと息を吐いたのだ。

 嫌なデジャブだ、とフィアナは頭の隅で呟いた。

 考えたくはない、もしかしたら男と王子との間に、何か関係があるのかなんて。



 そんなフィアナの想いを無視して、男は暫くたつと目を開けて、呟いた。



「もうすぐ、ラジェが来る」



 お前を探して、という言葉に、フィアナは顔を顰めた。



「…ラジェが来るわけないと、何度言ったらわかるの」

「来るさ。お前が大事で仕方がないはずだからな」

「そんなわけない!ラジェとは…一度会っただけ…!」

「本当にそうか?」



 空を見上げていたその片眼がフィアナに視線を向けた。静かに問いかけてくる男に、なぜがぐっと言葉に詰まった。


 ―――――なぜ、なぜ言い返せないの。私の中でも、何かが引っかかっているというの?


 この男の言葉に、なぜこんなにも言い返せないのだろうか。何度も、何度も、同じようなことが起きていた。男に問いかけられる度、フィアナの中に広がる靄のようなもの。

 掴もうにも掴めないそれは、それでもフィアナの中にじわりと染みこんでいた。



「あなた、うるさいわ」

「…お前と、俺は、似ている」



 フィアナの絞り出した言葉に、男は目を細めた。その片眼が何か憐れみを込めたような、懐かしむような、愛しむようなそんな混ぜこぜの色をしていて、フィアナを困惑させる。



「お前、名前はなんていうんだ」

「あんたなんかに…教える名はないわ」

「そうか。俺は…」



 男はそこで一度言葉を切った。逡巡するかのような間があって、また男は口を開いた。

 そして、ゆっくりと噛みしめる様に一言ずつ。



「俺は…俺の名前は、ジノ。…ジノ・リンドウっていうんだ」



 まるで、時が止まったかのようだった。

 息を吸うのも忘れて、フィアナは男を見ていた。


 男の放った言葉が、理解できない。



 リンドウ。



 それは、ラジェの名前でもなかっただろうか。


 フィアナの目を見ずに、男は喋り続ける。



「なぁ…名無しさんよ。お前は、ちゃんと生きろよ。家や役目に、こだわるのはやめろ。俺みたいに…なっちまうからな」

「え…?」




 男の横顔が、一瞬笑ったように見えた。

 その瞬間、森から飛び出してきた光るものをフィアナが視認するのと、腰から引き抜いた剣でそれをジノと名乗った男が弾いたのは、同時だった。

 弾かれたのはナイフだった。そのナイフは宙で一回転したと思えば、フィアナの足元へと突き刺さった。

 フィアナは「ひっ」と引きつったような声をあげる。

 フィアナに怪我があろうと関係がないのか、ジノと名乗った男は振り返りもせず、満面の笑みで森の奥を見つめている。



「待っていたぞ」

「私はお前なんてまってもいないけどね」


 覚えのある声に、フィアナは目を見開いた。

 暗い森の影が、やがて人の形を形どり、月の光がその顔を照らし出す。


 その髪は、輝かしい金茶。

 そして見慣れた褐色の肌は、王子の証。


 ラジェじゃない。

 王子だ。


 深海の色は今や怒りを湛え、荒れ狂う波の如くぎらぎらと輝いていた。


 その姿を目にした途端溢れる気持ちに、フィアナの目は潤んだ。


 こんな状況なのに、嬉しくて堪らない。


 だって、もう会えないと思っていた。

 こんなことになった時も自分は人に助けて貰う価値などない、後は死を待つのみだとそう覚悟していたのに。


 なのに、彼は『嘘つき』の自分のために、こんなところまで来てくれたのだ。


 嬉しい。


 けれど、さみしい。


 私は、『シャアラ姫』じゃない。

 侍女『フィアナ』なのだ。


 言わなくては。

「逃げろ」と叫ばなくては。

 今この場で最も守らなくてはならないのは、フィアナではない。

 王子である彼なのだ。


 そう思って口を開こうとした途端、灰色のマントが視界を遮るようにフィアナの前に立った。


「彼女を離せ」

「ったく焦んなよ」


 王子の威圧感を伴う言葉にも、ジノは笑ったようだった。そのままフィアナに体の片側だけで向き直ると、黙っていろと殺さんばかりの目で睨みつけられた。


 ジノは先程までとは違う、以前街でフィアナを追ってきたときと同じ異様な雰囲気を纏っていた。

 彼の片目の奥でとぐろを巻く憎悪は、まるで目の敵かのようにフィアナを射抜き、その背筋を凍らせる。

 王子が目の前に現れたことで、何かのスイッチが入ったようだった。


 ジノは余計なことを言って少しでもフィアナの価値が下がるのを良しとしないだろうが、王子を守るために真実を―――――『影武者』であることを言わなくてはならない。

 影武者だから、助ける価値はない。すぐに逃げてほしい―――。

 フィアナがそう叫ぼうとした時だった。


 ぎらりとジノの片目が煌めき、灰色のマントの下からぬっと腕が伸びてきて、木に腕が縛られたままのフィアナの腕を掴んだ。

 自分より大きな男の首に痣を残したその握力は、信じられないものだった。

 骨を折らんばかりに握られる腕に、痛みと恐怖でフィアナは声にならない悲鳴を上げる。


 途端に王子の纏う空気が更に鋭さを増し、射殺さんばかりの強さでフィアナの腕を掴むジノを睨みつけた。




「やめろ!!汚い手で…姫に触るな!!」



「王…子!」



 思わずといったように叫んだフィアナの言葉にジノは皮肉げに顔を歪め、痛みで呻くフィアナの腕を用済みと言わんばかりに放した。




「王子か…ふん、出世したなラジェよ」



 嘲笑を含んだジノの言葉に、王子は眉一つ動かさなかった。

 逆にフィアナは、ジノの言葉に面食らったように呟く。




「……ラジェ?違うわこの人は…王子よ」




 だからこそ、逃がさなくては。

 彼を、今すぐに。


 痛む腕など構ってはいられないのだと再び口を開こうとしたフィアナの頭上で、呆れたようなジノの声が響く。






「『王子』じゃあないな。こいつは、天賦の才能を持つと言われた『暗殺者』だよ」






「………え?」




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