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その二十一(過去の華)

8/26に文章を追加しました

2014/1/3に文章を追加しました


 

 夜も更け、辺りは眠りの時間へと入ったというのに、白亜の屋敷は重苦しい雰囲気に包まれたままだった。

 屋敷の住人達の慌ただしい足音が屋敷を満たし、指示を受けて屋敷から次々に出ていく騎馬兵たち。


 近くの部屋で上がっていた悲愴な女の叫び声は、先程やんだ。あの侍女は、泣き叫ぶのをやめたらしい。

 静かになった部屋では今頃リュウが彼女の面倒を見ているはずだ。


 常にない程の焦燥と苛立ちを感じながら、彼は口を開いた。


「ルチエ、いるか」

「はい、ここに」


 一声かければそこにはあどけなさを残した顔の、自身の腹心の部下が現れる。

 ラジェの部下の中では、情報と身体能力に関しては随一の能力を持つルチエは、感情を消した顔でそこにいた。


「侍女の情報通り、森で騎士の死体と荷馬車が発見されました」

「彼女の居場所は」

「…申し訳ありません。まだ掴めておりません」


 その瞬間、男の背後からゆらりと立ち上ったどす黒い気配に、ルチエの背筋を一気に悪寒が走り抜けた。

 ぶわりと出る冷や汗に、その身を固くしながらルチエは「申し訳ありません」と再び謝罪の言葉を零す。

 今の主は、抜身の刀のような鋭さを持ってルチエの前にいた。

 …それほどまでに、彼女の存在は主にとって大きいものなのだ。

 それを改めてルチエは、その心に刻み込んだ。


「私も出る」

「は、しかし…」


 顔をあげたルチエの前にはすでに主はおらず、既に装備を整えて彼の横を通りぬけていた。

 ドアに手をかけた主は、振り返りもせず静かな声でルチエに命令を下す。


「ルチエ、お前は港町の老人の所に出むけ。人数は最小限に抑えろ」

「は、賭博屋のあのじいですか」

「そうだ。あれは恐らく、情報屋だろう。金は幾らでも払っていい。彼女の情報を買ってこい」

「…了解しました」


 ルチエの気配が部屋から消えたと同時に、ラジェは部屋をでた。まっすぐに厩舎に向かい、真っ暗な中自身の愛馬に近づいてく。最近は『違う仕事』にかかりっきりで、ラジェ自身が乗ることがなかったせいか、愛馬はぎらついた目をラジェに向け、鼻息を荒くした。


「…そう怒るな。久しぶりの仕事だ。頼む」


 ラジェが鼻面を撫でると、仕方ないと言わんばかりに小さく嘶き、示すように首を少し下げた。

 それにふっと笑いを零し、ラジェはぐっと反動をつけて愛馬に跨る。

 普通の馬よりも一回り大きい黒毛の馬は、ラジェを乗せると待ちきれないと言わんばかりに二度地面を蹴り、そのまま門に向けて駆け出した。

 彼が門に近づくと同時に、ぞろぞろと厳つい風貌の男たちが集まってくる。ラジェと同じように馬に跨る者達は一様に鋭い瞳をラジェに向けていた。

 彼らを一瞥し、彼は声を張り上げた。


「特殊隊の者ども、久しぶりの仕事だ!」


「応!」


「全軍出る。遅れるなよ、遅れるような奴は私の配下から外すぞ!」


 雄たけびを上げる部下たちを引き連れ、特殊隊隊長、ラジェは先陣を切って飛び出した。

 野太い声と共に、白亜の邸から数多もの騎兵が飛び出していく。

 ラジェは、ルチエが持ってくるであろう情報を、呑気に待っていられはしなかった。

 ラジェが持ちえる全ての兵を用いて、ここら一帯をしらみつぶしに探す。

 そのラジェの殺意にも見た感情をかぎ取ってか、男達は同じように馬を駆る。


「兵を三方向に分けろ。必ず見つけ出せ」


 ラジェの命令を受けて、男達がそれぞれの方向に向かって別れていく。

 自身の周りには数頭の騎兵を残し、後は全て他の場所へと裂いたラジェは馬を駆る速度を上げる。ラジェの頭に浮かぶのは、一人の少女の顔だった。

 そして、彼の記憶は走馬灯のように少女のことを、彼に再び思い出させていたのだった。



 *****



 7年前のその日は、大きなパーティーが白亜の建物で催されていた。

 国の重鎮、貴族が集まり、楽しげな音楽を奏でる音楽団がパーティー会場に色を添える。

 

 頭に叩き込んだ招待者の人間関係、建物の見取り図、警備兵の配置図などの情報を思い出しながら、ラジェはパーティー会場に足を踏み入れた。途端に目の前に広がった世界は、煌びやかで、そして同時にどす黒かった。

 その光景にうんざりとしながら、彼も貴族達に倣って笑顔をその顔に張り付けた。シャンデリアの光に照らされた会場を見回したが、会場に負けじと着飾った大人ばかりが目立った。

 ――――そういえば十四歳の王子は、体調不良という名目で自室に籠っているって話だったな。王子と年近いっていう隣国の姫も呼ばれているはずだってのに残念なことだね。


 ここにいる大人達に比べれば、まだ自分と年齢が近いだろうその姫の姿を探したのは、ほんの少しの興味からだった。


―――あ、あの娘か。


 姫の姿を目にした時、彼の足はその場に縫いとめられた。


 初めて見た彼女は、凛として立っていた。

 その完璧な笑みは、とてもまだ花開く前とは思えないもので、どちらかといえば、聞き知っている年齢よりもっと年上のように思えた。

 だからだろうか。

 何よりもその時、目を惹かれてしまったのは。




 最初は他国の姫ということで、周りから彼女は厚く歓迎されていた。

 しかし人が変わり、流れが変わり。

 彼女にかけられる言葉に、少しずつ棘が混ざる。

 誠実な笑みを浮かべる紳士淑女に混じり、腹の黒い狸や毒婦が彼女に辛辣な言葉を投げかけるのを、人よりも優れた聴覚は拾う。

 それはどれも、若干十四歳の少女に向けるには厳しすぎる言葉だった。

 彼女は、泣きはしないだろうか。

 手に持ったグラスを傾けながら、彼は思った。

 他人に無関心な彼が、ここまで人に関心を持つのは久しぶりだった。

 そんなことも彼は忘れて、ただ、一人の少女に見入っていた。

 さぁ、あの言葉の剣を受けて彼女はどうするのだろうと、彼は見つめ続けた。

 しかし彼の予測を裏切って、彼女は笑んだままだった。

 その美しさを失わず、揺らぐことなく、まるで一輪の華の様にそこにあった。

 そんな彼女を見て、狸どもは思っただろう。

『きっとこの子供は、この言葉の意味など分からないのだ』と。


 ここは、彼女の国ではない場所。

 他国の人間から投げかけられる言葉がどれ程人を傷つけるのか、この狸たちは考えたこともないのだろう。

 自分たちの言いたいことだけを口走った頭髪だけでなく中身も薄い輩は、見下した視線だけを残して人ごみに紛れていく。


 一人、また一人。

 彼女を嘲る輩は、彼女から思う反応が得られないためか。

 あるものは侮蔑を。

 あるものは悔しげに。

 あるものは嘲笑を。

 その顔に湛えて去っていく。

 彼女周りから、一度人が消えた。

 そこでやっと、彼女の国の人間が戻ってきたのか。

 近寄る味方に、彼女は何もなかったかのように笑顔を向けた。

 あれだけの言葉を浴び、それでも立ち続ける彼女の目は煌めいていた。


 彼は、ぼんやりと思った。

 ――――彼女は、その年齢で分かっているのだ。


 権力というものの重さを。

 自分という人間が守るべきものを。


 だから彼女は、散らず、翳まず、ただ前を見て立ち続ける。

 その小さな背に何を守っているというのだろうか。


 親か、国か、それとも―――




 男か。





 一瞬頭に過った考えに、グラスを持った手に知らず力が籠った。

 途端グラスは彼の手の中で弾け飛んだ。

 グラスの中身が手袋を濡らし、ぼたぼたと床に染みができていく。まるで血のように手を伝い、彼の方に伸びようとその手を伸ばす。


 彼は目を細めた。

 屋敷の人間が慌てて自分の周りに寄ってきて、怪我はないかと尋ね、手拭を渡してくる。

 全く。目立つわけにはいかなかったのに何をしているのだろうか。

 四方から感じる視線に、意識して自分の存在感をなくそうと努める。

 横にいた男が肘で小突いてきた。今回この会にはある目的のため、同じ腹のこの男と組み、ここに潜入したのだ。その男は回りに愛想笑いをふりまいているが、自分に向ける目は厳しく、殺気立っていた。ラジェにしては珍しいミスだと男も理解はしているが、それでも男も玄人プロだ。

 ラジェのミスを許しはしない。

 彼は男の視線を鼻で笑うと、焦る使用人たちに、笑いながら大丈夫だと伝え、手洗いに立つと言葉を残してその場を去った。一瞬男に視線を合わせれば、その視線だけでこのまま任務に就くというラジェの意思が男に伝わり、男も黙ったまま彼が会場を離れるのを見送る。

 去り際にちらりと目を巡らせると、迷わず見つけることができた。

 こちらを何事かと眺める少女。

 小さな手。薄紅の髪は緩やかに纏められ、ほっそりとした肩に流れている。

 その瞳は、先程までは揺れる不安を押し隠すように、ただ強く光を宿していた。

 しかし今は、少し、ほんの少しだけその不安が彼女の心の盾を押しのけて、出てきているのを彼は見た。

 きっと常人ならばわからぬ、ほんの少しの機微の差。

 それを読み取った彼は、目を細めた。

 やはり彼女は―――まだ幼さを隠しきれていない。本人の意思如何に関わらず。

 どんなに強く立とうとも、まだ幼さを残した少女にふっと笑いを零し、彼はその場を後にした。








 蛇口から出る水で、手についたワインを流していく。

 先程までつけていた手袋は投げ捨てて、新たな手袋をつける。

 手洗い場には誰もいない。彼は神経を研ぎ澄ませ、他の気配もないか探る。

 誰も来ないことを確かめた彼は、袖からナイフを取り出した。よく手に馴染んだナイフは、しっとりと彼の手に吸い付く。

 煌めくナイフに、自分の顔が映った。

 青の瞳は、深海のようだと評されるが、そんな神秘を秘めたものじゃない。


 今この瞳に秘めているのは、無関心な殺意。


 これからこの国の王子を殺そうとする男の顔が、映っているだけなのだ。



 *****




 彼がこの国に忍び込んだのは、三年前のことだ。


 情報収集から始まり、この国と自分の取るべき人物像を作り上げた後は、彼はその手腕でゆっくりと国の中枢に近づいて行った。



 目的は、この国の王子の暗殺。



 ここの王子様とやらは、七歳の時に殺されかけてから厳重な警備の元、行動をしているそうだ。

 魔の手は、現在も王子様の身を脅かし続けているらしい。

 たった十四そこらの少年をそこまで殺そうとする人間の心境など、彼には推し量れないし、推し量りたくもない。

 多くの暗殺者が彼に遣わされたと聞いたが、狙われていると明らかな王子の警備は思いのほか厳しいもので、誰も彼もが失敗ばかりを重ねたそうだ。

 そしてついに彼のところに話が持ち込まれたのだ。


 『天賦の才能』と言わしめるほどの能力を彼は持っていた。

 身体能力もさることながら、冷静な分析を行う知能。

 まだ幼さを抜けきらぬ顔だが、それでも整った顔立ちは彼の生業を誤魔化すのに十分だった。

 そして彼の月白の髪は何色にでも染まり、しかし染まり続けることを知らない。だからこそ、彼は容易に自分の容姿を変えることができる。

 声すらも、彼の家に伝わる秘伝の術で変えることができた。


 彼の家では、彼は本当に必要な時だけしか出せない、最後の切り札とされていた。

 だから多少なりと彼はその家で我儘を通すことができたし、いっそいえば誰も彼をとめることはできなかった。

 彼は自由に名を名乗り、顔を変え、世界を渡り歩いた。それは、この場に入るまで、ずっとだ。

 物心ついた頃にそれを始めたが、誰ひとり、彼を押さえることはできなかった。


 しかし一度呼び戻されれば、彼には仕事が待っていた。


 彼は感情を消して、その仕事をいつも完遂させる。

 彼は最初から、そういう風に育てられた。

 何の感慨もわかず、手を下せるように。その技術も、知識も彼は有り余るほど持っていた。


「…いくか」


 無感情に呟き、ナイフをまたしまいこんだ。

 さっさと任務をこなして、また自由な生活に戻りたいと考えながら、男は手洗いから出て、先程と真逆の方向に進みだした。


 そして活気な声と離れた庭に出ると、木に手をかけた。

 木から木へ―そして目的の場所に辿り着くのは、彼ほど卓越した能力がなければできはしない。

 すたん、とパーティー会場から随分離れた、城の中でもこじんまりとした中庭に最低限の音で着地し、こきりと首を鳴らす。



「―――――そこにいるのは、どなた」



 急に聞こえた声に、ビクリと体が固まる。まさか、人がいるとは。

 自分が気づかないなどありえない、と思いながら、袖の中のナイフの重さを確かめ、彼はゆっくりと笑みを顔に張り付けて振り返った。

 そして、目を見開く。

 そこにいたのは先程の、少女だった。

 ―――他国の来賓である姫が、なぜこんなところに。

 頭に浮かんだ疑問に一瞬固まりながらも、彼は声を発する。


「失礼、レディ。邪魔をしてしまったかな」

「何をなさっているのです」

「いやなに、少し酔ってしまってね。風に当たろうと思って散歩していたところさ」

「…そうですか」


 彼女はまだ不信感が拭えないという顔で、警戒心も露わに、じとりとした目を男に向けていた。


「本当に酔っているのですか?とてもそうはお見受けできませんが」

「酔っているさ。顔に出ないだけだよ。さぁレディ、こんな所に男と二人では疑われてしまう。早くいきなさい」

「…あなたは、戻らないのですか」

「私はもう少しここにいるよ」


 彼女は眉根を寄せた。明らかに不振がられている。が、彼女はふっとため息をつくと背を向ける為に一歩踏み出した。

 これ以上身元も分からない男にかまけている暇なない、ということだろうか。

 これで彼女はこの場を去るだろう。

 そうすれば自分は、仕事をするだけだ。

 そう、仕事をするだけだったのに。


「…待って」


 なぜその時、声をかけてしまったのだろうか。

 驚いた風に彼女はまた彼に顔を向けた。

 薄紅色の瞳が向けられることに、彼の体の芯がわずかに震えた。




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