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その十六(過去を知れば)



「あんたぁ!」

 




 その大声に、ひょっこりとテントの中から男性が出てきた。

 だらしなく伸びた髪の毛を手でかきながら、彼は欠伸を一つ零す。そして眠たげに絵具ペンキだらけの手で目を擦った。

 


「なんだい、マイハニー」

「はいはい、ダーリン。リンドウ様の肖像画は?」

 



 目の前で繰り広げられる会話についていけず目を白黒させるフィアナにはお構いなしに、女店主とその男は会話を続けていた。

 



「・・・ん―――?僕の頭の中にはある、けどさ」

「頭の中の物はね、掘り出して現実にしなきゃ金にならないのよって、何度言わすわけ? え?」

「ご、ごめん!ハニー・・・で、でも」

「 で も ?」

「さ、さっきだめだって言われたじゃないか・・・」

 



 ごきんごきんと指で音を鳴らしながら、女店主が微笑む。

 それを見て夫と思われる絵描きは、顔を青くして手を目の前で激しく振った。

 



「い、今!今描いてた!もう上がるよ、ただそれだと約束を違えることに・・・」

「約束なんぞ、この可愛いお嬢さんの前じゃ吹いて捨てちまえ」

「は、ハニ―・・・」

「ほら、さっさと描き上げな、馬鹿男!」

 



 そういうと女店主は、男を奥に押しやった。

 やれやれと腰に手を当てる女店主に、控えめにフィアナは声をかけた。

 



「あ、あの」

「あぁ、すまないね。お客の前で」

「いえ、リンドウって・・・王宮の方ですよね」

 



 そうだった!と声を上げて、女店主がフィアナのほうにずいと近寄ってきた。

 



「あんた彼の事どれくらい知ってるんだい?!彼の情報なら高く買うよ!」

「え、えぇ?!」

 



 素っ頓狂な声を上げて、フィアナは仰け反った。

 



「知ってることなんてなにも・・・」

「彼の名前を知ってて、しかも王宮の人間だっていったじゃないか!」

「え、彼は王宮の人なんですよね」




 これは彼が直々に言っていたことだ。なぜそれをいうことが、そんなにも女店主の興味を引くのかわからない。

 女店主は、フィアナの言葉に目を輝かせている。




「ほら!そこんとこは謎なんだよ!なのにあんたはしってる」

「な、謎?!」




 確かに謎だらけな人物なのは認めるが、役職すら謎なのか。

 本当にラジェは王宮の人間なのかと、フィアナは眉を顰めた。

 そんなフィアナの様子にはお構いなしに、女店主は腰に手を当ててふんぞり返った。




「ああ、そうさ!名前だけ一人歩きする人物じゃないか!」

「名前だけ・・・?」

「はぁ?知らないのかい?」

「え、ええ。よかったら教えていただけるとありがたいんですけど」




 何やら今度は不思議そうに首を傾げられ、しかしフィアナの容姿を見て納得したらしい。旅行者かと尋ねられたので、そんなものだといっておいた。

 そうかと頷いた女店主は、だったら知らないのも無理はないと、一つ咳払いをしてから彼について語り出す。




「んん、そうだねぇ。・・・リンドウ様はね、ここいらの街にも出てきてくれる人さ。いろんな街に出るらしいけどねぇ。髪色はいつも違っているし、雰囲気も毎回てんでバラバラ。その青色の目だけはいつも変わらない。すごい美形な人で有名さ!そんなの女どもがほっといちゃいないしねぇ、有名になるのも無理ないさ!」




 青色の目、美形。

 これだけ聞けばラジェのことに間違いはないと思う。けれど、髪色と雰囲気が毎回違うとはどういうことなのだろうか。

 フィアナが成程と頷いて続きを促せば、上機嫌になった女店主は饒舌に喋り出す。




「そうさね、彼はその辺りの警備兵より強いんだ。警備兵が手を出せなかったような奴らも、彼にかかっちまえば終わり。捕まった奴らはごまんといるさ。だから私らは感謝してる。ゴロツキを纏め上げて王様の軍隊に突っ込んだのも、彼だっていうじゃないか。例えばね、この辺りじゃあないんだが、もっと王都に近いところで悪さをしてるがきんちょがいたんだよ。どうやら孤児だったみたいでね・・・手先が器用だったせいか、大分やらかしたらしい。その餓鬼も彼が更生させたって話さ!」




 ラジェは、どうやら何でも屋のようなことをやっているようだとフィアナが唖然としていながら聞いていれば、更に女主人は捲し立てる。





「それにね、彼がここに来ると女が活気付くよ。彼が遊んで行った場所で女が腑抜けになるってのはよく聞く話さ!それは困ったもんだけどねぇ。けど、やっぱ女が着飾ろうとすれば街も活気付くってもんだから、あたしら商人は大歓迎だけどね!」

 



 からからと笑う店主とは逆に、険悪な顔つきになっていくのを止められない。

 ・・・女遊び、激しいんだ。ふぅん。

 あのラジェの様子なら確かに頷けるが、王宮の人間としてよろしくないだろうとフィアナの中の彼の株は急降下した。ラジェと王子の株は、フィアナの中で今大体同じ位置まで墜落している。





「ただねぇ、そこまでできるんだから王宮の人だろうって皆思ったんだけど、どうも王宮の登録には名前がなくてね」

「名前がない・・・?」

 




 どういうことだろうとフィアナが顎に手を当てて考える。

 そこではっとした。

 ルチエが言っていたではないか。





 ――――――『特殊部隊とは正式な騎士の順列が当てられていないので、特殊部隊といわれています。ですが、名前のように大層なものではなく、騎士団の問題児が集まっていたり、様々な問題をこなす・・・何でも屋のようなものなのです』





 これこそラジェがやっている事と重なる。

 騎士の順列に含まれていない部隊のために、ラジェの名前は王宮の登録名の中にないのだ。





「あたしが知ってるのはこんなもんさ。で、あんたは何を知ってるんだい?」

「えっ」




 話を終えたらしい女店主が、またずいっとフィアナに寄ってきた。

 思わず驚きの声を上げたフィアナに、女店主が不機嫌そうに眉を寄せる。





「あたしだけ喋るってのは不公平だろう!」

「いえ、本当に私が知ってることなんて・・・」

「しらばっくれてたら・・・」





 女主人の顔はかなり怖いことになっている。

 どうしようと視線を彷徨わせれば、困ったように笑いながらカウンターの奥から出てくる女主人の夫がいた。





「そこらへんでやめといてあげて。マイハニー」

「あら、早かったじゃない」

 



 ごめんね、あと少し乾かさないといけなかったから、と夫は苦笑していた。

 額縁にも囲われていないできたての絵が、その絵具ペンキだらけの手に乗っていた。

 




「水彩画、というやつで描いたんだ」

 





 この雰囲気は、油絵じゃ出せないと思って。と夫はにこやかに笑っていた。

 



「あ・・・」



 


 確かに、彼だった。

 フィアナが先日見た彼と同じ姿で、彼はそこに描かれていた。

 ゆるやかに靡く月白の髪の隙間からあの青の瞳が覗いていて、ほぼ無表情にも近い表情でそこに描かれていた。

 何より夜が似合うのか、浮かび上がるように月を背にするその姿は絵にするに相応しい。




 ほうっとその絵をみていれば、どうだろう?と夫のほうが尋ねるので、綺麗な絵ですと答えればうれしそうに微笑んだ。







「彼は、五日ほど前だったでしょうか。いきなり上空から降りてきたんですよ」

「まだいうかい」

「本当のことですから。樹の上から降りてきたのかと思うくらい唐突に。僕、びっくりしちゃってその場で唖然としちゃいましてね。記憶能力がいい方で助かりましたよ!彼、苦笑してすぐどこかにいってしまいましたから」

「この絵をかいてからずっと同じことを言うんだけどね。空から人間が降りてくるとかありえないって」




 やれやれと女主人は肩を竦めたが、夫のほうは本当ですから、といってにこにこしている。

 




「ただ頼みがあるんです。この絵、実は売ってはいけなくてですね」

「さっき・・・王宮の方らしい黒髪のやつがねぇ、すごい形相でこの絵を売るなと言ってきたんだ」

 




 リュウだ、とフィアナは思った。なぜか彼だとしか思えなかった。

 まだ一枚しかない絵を買い上げられまして、しかも売れば厳罰、とまで言われました、と旦那の方は頭を掻いた。

 落胆したような顔をした夫とは対照的に、女店主の顔は明るい。

 




「あたしゃ当たりだと思ったんだよ!これがリンドウ騎士だってね!」





 で、どうなんだい!と詰め寄ってくる女店主に、どうしようか一瞬悩んだが、頷いた。





「ええ・・・多分この人です」


 でも、とフィアナは続ける。


「絵は・・・売らない方がいいと思います」

「なんでだい?」


 明るい笑顔から一転、女店主の顔が怪訝に歪む。



「うまく言えないんですが・・・売ったら、きっと国も彼も困ります。この国の損害になるでしょう」

 


 彼がなんであれ、名前を名乗りながらもその所属や任務を隠したり、毎回その風貌を変えるのは何か理由があるからだとフィアナは思う。

 フィアナも既に侍女として名前は出ている。

 ただ侍女である限りその顔は表になどでない。

 夜会などには基本的には二人揃って出席などしないし、その場で影武者とばれることはないのだ。

 影武者がいるということは当然にしても、それが誰でどういったことをしている等は流れるべき情報ではない。




 もしそのような理由でラジェが顔を隠すなら、ここで事実が露呈するのはこの国の損害だと、フィアナは思う。


 


 ――――――なんで私がこの国の利益について考えているのかしら。



 

 不思議には思ったが、悪い気はしなかった。

 



 フィアナの言葉に目を見開いた女店主は、頬を掻いて何か考え込むように唸った後、分かったと頷いた。

 


「私らも商売できなくなるのは困るんだ、仕方ない。売るのは諦めるとするよ」

「ありがとうございます」

「ただし」

 


 顔を上げれば、したり顔の女店主がいた。

 


「その絵はあんたに買い取ってもらうよ」

「え!」

「私らが持ってるのがばれたら、刑罰もんだろう!」

 


 かかかっと女店主は笑った。


「いや、でも」と食い下がるフィアナにダメ押ししたのは、女店主の夫だった。

 

「貰っておいてください。欲しがっている人の元にあった方が、絵も喜びます」

「ほ、ほしがってなんか・・・!」

 

 伸びた髪の毛の奥から、優しげな瞳がフィアナを見つめていた。

 

「わかりますよ。そんなに大事そうに絵を抱えてくれていますから」

 

 驚いて手元を見れば、小さな絵を大事そうに抱える自分の腕があった。

 耳まで赤くなるのがわかって、フィアナは慌てて俯く。

 それを見てにやつく女店主と、温かな視線を送るその夫のせいで顔を上げられなかった。

 


「言っとくけど、売ったのはあんただけなんだ。話がバレたら、あんたのせいだとすぐに分かるからね」

 

 そしたらこの辺りではもう買い物なんぞできないよ!と脅すようにいう女店主に、フィアナは必至で頷いた。

 


「じゃ、じゃあお代を」


 持っているお金は少ないので、できれば払える額を提示してほしいところだ。


「んん?ああ、じゃあ」

「お代は、いいです」

 

 算盤そろばんを片手に舌なめずりした女主人に割り込むように、その夫が首を振った。

 


「その絵はもう描きませんし、この世に一枚限りのものになるでしょう。つまり、その絵は貴女のために描いたものです。お代などいりません」

 


 誰にも譲らない、という約束を守ってくださるなら、と夫は微笑んだ。

 その優しげな顔と雰囲気に、あぁ、と思って女店主をみれば、照れくさそうにその頬を染めていた。

 



 恥ずかしいけどね、こういう所に惚れちまったんだよ。



 

 そう呟く女店主は、誰よりも幸せそうだった。

 

 

 


 




 ***

 

 




 

「そういえば、あんた。連れのもんはいないのかい」

「ええ。はぐれてしまって」

「気をつけなよ。ここらは最近妙なのがうろついてる。あんたみたいな若くて可愛らしいの、すぐ掻っ攫われちまう」

「可愛くはないですけど・・・さっきのは最近のその妙なの、ですか?」

「さっきのはあたしも初めて見たよ。・・・どっちにしろ気をつけな。早く中心街にでたほうがいい。連れが見つからないなら、すぐ警備兵のところにいくんだよ。中心街のすぐそばにあるから」



 何度も女主人は道順を説明してくれる。

 本当なら送ってやりたいんだが、と女主人は言うが、その彼女の後ろでほえほえと笑っているその夫を見れば、彼女がこの店からあまり離れたがらない理由がわかった。

 思いのほか中心街とやらは近いようだったので、丁重に遠慮した。

 彼女には別の仕事があるのだから。

 

 先程の男も、この辺りはもううろうろしていないだろう。


 意外と世話焼きな女店主に礼を言って、包まれた絵を受け取る。

 


 会釈をしてその店を後にすると、フィアナは中心街だと女店主が言っていた方に歩き出す。

 港のものがすべて集まる場所らしく、その賑わいは進めば進むほど増していった。

 もしかしたらそこに王子でなくとも、騎士やリュウ、シャアラがいるかもしれない。期待の気持ちが膨らみ、自然とフィアナの足は早足になっていった。

 



 暫く歩き、中心街だと思われる所に辿り着く。


 かなりの人の数が露店や店にいて、ざわついていた。

 巨大な噴水のある場所に近づけば、ベンチがあり、そこで子供たちが露店の菓子を頬張っている。

 それに微笑ましい笑みを送って、周りを見回す。

 

 が、やはり知り合いはいなさそうである。

 フィアナはため息をついた。


 歩き出そうと踏み出すが、久しぶりの人波に酔ったのか頭がくらくらした。

 立ち止まってみるが一向に引く気配がない。



 フィアナは嘆息して、少しだけ涼もうと、人が比較的少ない建物の木陰に避難する。


 このままここで待つか、探しに行くか。

 それとも警備のところにいくか決めなくちゃ。


 そんなことに頭を巡らせながら、そこで一息ついた時だった。

 




「どうしたんですか、お嬢さん」



 

 後ろからかけられた声にはっとして振り返れば、目の前に眼帯をつけた黒髪の男がいた。

 その片方だけ見える目は、何か黒々としたものが渦巻いているようで、不気味だ。

 思わずフィアナは後退する。


 その時に男の全体像を見れば、灰色のコートに身を包んでいた。



 さっきの男だ!


 

「道に迷われたんですか?」

「・・・」


 

 フィアナは黙って、男の横をすり抜けようとした。顔が真っ青になるのを見られないように、俯く。


 

「ねぇ、迷われたなら、私がお連れしますよ?目的地はどこです」


 

 男は口角を不気味に吊り上げ、フィアナの横を追走してくる。

 それでもフィアナは黙って進もうとするが、二の腕をぐっと掴まれる。



 ぎょっとして振り仰げば、やはりにやついた顔の男がいて、その手はフィアナの二の腕を握っている。


 一気に体を駆け上る嫌悪感に、フィアナは慄き、拒絶の言葉を発そうとした。


 誰かに助けを―――


 周りにこんなに人がいるのだから、一言叫べば警備兵が来てくれる筈だ。

 そうわかっているのに、口はカラカラだった。

 なんとか喉から声を絞り出そうと、口を開く。



 


「は、はな」





「―――その手を離せ」





 

 静かな怒りをたたえた声が、その場に響いた。



 その声の主はフィアナの肩を掴むと、ぐいと己の方に引き寄せる。

 抵抗なく収まったフィアナの体を、その腕は守るように抱えこみ、フィアナは覚えのある胸板と腕に安心感を覚える。

 






 ――――――彼だ。

 




 間違いない。





 

「彼女は私の連れだ」

 





 驚くほど冷淡な声を発した彼は、その瞳を怒らせている。

 澄んだ深海の瞳は、今や荒ぶる海の色だ。




 

「ちょ、それはないでしょうよ。俺は親切で」

「・・・一度しか言わない。去れ」

 




 そのまま彼は腰の剣に手を添えた。

 その場の温度がすっと下がったようだった。

 男はごくりと喉を鳴らすと、はは、と空笑い零す。





「これはこれは・・・俺はお邪魔、というわけだ。失礼するよ」






 

 そういうと男は灰色のフードをかぶり直し、背を向けて人混みの方へ消えて行った。

 



 男は呟く。





 怨嗟の言葉を。





 

「ちっ・・・お前にとって俺は覚えるほどの価値もない小物ってか?なぁ、騎士様よ」

 




 

 




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