その十二(それぞれの気持ち)
「ねぇ、フィアナおかしくない?」
くるりとフィアナの前で回転してみせるシャアラは、彼女が着るには似つかわしくはない質のワンピースを着ていた。
勿論市井の女の子が着るには高価な部類だし、なにより流行をちゃんと掴んでいる。
いつもなら着ないそのような服も、シャアラは楽しそうに着て、どうだこうだとフィアナに意見を求めてくる。
薄手の若草色のワンピースの裾からはちらりと白のレースが覗き、シャアラのあの垂れ目と相まって大変かわいらしい。シャアラの髪は薄紅色のため、まるで一つの花のようであった。
なんでも、乗馬もできるように考慮された運動しやすい服なのだとか。その手のことがさっぱりのフィアナにとっては、本当かどうかはわからないが。
「大丈夫ですよ」
そう言って笑うフィアナは、先日のリュウの宣言を思い出して何やら急激に重い気持ちになった。
シャアラがこんな風に身なりに気を使うのも、今日の出掛けにリュウが付き添うからに他ならない。
両想いです、と言ってくっつけてやりたい気持ちは山々なのだが、どうもそれは難しいのだ。特に今のフィアナの立場では。
当初の予定では影武者をやめるつもりだったが、この状況で浮かれた姫とお互いの立場を変えて、成功する確率は低いだろう。お互いが冷静ならばまだしも、今はフィアナもいきなり変わったとしてうまくやれる自信がない。
それに、それでは根本的な解決にならないのだ。
自分が影武者をやめてしまっては、結局シャアラは王子と添わねばならない。
以前の自分ならそれが国のためと思ったろうが、今はそれではシャアラが可哀そうだと心から思うのだ。
その肝心の王子の心はいまいち掴めず、しかしリュウの気持ちとシャアラの気持ちはよくわかるという今の状況は、動きにくかった。
やはりリュウとシャアラをくっつけるには、まず自分がこの縁談を断る必要がある。
それを王子に納得させねばならない。
しかし理由がないのだ。
どういえばうまくいくのかがさっぱり思いつかない。
それに、あんなに早く終わらせたかったこの役を降りてしまうことを少し残念に思っていることに、フィアナは困惑していた。
フィアナは小さく嘆息する。
そのため息さえも聞きつけて、シャアラが目を吊り上げた。
「フィアナ、聞いてるの?」
「ええ。姫様、聞いていますよ」
まだ鏡の前に立ちうんうん唸っているシャアラに、フィアナは苦笑する。
・・・ここに来る前は性質があわないとかなんとか散々彼を罵倒していたのに。何が起きたのかしら。
それは二人にしかわからないことであるが。
真面目な顔をして鏡と向き合う、今までにないくらい『女の子』の顔をしている主を見れば、それもいいかと思ってしまう。折角なら、うまくいくかはわからないがこの小さな恋を応援したい。
フィアナも着替えねばと立ち上がって振り向いた時に、シャアラが目の前にいてフィアナはぎょっとして身を引いた。
「な、なんですか姫様。人の前に急に立つ何てお行儀が、」
「ねぇ」
「?」
お互いがヒールをやめたために、少しだけ自分を見上げる形になったシャアラがフィアナの顔を覗き込んでくる。
「最近、よく考え込んでるわよね」
「それは、勿論今の状況についてですよ」
ふぅん、と呟いたシャアラは何やらじっとフィアナの目を見て、そしてぼそりと呟いた。
「それにして悩みすぎじゃない?」
「それは、」
「・・・好きなんでしょ?」
「え」
「王子が好きになっちゃったんでしょう?」
「はぁっ?!」
驚いたフィアナの顔を見て、シャアラはにんまりとした表情になった。彼女は若草色のワンピースを揺らして、くるりと回った。
「照れちゃって!ああ、貴女がそんな顔をする日がくるなんて!」
「何言ってるんです!私が王子を好きになどなるわけないじゃないですか!大体それは貴女に言いたいです!」
不作法ながらシャアラをびしっと指差して言ってやれば、くるくると回っていたシャアラが固まった。
「な、なんのことよっ」
「リュウ殿のこと、好きになるわけないみたいなことを言ってたくせに!」
「す、好きなわけないでしょっ何言ってんの!」
「それもこっちの台詞ですって!」
熟れ林檎の次にむすっとした顔になったフィアナに指摘されて、今度はシャアラが慌てた風に顔を赤らめた。
結局二人してそっぽを向いてそれぞれで支度をし始めたのだが。
「王子が、好き・・・?」
ぼそりとフィアナは呟いた。
そんなわけはない。
そんなことは、あってはならないのだから。
***
「ああ、姫!こちらですよ」
王子と思われる人物が、簡素を装ったのだろう馬車の横で手を振っている。
思われる、というのは王子はいつもはきっちり撫でつけてあるその髪を片側だけたらして、眼鏡をかけていた。それだけでもいつもと変わってみえる。なんだか髪色もいつもと違う気がする。薄い、とでもいうのだろうか。光の下だからそう見えるのかな?とフィアナは納得した。
王子の格好はシンプルなものだが、首元などはきっちりしていて、肌の露出を避けているようにも思える。
それにいつもより声が低い気もする。どうしたのかと尋ねれば、少し誤魔化しの為に声を変える薬を飲んだのだそうだ。凄い手の凝りようである。これならばしょっちゅうお忍びで城下にいっているというのも本当だろう。
対してリュウは長い黒髪はそのままだし、殆ど変わっていない。
勿論服装はフィアナたちと同様に市井でも不思議ではないものだが、如何せんその身に纏う雰囲気が普通でないために若干の心配が残る。
なにやら彼はぶつぶつと口に手を当てている。
「出かけるのだから、今度こそしっかりしなくては・・・前のような失敗は・・・」
・・・大丈夫だろうか。
かくいうフィアナは、事前に渡された小花の散らされた紺のワンピースに、白の薄手のカーデガンを羽織った姿だ。
シャアラに渡されたものより少し大人びた感じですと渡されたものだが、実際フィアナ自身実年齢をごまかしているのでこれくらいが丁度いいのだ。
あの後ここに来る前に、この服は誰が選んだのかと時間を伝えに来た女中に聞けば、何やら言い辛そうにしていたので必死で聞いた。それこそ詰め寄る勢いで聞いた。
するとそこに運よくというべきか執事が現れ、すごくいい笑顔でこういった。
「あれは、王子とリュウ様がそれぞれお選びになったものです」
だからか知らないが、二人の男の間に若干火花が散っているような気がした。
「私のセンスの方がいいよ」
「何言ってる。あれは大人びすぎだろう」
「女性の肌の露出を避けるのは当たり前だ」
「あいつの方は動くのが好きだからあれでいいんだ」
「でかけないんですか?」
呆れたようにフィアナが言えば、王子とリュウは何やらバツが悪そうに振り返った。その手の喧嘩は、せめて見えないところでしてほしいところだ。
執事が馬車の扉を開けると、やはり外装と違って内装は凝っていた。
しっとりした色の赤茶色の椅子は、一目で質がいいものだとわかる。これから城下へのお忍びということで、外装はごまかしなのだろう。
フィアナが馬車に乗り込むのを手伝う王子は、その後ろに待機しているリュウを振り返った。
「・・・何しているんだい?」
「は?」
「君は馬に乗るんだよ」
「はぁ?!」
リュウが目を剥いた。王子は楽しそうに笑って、ぱんぱんと手を鳴らす。
どこの余興だ、とフィアナは呆れた。この王子、まだリュウに苦行を課すつもりらしい。
その手の音の後、先日シャアラと話していた庭師が今度は厩務員の格好をしており、いつぞやの馬を連れて歩いてくる。リュウの顔が真っ青になるのが見えたが、フィアナが口を挟むことではないので黙っておく。
「お前は・・・」
「なんだい?ほら、侍女殿は楽しそうに準備しているよ」
そういって王子が指差す方向を見れば、楽しそうな表情をしたシャアラがアパネの首を撫でている。楽しみねと話しかけ、それにアパネが嘶いて答えた。
「・・・・・・」
それに何を思ったのかリュウは肩を落とし、いつぞやの馬の下へ歩いて行った。
「やれやれだ。さぁ姫、行きましょう」
そういってフィアナに続いて王子が乗り込もうとするものだから、フィアナは慌てた。乗馬が得意と言っていたから、てっきり王子自身も馬に乗るのかと思っていたのだ。
「お、王子は馬に乗らないのですか?!」
「貴女と二人きりになる状況をみすみす逃す意味がないので」
・・・爽やかに言うことじゃないと思う。
***
馬車はがたがたと揺れながらも進む。
しかし柔らかいクッションのおかげで、思う程の痛みはない。ただ港町に向かっているということで、下りになると酔いそうになる。しかしこの国に来る道中と比べれば可愛いものだ。王子はけろっとした顔で「今日は丁度市場が大々的に開かれているんですよ」と教えてくれた。
何がしたいかと聞かれたが、今一つ城下というものの遊びや食べ物がわからないフィアナは、お任せします、としか言えない。可愛くない女だろうなぁと思いながら、フィアナは苦笑する。
「そうですか・・・じゃあ色々いきましょう」
「それでは大変でしょう?」
「そんなことは貴女は気にしなくていいんです」
王子は不機嫌そうに言ったが、なぜ不機嫌になったのかフィアナにはさっぱりわからない。
「王子、そろそろ見えてきましたよ」
外から執事の声が聞こえる。
今回のお忍びには執事と警備のための騎士がそれぞれついてきており、固まっていくのは目立ちすぎるからと二つに分かれているらしい。馬車を警護する人間がいるというだけで目立つので、その考えはありがたい。
「港が見えたんですか?」
「ええ。それに・・・」
そういって、王子は徐に腕を伸ばすと薄いカーテンを開け放った。そして窓にはめられた硝子を少しずらす。
「見てください」
「?」
フィアナは不思議に思いながら身を乗り出した。
「う、わぁ・・・」
思わず声を零してしまえば、王子が嬉しそうに顔を綻ばせた。
「美しいでしょう?」
「ええ・・・これが、海なんですね」
窓から入り込んでくる風に髪をさらわれながら、必死でフィアナは目を凝らした。狭い窓から少しでも見ようと窓枠に手をかける。
「気をつけてくださいね」
「わかってます!」
狭い窓から見えたのは、フィアナが人生で初めて見る、海だった。




