その最初(姫と影のお約束)
2014/3/27 ご指摘があった誤字を修正しました。ご指摘ありがとうございました。
石畳の道を進むたびに、馬車がガタガタと揺れる。
この国の紋章である鷹が頭上ではためく中、白百合の紋章の彫られた馬車が進んでいく。
馬車はやがて一つの豪奢な扉にたどり着く。馬車を先導していた騎士が進み出て、巨大な扉の横のもう一つ小さな扉を叩いた。
小さな扉から顔を出した門番に騎手が名乗れば、門番は笑みを浮かべ、引っ込む。
少しの間の後、ぎぎぎと音を立てて門が開かれた。
扉を過ぎて暫く経った頃、馬車の主がこっそりとカーテンを開ける。窓から覗くその場所は彼女が知る景色とは全く別世界だった。
咲き誇る色取り取りの花々が庭を彩り、濃厚なその香りがふわりと鼻孔を擽る。大理石の噴水からは慎ましやかに水が溢れ、その水が庭に行き渡っているようであった。
広い庭は馬車に乗っている彼女が見まわしたとして完全には見渡せない。
カーテンの隙間から、前方を覗き込む。目の前に聳える白亜の建物。横に長いそれは、彼女の見知った建物ではない。彼女の祖国では、王家が住む場所といえば城なのだ。
馬の嘶きと共に馬車が止まった。
―――遂に来たのだ、この時が。
胸に手を当てて深呼吸をする。それを心配そうに、そして申し訳なさそうに見つめる向かい側の娘に、彼女はほほ笑んだ。
「今更ですわ。覚悟は決めました」
―――大丈夫だ。やり遂げて見せる。
こつこつと馬車の扉が叩かれ、カーテンに影が映った。
「姫様、到着いたしました」
「分かりました」
外から響いてきた声は、共にこの旅路を歩んだ騎士のものだ。腹に力を込めて答える。
かちゃりと音が響いて、ドアが開かれた。
さぁ、いかなくては。一世一代の大芝居をする為に。
***
時間は少し遡る。
工業により生計を立てるその国では、建物は皆背が高い。王の住む居城となれば更にである。権威を表すかの様なその城の窓辺に肘を置き、その国の姫は薄紅色の髪を手で弄びながら、口を窄めた。
「ほら、姫様。拗ねている暇はありませんよ。早くお着替えなさいませんと」
侍女は苦笑いを零し、箱に仕舞われたドレスを取り出した。今日届いた新品である。慣れた手つきで広げると、不備がないかチェックをする。
「着ていくドレスは予定通りこちらにしましょう。あとの物はこのまま積んでしまいましょうね」
仏頂面で外を眺める姫を尻目に、さくさくと侍女は荷造りを進めていく。手慣れたそれは他の者が手伝う隙はない。姫もまだ動く気がない様だが、いつものことである。侍女は気にせずドレスを一つ一つをチェックしていく。
本日、晴れ時々スモッグ。
この国におわす王女は、明日の朝、花嫁修業という名目で隣国に旅立つ。
本人の意思は別にして。
「どうしてあいつの傍になんて行かなきゃならないのよ・・・!!」
じとりとした目で姫は乗馬服のズボンに包まれた足を組み直し、苛立たしげに揺らした。口からはぎりぎりと、とても褒められたものではない音が鳴っている。
それに侍女は小さく嘆息したが、注意する時間も惜しいと顔を背けて立ちあがった。箱を重ねていく侍女の背中に、姫は叫ぶ。
「前々から言ってた筈!アイツのいる国に行くのなんていやだって!」
「しかし姫様、これは国の決定です」
ぴしゃりと言い放つ侍女に姫がうっと声を漏らしてたじろいだ。その目がらしくもなく潤んでいることに侍女は気づいたが、どうしようもないことなのだ。
「最後とご覚悟なさったからこそ、今日この忙しい日にアパネとの遠乗りが許されたのですよ?けじめは付けられたのではなかったのですか」
「気が決まると思ったの。けれど、あいつのことを思い出すと手の震えが止まらないのよ・・・」
愛馬と出かけた時には心を決めようと思っていたのに、と再度姫は暗い顔をして、自分の両の掌を見つめていた。その手は確かに小刻みに震えている。
この世の終わりと言わんばかりの目をして、姫は侍女を振り仰いだ。
「とてつもなく暴行を働きたくなるの。あの罵詈雑言を吐きだす口にやりかえさない自信がない・・・・!ほら、国家を揺るがす大問題じゃない!」
侍女はさっと背を向けると再び仕事に取り掛かった。相手にするのも馬鹿らしいとその背中が語っていた。
「・・・そうだ」
姫がぽつりと呟いた。
それに侍女は反射的に振り向き、小首を傾げた。
何かとおかしなことを思いつくこの姫が、いったい何を次は思いついたのかと。
しかし準備が優先だと、侍女は箱を並べる作業を継続する。
その後ろで姫が凶悪な笑顔を向けていることにも気づかず。
連載の途中ですが、ブランクがありましたので練習も兼ねまして新作です。
中編、恋愛主になります。更新の事を考え、一話一話を短めにしております。