FILE2:束の間の日常
ガンガンと響く音を消そうともせず、警察の一団が古びたマンションの、白いペンキが剥げた階段を駆け上がる。
一団はマンション2階、一室の扉の前で止まった。
先頭を切って刑事がドアを押し破るように開け、手に警察手帳を掲げて踏み入った。後から数名が続く。
中には昼食をとっている男性と、その娘らしき学生服を着た少女が座っていた。
「警察だ!中島則夫、殺人の容疑で逮捕する!!」
「なっ…何のことだ!私は何もやっていないぞ!!」
「話は署のほうで聞こうか」
逮捕状を内ポケットから取出し、刑事が周りの者に連行の指示を出す。
警察は両腕を押さえ付け、中島を連れていく。
中島は必死で抵抗しながらわめき、傍観していた娘へと助けを求めた。
「美代!頼む、お前なら俺が何もしていないと分かるだろう!!」
叫ぶ男を見て、少女はゆっくりと歩み寄った。なぜか取り押さえていた警察も、その足取りを見て凍り付いたように止まっていた。
おもむろに中島の肩に手を置き、娘は静かに口を開いた。
「見苦しいよ、お父さん。大人しく出頭しなさい」
「…何見てるんだ?」
「ん?『娘の裏切り・男と娘と殺人と』」
「朝からそんなB級見てるなよ…」
浚はリモコンを手に取ると、チャンネルを操作した。
固まっていた男がようやく動きだし、慌てて喋ろうとした瞬間に、今度は国会中継が映し出される。
「あっ!何すんだよ!?これからがいいトコなのに!!」
「昼ドラ観るためにわざわざ屋上まで線引いてる訳じゃないんだぞ。しかもビデオだろ、これ。情報収集も仕事のうちだ、しっかりやっとけよ」
屋上の給水タンクの下に作られた隠し部屋。広さは12畳に及び、防音防水の他、様々な設備が整えられている。
テレビの配線もまたその一つで、本来の目的は情報収集のため。なのだが、頻度としてはドラマやバラエティを映していることのほうが、圧倒的に多い。
結城など少し目を離せば、まずドラマを観ていたりする。
「くそぉ…いつか過剰労働で訴えてやる…」
「裁判で認めてもらえるくらい働いてから訴訟起こせよ」
「…はぃ、すみません」
二人のやりとりの間に、各機関の代表による報告が終了した。
近年で第3次世界大戦の色が、次第に濃くなりつつあった。そのためか、週に1度は国会が開かれ、その模様が全日本に生中継されるようになっている。学校によってはその間授業を中断し、聴かせているところもあるらしい。
次に目付きの鋭い男性が登った。一つ咳払いをし、口を開く。
「――報告のように、私たちの情勢は次第に悪化する傾向にある。その一端に、外国に対する日本の立場の弱さを挙げたい。敗戦国である私たちの国は、アメリカやヨーロッパ諸国。その他、勝戦国に対して発言力が弱い。そのため、これまで不利な条件を付けられ続け、常に私たちは切迫した状態に居続けた。これは、日和見な態度を続けたことによる皺寄せだ。私たちはこの状況を、打破しなければならない。そして、私たちにはその力がある。今こそ、日本が、世界に、その力を示すときなのだ!」
男は強く握った右拳を掲げ、強い言葉で締め括った。
「…何か演説みたいな発言だったな。つか、今のおっさん誰だ?」
自席へと戻る男を眺めながら、結城は浚に尋ねた。
「…今日お前を呼んだのは、そうゆう意味でも正解だったみたいだな…」
眉間を押さえながらため息を吐く浚。発言席上では、同じ思想を持っているらしい男性が、先刻の男性の発言を持ち上げるように熱弁している。
「鷹派…は、わかるな?」
「断固戦争主張の一派のことだろ?」
すぐに答えた結城にほっとしながら、浚は頷いた。
「そうだ。そして彼はその鷹派の代表者、片瀬統智だ」
現在の世界情勢は、第3次世界大戦へ歩みを進めている状況である。
まず小競り合いが起き始めたのは、中東だった。石油資源の減少に伴い、商人は石油資源の独占を始めた。それにより、石油の価格が高騰し、耐え切れなくなった市民から、小規模テロが勃発した。
それに乗じたように、アメリカが取引を開始。かなりアメリカにとって有利な条件にされていたところを考えると、脅しに近いことがあったのかもしれないが、詳細は知れない。
アメリカの介入も、テロ活動の思想に程よくスパイスを加え、さらにテロは激化。終盤は、戦争といっても差し支えのないものだった。
現在は国連の仲裁が入り、一時休戦となってはいるものの、一触即発の感は否めない。
鷹派の主張は、この機会に乗じて日本の順位をあげるべきだというものである。そして、必要なのは戦争であり勝たなければ上位になることはないと言う。
だが、一般市民にしてみれば、戦争を起こされて被害を被るのは自分達なのだ。政治に対する関心の薄い日本人も、さすがにそこは認めない。加えて、世界順位など気にしていないのだ。市民にとって大切なのは日常生活であり、平和であれば何ら問題ないのだ。
そのため、未だ鷹派の主張は通らず、鳩派――戦争反対派――の比率が3:2で有利といったところである。しかし、いつ返るかわからないのも事実だ。この近郊状態も、近いうちに崩れるだろうと予想されている。
「戦争なんかやっても、ろくなことが無いって解らないのかねぇ。上は指示すりゃいいから楽だけど、前線はたまったもんじゃないんだぜ」
「まぁな。ただ、鷹派の考えもわかる。事実日本は、日和見で温和に通そうとして失敗を繰り返し、他国の反感を買ってきた。多少革新じみたことが必要かもしれない。ただ…戦争すれば何とかなるって考えは、少し短絡的すぎる気もするけどな」
「俺はそこまでわからん。戦争は辛いことしかないってだけだ」
「それも一つの立派な考えさ」
映像は3人目の発言者を映し出している。発言内容は多少言葉筋を変えているだけで、大きく違いはない。鷹派が活発化したのはつい最近になってからだ。まだ世間を丸め込む具体案は確立されていないのだろう。
浚はテレビの主電源を落とすと、部屋の隅に掛かった ハシゴに手をかけた。外との行き来にはこのハシゴが使われている。他にすべり台のように下まで続く通路がある。しかし、人の有無の確認ができないのと、坂が急でかなり速度が出て恐ろしく、二人に敬遠されていて近ごろの出番はない。
「そろそろ生徒の登校時間だ。見つかるとやっかいだから屋上を出るぞ」
人気者の浚と、変わり者の結城が朝早くに屋上で会っていたなど知れたら、どんな噂が広まることか。それこそ、全校生徒の記憶を飛ばさなければならない事態になりかねない。
「そだな。――やれやれ…またオタクのフリしないといけねぇのか…」
「給料差っ引かれたければ、今すぐやめてもいいけどな」
「差っ引く、じゃなくて全額取り上げだろ。大丈夫、やれるよ」
「あぁ、頑張ってくれよ」
諦めて言う結城に素直な笑みを浮かべた。浚はハッチ横の天井に取り付けられた、監視カメラの映像を確認してハッチを開ける。
とたん、頭上に青い空が広がった。薄雲が青に白い筋を引きながら、ゆったりと動く。
給水タンクの横に立ち、空を見上げていると、結城が下から昇ってきた。ハッチを締め適当に足で砂埃を被せると、開閉された跡は見られなくなった。調べればすぐわかるのだろうが、屋上の裏にある給水タンクまで来る者はいない。ここは上流階級の学校。その点は感謝である。
結城は屋上の表へと回り、校門を見下ろす。5階建てのため、下から見ても誰かはわからないだろう。浚は結城の横に立ち、結城にならう。
1時間以上前にも関わらず、ちらほらと生徒の姿が見えた。数人の生徒の横に見られる大人は、執事の類だろうか。
「さ〜てと…また忙しくなるな」
大きく伸びをして、結城は言った。
「そうだな。まぁ、気張らずに精一杯いくか」
「おうっ」
二人はこぶしを軽くぶつけ合った。
「―――あの俳優カッコイイわよね〜。ほら、昨日のテレビでもさ」
「そうそうっ、私の勘では彼、くるわよ」
他愛ない会話をしながら二人の女生徒が、まだ人気の少ない廊下を歩いている。一人は、普段お嬢様なのだが、場所を変えれば普通の高校生だ。生徒のほとんどは、学園に気の知れた似た境遇の者が多いせいか、気張らずに過ごしている。
「じゃあ、またね」
教室の前でお嬢様な友人と別れ、ガラガラと音を立てて教室のドアを開けた。とたん、目付きが鋭くなり、最後部窓際の席を睨むように見ている。皮肉をこめて彼女は口を開いた。
「相変わらず早いのね、結城くん?」
女生徒の先には、ビン底眼鏡をかけて、ネクタイを第一ボタンまできっちり止めたワイシャツの首に結んだ結城の姿。その手には本がある。ただし、本人は気付いていないが逆さまだ。
結城としてみればもっと遅く来てもいいのだったらぜひそうするが、生憎浚の存在がそれを許さない。
眼鏡のツルをくいっとあげながら、にやっと笑う結城。
「僕、油断すると遅刻してしまうので」
「そんなことは聞いてないっ!まったく…本読むんだったら元に戻したら?」
彼女はそう言って自分の席に着いた。
「あ゛」
慌てて本を戻す結城の姿を見て、呆れながら手帳をカバンから取り出して今日の日程を確認する。
「(5時までは学校で自由…その後帰宅して、今日はパパの外交官を招くパーティに出席か…)」
ため息を吐き、手帳を閉じる。
彼女の名は片瀬美佳。男女問わず仲のいい彼女は、その人脈に後押しされて生徒会長になった。頭のキレも良く、人から頼りにされやすいタチである。
美佳はふと3日前の夜を思い出していた。彼女が暴漢に教われかけた時だ。
「神谷堅か…カッコ良かったなぁ」
周りの良い男子は大体許婚がいたり、すでに付き合っている人が多く、残りはバカ坊っちゃまばかりだ。元々そちらの比率が多いのでよけい悪い。柄沢浚は付き合っていないみたいだが、付き合い始めた後、周りの女子が恐くてダメ。
第一、幼等部の頃から知ってる人が多い。恋人探しには、エスカレーター式の学校は不便なのかもしれない。「(勉強はできるんだし、変なやつだけどバカじゃないんだよね…)」
とりあえず近くにいた男子について考えてみる。本人は必死に――本当に必死で本を読んでいた。
「(以外と眼鏡を外せばカッコ良かったりするとか…)」
そこまで考えて、ハッとした。
「(なっ…何考えてるのよ私!?あの岩下結城よ!!無理にも程があるっっ)」
深呼吸を何度かして心を落ち着ける。――うん、落ち着いた――変な気持ちを抱えながら、美佳は自分に言い聞かせるように一人頷く。
45分前。そろそろみんなが登校する時間。さて、精一杯頑張ろう。ここの私は、いつもと別の私なんだ―――
一方、浚は校長室へ行き、パソコンを動かしていた。
校長室は校長――つまり敏一が不在の場合締め切られているのだが、浚にはその鍵が渡されている。結城は、どうせ必要ないだろうということで渡されていない。浚は経費を使い、校長室に敏一の物とは別にパソコンを購入している。さらにパーツを換え、天井裏にコードを這わして屋上の物と繋げ、天井裏に隠した処理専用のパソコンに直結させている。
すべて自分で工事したのだが、部品代等はすべて経費とは言うまでもない。
パソコンには、黒い画面に白い文字が映し出されている。その文字にさらに文字を加えていく。手は、尋常ではない速度で動いている。
手の動きは決定キーを押して止まり、今度は画面が変化を示す。ゲージが動き、いっぱいになった瞬間〈防衛省〉と表示が出た。
「(ハックして接続できるのは1分内…それ以上はウォールが保たないな)」
キーを打ち、ウインドウをいくつも開く。その中に、目当ての物はあった。
「これか…。……っ!?マジかよ…?あの野郎、世界にケンカ売る気か!?」
ウインドウには、おそらく鷹派の今後の方針についてであろう文章が表示されている。
「(だが、俺が侵入して確認できるくらいだ。上の連中が把握しているのは間違いないだろう。…他の隊が動いたと報告はない。なぜ動かないんだ…?)」
画面の一部が突然黒く欠けた。防御システムが復旧しはじめたようだ。
不安を覚えながら浚は、キーボード上の両手を走らせ始めた。
――つまり、このXが代入されるとこちらのYも変化し、よってこの答えが出る。ちなみにこの式を簡略的に出すには――」
「わかった、わかった!もういい、席に戻りなさい!!」
数学の授業。結城を当てた教師はたまらず叫んだ。少しつまらなそうな顔をすると、にやりと笑って結城は席へと戻っていった。
「――え〜…でだ。この式の解き方をもう一度――」
危うく取られかけた授業の主導権をどうにか取り返し、教師は講義を再開した。
「(残念だ、せっかく優越感に浸るチャンスだったのに)」
思いながら机の中から紙を取り出した。そこには、教科書の問いを説明した文章が、浚の筆跡で書かれていた。
結城は、変態優等生・岩下結城の役なのだ。浚ならいざ知らず、結城はとてもではないが、優等生と言える頭を持ち合わせていない。
テストはいくらでも裏工作が可能だが、授業だけはそういかない。そのため、浚や敏一によって解答表に書かれた文章を改編して、当てられた場合にそれを答えるようにしている。
幸い、生徒を当てる教師はこの数学教師くらいだ。その程度なら結城でも暗記は可能である。
初めは要所のみ答えていたのだが、行き過ぎて答えると教師が自分の仕事が取られることを恐れ、慌てて止めることが判明。最近では趣味の一つになっている。
それでも当ててくるのは、教師としてのプライドなのだろう。それも空回り気味だが。
「浚はどんな調子かねぇ…」
窓の外に浮かぶ動きの早い雲を目で追いながら、周りに聞こえないよう、小さく呟いた。
「すみません、その文法間違っていますが」
「えっ…?あ、すまない…」
浚は英語教師の書いた文法の訂正を求めた。また視線を手元に落とし、結城の数学用カンニングペーパーの作成に取り掛かった。
浚は一応高校の授業を受けてはいるものの、レベル的に言えば大体の教科は、大学院の修士程度はある。高校レベルならば一切問題はない。
浚は、朝にハッキングした時の文章が頭から離れずにいた。もしかすると、不相応な事柄に手を突っ込んでしまったのではないか、と不安にかられてくる。
「(…放課後、司令に聞いてみるか。あいつが上手い嘘をつけるとは思えないしな)」
ふと顔を上げて黒板を見ると、また間違った文法が書かれている。
我慢しようと思ったが、周りが間違えて覚えても仕方ないので、結局言うことにした。
「キャーーー!浚様ーーー!!」
「ちくしょう!バスケ部、止めてこい!!」
「ムリだろ!」
「……よっ」
体育、クラス対抗試合。黄色い声と、相手チームの必死の声が飛び交うバスケットコートの中。浚はレイアップをきれいに決めた。黄色い声がさらに沸き立つ。
浚にとって、訓練のために渡米した際に軍人共とやったバスケに比べれば、日本の高校生など可愛いものだった。
現在50対8。大半は浚が入れてる上、当人は汗一つかかず次のリスタートに備えている。
お遊びのようなクラス対抗戦とはいえ、大差で負けるのは許せない。という訳で、因果のように一人の男が呼ばれた。
「結城、来い!秘密兵器の投入だ!!」
観客がさらに沸き立つ。確か、浚のクラス対結城のクラスだったはずだが、心なし人が多すぎる気がする。
それも仕方ないのかもしれない。浚のバスケの上手さは誰でも知っている上、納得がいく。だが、彼が上手いのは誰も予測し得ないことだろう。 「ぼ、僕?」
「そうだ。俺たち2組が1組に、浚に勝つにはお前しかいないんだ!」
「わ、わかった」
前回の体育の時間に4組との試合があった。その時、結城は異常な上手さを発揮した――もとい、してしまった。
本部勤務の頃に、気の合った別部隊の兵がいたのだが、そいつにバスケの何たるかを染み込まされていた。
まさに体が勝手に動いてしまったらしい。一時校内の話題になるほどで、浚と敏一に絞られたのは言うまでもない。
「行けぇ、結城!日頃の失敗をここで返上しやがれ!!」
「浚様!そんなやつに負けないで!!」
館内は異様なまでに盛り上がる。さながら全国大会でもあるかのようだ。
「………」
浚はゆっくりと結城に歩み寄ると、握手を求めた。結城もそれに応じた。
「よろしく。いい試合をしよう」
「こ、こちらこそ」
ぐっと握り合い、浚はポジションへと戻っていった。
「浚とまともにタイ張れるのはお前くらいだろうな。精一杯やれ……ってどうした、そんな引きつったような顔して」
「いや、何でもないよ」
「そうか?まぁ、頼むぜ」
そう言い残してクラスメイトは去っていった。
結城の手には、紙を触ればくっきり手形が出るくらい汗が出ている。去りぎわに浚が言い残した言葉のせいだ。
「…本気出したら減俸って…確かに俺と浚のイメージが変わるけどさ…」
勝手に動く体を止められるか不安な結城だった。
ピーーーーッ
高々とホイッスルが鳴り響き、試合終了を知らせた。
結果は75対52。終了と同時に浚の顔を遠くからうかがった結果、どうやらセーフのようだ。
浚が減俸依頼を提出すれば、結城に何の言葉もなく減額されているというシステムがいつのまにかできていた。
納得いかないが、反論しても言い負かされるのは目に見えている。それに、浚も横暴な減俸はしない。大体脅すだけで、実際減俸になったのは2、3回程度だ。
「惜しかったな、結城。まったく、何でバスケだけはそんなにできるんだかな。どうだ、バスケ部に入ってみないか?」
バスケ部員のクラスメイトが声をかけてきたが、結城は首を横に振った。部に入ったら、それこそタダ働きになりかねない。それだけは本気で勘弁してもらいたかった。
「柄沢浚。時刻6:00、校舎内生徒の帰宅を確認。校内に異常なし」
「岩下結城。同時刻、校舎外の哨戒終了。異常見られず」
「よし、二人ともご苦労。帰宅していいぞ」
座ったまま敏一は、机ごしの報告を終了した二人に言った。
しかし、浚は一歩前に出て口を開いた。
「少しお聞きしたいのですが……」
「ん?どうした」
勤務終了するとすぐに出ていくはずの浚の行動に少し驚きつつ、敏一は尋ねた。
一息置き、浚は単刀直入に言った。
「片瀬議員の考えについて…詳しく教えてください」
「っ!?どうして……」
「ちょっとした道から聞きまして。……片瀬議員が、中国への攻撃を計画していると」
「っ!」
「待てよ、それどういうことだ!」
壁に寄り掛かって聞いていた結城が慌てて駆け寄ってきた。
「そのままの意味だ。今、各国が日本に対して何もできないのは、中国とアメリカの後ろ盾があるからだ。逆に、中国やアメリカにも攻撃できないのは、日本の世界最高峰と言われる兵器技術があるからだ。そのため、現在力の均衡が保たれている。だが、日本が中国に攻撃すれば、今まで溜まっていた苛立ちを晴らすように、アメリカも攻撃に参加するだろう。そうなれば中国と親密な他国は黙っていない。さらにその中からアメリカや日本に賛同する国も出てくるだろう。これで第3次世界大戦の出来上がりだ」
「けど、そんなの確率でしかないだろ」
「ゼロじゃない。それだけで片瀬議員にとって十分なんだろう。確率的にも高いしな」
浚は敏一を見た。手を組み、唇を強く噛んでいる。
「…それで、どうなんでしょうか?」
「…おそらく同じ辺りまでしか知らないだろう。そうゆう計画があり、賛同者を募っていることまでだ」
浚は何も言わず、敏一の次の言葉を待った。
「…私もそのことについては気になった。上官にも尋ねてみた。しかし、明らかに何か隠した様子で、知らないの一点張りだった。おそらく、中将の私すら知り得ないことが裏で動いているのだろう…」
吐き捨てるように言い、こぶしを強く握る。真正直な分、辛いのだろう。
「そうですか。ありがとうございます」
事務的に礼を言い、浚はその場を後にした。
本人以外にその感情の強さをはかることはできない。敢えて触れないほうがいいと判断したからだ。
結城は軽く敏一の肩を叩き、浚の背中を追った。
二人は、近くの名香野荘と朽ちた看板の書かれた建物に、別々の部屋で住んでいる。
学園から近いという利点を最大に考えたため、築40年と大きい地震が来たら崩れそうな建物だ。
距離はおよそ5分。近いので知られやすいのだが、帰りの遅いのが幸いして生徒には知られていない。
二人はその帰路にいた。疲れた様子の会社員がちらほらと見られる。
「いいのか、浚。あれで」
「古傷抉ったけど、大丈夫だろ。あれでも俺たちの司令官だしな」
「そうだな。…で、どうするんだ、手伝ってやってもいいんだぜ」
少し驚いたように結城に目を向けると、浚はわざとため息をついて言った。
「まぁ、猫の手も借りたいって時もあるしな。お前の場合ネズミかもしれないが」
「ネズミって、おい!」
「たぶんジョークだ。まぁお前には片瀬さんと接近してもらおうか」
「…えっ?」
突然ぶっ飛んだ話にいまいち付いていけない結城。気にせず浚は続ける。
「俺とお前で生徒会に入る。俺はお前のサポートするから頑張れ。俺が女子と話すと、相手が硬くなってダメなんだよ」
「嫌味か、それ。第一何で片瀬さんなんだ」
「名字の通り、彼女の父親は片瀬議員だ。そこからうまくイケるんじゃないかとな」
「なるほどね…」
腕組をして、話の流れを頭の中で整理する。名香野荘の、ペンキの剥げた屋根が薄闇の中に見え始めた。
「――わかった。とにかく、片瀬から片瀬議員の裏を取ればいいんだな?」
「あぁ。頑張って仲良くなってくれ」
「おぅ…って違うだろ!」
「似たようなもんだって」
「…まぁいっか…じゃあ明日からアプローチかける段取りしねぇとな」
サビだらけの階段を昇り、お互いの部屋の前で止まる。ふと結城が思い出したように言った。
「久しぶりに、後でそっち行くからよろしく」
「久しぶりって…一昨日来た気がするんだけどな…」
「そうか?いいじゃねぇか、飲もうぜ」
親父のように猪口を持つように指先を曲げて、口元に傾ける。
「わかったわかった」
――今日も長い夜になりそうだな――
ため息を吐きながら、少し上がっている口の端を隠すように部屋へと入っていった。
この時、彼らは巨大な波に飲まれつつあることを知らなかった。日常は突如としてその姿を変えるものであり、その波から逃れることは、もうすでに許されていないのだ―――
…ギャグテイストを入れられず、申し訳ありませんでした。え、期待してなかった?そんな殺生な…。ともかく、この話は基本構成がそれとなくできているのでなんとか読める代物にはなるかと。稚拙な文で、読みづらいでしょうがご勘弁を。これからも読んでください。できればメッセージあると嬉しかったり。それ以前に、このあとがきを最後まで律儀に読んでくださった方に感謝をこめつつ――