FILE1:THE特殊部隊
物音一つない漆黒の闇。昼間の喧騒は消え、街は脱け殻になったしまったようだ。
その街の一角。林立するビルの中、飛び出たようにそびえる巨大な建物の中。最上階、社長室に一つの人影が動いていた。
人影はしばらく、引き出しを下から順に開けたり、並べられた本と本の間を調べたりとしていたが、やがて机の下を覗いたまま動きを止めた。
「これ…か?」
机の下の一番奥。上から突き出たボタンを押し込む。ガコンッと音がすると同時に、先程調べていた部屋の端にある本棚が少し奥に押し込まれ、左へとスライドする。
「金持ちってのはどうしてこうゆう仕掛けが好きなのかねぇ」
人影はため息混じりに近づく。どうやら暗視ゴーグルを着けているようで、視界に問題はないらしい。
現れた金庫のダイヤルを回し、いとも簡単に開ける。中にはICチップと書類の入った封筒が入っていた。
「任務完了…っと」
二つを手に取り、後ろ手に金庫を閉めた。
それがまずかった。金庫の扉は思いの外軽く、閉まると同時に大きな音が社長室に鳴り響いた。
ジリリリリリッッッ!!
刹那、耳障りな音が鳴りだすと同時に部屋の明かり――否、ビル全体の明かりが点灯した。そのビルだけ、まるで昼間のようだ。
「っ!?しまった!!」
ドカドカと警備員の廊下を走る音が近づいてくる。
すでに廊下に退路はない―――そう判断して窓へと走りだす。
開け放った窓の下は地上までおよそ100メートル。
脇腹のチャックを開け、中から手にすっぽりと収まる程のリールの形をした物を取り出す。
飛び出ているフックはワイヤーが取り付けられ、どうやらワイヤーが巻かれているようだ。
窓のサッシにフックをかけ、スイッチを押すとさらにフックから太い針が突き出てサッシを貫通させ、壁まで突き刺す。
一度強く引いて強度を確認し、迷いなく窓の外へと跳ぶ。同時に警備員が部屋へと飛び込んできた。
壁を蹴りつつ下へと一気に降りていく。その下にはトラックが走っている。
一際強く壁を蹴り、別のスイッチを押す。フックが爆発し、ワイヤーがリールに巻き込まれ始めた。
体が宙に投げ出される。その体は――トラックの荷台へと落ちていった。
警備員が見下ろしたときには、すでにトラックが走り去ったあとだった。
「70点だな」
「ですね」
「何でだよ!任務はちゃんとこなしたし、顔は見られなかっただろ!!」
「そんな初歩的なことで威張るな…というかそんなことになったら、訓練費全額帰せと国から請求書くるぞ」
「そんなもの、握り潰せば問題ないさ」
「よけい問題だ……」
ここは私立白崎学園。比較的に上流に近い中流階級の生徒と、本物の上流階級者の通う、学園である。
小等部・中等部・高等部と、それぞれに屋上付き5階建て校舎が当てられてある。基本的にエスカレータ式なのでのんびりしたもので、願書さえ出せば無条件で付属大学校への進学も可能である。
まさに、お坊っちゃまとお嬢様のためにある、日本唯一の最高峰学園である。
付け加えれば、構内の気軽さも他に比べて最高峰だ。貴族階級に生まれたらぜひ通いたい学園だろう。
そんな学園の、理事長室。理事長と、本校の制服を着た二人の生徒が、話していた。
普通、理事長などに対してため語を使うはずないのだが、気にする事無く二人はしゃべっている。
「まぁ、今回は成功したから不問に処すが」
「もう十二分に文句垂れたような気が…」
「黙れ。通常ならば減俸程度でもすまない問題なんだ。少しは隊員らしく上官を敬ってやれよ」
「…お前も大概敬ってないけどな」
二人の会話を聞きながら、理事長は深くため息を吐く。
彼らは第7特殊部隊所属の隊員である。と言えど、この二人だけの構成なのだが。
先日ビルへと侵入した生徒が岩下結城、副隊長だ。
次いで先程から結城を嗜めるように喋るのが柄沢浚、隊長を務める。
そして、現在口論を続ける二人を前に、頭を痛めている理事長。木田敏一、28歳にして二人の司令役を務める、将来有望視される若き中佐である。
だが、有望視される故にこの二人の司令役を担うことになった彼は悲惨と言っても過言ではない。
彼らは特殊部隊中でも外れ者で、他の隊から爪弾きにされた。しかし、その能力は並外れたものを持ち、その結果たった二人という前代未聞の部隊構成に至った。
外れ者というだけあり、例え上の命であろうと間違っていると思ったことには反発し、意味がないと感じれば勝手に別行動を取る。その高い能力がなければ、まずクビになるほうが早かったはずだ。
特に能力では浚が全体的に高評価なのだが、実動にあたっての勘は結城がいいという。
正確に言えば、浚は人当たり良くしているのだが、つるんでいる結城が気に入らないと反発するため、浚は巻き添えを食っているだけなのである。事実、いくつも引き抜きの声が上がっている。
二人の口論はまだ続いていた。
結城は浚を指差して叫ぶように抗議の声をあげた。
「大体な!俺には不満の点が多すぎるんだよ!!例えば……」
コンコン
軽くノックの音が部屋に響く。瞬間、三人は身の振りを変えた。
5秒ほど経ち、女生徒が扉を開けた。
「失礼します……っっ!浚様!?」
入ってきた女生徒は、浚を見るなり身を堅くした。浚は結城を嗜めていた時と打って変わり、やわらかな声で話し掛けた。
「こんにちは、理事長へのご用事ですか?」
「あ、はいっ」
「ごくろうさま」
優しく、にっこりと微笑む浚。女生徒は顔を真っ赤にして頭を下げ、理事長の前へと向かおうとする。
そこへ、結城が横からにゅるり、という音がしそうなほどなめらかに出てきた。いつのまにか、眼鏡を掛けている。しかも、いわゆるビン底眼鏡といわれるアレだ。
「お疲れさまです〜〜」
クイクイッと眼鏡のつるをあげながら女生徒に声をかける。とたん、彼女は露骨に嫌な顔をして吐き捨てるように答える。
「あんた、いたの?さっさと自分の教室に行ったらどうかしら?」
理事長に書類を渡して、さっさと部屋を出ていく女生徒。その際も浚へのあいさつだけはしっかり忘れていなかった。
気配が消えたのを確認してから、ため息混じりに結城は眼鏡を外した。
「これ……だ」
「まぁ、わからなくもないがな」
彼らの基本任務は学園生徒の安全を守ることである。そのためには内部から知っていかなくては分からないことも出てくる。よって、互いに正反対の――つまり人気者と嫌われを演じ、内情を調査することになった。
「何で俺が嫌われ者の役なんだよ!?」
「元々人付き合いが苦手なやつに、人気者の役なんてやらせてみろ。いつかボロが出て失敗に終わるだけだ」
「それくらいにしとけ…」
さらに続きそうな口論に歯止めをかけたのは、今まで傍観していた敏一だった。
二人も口論という名の口喧嘩を止め、敏一理事長の言葉を待った。
「とにかくも、二人ともご苦労だった。転向してきてまだ二ヵ月あまり。成果としては立派なものだ」
彼の言うことは確かだ。
二ヵ月あまりで人気の転校生と嫌われ者の転校生を演じ、その傍らで先日の侵入および重要気密書類の奪取をこなしてみせた。
その能力は、厳しく見ようと秀でているのは明らかだ。
「今後は学園周りも警戒にあたれとのお達しだ。しっかりとな」
『ありがとうございます!』
軍人らしく、敬礼をする二人。しかし真面目に見えて、やはりどこか抜けている。理事長は側頭部に痛みが走るのを感じた。
情報収集は主に浚の役目である。
集めた情報を結城に渡し、読み終えたところで二人は近くのファミレスへ立ち寄り、計画を立て始めた。
「浚の集めた情報だと、痴漢とか強盗とか結構見かけるんだけど……」
手元に置いてあった書類の束の中から、一枚を引っ張りだして提示した。
「この通り魔事件がまず片付けたほうが良さそうだと思う」
通り魔事件――最近部活動などで下校の遅くなる生徒が、突然何者かに教われるという事件が多発しているらしい。被害者は入院しているにも関わらず、何も覚えていないという。今回の事件の明確性が出たのも、通行人が現場を見たことによるものだった。すでに被害は十数人に及んでいる。
「犯人はその一時の記憶を確実に飛ばしている。よほど訓練されているのだろうな」
「けど、俺たちが適わないわけないだろ」
「そうなんだろうけどな…」
「…何か気になる点があるのか?」
浚が計画中に曖昧な反応をする時は引っ掛かる点がある証拠だ。浚とは物心ついた時からの付き合いであるため、些細な変化で気付くことがある。
1分ほど経ち、まとまったのか浚は口を開いた。
「まず、一般人かどうかという点がある。意図的に記憶を飛ばすというのは、プロでも失敗する可能性の技だ。それを十数人に対して一度の失敗もない。よほどの訓練をしていなければ殺すほうが、よほど楽だ」
結城は無言で頷き、後を促す。
「もう一つは…被害者の患部がおかしい」
「おかしい?」
「正確には…丁寧すぎるんだ。全員腕部や脚部を骨折しているのは知っているな?その骨折部位が、きれいに折られすぎてる」
どういうことだ?と結城が尋ねると、大きくため息を吐き、答えた。
「体術専門なら察しろよ。…折れた骨は付くんだが、ほとんどは歪な形になってしまう。原因に大体が衝撃によるものだから、当然砕けるように折れているからな。今回の事件も、目撃証言に長い鈍器らしき物があげられている」
一息ついて、さらに続ける。
「だが、被害者全員の骨折は、付いたときに完全な元どおりになるような折られ方をしているらしい。…鈍器による鋭い衝撃の加え方を習ったよな?」
「あぁ、微妙な力加減が必要なやつだろ?覚えるのにかなり苦労した」
浚は満足気に頷き、水に口を付ける。
「戦闘術のセンスが卓越しているお前ですら苦労した代物だ。一朝一夕でやられたらたまらない」
「ってことは…並み外れた強さを持ったやつだと」
浚は頷く。結城はしばらく考える仕草をしていたが、コップの残りの水を流し込み、一息ついた。
「まぁ、考えても始まらないだろ。その時に考えればいいさ」
「そうだな。頼りにしてるぜ。せめてそうゆう点だけは」
「一言多いよ浚ちゃん〜」
戯れるように話ながら、二人は今夜からの巡回を決定した。
巡回3日目。
これまで通り魔は現われていない。代わりに、副産物のように痴漢や強盗をことごとく捕まえていた。
だが、本命は未だ見つかっていない。今まで3日以内には現われているにも関わらず、姿すら見せていない。もし痴漢や強盗の存在がなければ、結城を根気よく続けさせることはできなかっただろう。そうゆう意味では、痴漢と強盗には感謝かもしれない。
『…なぁ浚』
不意に浚のイヤホンに結城の声が届いた。早い情報交換のために小型無線を使っている。懐からピンマイクを取出し、スイッチを入れて答える。
「なんだ?」
『暑い』
「我慢しろ」
結城が不満を言うのも無理はない。
何せTシャツでいても暑い、夏の夜だ。そんな中、彼はマ○リックス的サングラスに、黒いジャケットを着込んでいる。
当然理由はある。まず一つ目は防御性を考えて。二つ目はサングラスが暗視スコープの役割を果たし、暗闇の戦闘を有利にするため。もっとも、そんな訓練は既に経験済みで、結局気休め程度の効果しか持たないが。
そして三つ目は…〈岩下結城〉のキャラクターを保持するためだ。
結城が学園に築いた岩下結城像は〈勉強は結構できて、スポーツがダメダメな変態メガネ野郎〉だ。つまり、事件解決から最も遠いであろう人物。知られたら、現在の地位から自ずと押し上げられ、当初の計画から外れてしまうだろう。それだけは避けなければならなかった。一分間ほど浚が悩んで決定した。八割方遊んでいるのだろうが、特にサングラスとかは。
ともかく、闇夜のヒーローの正体を知られることはなくなった。はぎ取られればそれまでだが、結城が易々とやられると浚は思っていない。それほどに、信頼感は確かであった。
『まぁ作戦だから文句は言わないようにするけどさ…そろそろ出てきてもいいんじゃないか?』
「確かにな。俺の予想でも今夜中には…。…結城」『さすが浚様。すばらしい頭をお持ちだ』
サテライトシステムを利用した周囲の物体を示すレーダーを見たまま浚は呟くように結城の名を呼んだ。
そこには半径1キロの地図が鮮明に映し出されていた。
地図上では無数の点が光ったまま動き、国道や商店街に集中していることから、それが人であるとわかる。
結城を示す光の北へ2、300メートル進んだ辺りで、校門から出た光を追うようにもう一つの光が近づいていくのが映し出されている。
友人と考えるにはおかしい距離の開け方。浚は位置を結城に示し、動きだしたのを確認すると自分もポイントへと急いだ。
すっかり日が落ち、街灯の光以外辺りを照らすものはなくなっていた。
その街灯も、最近現われた質の悪い暴走族が何度も壊していくため、修理されていない箇所がいくつもあった。その中、部活を終え家路を急ぐ少女が一人。最近は通り魔が横行しているらしく、早くに帰ることを心がけていたのだが、今日に限って片付けが長引いてしまった。彼女以外はみんな、自家用車の高級車で迎えが来たが、一般人の彼女だけは徒歩なのだ。
「(いやだなぁ……今度から自転車にしようっと)」
足を早める少女。その後ろから、歩調を早め歩幅を使い、徐々に距離を縮める男がいた。
夏にも関わらず着ている長袖のシャツの右腕の部分が、不自然に丸く堅いものが入っているように見える。
距離が5メートルにまで縮まった。ゆっくりとした動作で右手を少し動かすと、長袖の下に隠していた鉄パイプが姿を現した。握りにはグリップテープまで巻かれ、本来の目的外の使用を明らかにしている。
歩調と歩幅が急に変化した。足音を殺し、少女がこの通りで全くの闇に入る瞬間を狙って近づく。残り2メートル。男は右手を大きく振り上げた。
刹那、後ろから声が飛んだ。
「女の子を後ろから襲うなんて、男として恥ずかしくないか?」
「っ!?」
振り返る男。その目に、低く跳躍し右手のトンファーを振り下ろしにかかる影が映った。反射的に鉄パイプを横にかまえ、受けにかかると間一髪で衝撃を受けとめた。
影は地に足を着くと同時に爪先で地面を蹴り、すれ違いざま左手のトンファーで脇腹を狙う。男は体を横にし、掠めつつもどうにか躱す。
「きゃっ!?」
影は速度を殺さず、少女を抱えて一気に男との距離を離した。
「大丈夫か?」
「えっ…あっ…はぃ……」
影は少女に声をかけて下へ降ろす。
「危ないからそこで大人しくしてろよ」
そう言ってトンファーを構える。
「………」
男は無言で見ている。いや、正確には無言ではない。口が発音せずパクパクと動いている。
その意味をとらえ、結城は解読する。
「合格だ……?どういうことだよ!?」
男はにやりと口の片端をあげ、身を返して闇夜の中へと消えていった。
結城はすぐにピンマイクに問い掛ける。
「追うか?」
『いや、いい。深追いして捕まる相手じゃないんだろ?』
「さすがだな…そこまで察するとは」
『今日のところはこれで引き替えそう。例の場所で』
「了解」
ピンマイクのスイッチを切り、少女へと向き直した。
「今後は夜道を一人出歩かないように。気を付けな」
「あっ…はい、すみません…」
「じゃあ俺はこれで」
「あのっ!」
きびすを返そうとした時、彼女が呼び止めた。
「名前…教えてくれませんか?」
よほど恐かったのか、涙目で尋ねてくる少女。しばし考えたあげく、偽名を使うことにした。
「…神谷堅だ」
結城は若干自分に酔い痴れながら夜気の中を駆け抜けていった。
「バッッッッカか!てめぇはぁ!!」
びりびりと理事長室を震わす、木田理事長の声。防音室になっていなければ、外まではっきり聞こえたことだろう。
「いいだろ、どうせ偽名なんだし」
さらりと言い返す結城。浚はとりあえす横で傍観している。
木田理事長は一際大きくため息を吐いた。
「お前が偽名を使っただけならな。問題は使われた側だ」
「は?」
いまいちその意味がわからず、結城は首を傾げた。
「構内に行ってみればよくわかる」
「ねぇねぇ聞いた!?最近この辺りで噂の正義の味方!神谷堅って言うんだって!!」
「聞いた聞いた!カッコイイわよねぇ、助けてそのまま去っていく…憧れるわぁ…」
「でも意外と中身はどーしようもない顔かもよ〜?そんなどこの馬の骨かわからない人想うより、現実にいる浚様のほうが断然いいって!」
「馬の骨とは失礼ね!素顔もカッコイイに決まってるじゃない!!」
構内をぐるりと一周している最中、高等部を中心に中等部、一部は小等部まで女子の間で話題となっていた。おそらく、今後は現実の柄沢浚か、理想の神谷堅かで意見が分かれるだろう。
「……どう落とし前つける?神谷くん」
「嫌味だろ、それ……」
結城はどうしたものかと茫然としている。横から浚の深いため息が聞こえてきた。
なかなか無理矢理な点があると思いますが、想像力MAXでお付き合いください。これから二人の学園生活が混じってきます。コメディも豊富になる(予定)です。どうぞよろしく