1・突然は嗤う
享年 拾漆歳
ぶっきらぼうに宙を睨みつける自分の写真を前に、僕は不快な思いを隠せずにいた。ハッキリ言って僕はこんな酷い顔していた覚えはない。
写真の周りには美しくも縁起悪い花がこれみよがしに飾られ、そして写真の前には薄っぺらい板切れに何やら見たこともない漢字が並んでいる。やって来た坊主の話では之が僕の名前になるとのこと。あの世の方々はこの名前の方が解り易いから、だそうなのだが、向こうの流儀にしなければ解らないとしたら、この世の事も解らないほど天におはす方々は馬鹿だって事になっちまうんだけど、本当にそれで良いんだろうか?
いわゆる、お葬式の場面。だが、そこには在るべきものが無かった。
死体
正確に言うなら、僕は半年前から行方不明なのである。
じゃあ、自分の写真を前にブー垂れてる僕は一体何なのか、というと、正真正銘写真の人物、今や訳の分からない名前を付けられた(らしい)十七女月人、本人だ。……ネゴロゲットと読んだら○すからな。くれぐれも『トナメ・ツキト』だ。
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半年前の事になる。奇妙な事態に襲われた。
朝、歯磨きをしていた僕は自分に起こった事態に目を疑った。
後ろから来た妹の姿が見えたのだ。鏡に映った僕の体を貫通して。寝惚け眼が引き起こした錯覚かと思った矢先、妹から悲鳴のような声が
「お兄様透けてます!!」
……様付してるのは妹の趣味だからな。俺が言わせてるんじゃないぞ。
事態は刻一刻と悪化を辿る。騒ぎに気付いた母親と妹の前で、僕の体は見る間に透け……というが、困ったことに自分から見た自分には別におかしなところなど何もなく、どうにも緊張感を持てない。
電話番号を間違えながらも近所の医者に連絡を取る母と、可愛らしく泣きじゃくる妹(14歳)、二人の慌て具合から事態の深刻さは解る。窓に映る僕の姿はまるでガラス越しに見えるTV画面のように所在無さげだった。到着した近所の町医者(お前が医者に診てもらえと言いたいくらいのヨボヨボさ)が僕の姿を見つけられずに右往左往する始末。なんとか僕に辿り着いた時には、僕の体は宙に浮かぶ3D映像化していた。既に爺様が触れることすら叶わない。
それから数分後、涙に濡れる二人と首を傾げる老医者に看取られながら僕の姿は消えて失くなった……って、だから死んでないっての!
姿が消えても僕はこうして此処にいる。と二人に訴えてみるものの、姿も見えなければ声も聞こえない、何よりも触れる事ができないというのは、否応なしに消失の事実を突き付ける。無力感と居た堪れなさに押し潰されそうになり、僕は家を飛び出していた。
当然外に出たところで誰一人として僕の存在に気付くものなどいるはずもない。猛スピードで突っ込んでくる車の前に立ったところで、僕の体は何の抵抗も無くすり抜ける。正に幽霊になった気分だ。が、僕は自分の体を触る事もできるし、何より呼吸をしている。こうして息をすれば、めいっぱい空気を味わうことができる。おかしなところなんて無いはず。なのに、僕は世界から隔絶された。
それこそ目の前に幽霊でも現れてくれればまだ自分が死んだと思えるんだが、それらしき存在に出会う様子もない。というか、別段僕から見れば世界は何一つ変わっていない。いつも通りの忙しない朝の風景が展開されているだけだ。唯一人僕を除いて。
それから暫くの間、僕は自分という存在を見つけてくれる人がいないか辺りを探し回った。交差点・駅・交番・デパート・学校・教室……夜の帷が降りてくるまで。
結局、僕を見つけてくれる人はいなかった。
自分の前で滞りなく過ぎていく日常は、人一人いなくなったところで何も変わる事など無い。分かっている、そんな事は。でも、僕は期待していたのかもしれない。変わってしまう世界を、誰かが……悲しんでくれる事を。
明かりの消えた教室には僕一人だけが取り残される。人の気配が失せた室内は不気味なほどの静けさと身を切るような寂しさを湛え、残された僕を攻め立てた。視線を逃すように窓の外へ流すと、夜の帳の中、ポツリポツリと明かりが浮かび上がってるのが見えた。あれは家の明かりだろう。誰かが付けた人の営み。昨日までは当たり前に触れていたソレは、今の僕にとって余りにも遠い存在だった。きっと家では夕ご飯を食べている時間。
その時、自分の体に起こったもう一つの異変に気が付いた。
お腹が空かない。
いよいよ現実味を帯びてきた僕の死亡説だが、こうして僕の体はここにあるし、抓ってみれば痛みも感じる。死んだ人間が痛みを訴えるなんて聞いた事もない。だから僕はまだ生存しているんだ。
だから僕は決して諦めない。
誰かに見つけてもらうまで、そして元に戻るその時まで。
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と、意気込んでいたのは始めの頃まで。既に季節は夏を終え秋を蹴落とし冬の装いを纏っている。
ハッキリ言えばこの半年で僕はスッカリヤサグレた。当たり前である。姿が見えないって事は、裏を返せば相手の事を見放題だとも言える訳で。家族・クラスメイト・憧れの先輩の裏の顔や痴態・果ては先生の大人な裏事情まで……担任の岡Pと美術の下塚チャン(ロリータ)が生徒指導室で頑張ってるのを目撃シチマッタ時は、神様の存在を心から否定したくなったものさ……フッ……俺の青春を返しやがれ! ……唯一気がかりだったのは妹の様子。ただでさえ引っ込み思案だったのが、僕の不在後、前にも増して人との関わりを絶つようになり、今では立派な引きこもり。要らぬ心配とはいえ、兄は心配でならないのだ。
さて、今日もクラスメイトの裏事情をパパラッチしに行きましょうか。
と、学校に乗り込んだ僕は、昇降口で余りにも奇妙なものを発見した。
鳥
、にしては随分と脂肪分が高そうだ。丸々と肥えすぎ人の体ほどはある体に申し訳程度に付いた羽は退化し役に立たなさそう。ありゃ明らかに飛べないな、ウン。翠がかった黒い体に巨大な嘴は南国趣味に彩られ、目はどこか間抜けそうに宙を見てい
「少年、吾輩の姿が見えるのか」
何だ今のダンディなお声は? 思わず辺りを見回してみるが、壮年の男性教師がいる気配もないし、高校生レベルにあの渋いお声は出せそうもないし。
「吾輩を無視するとはいい度胸をしておるではないか」
気が付けば胸ぐらを銜えそうな勢いで僕に近づいた鳥は
「吾輩を見るとは不幸な奴よ。今ここでその喉笛噛み砕いてやっても良いが」恐ろしい事をサラリと言いやがったぞ、この肥満鳥。っていうか……鳥が喋った。
ふと訪れた結論に僕は凍り付く。そんな馬鹿な!?
「フン、どうやら吾輩の恐ろしさが分かったようだな」……いや、別段貴方のキャラに吃驚した訳じゃないんだが。まあ、それでも相手の対応に満足したらしい肥満鳥は僕から離れると
「しかし吾輩の姿を見る者がいるとは実に面白い……」そこで肥満鳥は少し思案すると「フム。少年、日没後屋上へ来るがよい。面白いものを見せてやろう」とホンワカした姿に似合わない陰惨な笑みを浮かべ足取りも軽くスタコラサッサとどこかへ走り去ってしまった……にしてもあの肥満鳥、思いの外すばしっこいな。
久々に目的のできた僕は夜まで屋上で過ごすことにした。あの鳥がどこから現れるか見てみたかったからだのだが……しかし、待っているだけというのは誠退屈だ。僕は屋上のタイルに寝転がると、先程の鳥について色々と分析を始めてみた。
あの鳥は何という鳥なんだろう? っていうか、鳥なのか?? 人語を喋る鳥なんてオウムやインコがいるけど……あんなブサイクじゃないしなあ。どこかで見た事のある姿ではあったんだけど、それがどこだったのか思い出せないんだよな。それに、校舎の中へ走っていったって事は誰かに会いに行ったとも考えられるし……誰かのペットなのか? あんなブサイクダンディを飼おうなんて奴の気がしれない。ウ~ム、分からない事だらけだな。とりあえずあの不細工鳥にあって事情を説明してもらった方が良さそうだ。
僕が思案に耽っている間にも夜は刻々と近づいてくる。世界が一色に塗りつぶされそうになった
「ほう、感心な少年だ。吾輩を待たせぬとは」と聞き覚えのある声が屋上に響き渡った。続いて聞こえたのは足音が
二つ
疑問を感じるまもなく、僕は対象から覗き込まれていた。
「何だそのまま鳥の餌になっていたのではなかったのか」
縁起でもない事を言うなこの肥満鳥。
僕が鳥とめもない話をしていると、不意に僕の視界を布切れが横切った。
「……大丈夫……?」
声は小さく、金属製の風鈴が鳴るような美しさを湛えている。が、アレ? 今の声、どこかで、聞いたことあるような……?
僕の表情を見るためか、更に顔を近づける対象。おかげでこちらも声の主が確認できるってものだ。
僕は目を凝らす。そして……
凍り付いた
そしてフリーズの溶けた僕はそれこそ学校中に聞こえるであろう大音量で叫んだのだった。
「室崎結!!!」
「キャッ」と可愛らしい声を上げて僕から飛び退いた室崎は、そのまま屋上の隅まで逃げると猟犬に追い詰められた野兎のようにブルブルと震えている。何もそんなに怖がらなくても。と、チョットしたショックを受けた矢先
ゴスッ!
と僕の額に痛恨の一撃が加えられた。
「吾輩の主を脅そうとは、いい度胸をしておるではないか」
チョット待て、それは誤解だ! と弁明する暇も無く、二撃三撃が襲いかかってくる。このままでは本当に鳥の餌にされかねん。とにかく逃げようと起き上がる。が、肥満鳥は見かけによらず僕の身長(172cm)を軽々と飛び越えそうな勢いで宙を舞うと、僕へ向かって
「止めて ハクシャク」
決して大きな声とは言えない。僕の出した声の十分の一が関の山。しかし凛としたその声はどの音よりもはっきりとした音で辺りを制止する。
……助かった……安堵の溜息が漏れる。あのままつつかれてたら間違いなく鳥の餌になるところだった。
視線を声のした方へ向けると、室崎結が今にも泣きだしそうな顔で両手を胸前に組み祈るような恰好をしていた。
「すまない事をした。吾輩としたことが、少し取り乱した」
どこまでも恰好を付けないと気が済まないのかこの気障肥満鳥は。
とはいえ、元はといえば僕が大声を出した事が原因だ。僕もとりあえず謝っておこう。
「あの、室崎さ、さっきはゴメンな」と声をかけてから、僕は言い知れない疑問にぶち当たった。室崎って、ひょっとして……
「あのさ、室崎って、僕の姿、見えてる?」
「……うん……」
……チョット待ってくれ。この半年間僕は何をやってきたんだ?? こんな近くに僕の姿が見える人がいるなんて。思わず頭を抱える。でも「何で室崎は僕の姿が……」
「私……は、人と……は、構造が違うから……」
おや? 話にノイズらしきものが混じり始めたぞ。って、そうか……僕は”ある事”を思い出し、深いため息を落とした。
室崎結。僕が在籍している市立・数野原高校・二年三組のクラスメイトにして、現在在校している生徒の中で最も”電波”な少女。そのレベルは取扱注意などという中途半端なレベルではなく、オタク街道まっしぐらな担任岡Pを以て【劇物指定】という有難くもない称号を戴いていたりする。
何でコイツなんだよ。
嘆く僕に向かって、彼女は背中を向けるとトンデモナイ事をしでかした。
何の前触れもなく、室崎結は上半身の服を脱ぎだしたのだ。
慌てふためく僕。仮にも二年男子が選ぶ美少女コンテスト(もちろん女子非公認)で150名を超える女子から選ばれた第8位が突然のストリップだ。寧ろ慌てる僕の気持ちを察してほしいくらいだよ。
「ちょ、ちょっと!」と制するのも虚しく彼女のスレンダーな体から服が擦り落ち
「ゲ……」室崎結の言葉に嘘偽りの無い事を思い知らされたのでありました。
室崎の左半身、本来なら心臓があろう場所には、それこそ音が聞こえてきそうなほど大量の歯車が回っていたのであり。……。勘弁してくれよ。クラスメイトがロボットだなんて何処の三文オペラだコレ。
「ロボットとは違うぞ、少年」肥満鳥が自信有り気に御高説を気取りやがる。
「じゃあ、アンドロイドかサイボーグか」
「せっかちな少年だな。今の科学技術でそんなものを作り上げられると思うか?」
「まあ、無理だな」
「簡単に説明するなら、時計、だ」
「……狸型ロボットは聞いたことあるが、人型時計ってのはいつから発売されてたんだ?」
「そんなポンコツと一緒にしてもらっては困るな」
人類の夢をポンコツ呼ばわりとはこの肥満鳥、一度粛清を加えた方が良いかもしれん。
「正確には気圧の変化によって動く時計を自らの体に埋め込みそれを原動力として素体を維持する事で、我が主は長い時を在り続けてこられたのだ」
ますますもってSFじみてきたな。話を鵜呑みにするにはちと頭の回転力と努力が必要そうだが……実に困った事に室先が嘘や電波な発言をしていない事だけは事実となった訳で。
「にしても、だ、それと僕が見える理由とどんな関係があるんだ?」
「……それ……は、私の時間軸……が生命の時間軸……ではなく、静物の時間軸……だから」
話が突飛すぎて付いていけん。生命の時間軸だと? そんなものあるのか??
「生命の時間軸……は、静物の時間軸と……は、僅かに違う……」
「で、その生命と静物が僕とどういう関係に?」
「今の十七女君……の時間……は、静物の時間軸……に挟まって……いる」
「補足をするなら、少年の生物としての時間は止まっておるのだ」
「へ??」なんだそりゃ。つまり僕の時間はあの日以来止まっているって事か?
「正確に……は、静物側……に入ってしまった訳で……はないから、死にはしない……けど」
「けど?」
「このままどちら……にも入らない……状態だと、完全……に時間が止まって……しまう。もし……そうなったら」
「死ぬ事もできずにずっと同じ場所、同じ時間をさ迷う事になる」
嫌なところばかり強調しやがって肥満鳥め。
しかし……マジかそれ。自分の置かれた状況を初めて確認できたとはいえ、これじゃ霧が晴れたらグランドキャニオンの崖っ縁にグリコポーズで立ってました。っていうのと変わらないじゃないか。あとは落ちるのを待つだけだ。しかも、死ぬ事も許されずに同じ時間をさ迷うだなんて悪霊に身を窶すより遥かに悪い。無間地獄にしたってもう少しまともそうだと思う。
とはいえ、いきなり最後通牒を突き付けられたところで、僕は一介の高校生、何ができる訳でもない。今のままでは死刑宣告を待つだけだ。なんとかしないと……
焦る僕の視界に室崎結の姿が写った。そうか……彼女&肥満鳥なら解決法を知っているやもしれないな。
「な、なあ、その、僕の時間を元に戻す事ってできないのか?」
「無理だな」肥満鳥、即答だった。少しは考えるとか悩むとかしてほしい。
「そこをなんとか」
猶も食い下がる僕を室崎が制する。
「残念……だけど、私たち……では貴方……の時間……を見つけられない……の。静物側……の時間軸……は、私達……には……見えない……から」
つまりは静物側から見ている限り、僕の時間がドコにあるのか解らないって事か。
「それなら、静物側の時間軸を見る事のできる奴がいれば……」と口にして疑問に到達する。今の今までこんな話知らなかったのに、時間軸を見ることのできる人間がいるなんて話聞いた事もない。自分で言っておいて余りの与太話っぷりに頭を抱えた僕がいたのだった。
重苦しい沈黙が辺りを支配している。ただでさえ切羽詰まった状況だというのに更に無理難題を積まれては、重苦しくなるなという方が無茶な注文だ。
「可能性……が、無い……訳じゃない」
窒息しそうな沈黙を破ったのは、消え入りそうな程小さな結の声だった。
「「なっ!!」」声は同時に上がった。勿論片方は僕。室先の方から提案を上げてくるとは思っていなかったというのもあるが、有り得ないと思っていた解決法がこうも簡単に見つかったという歓喜の声。もう一方は当然というか肥満鳥。驚愕に彩られ一段と不細工な顔が二段と面白くなっている。驚きのポーズなのだろう小さな羽をめいっぱい広げているが、ずんぐりとした躰に埋もれピコピコと見え隠れしているのが、逆に可笑しさを誘っているとしか思えなくなってしまう。不幸な奴っちゃ。
「何をしようというのです! 主よ」文字通り”鳥”乱すハクシャクに室先は人差し指を嘴に当て
「ギブ……アンド……テイク」と声をかけ、そして僕の方へ向き直った。
「トナメ……君、アナタ……の願い……を聞いて……もいい。でも」
室崎の声のトーンがひとつ下がる。
「……私……の願い……を、一つ……叶え……てほしい」
……何だかきな臭くなってきた。まさか魂をよこせとか言い出すんじゃあるまいな。
「大丈夫……命まで……は取らない……から」うお! 思考を読まれた!?
「お願い……私……を作った人……を探して……ほしい」
「エ……? エ~ト」確か肥満鳥は室崎が『長い時を在り続けた』って言ってたよな。長い時って事は十年二十年の話じゃないだろうし(第一それ位ならフツーの時計でも稼働しているからな)、実は室崎があんな体になったのはつい最近って事なのか?
「室崎、お前が作られたのって、一体どの位前なんだ?」
「70136592時間……前」
……あのなあ……普通の人間に時間で言われたって分からないっての。とツッコもうとして彼女の特性に気が付いた。そうか……時計か。室崎としてはただ単純に自分が稼働してからの時間をカウントしただけに過ぎないんだな。しかし、七千万時間前って、何年前だ?
「およそ8000年前だな」
……まんまオーパーツじゃねえか。念の為に言っておくと、オーパーツってのはout‐of‐place‐artifacts訳して『場違いな工芸品』と言われる時代的に作られること自体がありえねえ代物って事なのだが、室崎を構成している技術は今の技術をもってしても不可能な代物だ。それを8000年も前に完成させていたなんてどんな超古代文明だよ、ソレ。
で、当のオーパーツはアッケラカンと”何かおかしな事でも?”と言いたげに首を傾げながら目の前に鎮座ましましていやがる。
しかし、随分昔の人を探しているんだな……なんて言うと思うか? 生き物の最長寿だって屋久杉の推定七千歳だ。それより昔の人間が生きているわけないだろうが。
「あのさあ……室崎が作られた当時の人間なんて生きているはずがないだろう」
僕の事もどのみち無理な話なんだろうが、初めから結果が分かっている事を調べるというのは交換条件としてもチョット分が悪すぎるんじゃないか。
だが、室崎の視線は真っ直ぐ僕を見据え
「あの人……は、この時間……に生きて……いる」と言い切る。
いや、だからね
「何故……なら、あの人……は、この時代……に生……を受けた人……だから」
オイオイ、その話が本当なら、そいつはこの時代からタイムスリップをした事になっちまうぞ。
「おい、そこの肥満鳥」室崎の高説を自らの事如くふんぞり返っていた鳥を捕まえると、彼女に見えないよう鳥の首根っこを捻りながら「今の話本当か?」と一応の言質を取る。威張り腐っていた阿呆鳥も命の危機には敏感に反応したらしく、短い羽で僕の体を叩きながら「ば、馬鹿者っ、く、苦ピゲッ、う、嘘ではないッ! 吾輩が主と出会った時から、主は自らの創造主が未来にいる事を仰っておられたのだ!」殊勝な心がけで対応してくれる。
成程、彼女の言葉に偽り無しって訳か……で、その創造主様がこの時代にいる可能性が有る、と。
「大体の話は分かったけど、その創造主様がこの時代に居るっていう理由は何なんだ?」
コレ、と差し出されたのは一つの指輪。手渡されたはいいが何の変哲もないプラチナ製らしい指輪を前に僕は首を傾げた。一体これは? と問いかける前に、室崎からポツリと声が溢れた。「日付」
日付? といえば……指輪の内側、かなり磨り減ってはいるが日付らしきものが見て取れた。平成X年8月21日。わざわざ日付を刻むって事は、コレは結婚指輪なんだろう。随分と年季が入っているが、彼女の……なのだろうか? ってこの場合は創造主って考えるのがフツー……だよな……
「ソレ……は、あの人……から預かった」
そうだよな。ウンウン。これでもし”貰った”って言われたら色々と問題がありそうだったけど。僕は彼女から結婚宣言が出なかった事に安堵を覚えながら、とりあえず指輪を室崎に返す。目の前の少女はそれまで見せたこ事の無い柔らかな笑みを浮かべながら指輪を受け取り、今度は手にした指輪を両の手で握ると静かに祈る。
誰の為に、何の為に、と分かっているはずの言葉を口にしようとしている自分に気付き、何を馬鹿な事を、と頭を振る僕がいたのだった。
「その時……に、言われた……”私……を止めて……ほしい”……と」
止めてほしい、ね。つまりは何かしでかして当の創造主さんは8000年もの時間逆流島流しの刑を喰らった、と。相当凄まじい何かだったんだろうな。……そんな恐ろしい事をしでかす奴ってどんな野郎だよ……僕の中であらぬ妄想が悶々と広がりを見せる。マッドな科学オタクか、或いはオカルト信奉者か……どちらにしたって絶対知り合いたくない手合いだな……
「で、名前とか何か他に分かる情報はないのかよ」僕の質問に対し
「ある」彼女はあくまで簡潔に答える。「名前」
なんだ、名前が分かってるなら話は早いじゃないか。こりゃ思ったより解決が早そうだ。僕が元に戻れるのも案外簡単だったりして。
と、タカを括った僕はかなりの間抜けだった。
「カズエ……フミアキ」
これが本当の噴飯物。思わず噎せた僕を室崎は不思議そうに見ている。
だが、こちらとしては洒落や冗談では済まされない名前だった。
「いや、それはありえない」僕・十七女月人はハッキリと抗議させてもらおう。
「どうして……?」と首を傾げた室崎に僕は非情の一言を投げかけた。
「どうしても何も、その人なら”もう死んでるんだ”」
凍り付く空気。驚愕のあまりその場にへたりこんだ少女を肥満鳥が自らの体で受け止めると、クルリと首を僕の方に向け抗議を始めた。
「いくら何でも言って良い事と悪い事があるぞ小僧!」もし少女の体を支えていなければ直ぐにでもつつき回してやると言わんばかりだが、今回ばかりはこちらにも言い分がある。
「んな事言われてもな。隠しておいてもしょうがないから言っておくけど、カズエ・フミアキ、漢字で書くと主計に文明な。ってのは、僕の母方の伯父さんなんだよ」
今度は肥満鳥も息の根が止まったかのように黙り込む。そりゃ仕方ないか。
「しししかしだな。主の創造主は確かにそう名乗ったとの……」
「分からないのは其処なんだよな……」
自分の名前を棚に上げてこんな事を言うのもなんだが、伯父さんの名前、殊苗字は相当変わっている。一度聞けばまず忘れないだろうが、裏を返せば知らない人間が使えるような名前ではない。その名前を使っているという事は……考えたくはないが、親戚の類、もうちょっと狭めるなら僕の身内って事になる……何が悲しくて身内からタイムトラベル引き起こすような危ない人を輩出せにゃ……
と考えがまとまったところで、あろう事か、脳裏にその危険人物の姿形がありありと浮かんできたのである。「まさか……」一度吹き出した疑念は払拭のしようもないほどに膨れ上がる。
「ゴメン室崎。多分、だけど犯人が分かったわ」
「「え?」」今までの展開から百八十度逆転、今度は答えを突き付けられる形となった少女と鳥は事態を把握しきれずに目を丸くしたのだった。
「ま、いいから付い来てくれよ」僕の声はどことなく遣る瀬無さが漂っていた。
-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-
仕方ないだろう。僕だってできればアレには触れたくないんだから。
いまだ状況を把握できない二人を引き連れ、僕は説明を始める。
「主計文明……文明伯父さんには、一粒種がいたんだ。その名をヨウコって言うな」
「ヨウコ……さん……?」
「そう、鷹と戲って書いて鷹戲っていう」
名前の由来を聞いた肥満鳥が数歩距離を取る。ハハハ、やっぱり鳥だけにタカは怖いか。
「滅茶苦茶な名前を付ける御仁だったのだな、文明殿という方は」声を若干震わせながら鳥は精一杯のイヤミを口にする。まあ、仕方ないわな。
「ああ、かなり……どころじゃないな。因みに僕の名前も伯父さんの命名らしい」
「おお! ネゴロゲ
学生鞄ラリアット×2
両方から急襲カバンに挟まれる形となった肥満鳥は敢え無く撃沈。ザマアミヤガレ
「で、だ。その鷹戲なんだが、元々母親が若くして亡くなっていてね、伯父さんの死で独り身になっちまった。で、その少女は……」
僕たちは目的地に到達する。
「ここって……」室崎は状況を察したのだろう。そりゃそうだ。だってここは「十七女君……の家?」
「その通り。主計鷹戲は十七女夫妻に引き取られて現在、十七女鷹戲……僕の妹って訳だ」
マッタク、酷い与太話だろう。ひょっとしたら室崎の創造主が僕の妹だなんて。笑い話にすらできやしない。
「して、少年は己の妹が我が主の創造主ではないか、と言うのだな。して、その所以は?」
「ああ……そりゃあな、頭だよ、頭。滅茶苦茶頭が良いんだよ。中学二年だってのにMITの入試を軽々と解きやがる。おまけに工作の類はアレの十八番でな」
この間は壁掛け時計とCDプレイヤーと変圧器を拾ってきて、何処をどうしたんだかレーザー銃を作り上げた挙句壁を貫通させていたよ。とは口が裂けても言えない。
「あの頭と腕なら後に室崎のシステムを作り上げたとしても不思議じゃねえ」
「成程。状況証拠としてはこれ以上の適任者はいないという事か」
どうやら僕の話が腑に落ちたらしい肥満鳥は、早速僕の家に不法侵入をしようと試み、室崎に「勝手……に入っちゃ……ダメ」と両手持ちした学生鞄でポカポカと叩かれていた。
「まあ、納得してくれたんなら……」と呟きながら、僕は我が家を見上げる。
真夜中に近い我が家は両親が就寝したのか既に夜の帳に包まれていた。のだが、案の定というべきか、一部屋だけ煌々と明かりの灯る部屋があった。あそこは、間違いない、我が妹鷹戲の部屋だ。相変わらず立派に引き篭りやがって、兄は悲しいぞ。
「会うん、だよな……ヤッパリ」道路と我が家の敷地を区切る門扉の前で、僕は室崎と肥満鳥に問いかけていた。
「何だ? 自分で案内をしておいて、随分渋るではないか」
「まあ……な」身内の僕が言うのもなんだが、アレは一筋縄ではいかないぞ。いきなり知らない人間が訪ねていったところで部屋から出てくるかも分からないし、出てきたら出てきたで敵と看做せば自作の殺傷能力ありの武具で攻撃も辞さないというYESか殺るかの一方極端だからな。それに……イカン、嫌な事思い出しちまった……
「さっさと案内をしないか」しびれを切らした肥満鳥が背中を嘴でつつき回し、僕に無理やり先陣を切らせる。僕が中に入った事で安心したのか、室崎も僕の後に続いて敷地内に入った。
矢先
「どちら様でしょうか?」
頭の上から聞こえてきたのは、小鳥が囀るが如く高く美しい響き。だがそれには下々の者を嘲笑うような高慢さが明白に宿る。
出たな
僕は頭を上げるのも面倒と言わんばかりに頭上をチラ見する。
玄関の右斜め上に構えた簡素なベランダに奴は居た。夜夜中だというのに、来訪者を待ってましたと言わんばかりに赤いタキシードを着こなす馬鹿娘。スレンダーというより発育が疎かな見た目10歳のチビッコが気取ってフォーマルな服装(しかもド派手な)を着たところで、その手の趣味志向が無い人には無様に映るだけだと何故分からん。お前に似合うのは十人が十人赤いショートパンツとランドセルのワ○メちゃんスタイルだとあれほど言い聞かせているのに。
おまけにその手には件のレーザー銃が握られていやがる。
「こんな真夜中に人様の家に不法侵入を試みようとは、愚かにも程がありましてよ」
愚か者はお前だコノ馬鹿者。深夜とはいえ兄の知り合いにいきなり危険物を向ける奴があるか。
兄の心配と呆れを他所に妹はベランダの柵に足をかけようとして……失敗する。格好を付けようとしているのは分かるが、身の丈に合わぬ事は……以下略……などと一人ツッコミをしている間にも少女二人の間には大量の火薬が積まれていくような緊張感が積まれてゆく。
「おのれ! 主に向けて狼藉をはたらくかッ!!」
肥満鳥が何やら喚いているが、どうやらフツーの人間である妹に見えていないようで、気持ち良くスルー。
二人の距離はおよそ5メートル+高さ4メートル。対角線上に薄く赤い線が浮かび上がる……って、あの馬鹿妹、遂に照準を合わせやがった。妹の射撃の腕なんぞ知ったこっちゃないが、仮にも殺傷能力を有した代物、当たったらどうするつもりだっ!
止めようとして室崎の前に弁慶立ちし「鷹戲ッ! 頼むから止めてくれッ!!」と懇願するも、今度は僕が肥満鳥と同じ目に。見えないんだからしゃーねーだろううが!
「文句はあの世でお兄様に言ってくださいな」という責任転嫁をサラリと言ってのけた刹那、妹が手にした銃口からこれまでの照準光とは明らかに違った光の線が少女とその前に立ちはだかった男の胸を貫通した。
当然と言ってはなんだが、僕に被害はない。が……
恐る恐る振り返った先にはヘーゼンと無表情で起つ少女の姿があった。アレ? ひょっとして虚仮威し?? でも、この前は壁をぶち抜く位の威力があったはずなんだが……
訝しむ僕が室崎を見た。丁度胸の辺に”二つの穴”が空いて煙が燻る。やっぱり威力あるやんけ! ん? 二つ??
「アレ? 威力的には人の体位は打ち抜ける筈なのに?」今まで欠陥品を作ったことのないだけに、妹の慌てっぷりは半端ない。銃口を覗き込み試し打ちをしようとして自分の頭を撃ち抜こうとする始末。にしても、本当に訪問者を殺害しようとしたのか……
しかし、一体どうやってあの凶悪兵器から身を守ったんだ?
室崎が服の焦げた部分を払い落す……あのなあ、男がここに居るってのに事態を悪化させてどうすんだよ。服がすっかり破れて……あ……そういう事か。
本来ならお色気シーン到達で男子の皆さんは御慶びのところなんだろうが、彼女のスペックを忘れてはおるまいか。破れた服の間から見えたのは鏡面のように磨かれた金属板。我が妹には悪いが狙った場所が悪いとしか言えない。本来人間にとっての急所たる心臓は、彼女にとって既にナマモノではなかったのだから。
さすがの天才チャンもまさか相手が半分機械なんて予想だにしていなかったのだろう。悔しそうに唇を噛む鷹戲は手にした銃を手放すと、替わりに何か、ん? 取りいだしたるは木の棒に十文字の剣先みたいなものか引っ付いてる。って、そりゃ槍じゃねえか。科学攻撃が効かないときたら今度は物理攻撃に打って出るなんて、我が家の馬鹿娘はそこまでして訪問者を拒みたいか!?
ベランダの手すりに何とか登りきった我が妹は何とも頼りない牛若丸を演じているが、これといって興味を唆られないらしい室崎は至って冷静に玄関へと歩を進める。
「そう……良い度胸しているじゃない」半笑いになった……いや、無視されて半泣きになっていると見た方が妥当か……妹が遂に槍を構える。
が、室崎に動揺する様子はまるで感じられない。今にも飛び降りてきそうな少女に向かって一言
「別……に、私……は傷ついて……も構わな……い」
その言葉を挑戦と受け取ったらしい鷹戲が、遂に矛先を侵入者に固め、ベランダから飛び降りた。
少女描くの切っ先に躊躇の形は見えない
「けど」室崎からこれまでにないほどの迫力で放たれた言葉と同時、僕は文字通り未体験の光景を目の当たりにしたのだった。彼女が手にしていたものは、家庭にならどこにでもありそうなドライバーだった。てっきりソレの金属部分で応戦するのかと思いきや、中空に向かって突き出す。そして何の躊躇もなくドライバーを左に回すと、あろうことか宙を舞っていた鷹戲の体がまるでフィルムを右にずらすように室先の体から離れていく。結果、本来なら対象を完璧に捉えていたはずの槍は豪快に空振りし地面に叩き付けられた。地面に突き刺さり身動きの取れなくなった槍の柄に足を置き、室崎は見事妹の武器を封じたのだった。
それだけなら、なんて言うべきじゃないのは分かっている。けど、鷹戲を中空で移動させるなんてウルトラCよりも、その時世界に起こっていた事こそ僕にとっては衝撃的だった訳で。室崎がドライバーを虚空に突き出したように見えた瞬間、そこに一片が人間の等身大程の透き通った箱らしきものが浮かび上がった。透明な面に青に近い白色で奇妙な幾何学模様を描かれたソレは、ドライバーとの接触を合図に電気を通されたネオンサインのように次々と姿を表す。コンマ1秒もしない間に我が家は得体のしれない透明な箱に占拠されていた。室崎はそれを確認する事もなくドライバーを左方向に回す。ドライバーの刺さった箱は見た目の大きさに反しいとも簡単に回転し周りの箱を動かしてゆく。ひとつの箱が動き出すとスライドパズルを完成させていくように周りの箱も動き、鷹戲の体が収まった箱も滑り落ちるよう軌道を変えていた……
手品というより、最早完全に魔法の類ではないか? これは。
当然というべきか、妹も何が起こったか分からず首を傾げる事しかできないでいる。
そんな妹に室崎は無表情のまま
「今、私……を殺した……ら、お兄さん……は戻ってこれ……ない」
妹が驚愕の表情のまま凍り付く。っていうか、初めからそう言えば良かったんじゃ……
「……お兄様の事を、どうして知っているの……」まるで悪魔でも乗り移ったかのような低くドスの効いた声が鷹戲の口から溢れる。隣で鷹戲を威嚇していたハクシャクが(自分が威嚇されたのではないにもかかわらず)全身を総毛立ててブルっと体を振り乱した事からも物凄い迫力なのが分かる。それこそ放電スキルでもあったら今頃辺り一面黒焦げだ。
「私に……は、十七女君……の姿……が見える……の」
「なんですって!!」鷹戲にとって予想だにしない返答だったのだろう。それまでの荒ぶる鷹のポーズが一転、懐から手鏡を取り出すといそいそと乱れた髪と服を直し、一言
「で、お兄様はどちらにいらっしゃいます?」
今まで矛先を向けていた相手に平身低頭に尋ねていた……フツーの奴なら二三発は殴っているところだ。少なくとも僕ならそうしている。
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考えてみれば、夜夜中に少女の喚き声や高電圧負荷のモーターが出す唸りにも似た重低音etc……よくもまあこれだけのどんちゃん騒ぎをしておいて住民の安眠を妨げなかったものだと感心したものの、”あの両親”なら気にも止めないどころかもし起きていたらさぞかし妹を捲し立てていたことだろうと自分の読みの甘さに閉口している僕を文字通り余所に置きっぱなしにし、少女二人+呼ばれてもいないのにヒョイヒョイ後を付いてゆく出歯亀、じゃない出歯鳥一匹は妹の先導で現在彼女の自室へ案内中だ。ちなみに破れちまった制服の替わりにという事で、今の室崎は押入れの奥に仕舞われていた母のコスプレ用セーラー服なんてものを着込んでいる。うちの学校って一応ブレザーだから異様な新鮮味があるんだよな…………お願いだから母の趣味については言及しないでくれ。
「そうでしたか……お兄様のご学友とは露知らず。誠に申し訳ない事を致しました」自らの部屋に案内をする妹・鷹戲の出で立ちはシックな黒を基調とした純和装だったりする。とても14歳の若造が手出しできるような安物には見えないのだが、その軍資金は一体どこから湧いてきた? またテレビ局から顔出しNGを出されるようなお兄さんたちに怪しい発明品を売付けているのではあるまいな。
行方不明の兄の行方を知るという少女の言葉を鵜呑みにした妹の行為に多少の不安を感じながら僕も彼女たちの後を追う。
「少年を疑うわけではないが、汝の妹は信頼してもよいのだろうな」突然僕の方に振り返った肥満鳥が怪訝さを隠さずに詰問してくる。
「……」ハイ、と言い切れないのが非常に切ない。僕にとって妹を信頼しろというのは、バンジージャンプの命綱を靴紐にするような心許無さしかないからな。
「さあ、こちらへどうぞ」妹は徐に地獄の扉を……じゃなかった、自室の扉を開く。その様子を僕と肥満鳥は「ぱんどら(平仮名表記)」と書かれた箱を開けるような面持ちで見つめていた。
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取り敢えず一人+一匹分ね。コレ。
「…………」ついでに室崎の分も追加で。
「少年、愛されておるな」
バカ言え
「チョット怖いかも」
室崎がフツーの喋り方してるの初めて聞いた。
招待客はおろかまともに対してきた家族である僕さえ絶句させたもの。それは
写真 大量 たった一人の被写体
部屋一面所狭しと張られていたのは十七女月人の写真だった。え~とこういうのってなんて言うんだっけ?
「ストーカー」
僕渾身のボケを呆気なく切り捨てないでくれよ室崎。
個人的にはプライバシーを尊重したい、というか、単に妹の部屋に近付きたくなかったってだけなんだが、まさかここまで愛してくれていたとは、兄は知らなかった。いや、知りたくなかったさ。
「さあさ、廊下で立ち話もなんですし、遠慮なし中へお入り下さいませ」
実父の遺品でもある作業机とセットになった椅子を室崎に勧める。勿論だが僕と肥満鳥は一応居ない事になっているため椅子の用意はない。その場にドカリと座り込む。
招待客が部屋の様相に圧倒されている間にも、ティーセットを用意しながら、「紅茶とコーヒーとどちらがお好みでしょうか?」と甲斐甲斐しさを見せる鷹戲。
「紅茶……できれ……ば、ミルク多め……で」ほう、室崎はミルクティーが好みだったか。
「吾輩は熱い日本茶が好みだ」いや、聞こえてねえから。因みに僕はオレンジジュースが嬉しいけど。
ハイ、と小気味よい返事すると、メイドさんもびっくりの手つきで茶を淹れミルクを注ぎ香り豊かなミルクティーを用意する。相変わらず何をやらしてもソツのない奴だ。
「セイロン……ルフナ」室崎がポツリと呟く。何だそりゃ、呪文か何かか? と僕の疑問を余所に、妹の顔が今日一番の笑みに包まれた。「まあまあ! この香りを理解できる方とご一緒できるだなんて、なんて僥倖な夜なんでしょう!!」
突如として始まった紅茶談義。茶葉の種類でお湯の温度が、ミルクで煮出すと苦味が……etc、かれこれ3時間は盛り上がり本来話すべき僕の処遇は己の存在ヨロシク綺麗サッパリ忘れ去られた……
「ああ、こんな素敵な夜は久しぶりですわ……本当に……」うっとりと話す鷹戲の顔に影が挿す「本当に……ここにお兄様がいてくださったら」
「お兄さん……の事、助け……たい?」談義中も決して表情を変えなかった室崎が一際険しい顔をしながら鷹戲に問いを投げかける。ここから先はいろんな意味でただでは済まない可能性がある、と暗に込めている。
「助けたい、ではありません。必ず助けます。希望的観測など必要ありません。兄が無事である事が分かった以上、助けるのが私の義務ですから」
対した鷹戲は何の臆面もなく、むしろ自信に満ちた表情で僕を助けると言い切った。
「そのためなら、どんな事でも致しますわ」
……どうしてこんな僕のために、と思う。鷹戲にとって僕という存在が大切な事は重々承知はしていた、つもりだった。僕が居なくなってからの引き篭りっぷりやこの部屋の惨状を見るだけでも痛いほど分かるってもんだ。けど、助けることが当たり前だ、とは言わなかった。助ける事が”義務”だと言ったんだ。それは自分の身を賭してでも僕を助けるという事。血の繋がった兄妹でもない僕をどうしてこれほど思ってくれるのか、僕には理解できずにいた。
「でも、具体的に私は何をしたら宜しいのでしょうか?」
「お願い……がある……の」
「まあ、他ならぬ室崎先輩のお願いでしたら」
「貴方……のお父上……に会わせて……ほしい。主計文明……に」
「ちょ! チョット待って頂けます!! 何故先輩が私の父の名を知ってますの?」
これには僕もビックリ。まさか直球勝負に出るとは思わなかった。折角打ち解けた雰囲気がぶち壊しになっちまうんじゃないか? 今は部外者の僕がヤキモキしているのを尻目に
「十七女君……から聞いた……の」
「そうでしたの……」なんでも僕のせいにすればいいって訳じゃないぞ……確かに種を蒔いたのは僕だけど。
「でも、どうしてお父様に?」
「貴方……のお父上……なら、この事態……をなんとかできる……かもしれない……から」
「私のお父様なら……何とか」そこまで言って、鷹戲は少し考える。「そうですわね。確かに私のお父様は色々と変わった方でしたから。しかし、私のお父様はもう……」
「知って……いる。だか……ら、彼……のお墓……に案内……してほしい」
「お墓に?」
「そう。あと……は私……に考え……がある……から」
室崎は鷹戲の瞳を見据え静かに訴える。普段ボンヤリと虚空を眺めるような視線をしているせいもあってか、彼女がまっすぐ相手を見ると思いの外迫力がある。鷹戲もその迫力に負け「分かりましたわ」と合いの手を打たされた。
しかし……引っかかかることがある。
「なあ室崎、どうしてお墓の件、僕に聞かなかったんだ?」聞こえない事は分かっていたが、どうも気分的に小声にした方が良いような気がして、ついボソボソと悪巧みをするような体制で耳打ちをしてしまう。
「それは……お墓……に行け……ば分かる」
室崎はそれだけ呟くと外をじっと見つめる。創造主の眠る場所を見据えるように強い眼差しを湛えながら。