18.彼と彼女の思惑
長船のターン。
「エミリーと申します。よろしくお願い致します」
ペコリと勢いよく頭を下げた少女の年齢は、17〜18歳といったところだろうか?
焦げ茶色の髪をすっきりと纏め、長めのスカートとぴったりとした襟で露出を抑えたスタイルは、いかにもクラシカルなヴィクトリアンメイドといった雰囲気だ。
…というか、
「おいっ!やっぱメイドも猫耳なのかよっ!」
その頭の上でピクピクと動いている白い猫耳とお尻で揺れている長い尻尾に、長船は思わず突っ込まずにはいられかった。
「うん。そっちは引退した元旦那の趣味。」
「「……」」
「……あれっ?そう言えば、エミリーさんってエドワードさんみたいに歳をとって無いですね?」
ミーアちゃん…見事なスルースキルだ。
…おそらく普段ユキノに相当鍛えられているに違いない。
確かに言われて見れば、猫耳メイド・エミリーは、ユキノの旦那が引退する前から勤めていたにしては随分と若いように見える。
とは言え、ヨボヨボの婆ちゃんメイドが猫耳姿で現れたりしたらそれはそれでトラウマになりそうな気もするが。
「あー!何かね、メイドは最初っから歳をとらない仕様になってるらしいよ。
男のロマンなんだってさ。」
…ほう。これは開発者の拘りだったのか。
とりあえず一言言っておこう。 開発者グッジョブ!と。
◇◆◇
エミリーがダイニングの食器類を片付けている間に、それぞれ身支度を済ませ再度リビングへと集合する。
「さて。そろそろ各自活動開始する事にしましょうか。二人ともマイホーム登録は済んだ?
登録さえして置けば世界中何処にいても一瞬でここに帰って来れるからちゃんと設定して置いてね。後、何かあった時にはいつでも個別チャットを飛ばして? それじゃ、エドワード。ミーアをパルノまでお願い。」
「畏まりました。ミーアお嬢様、どうぞこちらへ。」
「はーい!じゃあ、行ってくるね。また夜にー!」
そう言ってブンブンと元気よく手を振りながら、ミーアちゃんは足元に現れた転送用の魔方陣の眩い白緑の光に包まれ消えて行った。
「…それで? ユキノさんとエドワード氏は何処に行くんだ?」
「あーそれね。言って無かったと思うけど、私、生産特化キャラなのよ。調理に裁縫、調薬、醸造とかね。で、どれも原材料に農作物を使うでしょ?このコベントリー近郊に農地を持ってたりすんのよね。随分と長い間エドワードに任せっきりになっちゃってたから、どうなってるのかちょっと様子を見て来ようと思って。」
「あんた、ファーマーもやってんのか!? 噂には聞いた事あったけど、実際にやってるやつなんて初めて見たぞ?」
生産に使われる原材料はNPCのショップでも購入可能だ。
が、街やショップによって品揃えには差がある。日によって入荷される量にもバラつきがあった。
特に上位アイテム用の素材や複数のアイテムの原材料となる素材は競争が激しく、入荷予定時刻間近になるとショップの前には生産職のプレイヤー達がこぞって待ち構え、入荷すると同時に一瞬にして売り切れ…残念ながら買い損ねてしまったプレイヤーは別の街での入手を目指し、慌てて転送で飛んでいく…というのが旧MLOでの日常的な光景だった。
その為、原材料を自家調達する事は生産職にとっては悲願とも言える。
長船自身、攻撃系スキルや魔法のスキルを削って鍛冶に使う鉱物類を掘る為の採掘スキルや、グリップなどに使う木材を調達する為の伐採スキル等をとってはいるのだが、それがファーマーとなってくると話はまた別だ。
そもそも武具や防具などと違って、料理や服飾、酒などの類は販売単価も低く、プレイヤーたちにとってはさほど需要が高いというような物でもない。
しかもその原材料を調達する為に農作業をやろうと思ったら、それぞれの作物毎に農地を購入維持する為の資金が必要となってくるし、実際に農作業を行う為に取られる時間が洒落にならない。
狩りやクエストなどにも行かず、ひたすら地味に農作業オンライン…などというプレイは当然流行らなかった。
ある程度ファーマースキルが高くなれば、NPCキャラを雇って農作業に従事させる事も可能らしいのだが、長船が旧MLOで現役プレイヤーとして活動していた頃には少なくともそんな物好きな事をやっている人間は見たことが無い。
「うん。まぁ道楽だよねぇ。でも、MMOって人それぞれいろんなプレイスタイルがあるでしょ?
だから、私みたいなこんなゆる~いプレイスタイルの人間がいてもいいんじゃないかな?って思ってるの。」
「…なるほどな」
その気持ちは長船にもわからないでもない。
ダンジョンに出掛け、難攻不落の強敵を倒し、レアなドロップを手に入れる。…そして、また装備を強化し、ただひたすら更なる強さを求める。
…そんなプレイスタイルは10年もいろんなゲームを渡り歩いている間にやがて飽きてしまった。
けれど、「強さ」そのものを諦めた訳じゃない。
今の長船の最大の目的は、この世界で伝説となるような「最強の武器」を自らの手で作り出したい。という事に切り替わっていた。
…そして、その武器を持つに相応しいと心から認める事が出来るようなプレイヤーと出会い、自らに代わって振ってもらいたい。
ある意味、少し枯れた考え方なのかも知れない。
けれど、己自身でその武器を振うよりも、若い連中に光を当ててやりたい。そんな気持ちだった。
「さて、それじゃ私達もそろそろ行くわね。2人きりだからって、エミリーに悪戯しちゃダメよ?」
「するかっ!」
くすくす笑いながらそんな事を言い放ったユキノのせいで、もじもじと赤くなったエミリーを見て、長船は思わず溜息を吐いた。
オサーンオバハーン世代のMMO観の話でした。