17.寝る子は育つ?
ミーアのターン。
「おはよう!」
心地の良い眠りから爽やかに目覚め、軽やかな足取りで階下へと降りて行くと、既に起きていたらしき母と長船さんがダイニングで朝食を取っていた。
「おはようございます。お嬢様」
さりげない動作でエドワードさんが椅子を引いてくれたので腰を下ろしながら挨拶を交わす。
「おはようさん」
「おはよう。よく眠れた?」
「うん!びっくりするぐらい。何かこんなにたっぷり寝たのって久しぶりかも。」
長船さんが頷きながら言う。
「あぁ、それなぁ。俺もVR始めたばっかの頃びっくりしたんだが、どうもゲーム内時間の21時くらいになると何をやってても絶対眠くなって来て、翌朝の7時くらいまで爆睡しちまうんだよな。
プレイしている状況や個人差で多少のズレはあるみたいだが、確実に10時間は眠るような仕様になってるらしい。
現実世界での120分がゲーム内での24時間だから、その内の10時間って事は120分中50分は現実でも実際にぐっすりと眠っているって事になる。」
「言われてみれば、私もあんまり眠りが深い方じゃないんだけどいつになくぐっすり眠れたような気がするわ。」
母もそう頷いている。
「おそらく、やろうと思えば技術的にはVRシステムによって眠っている間中ずっと脳に信号を送り続けてゲーム内での活動を続けさせる。…という事も可能なのかも知れない。
けど、現実問題として人間には休息が必要だ。
日中は普段通りに生活をして、さらに夜は夜で不眠不休で仮想空間での活動を行う…そんな二重生活を続けたとしたら、脳や身体を休める時間が無くなって、その人間はあっと言う間に精神や肉体が崩壊してしまうだろうな。
あくまでもこれは俺の想像に過ぎないんだが、このVRシステムを使ったMLOの世界では、強制的に一定の周期で深い眠りに誘導して脳や身体を休ませ保護するような仕組をとってるんじゃないか?って思う。」
うーーん?…難しくて何だかよくわからないけれど、前にデパートのオーダーメイド枕の売り場のおねえさんが言っていた「レム睡眠」と「ノンレム睡眠」のようなもの…なのかな?
ゲーム内で起きて活動している時間帯が眠りが浅くて夢を見たりする状態の「レム睡眠」、ゲーム内でも眠っている時間帯が脳が深い眠りについてる「ノンレム睡眠」…みたいな?
考えてみたところでやっぱりよくわからないので、取りあえずは目の前の朝食に専念する事にする。
今朝のメニューは、バターたっぷりの厚焼きトーストに、フワフワの卵のプレーンオムレツとカリカリに焼いたベーコン。
物語の中の執事のイメージそのままの優雅な動作で、エドワードさんが牛乳たっぷりのロイヤルミルクティーを注いでくれる。
どれもすごくおいしい!
でも…あれっ?
「あの?エドワードさん、昨日パルノの街で牛乳などの乳製品がほとんど手に入らなくなっているって聞いたんですけど…このミルクティーとかバターは?」
エドワードさんは蜂蜜色のわんこ耳を一瞬ピンと立ててこう言った。
「素晴らしい!ミーアお嬢様は市場の動向にもお詳しくていらっしゃるのですね!
そうですね。確かに現在パルノ周辺ではフェルデンティアからの乳製品の入荷が途絶え、物価が高騰しております。
ですが当家で使用しておりますものは、このコベントリー近郊にあります農家と専売契約を交わし、新鮮なものを必要なだけ直接届けるようにさせておりますので大丈夫でございますよ。ご心配いただきありがとうございます。」
尻尾をパサパサと振りながら、あたしの方を微笑ましいものを見るような目で見ているのがこそばゆい。
うっ…っていうか、その尻尾反則っ!モフモフしたいよーー
「なるほどな。あるところにはあるってか。
でもまぁ、フェルデンティアからの流通が途絶えてるって事だけは確かみたいだから、やっぱ調べてみる必要はありそうだな。」
そう長船さんが言うと、
「そうね。ヴォイドくんと合流出来たら、ライヒェンベルクに向けて出発しましょうか。…って言っても、まだ当分先になりそうだけど。」
と、紅茶を飲みながら母も頷く。
「あれ?そう言えば、ヴォイドさんは?」
「あー、あいつはまだぐっすりお休み中。まだ当分起きてこねぇよ。っていうか今日はあいつリアルで仕事あるだろうから、目が醒めたら一旦落ちると思うぜ。」
…そっか。
ぐっすり眠って爽やかに目が覚めたからすっかり忘れていたけれど、現実の世界ではまだ1時間弱しか経っていない筈だ。
ヴォイドさんの中の人はまだ夢の中にいる事だろう。
もし仮に彼が翌朝の8時まで寝落ちしたままだとしたら、その6時間程の間にこちらの世界では三日三晩の時間が経過する事になってしまう。
そういうあたし達だって、現実世界での朝が来れば起きてそれぞれの生活に戻るだろうから、次に合流出来るのは現実時間での明日の夜って事になるのかな?
という事はゲーム内の暦では、えーっと……×12だから……えーーっと、少なくとも10日以上先って事になっちゃうのか。
…うぅ、頭が混乱して来た。
「とりあえずまだ時間はたっぷりあるわ。せっかくだから、ミーアはパルノの魔術師ギルドに行って魔法を覚えて来たら?」
「うん。そうしようかな?お母さんと長船さんはどうするの?」
「俺は折角だから、ここの工房の使い勝手を試させて貰おうかと思ってる。荷物なんかも移したいから、セバス…違っ…えー、エドワードさん、協力頼むよ?」
「承知致しました」
長船さんがセバスチャンと言いかけた時、一瞬ピクリとわんこ耳を動かしたものの、何事も無かったのような笑顔でエドワードさんは応えた。
「あ!ごめん。悪いんだけど、今日はエドワードは私が連れて出るつもりなの。でも、代わりの子を置いて行くからその子を使って?」
母がそう言うと、エドワードさんは何気ない表情を装ってはいるものの、その尻尾が千切れんばかりにブンブン揺れている。
…うっ、可愛い!
ご主人様と出掛けるのが嬉しくてしょうがないんだね。
「では、長船様のお世話をする者をお呼び致しましょう」
そう言ってエドワードさんが何処からか取り出したベルをちりりんと鳴らすと、ダイニングのドアがカチャリと開き、メイド服姿の少女が現れた。
説明ばっかですみません。
実際の人間の睡眠は、レム睡眠よりノンレム睡眠の時間の方が長いです。
でも、実際に現代のネトゲで廃プレイしている人達って睡眠時間短めでしかも眠りの浅い人が多いんじゃないか?って気がする。
それを思えば、睡眠導入を使用して強制的に周期的な深い眠りを取らせるシステムは現状よりもずっと健康的かも?と妄想してみた。
ちょっと不気味ではありますが…