16.住人十色
4人でそそくさとフレンド登録を済ませた後、ユキノさんはこう言ってくれた。
「これからはいつでもこの家を使ってくれていいからね。さっきの管理事務所に行けばキャビネットが購入出来るから、ここに置いて自分専用の倉庫として使ってくれてOKだし、銀行を使いたい時もエドワードに言えば銀行員を呼び出してくれるわ。
あ、パルノの街に行きたい時もエドワードに言えば転送してくれるからね。拠点登録とは別にマイホーム登録をして置けば、ここに直接帰還して来る事も可能だから他の都市に拠点を移しても、パルノと行き来出来て便利よ。2階に寝室もいっぱいあるからちょっと休んで回復していってもいいし。私がいない時でもエドワードが簡単な食事や飲み物くらいなら用意してくれると思うから安心して。」
ユキノさんの言葉を受けて、後ろに控えていたエドワード氏が胸に手を当てておじきをする。
「それから、生産をやるならこっちに工房があるから使ってね。」
そう言われて連れて行かれた先には、広々としていて設備の整ったキッチンと魔術関連の本がたくさん納められた図書室、小振りなミシンの置かれた裁縫工房、ハーブがたくさん吊るされた調剤室などがあった。
「後、鍛治工房と醸造の為の蔵は離れになってるから。」
サラッと言うユキノさんに長船が慌ててツッコミを入れる。
「いやいやいや。これだけデカい屋敷だってだけでもとんでもないのに、この工房の数は異常だろーが!こんなの聞いた事もねえぞ?一体いくら掛かってんだよ。」
…確かに。
「あー…この家自体は、私と旦那が共同で買ったんだけどね。と言っても知り合いから中古で安く譲り受けたものだからそんなに値段も高くなかったし。工房とかは実際に使いたいメンバー達がお金を出しあって内装変更したの。だからここは、今でこそ私の個人所有になってるけれど、元々はキンシップハウスって言った方が正しいかも?」
その言葉にミーアちゃんがピクリと反応する。
「…旦那…? お母さんの旦那さんって事は、あたしのお父さん?」
「ミーアちゃんが今プレイしているそのキャラの父親って事じゃないか?」
長船がそう補足すると、
「あっそっか!そういう意味か。…そっか、そうだよね。なんか変な感じ。」
「ん。まぁ、そういう認識であってるわ。さっき話したアカウント削除して引退しちゃったマスターってのが、そのキャラの父親よ。だから、ミーアと感動の再会!…とかってのはさすがに無理なんだけどね。ちょっと期待した?」
茶化すようにユキノさんが言うとミーアちゃんは、
「別っにー!そこまで会ってみたいとか特に思ってないしー」
と、ちょっとむくれてプイっと横を向いた。
…あれ? 実は結構気になってたりする?
◇◆◇
屋敷の中をぐるっと一回りした後、リビングへ戻って来てソファで寛いでいると、エドワード氏がさりげなくコーヒーを淹れてくれた。
「こんな如何にも英国風な屋敷にいて、バトラーが手ずから淹れてくれるって言うんだから、本来ならコーヒーよりも紅茶の方がイメージに相応しいんだろうとは思うんだけどね。…実は私、昔っから夜は紅茶よりもコーヒーの方が欲しくなっちゃうのよ。 ……ありがとうエド。私の好みを覚えていてくれて。」
エドワード氏は黙ってニッコリと微笑み、軽く会釈をして部屋の片隅へと下がる。
すげえ!さすがプロだ。
…惜しむらくは名前がセバスチャンではないってとこか?
早速俺以外の3人は、エドワード氏が淹れてくれたコーヒーをやたら美味そうに飲んでいる。
あぁっクソっ!俺もコーヒー飲みてえわっ!
もちろんエモーションを使って飲んでる振りをしたり、アイテムとして使用する事で実際に飲む事も可能だ。
だけどやっぱり、あの味を自分の味覚でちゃんと味わってみたい。身体がカフェインを欲している。
手元のGSPから目を離し、部屋の時計を見上げると時刻はAM1時を指していた。
普段ならまだ全然寝るような時間でも無いのに、今夜はひたすら眠い。
今日は特に狩りに出かけてバリバリ戦闘をしたって訳でもなく、ログイン時間のほとんどを徒歩での移動か、まったりと会話で過ごしたので緊張感があまり無くて気が弛んだんだろう。
あー悔しいな、貴重なクローズドβの短い期間をもっと遊び尽したいのに!
VRバイザーさえあれば、眠りながら朝までプレイ出来んのに!
…やばい。やっぱめっちゃ眠い。今月の給料が出たら絶対にVRバイザーを買って、今度こそこいつらと一緒に思う存分美味いもんを飲み食いしてやろう。
そんな事を考えつつ…俺は睡魔に抗い切れずにGSPを握り締めたまま突っ伏して眠り込んでしまった。
◇◆◇
ソファに凭れかかったまま、こっくりこっくりと船を漕ぎ出したヴォイドさんを見て、
「あらら、寝落ちしちゃったのね。ふふふっ可愛い。」
と母は笑った。
VRバイザーを使って眠りながらプレイしているあたし達と違って、ヴォイドさんはGSPでの簡易接続ユーザーだ。おそらくプレイしている間の体感時間もかなり違うんじゃないだろうか?
彼が今日何時間くらいプレイしていたのかは知らないけど、現実時間ではもうAM1時だしそろそろ疲れて眠くなってもおかしくない。
「エドワード、彼を寝室に運んであげてくれる?」
「承知致しました。ご主人様のベッドでよろしかったでしょうか?」
「ブハッ!」
長船さんが思わず飲んでいたコーヒーを噴き出す。
ってか、えっええっ? エ…エドワードさーーん!?
「……大人のジョークでございます。」
真顔でそう言いながら、エドワードさんは鎧や大剣を身に付けたままのガタイの大きいヴォイドさんを軽々と抱え上げ、軽く会釈をして部屋を出て行く。
…195歳の大人のジョーク恐るべし!
「あら、私は別に一緒のベッドでも良かったのに。」
などと、母はしれっと言っている。
「まったく、お母さんってば…。」
溜息を付いたら、一緒にあくびが出て来た。
さすがにあたしも今日はちょっと疲れたかも?
「ヴォイドさんの寝顔見たら、何だかあたしも眠くなって来ちゃった。そろそろ寝るね。」
現実世界でのあたしは、VRバイザーを付けて眠っている筈なのに、こっちの世界でもちゃんと眠くなるなんて不思議な感じだ。
「それじゃぁお言葉に甘えて、俺も早速今晩から泊めてもらうとするか。」
長船さんがそう言って立ち上がったところにちょうどエドワードさんが戻って来たので、あたし達はそれぞれの寝室に案内してもらい、お日様の匂いのするふかふかのベッドで眠りに付いた。
簡易接続モードだと、ある一定の時間何の入力もしないで放置するとキャラがこっくりこっくり居眠りのエモーションを出す仕様。