0.失われたもの
初投稿です。拙いですがよろしくお願いします。
R15タグは念の為入れましたが、基本的にあまりそういうシーンはありません。
―――遥か遠き昔、この地に神が降り立った。
神は孤独であった。
神は大地に根ざした一種族に知恵と力を与え、その無聊を慰め共に生きるようにと諭した。
神は豊かなる海と大地を育み豊穣の実りをもたらした。
選ばれたる大地の種族はその恩寵に感謝し、この地で徐々にその数を殖やしていった。
その力は野を越え山を越え、遥か遠き海の彼方の大地までも覆い尽くすようになった。
多くの街が生まれ神の叡智により次々と各地に高度な生活様式を持つ文明を築き上げていった。
やがて神の覚えめでたき大地の種族は更なる力を欲するようになった。
大地の種族は神に願った。
「神よ。我々にこの地に棲まう何者にも劣らぬ強い力を与え給へ」と。
神は愛する大地の種族に望む力を与えてやった。
力を得た彼らはその力を己自身以外の全ての者に対し振るうようになった。
「何者にも劣らぬ力」の為、とうとうこの地には何者をもが残らなくなった。
神はまた孤独になってしまった。
―――これは遥か遠き昔の話 。
大地の種族と我等とを繋ぐものは何もない。
失われた環。
◇◆◇
秋の夕暮れが少し霧の懸かった湖面を緋色へと染め上げていた。
湖畔へと続く小道を1人の少女が足早に歩いている。
象牙色の肌に少し気の強そうな大きく澄んだ黒い瞳。形の良い赤い唇。
華奢な体躯は、大人の女へと成長を遂げる過渡期に差し掛かっているようだ。
銀に近いプラチナブロンドの長い髪は、夕陽を受け今はほんのりと薄紅色に染まっている。
「本当に行く気なの?」
突然、背後の木立から現れた影に声を掛けられ、ピクリと少女の肩が揺れる。
足を止めたものの決して振り返ろうとはしないその背中に、女はもう一度問い掛けた。
「…どうして?」
追って来た女の面差しは、何処かしら少女と似ている。
いずれ少女が成長し、この女のように成熟した大人の身体を持つようになれば、瓜二つだと言えるようになるかも知れない。
それにはまだ5年程の歳月が必要となりそうではあるが…。
しかし、女の髪は少女のような輝くプラチナブロンドではなかった。
限りなく漆黒に近いモスグリーンの髪が何物にも染まる事なく風に揺れている。
「…もう決めた事だから。…ごめんなさいとは言わないよ?」
サーッと一陣の風が吹き上げ、紅葉したプラタナスの葉がヒラヒラと舞った。
腰まで届く少女の長い髪も踊るように舞い、夕陽を浴びてキラキラと乱反射している。
小さく詠唱の声が聞こえたと思った時には、既に少女の足元に白緑に輝く魔方陣が完成していた。
くるくると魔方陣が回りながら大きくなり眩い光がその姿を包み込んで行く。
「さよなら。お母さん」
「待って!」
女は慌てて駆け寄り、娘を抱き寄せようと必死で手を伸ばす。
しかし、そこには僅かな魔術の残滓がキラキラと残るのみだった。
―――そして、また失われた絆。