聖女を婚約破棄したので、この国は終わりです
「聖女シャルロット、お前との婚約を本日をもって破棄する!」
舞踏会の会場で、ジェラール王子ははっきりと宣言した。
手には婚約破棄状(そんな書状形式があるのかわからないけど、そういう内容を書いた羊皮紙だろう)が握られている。
そんな彼の腰にはニナ子爵令嬢がひっついている。貴族の令嬢というより、お妾さんという雰囲気だが、権力者の庇護があればそれぐらいはどうということはないのだろう。
王子は見た目だけなら精悍だし、王太子である第一王子であられるので将来この国を継承されるお方だ。でも、表現を変えるなら、視野が狭くて乱暴なところもある。
ニナ子爵令嬢は本当に貴族なのかというぐらい残念ながら無教養な方なのだけど、そこがかえってマッチしたんだろう。
「婚約破棄ですか。ま~、婚約をしたこの2年間、相性悪そうだなという実感はあったんで、驚きはないんですけど。ちなみに理由は何でしょうか?」
聖女の私はためしに聞いてみた。
頭にかかってるローブを少し引っ張って、視界を広げる。
「まず、三か月前の式典で途中にあくびがあった。半年前の式典で歩く時に足音が少しうるさかった」
「えっ? 本当にそんなことで婚約破棄なさるんですか……」
こういうのは理由をでっちあげるものだと思うが、もう少しマシな理由はなかったのだろうか。
そのあとも、王子は細かなことをちまちま列挙した。それから最後にこう言った。
「それとニナに対して、振る舞いがはしたないと注意した」
あ、そうか、それが理由だったわけか。
はしたなかったもんなあ。王子の立場なら貴族の女性を愛妾のような立ち位置に置くこともある。でも、貴族の女性のほうが「自分が寵愛を受けています」という顔で王宮を歩くのは変だ。
「シャルロット、お前はいくつも奇跡を起こした聖女かもしれんが、所詮、出自は両親が何者かもわからない捨て子だ。神殿での地位は高くても、いずれ王になる俺の妻になる人間としてはふさわしくない」
憎しみが宿った瞳のジェラール王子。
そう、私は数々の奇跡を起こしたということで、14歳の時に神殿でも上位の地位である聖女に選ばれた。王子と婚約したのはその2年後。今から2年前の話だ。
同い年の王子が将来、恥をかかないよういろいろ指導したつもりだったのだけど……裏目に出たか。
「おそらく、陛下は私が王子のお目付け役にもなると思って婚約者にお選びになったのだと思うのですが、そこをご理解いただけないのは残念です」
「お前の指摘はただこっちを愚弄するだけのものだ。そんなものは認めない。目やにがついてるとか、ほこりがついているとか、放っておけ!」
こういう人を無理に褒めれば精悍ということになるわけだ。
そりゃ、戦乱が多い時代の王ならこれぐらい細かいことを気にしない王子でもいいのかもしれないが……人々の模範になるべき立場で目やにつけてるのはどうなんだろう。
「そうですか。それでニナ子爵令嬢のほうは王子にふさわしいと」
「なんだ? 二ナの振る舞いが貴族にしては安っぽくてふさわしくないとでも言いたいのか!」
「そこまでは申してませんよ!」
「シャルロットさん、あなたはわたくしに出会うたびにマナーがどうの、服装がどうの、言葉の使い方がどうの、うるさいの。いいかげん、目の敵にするのはやめてくださらないかしら?」
ニナ子爵令嬢が鬱陶しい教師を見るような目で私を見た。
別に彼女だけを目の敵にしたわけではないが、王子のそばにいつもいるので、どうしても目につくことが多いのだ。
「そうですか、私としましては、王子の近くにいらっしゃる方の身にも安逸と平穏が訪れるように日夜祈っていたつもりなのですが、理解してもらえませんでしたか」
「祈る? 祈りでごはんが食べられたら苦労しませんわ!」
まあ、聖女――つまり神官の一人にすぎない者が王宮に入り込んでも煙たがられるのはしょうがないとは思っていたが、ここまで嫌われるか。
実のところ、私を同情する視線もこの舞踏会のホールでは数えるほどしかない。
大半の貴族は(ニナ子爵令嬢を認めているかは別として)私を嫌っている。
これでは私はここにはいられない。潔く去るとしますか。
「ところで……王はこの件はご存じなのでしょうか?」
王子が王の意向を無視して婚約破棄していいんだろうか。
「王は現在、地方の州の視察に出かけておられる。その間の重要事項の決定権は俺にある。法にもそう書かれている」
「そう来ましたか。それはそうですけど……王が帰ってきた後に叱られても知りませんよ……」
「それまでの間に、お前を国外追放にでもすればよいだろう。奇跡を起こした聖女に来てほしいという声は隣国から聞いている。別にお前が来たところで奇跡など起きんだろうにな。おめでたいことだ」
奇跡か。まあ、聖女であることに興味がない方なら、奇跡のほうも信じないだろうな。私の奇跡ってものすごく地味でわかりづらいし。
「わかりました。謹んで婚約の破棄、お受けいたします。いつでも国外追放なさってくださってけっこうです」
私は丁重に頭を下げる。
ここで余計な抵抗をしてもしょうがないだろう。
「では、皆様、どうぞ息災で」
――私は加護の力を解いた――
次の瞬間、悲鳴が上がった。
私が頭を上げると、ちょうど、王子の足のところに四角柱の形をした板材があった。ああ、天井から落下したんだな。
「痛っ! な、なんだ……天井の木材部分が腐ってるのか……!」
足をはさまれて、王子は尻もちをつくように倒れている。
ああ、加護の力が消えた効果が早速出ちゃったか。
「王子、いえ、皆さん、聖女の私の加護が消えてしまったので、少し大変なことが起こると思いますが、どうかお気を付けて」
「なっ? どういうことだ? お前、いったい何を仕組んだ?」
「人聞きの悪い。仕組んだのはそちらではないですか。私は婚約者とその関係者の皆様の身によくないことが起きないようにずっと祈っていたのです。その祈りで災厄を止めるのが私の奇跡――聖女と呼ばれた理由です」
ですが、婚約破棄によってその関係は消滅してしまった。
「うわあ、なんだ、なんだ、これは! 手に変なアザが……」
「王子様、わたくしも! わたくしの手にも不気味な入れ墨みたいなアザが……! あなた、聖女のくせにこんな呪いみたいなことまでして恥ずかしくないの!」
ニナ子爵令嬢が私を睨む。でも、それは的外れというものだ。
「そんなことはいたしておりません。婚約破棄されてから、呪うようなそぶりを一度でも私が見せましたか? むしろ、私は王子も王子が大切にしていた方も守るために祈りを捧げていたんです。そのカゴが消えたせいです」
「カゴが消えた……? 痛い、痛いっ! なんかアザのところが痛いわっ! なんでそれでこんなことになるのよ! これは1が0になったんじゃなくて、マイナスになってるじゃない!」
「お二人は言うまでもなく、この王国の重要人物です。ということはお二人を呪詛する方も数えられないほどいるわけです。遠隔から作用する呪詛の魔法もございます。それが効いているんでしょうね」
「じゃ、じゃあ……これもなんとかしなさいよ……痛いっ! 痛いっ!」
「いえ、私でもどうしようもありません。婚約者という私に近い立場の方だからこそ、今までは加護の影響も大きかったのです。その婚約者が愛している子爵令嬢も守るほどに。でも、もう婚約者ではなくなってしまったから、もう終わりです」
きっと、王は王子に降りかかる数多の災厄を止めるためにも、私を婚約者に選んだのだ。
もはや、過去の話だけれど。
いわば、せきとめていたダムが決壊した状態。
しばらくは災厄がどかどかやってくるだろう。
ほかのところでも天井の白漆喰や木材が落下して、貴族の方々を悲鳴をあげだした。
うん、ただのホールの老朽化。
ただ、不運にもみんなが集まっている舞踏会でそれが起きただけ。
「た、助けてくれ!」
「こんなところにいたら、ぺちゃうんこになるわ!」
貴族の人たちがはしたなく走って、たまに転んでいる。
そこに王子の側近があわてて走ってきた。
「た、大変です! 殿下の領地で税金減免の民衆反乱が起きたと報告が!」
「な、何! すぐに鎮圧しろ! それよりも、俺はケガをしているんだ、これをどうにかしろ……」
「わかりました、では、ほかの報告は後回しでよいでしょうか……?」
「何だ? まだ何かあるのか?」
少しためらってから、側近は答えた。
「火の不始末なのか、殿下の郊外の離宮が燃えております……」
「どれだけ続くんだ……。勘弁してくれ!」
ここにいると、聖女の自分も巻き込まれそうだから退散しよう。証拠も何もないのに逮捕されても困るし。
「待て! 聖女シャルロット! 逃げるな!」
王子に気づかれてしまったか。
「どうかいたしましたか? この不運は偶然によるものですよ。婚約破棄されたからといって、離れた土地の民衆反乱を発生させて、離宮に放火する能力など持っていません」
「いいや、これはお前が仕組んだんだ! だから逮捕する!」
あの、あまり聖女を無実の罪でしょっぴくみたいなことはしないほうが……。さらに変な罰が当たる可能性もありますし……。
と、ぞろぞろと兵士が入ってきた。
それも数人ではない。何十人もいる。
非常事態の報告にしては多すぎるような……。
兵士たちはすぐに王子と子爵令嬢を取り囲んでいく。
「お前たち、何だ! 無礼だぞ!」
「我々軍隊は横暴を働く王子を退位させるためにここにやってきた! また、王子をそそのかすニナ子爵令嬢も逮捕する!」
兵士のリーターらしき男が言った。
まあ、軍隊の中で王子の評判は悪かったし、こんなことも起きるだろうな。
「や、やめろ! 無礼だぞ! 近づくな!」
「さわらないで! わたくしは何も悪いことなんてしてないんだから!」
私は二人の悲鳴を聞きながら、すたすたと混迷を極める舞踏会のホールから外に出た。自主的に追放されるとしよう。
隣国では私の需要があるそうなので、需要があるほうへ行くだけだ。
◇
私は変装して、ひとまず馬車に乗って王都から離れた。
聖女の服は質素倹約を旨としているためか、そこまで高級なものではない。商家のお嬢さんぐらいに思われたので、意外と移動はスムーズだった。
それから、宿を転々としながら王国の国境のほうへと向かった。
風の噂でジェラール王子が投獄されて弟の第二王子が急遽、王太子の地位についたとか、ニナ子爵令嬢の一族が全員流刑になったとかいった話が聞こえてきたが、私は関係のないことだ。
それと、ジェラール王子と仲の良かった貴族も次々に賄賂や不正が見つかって、どんどん裁かれているとか。これも私には関係ないことだ。
王都から5日ほどの距離の町に到着した時のことだった。
宿に入る前に兵士たちに囲まれた。私を逮捕しても何も変わらないぞと思ったが、どうもそういうわけではないらしい。
私の前に、国王陛下が現れた。
「聖女よ、あなたには申し訳ないことをした。事情はすでに王都にいた者たちから聞いている」
「別にいいですよ。国を安泰に保つという役目は聖女としても意義のあることだと思いましたから。それに結果的に役目は果たせませんでしたし」
「あなたを責める気は一切ない。すべてバカな息子の責任だ。きっと、あなたの起こす奇跡がどういうものか調べることもしなかったのだろう」
「そんな様子でしたね」
できれは将来の配偶者になるかもしれない相手のことに興味ぐらい持ってもらいたかったが、将来の配偶者にするつもりがなかったと考えれば筋は通っていたな。
「聖女よ……可能であれば王都に戻っていただくことはできぬか? 国を建て直すにはそれぐらいしか思いつかん」
私は首を横に振った。
「私の奇跡は受動的なものです。一度、負の連鎖が始まったら止められません。それに、今起きている問題は本来発生していたようなものです。火の手がないところに放火したわけではないんです」
「つまり、我々だけでどうにかするしかないと」
「ええ。それが国を統べる者の役割ですから。ただ、敬虔に真面目に生きている者の身には理不尽すぎる不幸は訪れないようにできています。少なくとも私はそういう教義を習いました」
王とその配下の人たちは私に深々と頭を下げた。
私も頭を下げ返した。
大変だと思いますが、よろしくお願いいたします。
◇
その後、私は隣国に行き、ずいぶんと歓迎された。
そちらの王宮に招かれた時にその国の王子に妻になってほしいと請われて、今に至る。
私が元々いた王国のほうはいろいろ大変なことになっているらしい。反乱は各地で起きていて、手がつけられないとか。ジェラール王子にいたっては、平民身分に落とされて、さらに牢獄に監禁されているという。王国としても、特定の人間の責任にしないとやっていけないのだろう。
私の奇跡が地味すぎる自覚はある。だから、それを信じない人がいるのもわかる。
だが、ならば徹底して信じないほうを選ぶべきなのだ。
聖女だから王子の婚約者にする、でも奇跡とかは全然信じず貴族でもない奴とバカにする――こういうどっちつかずの扱いが一番よくないのだ。
私が王子の妻になってから2年後のこと。
王子から元いた王国のことについてこんなことを聞かされた。
「今、あの国は疫病と飢饉で大変なことになっているらしい。さらに山間部で地震も起きたらしい」
「そんなことになっているんですか……」
もちろん、疫病も飢饉も数百年に一度しか来ないものではないから重なることもあるだろう。でも、いくつも同時に巻き込まれた人たちに私は同情した。
母国に赴いて神殿で祈りを捧げれば、多少はマシになるかもしれない……。
「シャルロット、自分が助けになれるかもと思っただろう。それは無理だよ」
王子が首を振った。
「今、あの国では災厄が重なったのは聖女の呪いだという流言がはびこっているんだ。あの国に入れば殺されかねないよ」
「ああ、人間って、本当に愚かなんですね……」
私を信じてくれる人たちがせめて救われますように。そう私は祈った。
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