街での日常③
冒険者組合の内、掲示板の前。
太陽が南中を過ぎる頃、掲示板の前は依頼を受けるピーク時間を終え、冒険者たちの姿もまばらになっていた。
その閑散とした空間で、周囲から少し距離を置かれるようにして立っているのがラグトだ。彼の目の前には、いくつかの依頼書が張り出されていた。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
【センガク山道・盗賊アジト解体に伴う追加護衛依頼】
ランク:C級以上
報酬:日給 1,300ミル
内容:山道に潜伏している盗賊の残党により、アジトの解体作業が大幅に遅延している。作業員および解体現場の安全を確保するための追加人員を募集。地上での護衛に……
備考:組合内の特別対策局に、個別依頼あり。対人戦闘を伴う。状況に応じ、盗賊の殺傷もやむなしとする。
【ムザラ高原近郊・旧鉱山「雷針獣」群れの討伐依頼】
ランク:C級以上(8名~10名のパーティ推奨)
報酬:1匹につき 550ミル
内容:旧鉱山内に住み着いた雷針獣の群れを間引く。まもなく繁殖期を迎え、雄個体の狂暴化と縄張りの拡大が予測され……
【ムザラ高原・ダンジョン由来「発光藻類」の浸食調査】
ランク:D級以上
報酬:日給 1,100ミル
内容:高原の一部で確認された、ダンジョン由来の発光藻類の浸食状況を調査する。繁殖範囲の正確な測量、および変異サンプルの……
備考:※必須条件:四則演算能力を有する者。
【緊急・カライロ洞窟・落石による通路封鎖の撤去及び安全確保】
ランク:C級以上
報酬:日給 1,800ミル + 危険手当
内容:先日の小規模な地震により、主要通路の一つが崩落。作業員の護衛及び、瓦礫撤去の補助。洞窟の構造に詳しい者を優先。
【レムルム北東・麦畑のツチムグリ一斉退治】
ランク:D級以上(初心者歓迎)
報酬:日給 800ミル ※追加報酬あり
内容:収穫期を前に、地下茎を食い荒らすツチムグリが大量発生。地面の振動を察知できる能力者や、地中のツチムグリへの攻撃手段を持つ者を優先的に採用。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「……半日で終わるような都合のいい依頼は、なしか」
俺が目を覚ましたのは数十分前、太陽が昇りきった昼過ぎだった。こんなに深く眠るつもりはなかったが、おかげで疲れが取れた。
予定まで半日。手持ち無沙汰でギルドまで来たものの、やはり手頃な依頼は見当たらなかった。 再度、依頼書に目を通す。 カライロ洞窟の落石か……。俺が使っている通路に異常はなかったが、どのあたりの話だろうか。
人の流入が増えるなら、俺も行動範囲を考え直す必要があるな。
一度、受付に確認しておきたいところだが、リエルは空いているだろうか。
思考を巡らせていると、背後から音もなく近づいてくる気配があった。
足音を殺し、間合いを詰めてくる。そして、手が届く距離になる寸前、俺はわずかに体を左へ逸らした。 背後から俺の肩に置かれるはずだった右手が、空を切る。
「おっと。……やっぱりバレたか」
おどけた声を上げたのは、赤髪のくせ毛にオレンジの瞳を持つ男。 名はゼルシュタイン。俺と同じA級の冒険者だ。 その隣には、彼のパーティメンバーの女性、フェルスが立っていた。普段は四人連れだが、今日は休日なのだろうか。
「なんだ、ラグト、依頼でも探してんのか?」
「ああ。見てはみたが、めぼしいものはないな」
「まあ、この時間じゃな」
「……で、お前らが俺に何か用か?」
「いや、ギルドでラグトを見かけるなんて滅多にないからな。しかも、前回の盗賊団の討伐でパーティーを、うごっ!?」
ゴツッ、と鈍い音が響いた。
フェルスの肘が、ゼルシュタインの脇腹に深く突き刺さっている。 ゼルシュタインは呻き、ハッとしたようにこちらの表情を伺ってきた。
彼らは俺のギフトの内容をある程度知っている。だからこその、気遣い。
その気遣いこそが、他の冒険者が俺に近づきたがらない理由の一つでもある。
ギフトに伴う『記憶の欠落』
正確には、俺の経験していない、彼らとの記憶の存在。
そして、多くの場合、その体験をしたラグト当人を俺が殺している事実。
近づきたくないに決まっている。
それでも、彼らのように交流を持ってくれる者もいた。
「……フェルス、ゼルシュタイン。心配しなくていい、ちゃんと覚えている。盗賊団の首領は、お前らのパーティと俺で仕留めた。人質にも犠牲は出なかった。……そうだろ?」
「……ええ、そうね。」
フェルスがほっと胸を撫で下ろし、ゼルシュタインも気まずそうに笑った。
「そうだよな、悪い。……で、俺、何話してたっけ?」
「ラグトに用があったんじゃないの?」
フェルスが呆れたように助け舟を出す。
「ああ、そうだ。前回の作戦からまだ十数日だろ? こんなに早く街でお前に会うなんて珍しいと思ってな。前回なんて、半年近く会わなかったしよ」
俺は基本的に一度潜れば十数日は戻らないし、ゼルシュタインも毎日街にいるわけではない。数ヶ月顔を合わせないことなどザラだ。
「……確かに、そうだな」
「だろ?」
「終わりか・・・・・」
「はぁ。そんなことだろうと思ったわよ」
フェルスが予想通りだと言わんばかりに、深いため息を吐いた。
つまり、彼は特に目的もなく俺に声をかけたということらしい。
「おう、話しかけた理由は今の通りだ。……まあ、強いて言うなら、もう一度礼を言っておこうと思ってな。前回の作戦、お前が参加してくれたおかげで俺たちも人質を助け出せた。本当に助かったよ」
ゼルシュタインは俺の目をまっすぐ見つめ、真剣な顔で告げた。
「……いや。あれはタイミングが合ったから受けただけだ。感謝されるようなことじゃない。」
「いや、そんなことはないな。正直、俺たちだけでも盗賊団の殲滅はできただろうさ。だが、とらわれた人の数が情報よりはるかに多かっただろ。俺たちだけじゃ、人質を全員救えたかは怪しい。お前が、いなかったら何人かは見捨てる選択をせざるを得なかったと思ってるぜ。」
ゼルシュタインは少し考え込むように視線を落とした。
が、すぐに何かを思いついたように声を張り上げた。
「あ、そうだ! 今、思いついたぜ、お前への用事を。」
「……用事?」
「ここにいるってことは、今日は時間あるんだよな? 」
「ああ、今日は一日なにもねーよ。」
「ちょうど俺たちも今日は休みで、フェルスとギルドの闘技場に行こうと思ってたところなんだよ。」
俺が目線を移すと、隣でフェルスがまたため息をつきながらも、どこか諦めたように頷いている。
「それに俺もついていけばいいのか?」
「おう、いけるか?」
ゼルシュタインのいう闘技場とは、ギルドの保有する、模擬戦、冒険者の級位を上げるための多目的訓練場のことだ。
ギルド主催の決闘に使用されるその場所は周囲を観客席に囲まれているため、闘技場と呼ばれることが多い。
B級以上の冒険者はギルドの許可を得て個人利用することがでるため、ギフトを使った技の試用、パーティーでの連携練習などに利用されている。
「で、あそこで、何をする予定なんだ? 」
「いや、予定では、俺のギフトの新しい使い方の研究をするつもりだったんだが。予定変更だ。」
「おう、」
「ラグト、今から、俺と手合わせしてくれねえか?」
瞬間、俺たちの会話を聞かぬふりをしていた周囲の冒険者たちの動きが、ピタリと停止した。




