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自分殺しの英雄証明  作者: 生焼けの積乱雲
1章 延々と続く異常な日常
4/5

街での日常②

 

 ゼインの店を出てから、およそ五時間が経過していた。

 宿の硬いベッドで横になっていた俺は、二十一時を告げるその日最後の鐘の音とともに、重い腰を上げた。窓の向こうではすでに日は沈み、ぼんやりとした街灯の光が石畳を照らしていた。

 無意識に右手に握りしめていた短剣を、背中の鞘へと戻す。


「……そろそろ、いい時間だな」


 街が眠りにつこうとするこの時間でも、酒場『銀の蹄亭』の中は熱狂的な賑わいを見せていた。 仕事終わりの職人、その日暮らしの冒険者、さまざまな人間が入り混じり、それぞれの世界で談笑している。すでに酒が回り、自分たちの話に没頭している彼らは、俺が扉を開けて中に入ろうと、こちらに目を向けることさえない。

 忙しなく立ち働く給仕の男だけが新たな客に気づき、人混みを縫うようにして俺の前までやってきた。


「お一人……で、お間違いありませんか?」


 男の表情には、明らかに「ハズレくじを引いた」という色が浮かんでいた。 冒険者が多く集まるこの酒場だ。俺のギフトの噂や、ダンジョンでの様子を聞いているのだろう。


 案内されたのは、店の隅にある薄暗い席。静かで、周りも気にしない俺としてもありがたい席だった。


「ご注文は、何になさいますか?」


 男は恐れ恐れといったように、そう尋ねてくる。俺はカウンターの上に掲げられた木製の品書きに目をやる。「『ビール』と、『鹿肉のワイン煮込み』。「森鳩の薬草シチュー」あと、『大麦の丸パン』を2つ・・」


「承知しました。少々お待ちを」


 男は逃げるように去っていった。

 そんな俺のやり取りを、別の給仕が遠くからじっと見つめていることに俺は気が付いていた。



数分後。


「ラグトさん。お待たせしました。丸パンとシチュー、ビールになります。」

 

 料理を運んできたのは、先ほどの男性とは異なっていた。

 光沢のあるクリーム色の髪を後ろでまとめた、給仕の制服を着た小柄な少女。

澄んだ藍色の瞳で、左目は前髪で隠れていた。


「……ああ、ありがとう。セシル」


 彼女こそ、ギルドやゼインの元にまで俺の行方を聞きに回っていた張本人だ。

 セシルと俺の関係は――正直、よくわかっていない。 一年前、この街に来たばかりだった彼女が、いつも通り一人で端の席に座っていた俺の事情を知らずに話しかけてきた。それ以来、この店にくると彼女が必ず料理を運んでくるようになり・・・


「ちょっと待っててくださいね。あ、食事は先に始めてていいですよ」


・・・なぜか、同じテーブルで食事をとるようになった。


 一度立ち去った彼女は、数分後、残りの料理と俺の注文していない料理をもって、俺の正面の席にどっかと座っていた。


「休憩、もらってきました!  はい、これ煮込んだ鹿肉です。すごく美味しんですよ。」


「私も仕込みを手伝いましたから。」と自信満々に俺の前に料理を置く。

 その瞬間、芳醇な赤ワインと鹿肉の独特な香りが漂ってくる。その厚切りの身から沁み出た脂が、ソースの中で艶やかに輝いているのが見て取れた。


「おう・・うまそうだ。」


「そうでしょう。こっちは、わたしの賄いです。店長の気まぐれ詰め込みスープ。」


 セシルは自分用に持ってきたスープを口に運びながら、いつもの調子で話しかけてくる。


「うん、今日はおいしい!! ところで、最近は何してたんですか?一ヶ月近く店に来なかったから、どうしたのかって心配したんですよ。」


「ああ。前回戻ったとき、ギルドから共同作戦の依頼があってな。街に滞在する時間が作れなかったんだ。」


「ラグトさんが共同作戦ですか? 結構、珍しいですよね。いつも一人で洞窟にいるのに。」


 確かに、俺はギルドに所属しているが、基本はダンジョン内の魔獣を狩っている。掲示板の集団依頼には、ほとんど参加しない。


「盗賊のアジトを攻めるのを手伝わされてな。支部長じきじきのお願いだったんだよ。」


「あ! 知ってます、その話! あれ、ラグトさんが参加してたんだ。盗賊団から救出された人の中には、この街の商人の娘さんもいたって聞きましたよ。」


 俺は食事を進めながら、前回の顛末を彼女に話した。 正確には17日前。街に戻った際、偶然にも山道付近を拠点にする盗賊団の討伐が行われていた。 奴らは人身売買の取引を仲介しており、民間人が捕らえられている可能性があった。さらに問題だったのは、盗賊の頭がかなりの強者だったことだ。 普通の冒険者は魔獣相手の戦いには慣れているが、人間同士の戦闘の経験は浅い。対人戦闘経験に長けた俺が戻ったことは、ギルドにとって渡りに船だったわけだ。


「で結局、1日以上かかって、時間が来たんだよな。」


「それじゃあ、まともに休む暇もなかったんじゃ……」


「まあ、前回はな。だが今日は昼前に戻って、ここに来る前に六時間くらいは寝てた。それに明日も何も用事もないしな。」


正確には、横になり目を閉じていただけだ。眠ることはできなかったが。


「本当に寝ました? 目の下のクマ、全然取れてませんよ。さっきシカドルさんが、あ、注文を聞いてた給仕の男の人、シカドルさんって名前なんですけど、ラグトさんの顔を見て怯えてたんだから」


「……多分、それはクマのせいだけじゃないだろ。」


苦笑いしながら答えると、「うーん」と困った反応をした。


 そのあとは、セシルが街で起きたあれこれを話し始めた。  

 ギルド主催の決闘試合を見に行った話や、酒場の従業員たちと十七歳の誕生日を祝ったときの話。

 偶然近くを通った時に、初めてゼインの店に入ったという話。

 俺が彼女にした話とはかけ離れた、街での生活の話。街の中で平穏に働く彼女にとって、先に話した俺のような血生臭い話はどう聞こえていたのだろう。


 三十分ほど経っただろうか。セシルの話もひと段落し、ちょうど、俺たちは互いに食事を終えた。そうすると、彼女はすっと席を立った。


「私はそろそろ仕事に戻りますね、追加で何か頼みますか? 注文、伺いますよ。」


「いや、もう十分だ。腹も膨れた。」


「そうですか? それはよかったです!」


 そう言うと、セシルは俺の皿の上に自分の空いた皿を重ねようと、こちらに身を乗り出してきた。そして、


「ちょっと、手を貸してください」

「おん?」


 まるで油断を誘ったかのように、彼女がテーブルの上の俺の右手を、両手で包み込んだ。


「なっ……!」


 反射的に引き抜こうとする俺の腕を、彼女は意外なほど強い力で握りしめる。

 数秒間、手をじっと見つめたまま黙り込んでいた彼女が、ふっと表情を和らげた。


「よし! これで大丈夫」

「……何を、したんだ?」


唐突な行動に面を食らっていると、セシルは得意げに胸を張った。


「これ、店のみんなに評判なんですよ。私のギフトの効果? だと思うんですけど」


彼女のギフトは、直接触れた相手の怒り、興奮、そして痛みなどを一時的に鎮めることができるというものだ。酒場でのいざこざを収めるのにも一役買っているらしいが。


「あまり実感はなかったんですけど、どうやら怒ってる人以外にも効果があるみたいで。最近、いろんな人に試してたんですよ。」


 そういいながら、両手をこちらに向けてグー、パーさせている。


「その、効果ってのは?」

「店のみんなが言うには、肩こりが取れたとか、よく寝れたとか。胃痛が治った?とか、気のせいかもしれないですけどね。ラグトさんも気が付いたことがあったら教えてくださいね。」


「お、おう、わかった。」


何事もなかったように、セシルは立ち上がり、空いた皿を机にまとめる。


「よし! えーと、会計は、140ミルですね。今、貰っときましょうか? 大きいのは崩せないですけど、」

「ああ、ギルドによったから、細かいのもあるから、頼む。」


硬貨の入った革袋から、100ミル硬貨を二枚取り出し机に置く。


「ありがとうございます。200ミルですね、おつり60ミル。ちょっと待ってくださいね。」

セシルは腰に下げている小さなバックを開いた。


「いや、おつりはいい。」


「え?! そうすると・・・」

「んー 、なんだ。その、花を買うなら、花屋のほうがいいぞ。その、60ミルは花代の一部返金ってことで、」


「それは、・・・あ゛・・わぁえ?・・あ、そっか」


セシルは俺の言っている意味に気が付いたようで、あわあわしている。


「ゼインなんて、大抵暇だろうからな。人が来るだけで、感謝してると思うぜ。」


「そうですかね?・・・・わかりました。これは、その・・・ありがとうございます。」


セシルは「えへへ」と、はにかみながら、スカートのポケットに60ミルを仕舞った。

ゼインだけが得をしているような気がするが、まぁ、俺も世話になっていからな。


「それじゃ、俺はこれで。」


「ラグトさん。」


席を立って、店の出口へ歩き出していた俺をセシルが呼び止める。


「また、来てくださいね。」


「ああ」



宿に戻り、 木製の簡素なベッドに横たわる。

昼前に街に戻り、やるべきことはすべて終わったな。明日はどうするか。時々しか滞在しないのに、いつもすることがなくなる。皆は何をして、時間をつぶしてるんだろうか。


「明日は、ギルドの掲示板でも見てみるか・・・」


 そんなことを考えていたが、酒が回ったのか、十数日の張りつめていた糸が切れたのか簡単に睡魔に飲まれてしまった。

 つい数時間前まで、冷たい岩壁と返り血しか触れていなかった俺の手に 不思議と、彼女の手の温もりが残り続けていた。


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