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自分殺しの英雄証明  作者: 生焼けの積乱雲
プロローグ
1/5

カライロ洞窟の死闘


 自然が長い年月をかけて削り出した、深い岩壁の洞窟。 陽の光が届かないその深淵を照らしているのは、壁一面に群生する青や黄緑、紫の苔や植物たちだ。それらが放つ淡い燐光が、湿った大気を微かに彩っている。


――ガシャーン!!


静まり返った洞窟内に、金属と硬質な何かが激突する甲高い音が響き渡った。


「随分と硬い石を背負ってるな。剣の刃が悪くなるじゃねーか」


 声の主は、一人の大柄な男だった。一八〇センチを超える長身に、使い込まれた革製の防具。その隙間からのぞく四肢には、硬い筋肉が盛り上がっている。


 男が対峙しているのは、五匹の魔獣――『石殻蛙セッカクガエル』だ。


  体長八〇センチほどの赤茶色の体躯。皮膚は体液でぬめぬめと湿り、地面を濡らしている。最大の特徴は、食べた石を背中に蓄えて強固な盾とする特異な生態だ。 五匹のうち四匹はありふれた岩を背負っていたが、中央の一匹だけは異質だった。その背にあるのは、オレンジ色の透明感がある美しい結晶。


「結晶混じりは見たことがあるが、あんなのは初めてだな。……少しは金になるか?」


 剣を持つ手に、ぐっと力が籠もる。 男の発言の意図を本能で理解するように、五匹のカエルの無機質な視線が男を捉えた。 そして、セッカクガエルたちが強靭な後脚を撓ませた。


 次の瞬間、溜められたバネが弾けるように、カエルたちが一斉に男へと躍りかかった。 そここからの出来事は、常人の目には一瞬の出来事に映っただろう。

 カエルが跳ぶと同時に、男の足が爆発的に地面を蹴る。 最短距離で到達した二匹が、空中で横一線に並んだその刹那。男の右足が鋭い旋回を描き、大振りの回し蹴りを叩き込んだ。 一匹の腹部にクリーンヒットした衝撃はそれだけに留まらない。蹴り飛ばされた個体は弾丸と化して隣の個体へと激突し、互いの背にある岩石を派手に砕け散らせた。


「ゲ、ゲゴォッ・・・・・」


 斜め下へと叩き落された二匹は、岩を削る音を立てながら地面を無様に転がっていく。 だが、男の動きは止まらない。空中に飛散した鋭利な岩石の破片を、目にも留まらぬ速さで掴み取ると、すぐさま次の獲物へ視線を向けた。

 そこには、獲物を絡め取らんと長い舌を伸ばした三匹目が迫っている。その舌には、粘り気のある紫色の唾液が、ねっとりとまとわりついていた。

 男は蹴りの勢いを殺さず、足で円を描くように低姿勢で一回転する。頭上を通り過ぎようとするカエルの舌を見切り、手にした岩石の破片を、地面へと力任せに突き立てた。 伸縮して戻ろうとする舌は、杭のように打ち込まれた岩石に縫い止められ、行き場を失う。


「ゴェ、ギィッ!?」


 引き戻せない舌によって口が開いたまま固定され、カエルが驚愕したように奇声を上げた。 その時には、男はすでに目の前に肉薄していた。踏み込みの勢いを乗せた長剣が、無防備な口内を深々と貫いた。

 柄の近くまで刺し通された刃を引き抜くと、カエルは激しく痙攣し、やがて一切の動きを止める。


 男は、剣に付着した紫と橙の混じり合った体液を、鋭い振動作で払い落とした。

と当時に、男は手首を返し、剣を逆手に持ち替えた

 そのまま半身になり、一切背後を振り返ることなく、後方へ向かって腕を鋭く振る。 その剣先は、死角から跳びかかっていた四匹目の脇腹を正確に捉えていた。カエルは自身の跳躍速度が仇となり、突き立てられた刃によって自重で腹部を引き裂かれる。

 落下するそれを男は見向きもしない。すでに意識を最後の一匹――オレンジ色の結晶を背負った個体へと向けていたからだ。

  最後の一匹は、先ほどまでの攻撃的な姿勢とは打って変わって、自慢の硬質な背中に頭を隠すような防御態勢を取っていた。動かなければ、ただの岩石にしか見えないその姿は、自身の防御力に対する絶対的な自信の表れでもあった。

 だが、その自慢の「石殻」は何の役にも立たなかった。 男は勢いをそのままに、カエルの体を真横から思い切り蹴り上げる。体長一メートルを超える巨体と重厚な結晶を、まとったカエルは空気の詰まったボールのように吹き飛ばされた。

 一度も地面に触れることなく七メートル先の岩壁に激突したカエルだったが、今度はボールのように弾むことはなかった。背中の鋭利な結晶が、壁面に深く突き刺さり、本来守られるべき薄橙色の柔らかな腹部が、無防備に晒された。


「……終わりだ」


 逃げ場のなくなったカエルがもがく間もなく、叩き込まれた左の拳が、その柔らかい腹部へと、深くめり込む。 背骨が砕ける不快な音が反響すると同時に、逃げ場を失った衝撃が内臓を蹂躙した。カエルの口と肛門から臓物が溢れ出す。

 それは、ほんの一瞬の出来事だった。 カエルたちが跳ね、男が踏み込んだその時から、すべての結末が確定していたかのような、一切の無駄が排除された戦闘。


 地面に落ちたセッカクガエルを一瞥すると、男はゆっくりと背後を振り返った。


 洞窟内は再び、静寂に包まれている。魔獣の気配はもうどこにもない。


「…………」


 だが、男が剣を鞘に収めることはなかった。先ほどの戦闘では見せなかった、肌を刺すような緊張感がその横顔に刻まれている。

 男は、通路の暗がりの一点をじっと見据えていた。まるで、薄闇の奥に何かが潜んでいると確信しているかのように。


時が止まったかのような静止が続いた。


  何かを決心したように、ふっ、と男が短く息を吐く。 一歩。通路側へ踏み出したその予備動作が、足元の小石を微かに鳴らした。

 その刹那、停滞していた世界が音を立てて動き出す。


 通路の奥、男から十五メートルほど離れた岩陰から、影がゆっくりと姿を現した。


 短い黒髪に、鋭い眼光。革製の防具を纏った恵まれた体格。右手に長剣を握り、背には短剣の柄を覗かせている。 ダンジョン探索を生業とする、この男の同業者か。いや、違う。


 それは男自身だった。似ているとか、双子とかそういう次元ではない。 装備の傷跡一つに至るまで違いは見当たらない。唯一の差異は、現れた男の剣には、魔獣の返り血が付着していないことだけだ。


 あり得ない状況であるにもかかわらず、二人に驚きの色はない。 ただ相手から一切目を離すことなく、その動きを注視していた。


「……ゲコォ」


 その場にそぐわない間の抜けた鳴き声が、均衡を打ち破った。

 最初に蹴り飛ばされたカエルの一匹が意識を取り戻し、岩陰へと這い逃げたのだ。

 それは、ある種の反射反応だろう。一瞬。ほんの一瞬だけ、男の視線が魔獣へと流れた。

それとほぼ同時に、空気を切り裂く音と共に、男の顔面を目掛けて短剣が飛来する。


 男はそれを長剣の腹で弾き飛ばす。だが、火花が散った時には、もう一人の男が目の前まで接近していた。 そこからは、目にも留まらぬ剣戟の応酬だった。洞窟の闇を火花が断続的に照らし、金属同士の激突音が激しく反響する。


 十数回の攻防。離れては詰め、回り込んでは斬り合う。 互いに互いの剣筋と思考を知り尽くし、先回りし合うような極限の戦闘。 立ち位置が入れ替わるたびに、剣先は魔獣の返り血から、鮮血へと塗り替えられていく。 会話すらなく、どちらが優れているか、命をもって証明するような、死闘が繰り広げられていた。


数十分後。


 そこには、同一の存在の心臓に長剣を突き立てた男が立っていた。

 一人は膝をつき、浅い呼吸を繰り返しながら大量の血を流している。

 もう一人は、右腕を二の腕のあたりから失い、鮮血を滴らせていた。


地面に転がった折れた剣と、男の手にある剣。そのどちらもが、赤黒い血に染まっていた。


「……くそがっ……」


膝をついた男が、そんな声を血反吐と共に吐き捨て、がくりと首を落とし絶命した。


 直後、世界の理を覆す事象が起きる。

  息絶えた男の体が、装備品ごと霧のように分解され、虚空へと消えていく。


 それと同時に、残された男の欠損していた右腕が、まるで最初からそこにあったかのように再構築された。深い切り傷も、使い果たした体力も、削れた装備までもが、元の状態へと強制的に復元されていく。


 一分と経たず、そこには戦闘前と変わらぬ姿で、ただ一人の男が立っていた。


 長く息を吐いた後、男は、先ほどまでの死闘が幻であったかのように無造作に歩き出す。

そして、倒れ伏したままの結晶付きのセッカクガエルに向き直ると、ナイフで手際よく皮を剥ぎ始めた。


「あー……荷物が増えたな。久しぶりに街に帰るか。」


 戦闘の余韻など、どこにもない。 男はただ、淡々と戦利品をまとめ、闇の続く通路の先へと消えていった。


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 この世界の人間が等しく授かる唯一の超常、それが『ギフト』。 その源流は定かではなく、文字による記録が編まれる遥か以前から、当然のことわりとして存在していた。

十歳を数えるまでに、誰もが一つ、固有の力に目覚める。 ある者は千里の先を見通し、ある者は掌から氷塊を紡ぐ。人々はこの多種多様な恩寵を使いこなし、自らの営みを豊かに広げていった。

神の祝福とも称されるギフトだが、中にはおよそ役には立たぬ能力や、行使の対価があまりに重すぎるものもの、そして――時にそれは、祝福とは程遠い「呪い」のような形をとって、一人の人間にのしかかることもある。



そのギフトは呪いとなるか、祝福となるか・・・ 



読んでいただきありがとうございます。

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