お兄ちゃんが来た 7
「いやぁ……兄妹揃って……」
「どうぞお気になさらず!」
申し訳なさそうに頭を下げるシャガに対し、アセビは慌てて首を横に振り、気にしていないと主張する。
ふたりは晩ごはんの準備ができるまで、クレマチスを散歩するようルピナスに頼まれていた。久々に出会った兄に、自分の作るご飯を食べてほしいのである。
すでに日は落ちた。アセビとシャガは、小さな街灯や立ち並ぶ店から漏れる灯りを頼りに歩く。
「クレマチスは賑やかだし明るくて羨ましいよ。僕の住んでるカランコエは、夜になると明日に備えてほとんどの店がすぐ閉めちゃうんだ。ランタンがないとまともに歩くこともできないよ」
「規則正しいんスね。早寝早起きが一番っス」
「おかげで治安はすごく良いんだけどね。若い人にはちょっと面白くない街かもなぁ」
アセビは自身の村とクレマチスしか知らない。シャガの言葉を聞き、カランコエはクレマチスより小さく静かな街だと想像する。機会があればぜひとも行ってみたいと思うのだった。
「あのさ。ルピナス、実際どうだい? 気を使わずに教えてほしいんだ」
「実際って……?」
「君に過保護と笑われるかもしれないけど、家族だからね。やっぱりあの子のことが心配なんだ」
シャガは真剣な眼差しを向けたが、すぐに逸らしてしまった。ルピナスのことをお荷物と言われたらと、不安に思っているのかもしれない。
アセビが口を開く。
「出会った頃は正直……その……色々とすごい子だなぁって思ったんスけど……」
「だろうなぁ……兄としてもそう思うよ……」
アセビなりにオブラートに包んだ言い方をしたつもりだった。あんたの妹ちゃんは、スーパーコミュ障だったよやばかったよと言うわけにもいくまい。
「でも本当はすごく優しくて……誰かのために泣けて頑張れる……そんな子でした! 芋虫もあの子のこと大好きなんスよ。きっとオレと同じ思いのはずっス」
「アセビくん……」
「安心してください! ルピナスが立派になって巣立つまで、責任持ってオレが支えますから! 待てよ、逆にオレが支えてもらう立場になったりして! ははっ!」
シャガは口元を緩め、夜空を見上げる。その表情はとても穏やかだった。心から安心できたのだろう。
「でもルピナスちょっと酒に依存してるところがあるんで、ちょっと心配スね。無理矢理取り上げるのも? あまりよくないっスよね?」
「言いにくいんだけどさ。僕イライラしたときや不安になったとき、ルピナスの前でよく酒をガブガブ飲んでいたんだ」
「じゃあルピナスがアル中になったのは……シャガさんに影響されて……?」
「恐らくね。あの子小さいときから、よく僕の真似をしてたからさ。あっ! 流石にないと思うんだけど、酒飲みすぎてゲロ吐いたりしてないよね? アセビくんにゲロの処理とかさせてないよね?」
アセビは何も答えなかった。
「ただいま~」
「おかえり~」
アセビとシャガがみんなのお家に入ると、すでに晩ごはんの準備は終わっていた。テーブルの上に並べられた野菜炒め、味噌汁、白ご飯の香りが鼻孔を刺激する。胃袋が悲鳴を上げた。
「すげえ! 美味そうだな!」
「おぉ!」
「ふたりともおっそーい! 待ちくたびれたわ!」
「…………!!」
マーガレットがソファの上で、イビルアイを抱き抱えながら不満の感情を爆発させた。気持ちがリンクしているのか、膝の上の彼女も、どこか怒っているように見える。
「悪い悪い! ところで、このご飯は」
「ぼくが作りました」
ルピナスが自身の部屋から顔を出し、頬を恥ずかしそうに赤くしながら答えた。
「フフフッルピナスは、アセビとお兄ちゃんに食べてもらいたいって頑張ったんだ」
「恥ずかしいから言わないでぇ……」
サツキの言葉に顔を耳まで赤くするルピナス。優しく温かな空気が部屋に充満する。
アセビとシャガの胃袋が再度悲鳴を上げた。女子たちはニヤニヤとしながら急いで席に着く。
それぞれが手を合わせ、全員で高らかに宣言した。
「いただきまーす!」
アセビは目の前の野菜炒めに箸を伸ばし、勢いよく口にぶちこんだ。塩コショウで味付けされている。シャキシャキとした食感が食欲をさらに刺激した。
アセビはルピナスが熱い視線を送っていることに気づく。
「ルピナス、そんなにじっと見られたらちょっと食べにくいんだけど」
「ご飯どう? おいしい?」
ルピナスは期待を込めた表情で、アセビを見つめている。それなりに自信があるらしい。
アセビは笑みを浮かべた。
「野菜炒めうまかったぜ! 何て言うのかな? 優しい味っていうの? 何度も食べたくなるような」
「サツキの教え方が良かったから……」
「大切なのは誰が作ったかだ。お前の料理は全ておいしいよ」
アセビとサツキに褒められ、ルピナスは天にも昇る心地であった。
シャガもあっという間に料理を平らげ、満足そうに何度も頷いていた。ルピナスの作った晩ご飯に満足したのだろう。
「どれお次は味噌汁を……あれ」
アセビが味噌汁を口にしようと思い手を伸ばすが、空になった器だけが残されていた。ふと隣を見つめる。そこには両頬を押さえる問題児がいた。
「ん~! おいしかったわ! 次はお味噌汁さんの具にキャベツさんいれてみない?」
「マーガレットちゃん。もしかしてオレのお味噌汁さん飲んだ? 正直に言え。怒らねえから」
「知ラナイ……知ラナイ」
「ふーん。そうか」
アセビは黙って席を立った。マーガレットはほっと胸を撫で下ろすが、当然このまま終わるはずがない。
アセビは棚に大切に保管してあるジャムパンを取り出し、むしゃむしゃと食べてしまった。マーガレットは慌てて席を立ち、必死の形相で足にしがみつく。
「何やってるのぉぉぉ!? ジャムパンさんはあたしのでしょぉぉぉ!?」
「お前がオレの味噌汁飲んだからだぞ。どれ、もう1個いただくとするかねぇ」
「ごめんなさぁぁぁい! アセビさんのお味噌汁さん飲んだのあたしですぅぅぅ!! 謝ったからもう許してぇぇぇ!!」
「あと3個食うからな! それで許してやるよォ!」
「いやぁぁぁ!!!」
マーガレットが余計なことをし、アセビの怒りに触れて裁かれる。アセビ一行の日常風景だ。
ルピナスとサツキは手を叩いて笑い、シャガもふたりにつられて笑ってしまった。
「むしゃむしゃむしゃ。ジャムパンってうまいのぉ」
「ひどいわアセビ……ダンゴムシのくせに……」
「あ?」
「ごめんなさいはんせいしてますごめんなさい」
「フフフッ」
「賑やかだね。いつもこんな感じなのかい?」
「うん! 面白いでしょ! マーガレットいつも怒られてるのに絶対やめないの!」
ルピナスは満面の笑みをシャガに向ける。彼は行方をくらます前の妹の姿を思い出す。いつもうつむき、何かに怯えたような顔をしていた。そんなルピナスは、もうどこにもいない。
ここにいるのは、仲間と共に喜びや楽しみをわかちあう少女だけ。その事実がシャガを心から安堵させるのであった。




