お兄ちゃんが来た 6
「マジかよ! ウソだろ!?」
「死ぬっておい……」
「お、俺の人生は終わるのか……」
うなだれる冒険者の肩をシャガが叩く。安心しろと言わんばかりに微笑んでみせた。
「ご安心を。絶対に死なせませんよ。すぐ取り除きますからね。ただしあなたも根性見せてくださいよ」
「た、頼むぜ! なんでもやるからよ! 俺はまだ死にたくねえんだ!」
シャガは木箱から瓶を複数取りだし、それらを振って混ぜ合わせた。微妙な色の変化を確認しながら、ぶつぶつと呟いている。
不安な表情でシャガを見つめる冒険者の肩にシルフが止まった。欠伸をしながら大きく伸びをする。
「ん~、おっさん安心しなよ。取り除けなくても腕切断すれば大丈夫だからな! キキキ!」
「せ、切断!?」
「コラ、シルフ! 患者さんを不安にさせるようなこと言わないの! 大丈夫! 生きてれば必ず良いことはありますからね!」
「ふ、不安だなぁ……」
本人に悪気はないのだが、シャガも上げて落とす傾向にあった。流石ルピナスの兄と言ったところである。
冒険者は今にも泣き出しそうに表情を歪めるが、仲間の前で無様な姿を晒すわけにはいかないと思っているのだろう。ぐっと堪えている。
「……よし、できた!」
シャガが手にした瓶の中には、目を背けたくなるような毒々しい色の液体が入っていた。心なしか禍々しいオーラを放っているように見える。
冒険者は1歩後ずさるが、背後にはいつの間にかイビルアイがいた。これ以上下がることはできない。
「それ……どうするんだ?」
「あなたの腕にかけるんですよ。ちょっと熱いかもですが……大丈夫でしょう。多分」
「多分!?」
患者を不安にさせないようにわざと他人事のように答えるシャガだが、逆効果だった。
「ちょ、ちょっと失礼させてもらうぜ!」
冒険者は外へ逃げようとするが、彼の腕に白い紐状の物が巻きついた。ルピナスがシャガをサポートするために、いつのまにか芋虫を呼び出していたのだ。彼女に糸を吐いてもらったのである。
「これで逃げられないね。芋虫さん、ありがとう!」
「ルピナス……そうかお前も召喚士だったね」
成長したルピナスを優しい目で見つめるシャガ。その兄の視線を嬉しそうに受け止める妹。実に微笑ましい光景である。
「あ、あのぉ……俺の腕の治療……忘れてない?」
1分ほど見つめ合っていた兄妹の間に、冒険者が入り込んだ。ふたりは照れくさそうに頭をかきながら、そっと離れた。
冒険者が言葉をかけなければ、一生治療が始まらなかったかもしれない。
「いやだなぁ! もちろん忘れてませんよ!」
「あはは……」
「不安だなぁ! 俺本当に助かるんだよなぁ!?」
シャガは手に持ってい瓶を、冒険者の腕に向かってかけた。それなりに熱があったらしい。冒険者は顔を歪めている。
「あちちっ!」
「ごめんなさい。でもちょっと我慢してほしいです」
シャガは急いで木箱からナイフを取り出した。それに透明の液体をかけている。消毒したのだろう。
シャガがナイフをシルフに向けると、彼はふうっと息を吹き掛けた。
「こんなもんだな!」
シルフに息を吹きかけられたナイフは、キラキラと輝き始めた。
「これはいったい……」
「ナイフがピカピカになったね」
「オイラの魔力を込めた息を吹きかけたのさ! 切れ味抜群だぜ。短時間しか持たないけどな! シャガ、早くやっちまいな!」
「そのつもり!」
シルフは風を操る精霊だ。肌を切り裂くような鋭いものを生み出すことも可能なのである。その性質をナイフに付与したのだ。
シャガはニコリと微笑み、ナイフを構えた。
「じゃあ、やりますんで」
「え!? そのナイフで腕を切るのか!?」
「大丈夫だよおっさん。あんたの腕今だけは痛覚ないからな。3分ぐらいで終わるぜ」
シルフが言い終わると、シャガは一切の躊躇もなく冒険者の腕にナイフを突き刺した。周囲で見守っていたギャラリーは目を覆っている。顔を背ける者も少なくなかった。
「いた……くねえぞ?」
「はは、ね? 大丈夫でしょ?」
シャガはニコニコと笑いながら、ナイフを腕に深々と差して動かしている。
痛みはない。痛みは全くないのだが。それでも自分の腕がナイフでえぐられているところは見たくないのだろう。冒険者は目をつぶっている。
「おっさん、今サクサク切ってるからな~。動くんじゃねえぞ?」
「腕って簡単に切れるんだね。ぼく驚いちゃった」
「オイラのおかげってわけ! すごいだろ?」
「イビルアイの報告では、多分この辺りのはずなんだけど……もうちょっとざっくりいっちゃいますね〜。大丈夫ですからね〜、多分」
「い、いちいち言わんでくれ……」
シルフとルピナスとシャガは、冒険者を不安にさせないように言葉をかけているつもりだった。しかし完全に逆効果である。悪意なき悪意とはまさにこのことだ。
「しかしあれだけ切っても血って出ないんだな。どうなってるんだろう」
「便利な薬品だぜ。ウチの冒険者ギルドにもあれ卸してくれないかねぇ」
「あった! これだ!」
シャガが目を見開く。ナイフを器用に動かすと、冒険者の腕から何かが飛びだし、床に落ちた。それは冒険者の腕に入り込んでいた爪だった。鋭く尖っている。引っかかれたときの痛さは、想像に難くない。
イビルアイいわく、この爪には毒が付着している。放置したままだったら、確実に命はなかっただろう。
「おお、これが!? このエグイのが!? 俺の腕に入っていたのか!?」
「はい、そのエグイのが入ってましたよ。あとは……」
「あとはあたしに任せて! ヒール!」
マーガレットはシャガの治療が終わったのを確認すると、手にしたステッキを振った。冒険者の腕はナイフで切られたが、何事もなかったように塞がった。シャガが縫合する手間を省かせたのである。
「回復魔法って便利だなぁ! お前も使えればよかったのになぁ! キキキ!」
「治療は終わりました。命に別状はないでしょうが、一応安静にしておいたほうがいいので……」
「芋虫さん! あの人を病院に連れてって!」
ルピナスが叫ぶと、芋虫は冒険者を強引に背中に乗せて、風のように飛び出していった。そのまま病院に向かったのだろう。
シルフは目を丸くして口をあんぐりと開けている。
「はやっ!? キャタピラーってもっとのんびりしてるイメージだったけどな!?」
「芋虫さんは足が早いんだよ」
「なるほど。いいモンスターと契約できたんだね」
ルピナスは得意げな顔をしている。自慢の芋虫が兄の治療に貢献できたことが嬉しいのだ。妹が契約したモンスターと良好な関係を築けているのを察し、シャガの目は優しくなっていた。
「シャガさん、これで……?」
「うん、これで治療は終わり。もう何も心配することはないよ」
冒険者の仲間たちがシャガに頭を下げ、腕をぎゅっと力強く握った。
「兄ちゃん、芋虫ちゃん、ちっこい妖精、問題児。おめえたちになんて礼を言ったらいいか……」
「あいつのこと助けてくれてマジ感謝……」
「そうお気になさらないで。人として当然のことをしたまでですから」
「右に同じ」
「ちっこい妖精じゃなくてシルフ様な」
「もうっ! 感謝してるなら、もうちょっと違う呼び方しなさいよね!」
むっとした表情のマーガレットだが、内心では感謝されて喜んでいる。
アセビはふっと小さく笑うと、頼れる問題児の背中を優しく叩いた。
「俺からも礼を言わせてくれ! ルピナスの兄貴のシャガだったか? あんたのおかげでウチの冒険者ギルドの仲間が救われたぜ!」
大男が満面の笑みでシャガを称えた。尊い命が救われたのだ。大男にとってこんなに嬉しいことはないのである。
「はは、困ったときはお互い様ですよ」
シャガは木箱を背負うと、シルフとイビルアイといっしょに出口へと向かう。あまりにも自然に帰ろうとするその姿は、緊急の治療をした男には見えない。
大男が慌ててシャガの小さな背中に向かって、手を伸ばした。
「待ってくれ、せめて何かお礼をさせてくれ!」
「妹をこれからもどうぞよろしく!」
シャガは1度振り向きそれだけ言うと、扉を開けてそのまま外に出てしまった。
謝礼を求めず、ただ妹のことを託した心優しい兄。残された面々は、ただ感動に打ち震えていた。
「感謝するぜ!」
「ありがとう!!!」
「かっこいいぞぉぉぉ!!」
「ちっこいけど、いい男じゃないか!!」
「医者の兄ちゃん、また来いよぉ!!」
外まで聞こえるほどの大きな歓声と拍手が巻き起こった。事情を知らない道行く人々は、ぎょっとした表情で冒険者ギルドを覗いている。
シャガは照れ臭そうに頬をかき、シルフはにししと笑い、イビルアイは嬉しそうにふわふわと漂っている。
「シャガさーん! 待ってくださーい!!」
「お兄ちゃーん!」
シャガが振り向くと、アセビ一行が小走りで近づいてくるのが見えた。かっこつけて冒険者ギルドを出たのはいいが、彼らの存在をうっかり忘れていたのである。
シャガははまだまだ注意力が足りないと苦笑した。
「ごめんごめん! ちょっと照れ臭くなってね!」
「まさかあの場でぱぱっと手術しちゃうなんて思わなかったっスよ! 契約したモンスターたちは、医療のために使ってるんスね!」
「うむ。流石ルピナスの兄上と言ったところだな」
「オイラと目玉すごいだろ?」
「すごい!」
シルフはシャガの頭の上で伸びをし、そのまま勢いよく後ろに倒れた。すっかりお疲れモードである。
「ふたりともお疲れ様。診療所に戻ったらリンゴたくさん渡すからね」
「イビルアイの対価も果物なんスね」
「いや、あの子はちょっと特殊でね。いっしょにボールで遊んだり、おしゃべりするだけでいいんだ」
「あら可愛いわね」
「へぇ。物を要求しないモンスターもいるんスね」
「ああ見えて構ってちゃんなんだ。じゃあ僕はそろそろ宿に行くよ。また明日挨拶に来るから……」
ルピナスがシャガのコートの袖を掴み、首を横に振った。妹の行為の意味がわからず、兄は首を傾げた。
「ん? どうしたんだい?」
「この時間じゃ、どこの宿屋さんもお客さんでいっぱいだよ? 泊まれないよ?」
「え!? こんなに大きな街だよ!? 宿屋もたくさんあるよね!?」
狼狽えるシャガを見て、サツキは近くの宿を親指を横にして差した。立派な石作の建物だが、扉の入口には満室という札がかけられていた。ルピナスの言う通り、どこの宿も似たようなものだろう。
「多くの冒険者が宿を寝床代わりに利用している。最近は集団で泊まるキャラバンや貴族も多くてな。貸し切ってしまう場合もあるとか」
「そんな……」
クレマチスは不死王リッチ事件以降多くの旅商人、キャラバン、貴族が毎日のように訪れている。宿泊するための宿屋の数が圧倒的に足りていない。街全体でも大きな問題となりつつあった。
頭を抱えるシャガを見て、アセビは親指を立てる。
「シャガさんウチ来てくださいよ! 狭いけど屋根とベッドはありますんで!」
「でも妹がお世話になってるのに、ぼくまでお邪魔するわけには……」
「シャガさんさっき困ったときはお互い様って言ってたじゃないスか! 今がそうっしょ? ルピナスもそれでいいよな?」
ルピナスもアセビの真似をして、ぎこちなく親指を立ててシャガのコートの袖をぐいぐいと引っ張った。
「……えっとぉ……どうしようかなぁ……」
「はい、1名様ご案内! 拒否権はないっスからね!」
「遠慮しなくていいのよ!」
「お兄ちゃん」
「シャガ殿、お酒は飲めるかな?」
「サツキ、飲み過ぎはめっ! だぞ!」
イビルアイは、アセビ一行とシャガの様子をふわふわと漂いながら見守っていた。大好きな契約者は無事1夜過ごせそうだ。イビルアイはほっとしたのか、大きな目玉を細めた。
「じろじろじろじろ」
イビルアイが視線を感じて振り向くと、マーガレットがじっと見上げていた。目玉のモンスターと問題児。夢のコラボレーションである。
マーガレットが笑顔で両手を広げると、イビルアイは胸に向かって勢いよく飛び込み、そのまま押し倒してしまった。気持ちよさそうに目を細めている。
「あら〜! アイちゃん結構重たいのね!」
「大丈夫!? コラ! イビルアイ離れて! マーガレットちゃんが潰れるだろ!」
「えへへ! 大丈夫大丈夫、あたしアイちゃんのこと大好きだから!」
イビルアイはグロテスクな容姿をしている。そのせいで人々から恐れられ、子どもの患者から泣かれることも多々あった。
そんなイビルアイを笑顔で受け入れてくれたのは、シャガとマーガレットだけだったのだ。懐くなと言うわけにもいくまい。
ぼっちだったマーガレット。容姿のせいでなかなか他者から受け入れられないイビルアイ。互いに似た者同士ということで、波長が合ったのかもしれない。
「マーガレットもアイちゃんのこと気に入ったみたいっスね! シャガさん、ウチ来ますよね?」
再びアセビの提案がシャガの耳に届く。
答えはひとつしかなかった。




