お兄ちゃんが来た 4
アセビが戻るとマーガレットが眉間にシワを寄せ、大股で近づいてきた。見るからにご機嫌ななめである。
植物や木の実の分析は終わっていた。あとはアセビのアレが終わるのを待つだけという状態だったらしい。
「アセビさんさぁ……ちょっとコーヒー飲み過ぎなんじゃない?」
「すまんすまん! こればかりはオレにもどうすることもできないんだわ!」
「しょうがないわねぇ」
アセビが手を合わせて頭を下げると、マーガレットは納得したらしい。手を握ってぐいぐいと引っ張り、帰りを待っていたルピナスたちと合流させた。
シャガがアセビにメモの束を渡す。そこには簡潔に調査結果が書かれていた。
「彼女たちの集めてくれた植物、木の実の調査が終わったよ。食べられそうなもの、薬に調合できそうなものもあったけど……危険なものもあったんだ」
「げっ、マジっスか」
「この森ほとんど人が訪れないんだよね? でもキャラバンが通る可能性もある。危険な植物や木の実を口にしたら大変だし、早く冒険者ギルドに報告した方がいいんじゃないかい?」
命に関わるものがあるとすれば、すぐにでも報告すべきだろう。
アセビはシャガの提案に賛成し、頷く。
「オッケーっス! じゃ戻りましょうか!」
「お兄ちゃん、ありがとう」
「シャガ殿の貴重な情報、ありがたくちょうだいさせていただこう」
「はは、お役に立てたようで」
特にトラブルも起こらず、アセビ一行とシャガは無事クレマチスへと到着した。
すでに夕日が顔を覗かせている。道行く人々もそれぞれの帰る場所へ急いでいるのか、足取りが早い。
今日という日が終わりを告げようとしている。
「早く冒険者ギルドに報告して帰りましょ! あたしお腹空いちゃった!」
「食いしん坊だなぁ」
「食べ盛りなのよ」
「で、あるか」
アセビ一行とシャガは、冒険者ギルドへと足を踏み入れた。夕食前ということもあり、多くの冒険者で賑わっている。人混みの苦手なルピナスは、アセビの背中にさっと隠れた。そんな妹の姿を見て、シャガはくすりと笑う。
「ルピナス、そういうところは変わらないねぇ」
「言い返せないよぅ……」
アセビ一行が大男に近づくと、彼はすぐ気づいて報酬の入った袋を机の上に乗せた。ずっしりとした重みを感じる。マーガレットは瞳を輝かせた。
「そろそろ来ると思ってたぜ。ルピナスの兄貴も無事だな?」
「はい、どうもです」
「おっちゃん、これシャガさんがまとめてくれたメモなんだけど。食える植物や木の実、食ったらまずいものをわかりやすく……」
「誰か手を貸してくれないか!?」
アセビの声を遮るような大声が、冒険者ギルド内に響き渡った。アセビ一行だけでなく、他の冒険者も口をつぐみ、声の主に注目する。
頭にターバンを巻いた男たちが、血だらけの3人の冒険者を肩で支え、立っていた。
「ウチの冒険者じゃねえか! 何があったんだ!?」
大男がカウンターを飛び出し、ターバンの男に近づいた。
「わしはこの冒険者ギルドに護衛と荷物の見張りの仕事の依頼をした者だ! 引き受けてくれた彼らに食料と酒の差し入れを持っていったら……」
「この状態だったわけか!」
ターバンの男が悲痛な顔をして沈黙する。傷つき、死にかけている冒険者たちを見て心を傷めているのだ。彼らのことを使い捨ての便利屋と考える者も少なくないのだが、どうやらこの依頼者はそうではないらしい。
「ダンナ方……あんたたちの依頼は……なんとかやりとげたぜ……へへっ」
「ちょっと……ミスっちまったがな……」
「おい君たちィ! 気をしっかり持ちたまえ!」
意識を取り戻した冒険者たちは力無く笑うが、傷から流れ落ちる血が痛々しい。ターバンの男たちは目を逸らしてしまった。
このままでは、間違いなく命が失われる。
「シャガ、あいつら確か!」
「うん! 僕たちに、アセビくんの家の場所を教えてくれた冒険者さんたちだ!」
1秒でも早く治療しなければならない。シャガは急いで傷ついた冒険者たちの前に駆け寄る。背負った木箱を下ろすと同時に、マーガレットがステッキを振った。
「お兄さん! ここはあたしに任せて! ヒール!」
冒険者たちの体があっという間に癒えていく。傷は塞がり、流れ落ちる血は止まった。体の痛みもなくなったらしい。冒険者たちはマーガレットに向かって、深々と頭を下げた。
「助かったぜ! おめえがいなかったら俺たち3人仲良く死んでたかもしれねぇ!」
「マジ感謝!」
「ここまで連れてきてくださったダンナ方! 助かりやしたぜ!」
「やれやれ。わしのせいで君たちに死なれたら、寝覚めが悪かったが……無事で良かったよ! それじゃわしらは帰るとするか! また仕事を依頼すると思うから、そのときは頼むよ」
「へい! お待ちしておりやす!」
ターバンの男たちは冒険者ギルドを去っていった。表情は穏やかだ。安心して帰れると思ったのだろう。
どこからともなくギルド内で拍手が巻き起こった。傷ついた冒険者たちを救ったマーガレットを称えているのだ。彼女は得意気な顔でブイサインを作った。
「イエーイ! やっぱあたしって? 可愛くて完璧で最高の回復魔法の達人の美少女よね!」
「いいぞ〜マーガレット!」
「可愛い〜!」
「問題児〜!」
マーガレットは問題児として認識されている。しかしそれはそれとして、冒険者ギルドの面々は、素直に回復魔法の実力は認めているのだ。
シルフはニヤニヤと笑いながら、シャガの髪の毛を引っ張った。
「ケケケ! シャガよぉ、回復魔法の達人が相手じゃ流石のお前も形無しだな!」
「まあね。でも大切なのは誰が救ったかじゃなくて、誰を救えたかさ」
「はい負け惜しみ〜!」
シャガは煽るシルフの言葉に苦笑しながら、マーガレットに拍手した。医療に携わるものとして、失われるはずだった命が助かることは、何ものにも変えられない喜びなのである。
「クレマチスに到着するまで、油断したらいけなかったなぁ」
「これからは前後だけでなく、頭上にも警戒しなきゃいけねえってわけだな!」
「あのクソニワトリ野郎が! 次見つけたら焼き鳥にして食ってやるぜ!」
マーガレットに救われた冒険者たちは、反省会を始めている。彼らを見守っていた者たちも安心したのか、散り散りとなっていった。
しかしルピナスだけは、じっと冒険者たちを見つめたままである。
「奥の人……顔色悪くない?」




