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お庭に根付いた雑草どもは今日も元気に咲き誇る 〜ヒーラー、サモナー、ガーディアン、頼れる仲間は問題児〜  作者: 仔田貫再造


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お兄ちゃんが来た 3

「静かだね……小鳥のさえずりすら聞こえない」

「なんだよシャガ? お前びびってんのか?」


 ニヤニヤしながらシルフが煽った。

 しかしシャガには効いていない。彼は涼しい顔で肩をすくめた。


「びびりはしないよ」


 シャガは部外者だが、冒険者ギルドには調査内容を口外しないことを条件に、同行の許可を得ている。彼自身言われずとも最初からそうするつもりだった。妹がお世話になっている職場に迷惑をかけたくなかったのだ。


「シャガさん、大丈夫っスか?」

「はは、大丈夫さ……」


 シャガは額から流れる汗を乱暴に拭い、肩で息をしていた。調査前から疲労が蓄積しているように見える。

 普段脳天気なマーガレットも心配そうにしていた。


「ねぇお兄さん? 背中のそれ置いてきた方がよかったんじゃない? ガシャガシャ音してるから、物がたくさん入ってるんでしょ?」

「うむ。ずいぶんと重たそうだが」


 シャガは背中に大きな木箱を背負っている。明らかにこれが体力を大きく消耗させている原因だ。

 ルピナスも心配そうに見つめるが、久々に再開した兄は腕を回し、必死に平気だと主張している。


「本当に大丈夫スか……? 疲れたら休んでてもらってもいいんで……」

「平気平気! さぁ調査しようか!」


 アセビは確信した。近場の調査しかできない、と。




 アセビの予想は外れた。本格的に調査が始まると、シャガは遅れることなくついてきたのである。

 アセビは無理をしているのではと心配するが、そうではなかった。シャガは瞳を輝かせながら、立ち並ぶ木々や見慣れない植物に目を向けている。


「さっきまで汗かいて疲れてたのに、シャガさん急に元気になったな。どうなっているんだ?」

「興味津々って感じね。霧の森を見てるうちに、疲れが吹き飛んだんじゃない?」

「お兄ちゃん、調査楽しい?」

「楽しいよ! こんなに楽しいことはないよ! カランコエにはこんな広い森はなかったからね! 見たことない植物がいっぱいでワクワクする!」

「お兄ちゃん、あまりはしゃぎすぎないでね」


 アセビは楽しそうに話す兄妹を、微笑ましく見つめていた。

 マーガレットとサツキも同じ気持ちだったようで、笑顔を見せる。


「えへへ、お兄さんと一緒でルピナス楽しそうね!」

「ああ、仲の良い兄妹って感じだ! 地元でもそうだったんだろうな」

「アセビ。私たちもああなりたいものだな」


 サツキが意味深な視線をアセビに向けた。


「あれ? サツキはオレより年上だったよな? お姉ちゃんだよな?」

「必ずしも年上が兄や姉になるとは限らないぞ?」

「どういうことスか」

「フフフッ」


 マーガレットは、謎の笑みを浮かべるサツキから逃げるように距離をとった。また暴走しそうだと思ったのである。

 マーガレットの視線の先に、これまで見たことがない歪な形をした植物が見えた。血のように赤く、まるで警告色のように見える。

 マーガレットは一瞬警戒したが、調査のため、赤い植物に向かってそっと指を伸ばした。


「触っても大丈夫でしょ……多分」

「あんた、それはやめときな」

「わっ!? びっくりした!」


 いつのまにかマーガレットの肩にシルフが腕を組んで立っていた。絶対に触るなと言わんばかりに、首を横に振っている。

 シルフはイタズラをして人間を困らせることがあると言われているが、表情は真剣そのものだ。嘘や冗談ではないのだろう。

 シャガがシルフに近づき、そっと頭を指で撫でた。


「シルフ、ありがとう。マーガレットさんを助けてくれて。いいところあるじゃないか」

「うるせえよ! ほら、いいから早く木箱開けな!」


 シルフは照れ隠しにシャガの頬を指でつつき、木箱を開けるよう急かした。それの中には液体が入った瓶が多く入っている。アセビは思わず声を上げた。


「おお! 瓶たくさん入ってたんスね! これを背負って歩くのは疲れるわけだ」

「重たいけど、職業上どうしても手放せなくてね」


 シャガは木箱から透明の容器を取り出した。

 シルフはマーガレットの見つけた歪な形をした植物に視線を向ける。そっと息を吹きかけると、根本から綺麗にぷつりと切れた。風に乗って飛んでいく。シャガの持つ容器に向かって、吸い込まれるように入っていった。


「絶対素手で触るなよ。オイラの勘だが、そいつは触ったらヒリヒリするタイプの植物と見た」

「なるほどね。シルフの勘なら絶対間違いないとは思うけど……一応調べてみようか」


 シャガは木箱から液体の入った瓶を数本取り出し、容器の中に入れた。植物の色が少しずつ変色していく。

 ルピナスは真剣な表情で作業を続ける兄と、サポートしたシルフを尊敬の眼差しで見つめていた。


「おぉ……」

「んん?」


 シルフはルピナスの視線に気づき、得意げな顔で飛び回った。


「あんたシャガの妹だったっけ? どうだい? オイラすごいだろ?」

「うん! すごい! かっこいい!」

「う、うん……」


 シルフはシャガの髪の上で胡座をかき、照れくさそうに鼻を擦っている。素直に褒められるとは思っていなかったらしい。

 シャガはコートから小さなりんごを取り出した。シルは待ってましたと言わんばかりにニヤリと笑う。受け取って、噛り始めた。


「にっしっし! これこれ!」

「そうか、シルフの契約の代価はりんごなんスね!」

「正解! 仕事を手伝ってもらう度に、果物を要求されるんだ。それとは別に食事も用意しなきゃいけないんだよね。召喚士って結構大変なんだ」

「モンスターもお腹空くものね」

「そうそう! だからもっとオイラのこと大事に扱ってほしいんだよなぁ!」

「はいはい」


 シンプルに言うと、召喚士はモンスターと契約して仕事をさせる者のことである。人間と同じで、働かせたら対価は必ず払わなければならない。

 シルフと比べると、たまに餌をもらえればいいと言った芋虫は、ずいぶんと安上がりなモンスターである。

 マーガレットは、シャガとシルフをじっと見つめたあと、ルピナスの耳に口を近づけて小声で尋ねた。


「ねえ? お兄さんって何やってるの?」

「お兄ちゃんは召喚士でお医者さんなの」

「へぇ、かっこいいわね!」


 ルピナスは嬉しそうに頬を赤くし、誇らしげにシャガを見つめる。身内を褒められたのだ。嬉しくないはずがないのだ。


「フフフッそうか。ルピナスは、お兄さんに憧れて召喚士になったんだな」

「えっと……うん……まぁ」

「あら! 兄妹揃って召喚士って素敵じゃない!」


 サツキは照れ臭そうにしているルピナスが可愛くて仕方がなかったらしい。後ろからぎゅっと抱きしめた。それを見たマーガレットはルピナスに頬擦りしている。

 キャッキャとはしゃぐ女子たちを見て、アセビは苦笑するが、シャガは優しい目をして見つめていた。


「彼女たち……いつもルピナスを妹のように可愛がってくれているんだね」

「マーガレットもサツキも、ルピナスを本当の妹だと思って接してますよ! もちろんオレもね!」

「そうか……それは嬉しいな」


 ルピナスは泣いてばかりで、いつもシャガの後ろにくっついて、うつむいてばかりの日々を送っていた。

 しかし今は違う。ルピナスは仲間といっしょに、冒険者として、日々一生懸命生きているのだ。その事実がシャガを心から安堵させる。


「お兄さん、シルフ! 見て見て! こっちにも変な植物があるのだけれど!」

「私もたくさん集めてきたぞ!」

「しょうがねえな、オイラに見せてみな!」

「よーし! どんどん調査しようか!」

「ぼくも手伝う!」


 マーガレットとサツキが見慣れぬ植物を集め、シャガとシルフが分析し、ルピナスが手伝う。調査は順調に進みそうである。

 アセビも参加しようと思ったが、足を止めた。急に催してしまったのだ。


「すまん! ちょっとアレしてくる!」

「アセビさん、また〜?」


 ルピナスが首を傾げた。


「う? アレって?」

「アレはアレよ」


 アレと宣言したせいか。アセビの脳裏に、紫色の髪をした三つ編みの少女が過る。彼女は霧の森の知識が豊富らしい。調査の依頼を引き受けているアセビ一行には必要な人材だろう。

 アセビは両手を合わせて、マーガレットたちに向かって頭を軽く下げた。


「すぐ戻って来るから! 頼む! 流石に18になって漏らしたくねえよ!」

「しょうがないわねぇ。早く行ってきなさい」


 アセビは足早にマーガレットたちから離れた。アレをするために。



 アセビは小便をすませると、以前リラと出会った場所へ急いだ。再び彼女と出会える気がしたのである。

 アセビの予想は的中した。リラは丸太の上で、寂しそうな表情でぼんやりとしている。

 アセビは気づかれないようそっと背後に回り、手のひらで目隠しした。


「だ~れだ!」

「ひっ!? だ、だれ!?」


 リラはいきなり目隠しされたことに恐怖したのか、声を震わせ、体を硬直させている。完全に怯えてしまっていた。

 罪の意識が芽生えたらしい。アセビは慌てた様子で目から手を離した。リラが恐る恐るゆっくりと振り向く。


「だ……だれ……って」


 リラはアセビを見て表情を輝かせる。しかしすぐに顔を赤くし、拳を震わせた。


「アンタ! なんのつもり!?」

「ちょっとイタズラしたくなっちゃって。あんなに驚かれるとは思ってなかったよ。ごめんね」

「はぁ!? びびって!? ないんですけどぉ!?」


 リラは驚いていた。確実に。

 しかしそのことを指摘すると泣き出しそうな気がしたため、アセビはつっこまないでおくことにした。

 リラは目を潤ませてながら、手のひらを向ける。


「ふわふわ! 持ってるんでしょ!? アレをよこしなさい! それで許してあげます!」

「ジャムパンか! 喜んで差し出すよ」


 アセビはポケットからジャムパンを取り出すとリラの手のひらにそっと乗せた。彼女はにんまりと笑い、口元を緩めた。


「むっふっふ!」

「機嫌直してくれたかな?」

「フン、どうかしらね?」


 リラにとってジャムパンはただ美味しいだけの食べ物ではない。大切な思い出になっていたのだ。

 微笑ましいがアレがきっかけで出会ったと思うと、なかなか複雑である。

 リラはジャムパンをアセビに返すと、口を大きく開けた。


「アンタ、あたしに食べさせなさいよ」

「えっ」

「ほら早く! 顎が疲れるでしょ!?」


 アセビがジャムパンを口元に近づけると、リラは一口で全て食べてしまった。頬を両手で押さえ、喜びに震えている。


「ん~!」

「美味そうに食べてくれるとオレも嬉しいよ。それはそうと、さっきから噛んでるのオレの指だから。それオレの指だから」

「あらごめんなさい」


 リラはすっかり上機嫌になり、アセビに視線を向けると、腕を組んで鼻を鳴らした。


「フン、わざわざこんな何もない森にまた来たのね。アンタ暇なわけ? 羨ましいわ」

「またアレしたくなってね。そしたらリラちゃんのこと思い出してさ。もしかしたらここに来たらまた会えるんじゃないかって」

「ちょっとアンタ! もう少しましな思い出し方なかったの!?」

「本当に申し訳ない」

「謝られても困るわよ……」

「本当に申し訳ない」


 素直に頭を下げるアセビに動揺しつつ、空気を変えるためにリラは頭をフル回転させた。

 また来てくれると信じ、毎日この場所で待ち続けていたのだ。再開したときのために、一生懸命話題を複数考えていた。しかし言葉が出てこない。リラはすっかり困ってしまっていた。


「どうしよう……」

「そうだ、リラちゃんに聞きたいことがあったんだ。君はこの森に住んでるんだよね?」

「そ、そうですけど?」


 アセビの質問に内心喜びつつ、悟られないようにリラは必死にそっけない態度を作った。


「どこかに村があるのかい?」

「そんなものどこにもないわよ。アタシひとりで小さな小屋に住んでるんですもの」

「ひとりで!?」


 アセビは予想外の答えに驚く。思わずすっとんきょうな声を上げた。

 霧の森には村があり、そこで情報を仕入れて調査を進めようとアセビは考えていたのだ。どうやら皮算用に終わってしまったらしい。


「悪かったわね……ぼ……ぼっちで」


 リラは小さな声でぽつりと言葉を漏らし、むっとした表情でアセビを見つめる。顔は赤く、今にも泣き出してしまいそうだ。

 アセビはリラを見て腕を組み、不思議そうに首を傾げていた。


「どうせあたしはぼっちよ! 笑いたければ笑いなさいよ! でもたまに遊びに来てくれる子たちも……」

「オレたち友だちだよな?」

「えっ」

「オレたち友だちじゃん? リラちゃんはぼっちじゃないと思うんだが」


 アセビの言わないでもわかるだろと言わんばかりの態度を見て、リラは言葉を詰まらせる。彼女は目の前の青年は危険すぎると感じていた。自分の欲しい言葉を、的確に届けてくれるからだ。


「まー、アンタがそう思いたいなら? そういうことにしておいてあげても? いいですけど?」


 リラは丸太から腰を上げ、アセビから少し離れた。自分の顔をまじまじと見られたくなかったのだ。嬉しさのあまり、隠しきれない自分の笑顔を。


「リラちゃん。この森生き物見かけないけど、やっぱ住みにくいのかな?」

「この森はすごく静かでじめじめしてるでしょ? アンタもここには住みたくないんじゃない? 池はあるけど魚はいないし動物もどこにもいないわ。まともに口にできるのは……そうね、木の実や葉っぱぐらいかしら」

「そっかぁ……」


 アセビは今教えてもらったことを脳内でメモし、調査結果として報告しようと決めた。リラの情報に間違いがない場合、休憩所を作るならクレマチスから食料を持ってこなければならない。現地調達が不可能だからだ。

 今後も様々な課題が見つかるだろう。アセビはこころの中でため息をついた。


「アタシの情報に嘘はないわ。マジよ。嘘だったら殺してもいいわ」

「もちろん信じてるよ! 参考になったぜ!」

「ふ~ん、信じるんだぁ。まぁいいけどぉ」


 アセビは当然リラのことを信じている。嘘だとは思っていない。

 リラは思わずアセビから目を逸らしてしまった。純粋な瞳が眩しすぎたのだ。


「リラちゃんありがとう。オレそろそろ行くわ」

「……そう」


 そっけない言葉を返すリラだが、表情は悲しみに暮れている。本当はもっとおしゃべりがしたいのだ。しかし本音では語れない。そういう少女だった。

 アセビはリラに近づき、手を握る。


「お別れの握手」

「なっ……!?」

「また来るからさ。ジャムパンも持ってくるよ」

「フン! もうアンタとは会うことはないわ! さっさと行きなさい!」

「じゃあな!」


 アセビはそのまま手を離し、リラの元からから小走りで去っていく。彼女は背中が見えなくなるまで、ずっと見続けていた。

 リラはアセビが振り向かないことを祈りつつ、手を振り、小さな声で祈りを捧げた。


「また来てね……アセビ……」

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