お兄ちゃんが来た 2
「妹が皆さんのお世話になっていたようで……改めまして、僕の名前はシャガ。シャガ・ルミエール。ルピナスの兄です」
「あら〜! 髪型がモコモコしてるところが、ルピナスにそっくりね!」
「うむ。まさかルピナスにお兄ちゃんがいたとは」
突然の来訪者はルピナスの兄だった。
アセビは予想外な展開に面食らうも、すぐに気持ちを落ち着かせた。ルピナスの保護者として、家族の前で無様な姿を晒すわけにはいかないからだ。
「どうもです。シャガさん、立ち話もなんですんで、とりあえず中にどうぞ!」
「ありがとう! 失礼します!」
仕事モードのスイッチが入っていたアセビ一行なのだが、シャガを見てオフになった。こうなっては霧の森の調査どころではないだろう。
アセビに勧められ、ルピナスとシャガはリビングの椅子に座った。一方マーガレットは、少し離れたソファの上から、兄妹の様子を興味津々に伺っている。
「では改めまして……ルピナスちゃんにはお世話になってます。アセビ・ワビサビーです」
「あたしはマーガレット! マーガレット・デット・ダメットよ!」
「私はサツキ・キサヌキ。ルピナスのことは妹だと思っているよ」
シャガがアセビ一向に向かって頭を下げる。大事な妹の面倒を見てくれた若者たちが全員心優しそうに見えて安心したらしい。シャガはニコリと微笑んでいる。
ルピナスは芽生えた疑問を口にすることにした。
「お兄ちゃん? なんでクレマチスに来たの?」
「なんでじゃないよ! 結構前にルピナスが家出したって父さんから連絡があったんだ!」
「あっ……」
「1秒でも早く探しに行きたかったけど、どうしても仕事の都合で厳しくてね! どうしたものかと困っていたら、新聞でお前の名前を見つけたんだ! 本当に驚いたよ!!」
ルピナスは気まずそうに目を伏せ、視線を反らす。彼女はコミュ障でマイナス思考な自分を変えるためにクレマチスを訪れたのだが、どうやら家出に近い状態だったらしい。
当然家を出てから家族に一切連絡をしていない。地元では行方不明扱いとなっていたのだ。ルミエール家が大騒ぎになったであろうことは、想像に難くない。
「うぅ……ごめんなさい」
「全く! もし出会えたら、父さんの分まで説教してやるって思ってたんだけど……」
シャガは目頭を押さえながら、口を開いた。
「……本当に……良かったよ……生きてて……」
「お兄ちゃん……」
感涙にむせぶシャガを見て、ルピナスは改めて自身が家族に愛されていたこと、大切に想われていたことを知った。どうでもいい存在なら、わざわざクレマチスには来ることはなく、涙を流すこともないのだ。
「どうぞ」
「あっこれはお見苦しいところを。ありがとう。いただきます」
サツキが熱いお茶の入った湯呑みをテーブルにそっと置くと、シャガは涙を見せた気まずさからか、一口で飲み干してしまった。
「あちちっ!」
「お兄ちゃん!?」
口を火傷したのではとルピナスが心配そうに見つめるが、シャガは平気な顔をしている。
2度と会えないかもしれないと思っていた妹と、再び巡り会えたのだ。火傷ごときで喜びは消えない。
シャガはルピナスを見つめながら腕を組み、嬉しそうに何度も頷いている。
「それにしても、あのルピナスが冒険者になって、立派に頑張ってるとは思わなかったよ」
「立派なのかなぁ……」
ルピナスは過去の出来事を振り替えった。先のことを考えずに行動して泣いてばかり。周囲の人間に迷惑をかけ、マイナス思考なことばかり口にしていた。
ルピナスが負のオーラを解き放つ前に、アセビとサツキが口を開く。
「立派じゃねえか! お前がいなかったら、クレマチスは地図から消えていたかもしれないんだぜ!」
「うむ。お前のおかげだよ。キャタピラー軍団がこの街を守ってくれたのだから」
アセビとサツキに誉められ、ルピナスは恥ずかしそうに顔を赤くしている。お茶と一緒にマイナスな考えも飲み込んだ。
「……うん」
「これからもいっしょに頑張ろうな!」
「頼りにしているぞ」
ルピナスの頭を撫でるアセビ、優しく両肩に手を置くサツキを見て、シャガは穏やかな表情を浮かべる。コミュ障でマイナス思考の妹が今日まで無事に生きてこられたのは、仲間たちに支えられたからだとわかったのだ。
「皆さんには妹が本当にお世話になったようで。なんとお礼を言えばいいか……」
「申し上げにくいんスけど、ルピナスにひもじい思いをさせたこともありまして。一時期毎日ギルドの節約メニューばかり食べさせてたんで……」
「確かパンの耳と野菜スープだったか? 私もそれでよく毎日働けるなと驚いたよ。フフフッ」
「耳が痛いですなぁ……」
「でもぼく、節約メニュー好きだよ!」
アセビはシャガに向かって申し訳なさそうに頭を下げる。しかしルピナスにとってアセビ一行と過ごした日々は楽しかった思い出なのだ。節約メニューも、仲間と食べればご馳走だった。
ルピナスの穏やかな表情を見て、シャガは感謝の気持ちを口にする。
「ルピナスを見ればわかる。あなたたちが妹を大切に支えてくれていたと。本当にありがとうございました」
「はは、そうおっしゃっていただけると……」
「この子はすぐ泣く。すぐ落ち込む。すぐ逃げる。すぐ自己嫌悪に陥る。大変だったでしょう」
「えっと……」
シャガのルピナスに対する心ない罵倒は、マシンガンのように繰り出される。アセビはフォローしようとしたがうまく言葉が出てこなかった。紛れもない事実だったからだ。
ルピナスは恥ずかしさと怒りで顔を赤くし、口を大きく開いた。
「そんなことないもん!」
「そんなことあるよ!」
「お兄ちゃんの部屋にあった、おっぱい大きい女の子の画集のこと、お父さんにバラすからね!」
「バーカ、それはとっくにもうバレてたんだよ! ノーダメージだ! 逆に異性にちゃんと興味あったのかって喜ばれて正直複雑だったよ!」
「なんかごめんなさい」
しんみりとした空気はぶっ壊され、兄妹による喧嘩が始まりそうな雰囲気である。
珍しく顔を赤くして怒るルピナスを見て、新鮮な気持ちになるアセビだったが、絆に亀裂が入るのではと心配になった。仲裁をしようと試みるが、その前にマーガレットが動く。シャガのもじゃもじゃした頭をベタベタと触り始めた。
「気になってたんだけど、モコモコ~! やっぱルピナスのお兄さんね! 髪の毛気持ちいいわぁ!」
「マーガレット何やってんだ!? やめろ!」
楽しそうにシャガの髪の毛を触るマーガレットだったが、突然手を離す。
「いたっ!? え~ん!」
マーガレットは涙を流し、自身の指をアセビに見せつけた。噛まれた跡があり、僅かだが血が流れている。
アセビ一行がシャガの髪に注目すると、申し訳なさそうな顔をして、自身の頭部に向かって声をかけた。
「ごめんね。痛かったよね。おいおい、何もいきなり噛むことはないだろ。僕は気にしてなかったのに」
「フン! ここはオイラだけの場所だ! 誰にも触らせねえよ!」
シャガの髪から聞きなれない声がアセビ一行の耳に届く。全員が驚いていると、小人が顔を覗かせた。
「じゃじゃーん!」
髪の毛から出てきたのは、シルフと呼ばれる風を自由自在に操る精霊だった。中性的な顔で、背中に小さな羽が生えている。自由気ままに周囲を飛び回り始めた。
「あたしの指を噛んだのは、あの羽が生えているちびっこってこと!?」
「オイラはシルフ! シャガの面倒を見てやってる偉大なる精霊様だ! みんな、よろしくな!」
「シルフ!? 精霊!? ということは、まさかシャガさんも?」
「うん。お兄ちゃん、カッコいい召喚士なの」
「大した召喚士じゃないんですけどね」
シャガはもじゃもじゃした髪の毛を指に巻き付けながら、照れくさそうに笑っている。ルピナスにカッコいいと言われて内心嬉しかったのだろう。
「そうだ。アセビさんたちにお礼をさせていただきたいんです。ルピナスにかかった食費や洋服代、全部合わせて30万イーサンぐらいでどうでしょう?」
「さ、30万イーサン!?」
「お兄さん、おっ金持ち〜!」
「じゃあこれを……」
シャガが懐に手を伸ばすが、アセビは高速で首を横に振った。
「いやいや! 受け取れないっスよ! ルピナスはオレたちの大切な仲間なんスよ。仲間を支えるのは当然っていうか……」
「でも……」
指を舐めていたマーガレットが手を挙げた。
「じゃあこうしない? お兄さんには霧の森の調査のお手伝いしてもらうってのは?」
「霧の森?」
「うん。ぼくたちは今、冒険者ギルドにお仕事を頼まれているの。未知の場所だから調べないといけないんだって」
シャガは瞳を閉じ、腕を組んだ。30万イーサンは受け取ってもらえそうにない。アセビの反応を見るに少額にしても変わらないだろう。
ならばシャガにできることはひとつしかない。
「よし! お手伝いさせてもらうよ!」
「えっ!? でも……」
「ルピナスがお世話になったんだ。僕にも何かお礼をさせてほしい。お願い!」
アセビたちは顔を見合わせる。シャガは絶対に霧の森の調査についてくるつもりだろう。大切な妹を支えてくれた恩人へ、少しでもお礼をするために。
アセビは遠慮がちに口を開いた。
「じゃあ……霧の森……行きます?」
「もちろん! 案内してもらうよ! きっと力になれると思うんだ!」
自信満々に答えるシャガ。それを見てシルフはニヤニヤとした笑みを浮かべる。
「シャガよぅ、お前体力ないだろ? 気合い入ってるのはいいけどさぁ。みんなの足引っ張るんじゃねえぞ」
「大丈夫だって! 多分……」
「お兄ちゃん、いっしょにがんばろうね」
ルピナスがシャガの手をぎゅっと握り、ぐいぐいと引っ張る。自信満々な顔をしている。冒険者として成長したところを見せたいのだろう。
アセビ一行とシャガは、冒険者ギルドへと向かった。




