お兄ちゃんが来た 1
「噂通り大きい街だね。カランコエ以上だ」
木箱を背負った、黄色のもじゃもじゃした髪型の小柄な青年が、クレマチスに足を踏み入れた。髪の毛を指に巻き付けながら、足早に石畳の道を進んでいる。
青年は黄緑色のコートのポケットから、新聞の切れ端を取り出した。
「同姓同名じゃないといいな……」
「シャガ! お腹空いたぞ!」
「もうちょっと待って!」
「付き合ってやったんだから奮発しろよな!」
シャガと呼ばれた青年の周囲には、旅商人や武器を背負った屈強な冒険者しかいない。名前を呼んだ声は幼い子供を思わせるそれだった。周囲の人間たちが発したものではないだろう。
「ちょっとよろしいですか!」
「あん?」
シャガは近くにいた冒険者3人組に声をかけた。長身で強面な男たちである。顔や腕に傷があり、引き締まった腕は丸太のように太い。歴戦の戦士を思わせる風貌だった。
シャガは物怖じせず軽く会釈する。
「お忙しいところすみません。僕はカランコエから来たのですが」
「兄ちゃん、おめえあそこから来たのか!」
「頭が良い奴じゃないと食っていけないエリート様の街って聞くぜ?」
「俺たちじゃ飢え死にしちまうなぁ!」
「ちげえねえや!」
男たちは軽口を叩き、大声で笑った。顔に似合わずフレンドリーな冒険者たちである。
シャガは早速用件を伝えることにした。
「この街にアセビさんという冒険者さんがいると聞いたのですが、先生方ご存じですか?」
「ダンゴか。ならここを真っ直ぐ進みな。奥に小さな家があるからよ。そこがあいつの寝床だったはずだ」
「だがあいつ最近ギルドから直属の依頼受けてるって聞いたぜ? 留守じゃないといいな」
「ありがとうございます!」
シャガは3人組に深々と頭を下げると、教えてもらった道に向かって走り出した。
背負った木箱はなかなかに重たいらしく、走りにくそうに見える。シャガは息を切らしながら、足を動かし続けた。
「急ぐのもいいけどよ! アレ、忘れるなよ!」
「わかってる! やれやれ契約って面倒だなぁ!」
アセビ一行は、今日も霧の森の調査を行う予定なのだが、なかなか出発できずにいた。マーガレットの準備がいつまでたっても終わらないからである。
先日怪我したとき、アセビに優しくされたことが嬉しかったらしい。もっと気を引くにはどの服を着れば効果的か、現在進行形で真剣に悩んでいた。そのせいでアセビ一行は、いつまでたっても出発できないのである。
「アセビー! どれがいいかしら?」
マーガレットが机の上に白いワンピースを複数並べ始めた。
「どれでもいいから早くしろって! 時間がもったいないんだけどマジで!」
「どれでもよくないわよ! ほらよく見て!」
「ぼくならこれかなぁ。この生地の肌触りが好き」
「私ならこっちを選ぶぞ。お前はぴったりした服がいいと思う」
マーガレットはふたりのアドバイスを聞いて何度も頷く。どちらも捨てがたいと思ったのだろう。アセビに両方のワンピースを見せつけた。
「アセビはどっちが良いと思う?」
「違いがわからないんだけど……」
「うそ!? 全然違うじゃない! こっちがミス・アスター! こっちがホワイトクローバーよ!?」
「名前が違うことしか違いが分からないんスけど」
「えぇ……」
興味がない分野の知識など、こんなものである。
ファッションに興味のある女子なら、その名を聞けば誰でも知っているブランドだ。しかし残念ながら、アセビは小さな田舎で育った青年だ。ブランドのことなど知るはずもない。
「今お前が着てるそれは?」
「これ?」
苦し紛れにアセビは現在マーガレットが着ているワンピースを指差した。
「それがいいと思う。多分」
「ん? これいつものワンピよ?」
首を傾げるマーガレットだが、しばらくした後手をぴしゃりと叩き何度も力強く頷く。彼女は上目使いでアセビを見ると手を後ろに組み、もじもじとし始めた。
「いつものあたしが1番好きってことね!」
「うんそうだねよくわからんけど」
「もうっ! それならそうと早く言って!」
「うんそうだねよくわからんけど」
マーガレットは笑顔で軽く飛んでみせた。ふわりと舞うスカート。そこから覗く白く細い足。笑顔の似合う美少女。誰もが心惹かれる光景がそこにはあった。
しかし悲しいかな、今のアセビは早く霧の森へ行きたいという気持ちでいっぱいだった。全く心に響いていない。
アセビはこれで終わりだと言わんばかりに、手をピシャリと叩いた。
「よし! これで決定な! 仕事行くぞ!」
「えへへ! はーい!」
上機嫌なマーガレットの背中を、アセビは額に青筋を浮かべながら入口まで押した。最初からその服装で良いのなら、こんなに時間をかけなくても良かったという事実が、多大なるストレスを与えているのである。
そんなふたりの様子を、ルピナスとサツキは静かに見守っていた。
「アセビ適当な返事だったね。どうでもよかったんじゃない?」
「しーっ! マーガレットが喜んでいるなら、それでいいんだ」
サツキが唇に人差し指を当ててウィンクをして見せると、ルピナスも納得したのか軽く頷く。ある意味信頼しているからこそ、アセビは適当な対応をしたのだ。
自分のことも信頼してくれてるのかなとルピナスが思考した瞬間、ドアを何度も叩く音が部屋に響いた。
「何だ? 訪問者とは珍しいな」
「あら~? 新聞とか宗教の勧誘かしら?」
「お仕事もあるし無視する?」
ルピナスが居留守を提案し、両手で自身の口を押さえてアセビに判断を委ねた。
アセビ一行は、これから霧の森の調査に行かなければならない。訪問者の対応をしていたら、間違いなく時間をロスすることになるだろう。
アセビはルピナスの提案を飲むか数秒考えたが、首をゆっくり横に振る。
「いや、騒ぎすぎた。ガン無視作戦は厳しいな」
アセビの発言を証明するかのごとく、ドアを叩く音は少しずつ強くなっている。まるで居留守は無駄だから早く外に出てこいと言っているかのようだ。
マーガレットはやれやれと肩をすくめ、アセビの背中を数回叩いてため息をついた。
「これからはもうちょっと静かにしなさいよ。こういうとき困るんだから。理解できる?」
「誰かさんが早く準備終わらせてたら、こうはならなかったんだよ!」
アセビはマーガレットの口に無理やりジャムパンを押し込んだ。目を白黒させる構ってちゃんを無視し、ドアを開いた。
訪問者に居留守が通用しないなら、早く対応して帰ってもらうだけなのである。
「すんませーん。ウチ新聞と宗教はもう間に合ってるんで、帰ってもらっていいスか?」
アセビの目の前には、もじゃもじゃした髪型の小柄な青年が立っていた。
「お忙しいところすみません。カランコエから来たシャガという者です。アセビ・ワビサビーさんですか?」
「あ、ども。アセビっス」
「この記事に書かれている方で間違いないですね?」
シャガはポケットから新聞の切れ端を取り出し、アセビに差し出す。確認すると、そこにはアセビ一行が不死王リッチを倒したと記されていた。4人の活躍は、多くの街に広まっているのである。
「そうっスね。これオレたちっス」
「単刀直入に申します。アセビさん、あなたの仲間にルピナスという女の子がいますね?」
「いるっスけど」
「彼女に会わせていただけませんか!?」
アセビは再度青年を見据える。新聞や宗教の勧誘でないのは確かだが、何者なのかはまだわからない。
しかしシャガの真剣な表情、どこか親しみやすそうな雰囲気が、アセビに警戒心を解かせた。
「ちょっと待ってもらっていいっスかね。おーい、ルピナス! ちょっと来てくれないか?」
「なに?」
アセビが室内に向かって声を出すと、ルピナスが背後から顔を出した。
シャガは目が飛び出そうになるほど見開いている。体を震わせながら、口を開いた。
「ルピナス!」
「お兄ちゃん!?」
シャガが両手を大きく広げると、ルピナスが勢い良く飛び込んだ。ふたりは熱い抱擁を交わしている。
ルピナスもシャガも、目に光るものが浮かんでいた。
「良かった……ルピナスとまた出会えて……」
「お兄ちゃん……」
「ルピナス? もしかしてだけど、こちらのお兄さんはまさかお前の……?」
「うん、ぼくのお兄ちゃんだよ!」
シャガは涙をコートの袖で拭くと、アセビに向かって深々と頭を下げた。




