ぼっちは自分に優しくしてくれた人を逃さない 2
予想通り食堂には客が全然いなかった。貸切状態に近い。商談をしている旅商人が数名いる程度だ。
「これならゆっくり話せそうだな! ルピナス、大丈夫かな?」
「う……うん……」
「オレ、飲み物ご馳走しちゃうよ。ルピナス、何が飲みたい? 紅茶? コーヒー?」
ルピナスの表情が強張る。奢ってもらった経験がないのだろう。それどころか、友人といっしょにお茶をしたことすらないかもしれない。
マーガレットが元気に手を挙げた。
「アセビさん、あたし高級食材で作られたフルーツジュースさんが飲みたいわ。もちろん、デザートのケーキさんもセットよ」
「川の水とその辺の雑草でいいスか?」
ルピナスと比べて雑な扱いである。マーガレットは不満そうに頬を膨らませた。
「まあっ! あたしを安上がりな女と思ってるんじゃないでしょうね! 許せないわ!」
「思っちゃいねえよ。お前オレに借金40万イーサンあるもんな。高級借金悪魔女だよ」
「待ちなさいよ! 38万イーサンでしょ!? ちゃんと返すわよ! 返せばいいんでしょ!?」
「わかってりゃいいんだよ。わかってりゃな。じゃあ早く45万イーサン返せよ」
「……なんか増えてない?」
ルピナスはテーブルに視線を向けていた。肩を震わせている。顔は血のように赤い。
「ルピナス? あなた赤いけど大丈夫?」
「だ……大丈……夫…………ふふっ」
「ははっ! もしかして、オレとマーガレットのコミュニケーションが、ツボに入っちゃったのかな?」
ルピナスは笑いを堪えていたのだ。
アセビに指摘されて、素直に小さく頷いた。しかしどこか申し訳無さそうにしている。
ルピナスに向かって、アセビは大げさに両手を広げておどけてみせた。
「ルピナス、笑いたかったら笑っていいんだよ! 君が笑ってくれると、オレたちも嬉しいからね!」
「……うん」
ルピナスは顔を上げ、初めてアセビたちと視線を合わせた。大きな1歩である。
ルピナスはぎこちない笑みを浮かべた。人前で笑うことになれていないのだろう。
「はは……」
「そそそ! 遠慮なく笑ってね!」
「アセビ、笑わせるのと笑われるのとでは天と地の差があるのよ。それだけは覚えておくことね」
「その言葉、お前にリボンつけてそのまま返すわ。それで? ルピナスは何が飲みたいんだっけ?」
ルピナスは再び視線をテーブルに移す。恐る恐る手を挙げ、口を開いた。
「お……」
「お?」
「お酒……」
「えっ」
予想外の要求だった。
「朝からアルコールはちょっと……」
「あら素敵じゃない! あなたお酒が好きなの?」
酒は得意な分野なのか。緊張していたルピナスの表情が僅かに和らぐ。相変わらず視線は合わさないが、口を小さく開いた。
「……少しだけ」
「へぇ……若いのに珍しいね」
「お酒を飲むと幸せな気持ちになれるわよね。だからあたしもお酒は好きよ」
いつも幸せそうな者が言っても説得力はない。
アセビは朝からアルコールを飲むのはいかがなものかと思ったが、ルピナスの表情が僅かに和らいでいる。
このチャンスを逃してはいけない。
アセビは手を勢いよく挙げ、近くを通りかかった食堂のおばちゃんに向かって宣言する。
「おばちゃーん! コーヒー、紅茶、1番安い酒お願いしまーす!」
「あいよー!」
アセビは急いで顔なじみの食堂のおばさんに、飲み物を注文した。1番安い酒を頼んだのは、少しでも出費を抑えるためだ。
客が少ないからだろう。数分もしないうちに、テーブルの上に飲み物が置かれた。
「コーヒーでだけど……かんぱーい!」
「紅茶さんでかんぱーい!」
「かん……ぱい」
3人は飲み物に口をつける。
アセビは思った。いつもよりコーヒーが苦い、と。
そう感じるのは問題児だけでなく、コミュ障の面倒も見なければいけないからだろう。
本当に苦労の絶えない男である。
「ルピナス、酒うまいか?」
「……うん」
ルピナスが頬を赤くして頷く。彼女は一気に酒を飲み干すと、再びテーブルに目を落とした。口と閉ざしているが、満足したのか、表情が和らいでいる。これはチャンスだ。
アセビは少しだけルピナスに踏み込むことにした。
「ルピナスっていくつだっけ」
「……14歳」
「若い! しかしアレだな。その年で酒が好きって、ちょっと珍しいな」
「好きっていうか……」
「ん?」
ルピナスは自嘲気味な笑みを浮かべる。
「お酒を飲むと……ね……嫌なこと……辛いこと……苦しいこと……全部……忘れられる……の」
「えっ」
「思い出すと……死にたくなることが……いっぱいあるから……お酒は……少しだけぼくに……幸せな時間を提供してくれるの……嫌なこと全部忘れられるから……もうこれがないと……生きられないの……本当は少しでも……早く……死にたいんだけど……」
アイスエイジ到来である。外はぽかぽかと晴れているが、食堂は、寒かった。とにかく、寒かった。
マーガレットがアセビの耳に口を近づける。
「ちょっとレベル高くないこの子」
「ちょっとじゃなくないこの子」
流石のマーガレットも青ざめている。
ふたりにドン引きされていることに気づいていないのか。ルピナスは聞き取れないほど小さい声で、何かを呟いている。負の感情を刺激するようなことを言っているのだろう。
「コミュ障で……」
「マイナス思考……」
世界は広い。色んな人間がいる。
アセビはすっかり冷めたコーヒーを1口飲み、ルピナスに視線を向けた。
「そ、そういえばさ! ルピナスも冒険者だよな?」
「……一応」
「オレは家族を養うためにクレマチスに来た。君は?」
ルピナスは空になったグラスを見つめながら、そっと口を開く。
また負のオーラを放つかもしれない。アセビとマーガレットは表情を強張らせた。
「……ぼく、暗いでしょ」
「そ、そんなこと……」
「そんな自分を変えたくて……冒険者になったの」
「おぉ!」
アセビは素直に立派な心がけだと思った。
どうやらルピナス本人も、性格の暗さを自覚しているらしい。それなら少しずつ改善できる可能性がある。
「でも……簡単に変わるわけないよね」
可能性など、なかった。
「だ、大丈夫だよ! 少しずつ変わっていけばいいからね! 変えたいっていう気持ちが大事だからね!」
「……うん。多分駄目だけどね……」
「ねえねぇ、ルピナスも冒険者ってことは、何か手に職があるんでしょ?」
アセビは心のなかでマーガレットに拍手した。マイナスな話題は少しでも変えなければならない。空気が死んでしまうからだ。
ルピナスはポケットに手を入れると、小さな本を取り出した。表紙には紋章が描かれている。
「……これ」
「おぉ、本ってことは……ルピナスは召喚士なのか!」
「モンスターと契約して戦うっていう、あの? ルピナスってすごいのね!」
召喚士とは、モンスターと契約し、使役する力を持つ者のことだ。状況に合わせて戦力を準備できるため、重宝される存在である。
ルピナスの意外な才能に、アセビは感動していた。
「オレは身体強化魔法しか使えないからさ! ちょっとうらやましいな!」
「ドラゴンとかペガサスとか呼び出せるのかしら」
「契約の本にモンスターの名前が書いてたら呼び出せるはずだぜ。ルピナス、そうだよな?」
「……うん」
契約したモンスターはいつでも呼び出せる。ただしモンスターも人間と同じでタダでは働かない。対価を決める必要があるのだ。
モンスターが要求するものは様々。召喚士のエネルギー。金。宝石。食べ物。それ以外のものを要求することもある。対価は、召喚士の負担になりすぎないように決めるのが基本である。
つまり契約する時は、コミュニケーション能力が重視されるのだ。召喚士という職業。それは、コミュニケーション能力が重視されるのだ。
「かっこいいしきっと頼りになるぜ! ルピナスはどんなモンスターと契約しているんだ? 確か本に契約したモンスターの名前を書くんだよね?」
「……」
ルピナスは黙ってアセビに契約の本を差し出した。
「どれどれ」
アセビが本をパラパラとめくる。しばらくして異変に気づく。いくらページをめくっても、そこにあるべきものがなかった。
「あたしにも見せて!」
マーガレットが、アセビから本を受けとる。彼女も契約の本をぱらぱらとめくった。
しかし中身は真っ白だった。モンスターの名前がどこにも書かれていない。
マーガレットは首を傾げた。
「あらあら? この本には何も書かれてないわよ? あなた召喚士なんでしょ? どんなモンスターと契約したの?」
「……ない……」
「ん? なんですって? よく聞こえなかったわ」
「契約して……ない……」
ルピナスは召喚士としての技術はあるが、モンスターと契約していなかった。これではただの一般人と変わらない。
だが仕方がないのだ。召喚士には、コミュニケーション能力が必要なのだから。
マーガレットは腹を押さえてゲラゲラと笑い出した。
「あはは! 契約してないのに召喚士って! あなた面白いわね!! お笑い芸人さんになれるわよ!」
「うぅ……」
「ぷっぷっぷ! そもそもなんでその性格なのに召喚士目指したのよ! ぷっぷっぷー!」
マーガレットはよほど面白く感じたのか、テーブルを叩きながら、笑い続けている。
一方ルピナスは瞳が潤んでいた。背中を押せば、泣き出してしまうだろう。
このままでは非常にまずい。
アセビはひきつった笑みを浮かべながら、ふたりの間に入った。
「マーガレット、オレは慈悲深いからお前に選ぶ権利をやろう。デコピンとぐりぐり、どっちがいい?」
「待って! 暴力反対よ!! 暴力は悲しみしか生まないわ!!」
「綺麗事言いやがって! 言葉の暴力で悲しみを生み出してる女が言えたことかよ!」
「いやあぁぁぁぁぁぁ!!」
アセビが怒りを爆発させてマーガレットのこめかみを圧迫していると、ルピナスがそっと口を開いた。
「あ、あの……ぼくは大丈夫だから……笑われてバカにされるのはいつものことだから……はは……」
ルピナスの瞳から熱い涙がこぼれ落ちた。
「なんで召喚士……目指しちゃったのかなぁ……ぼくもきっとできると思った……でも……ダメだったけど……」
アセビは背後でダンゴムシのように丸くなっているマーガレットを一瞥したあと、ルピナスの手を取った。真剣な表情を向けられた影響だろう。自然と涙は止まっていた。
ルピナスはふと思い出す。おとなしくて引っ込み思案な自分のことを、本気で心配してくれていた母親のことを。
アセビはルピナスの手を強く握った。
「立派じゃないか。召喚士はなりたくても簡単になれるもんじゃないんだぜ。でも君は目指した。それだけでも立派だよ」
「……」
「確かに今のルピナスのことは、召喚士とは呼べないかもしれない」
アセビは迷っていたが本音を語った。
ルピナスは涙を拭いながら、耳を傾けている。真剣に語るアセビに、母親の面影を感じたのだ。
「本物の召喚士になりたくないか?」
「……う?」
「自分を変えたいっていう君の気持ち。絶対に無駄にはしたくない。モンスターと契約しに行こう!」
アセビはルピナスに向かって、手を差し出す。真剣な眼差しでじっと見つめていた。
アセビは目の前のマイナス思考な少女のことを、放っておけなくなったようだ。元々お人好しな性格をしているため、本当の召喚士になってほしいという気持ちが芽生えたのだろう。
アセビの熱意がルピナスに伝わった。胸の奥に温かいものが広がっていく。
ぼくも本当の召喚士になりたい。ルピナスは心からそう思った。
「……うん」
ルピナスはこくりと頷き、アセビの手を握った。




