キラキラ 3
アセビとマーガレットはみんなのお家を出発し、霧の森へと急いで向かった。
二日酔いのルピナスとサツキは留守番である。今回はアセビとマーガレットだけで仕事をしなければならないのだ。
戦闘の得意なサツキがいない。そのため道中強力なモンスターに出会わないことを祈りながら、ふたりは例の穴を進み、霧の森を目指した。
「無事到着っと!」
「今日はこっち調べましょ!」
アセビとマーガレットは霧の森へ来ていた。相変わらず見晴らしが悪く、不気味なほど静寂だ。
マーガレットがアセビの手を握って笑顔で腕をぐいぐいと引っ張る。これではまるで飼い主と元気で上機嫌なペットだ。アセビは苦笑しつつ、素直に従った。
「マーガレット、妙に張り切ってるな。オレもちょっと気合い入れ直しますかね」
「ふたりきりでお仕事するの久しぶりだもの! 懐かしい感じがするのよね!」
アセビはマーガレットに言われて、出会ったばかりの頃を思い出した。脳裏に過るのは、大変だったことばかり。楽しかったことはなかなか思い出せない。
しかしそれでも、不思議とアセビの心は温かな気持ちになっていた。マーガレットの手をそっと握り返す。
「それもそうだな」
「アセビ! 今日はいっしょにがんばるわよ!」
「おう!」
アセビとマーガレットは霧の森の調査を開始した。
いつもは4人で行うのだが、今日はふたりしかいないため、あまり例の入り口から遠出はできない。アセビとマーガレットは目につく近場の洞窟に入り、中を隅々まで調べた。しかしやはりモンスターや野生動物の住んでいた形跡はない。
霧の森は不気味なほど静かで空気が淀んでおり、見張らしも悪い。モンスターや野生動物もここを住処にしたくないのだろう。
アセビは調査結果をメモしながら、マーガレットに向かって口を開く。
「それにしても……本当寂しい場所だよな。まるで世界から隔離された土地みたいだぜ」
「モンスターがいないから、安全だとは思うわよ。でもあたしなら絶対ここには住みたくないわね」
アセビは本当にこの森に休憩所を作って大丈夫なのかと不安になった。人間に危害を与えるものがいないということは平和の証明ではあるのだが、不気味な雰囲気の休憩所でゆっくりと休めるのだろうか。誰しも休息を取るときは、心身ともに良好な状態を維持したいと思うものだろう。
アセビがさらに調査を進めようと木々の間に進もうとすると、背後から異音が聞こえた。振り向くとマーガレットが腹部を押さえ、照れ臭そうに笑っている。
「えへへ! あたしお腹空いちゃった!」
「しょうがない奴め! おやつタイムといこうか」
「やったぁ!」
手を叩いて喜ぶマーガレットを見て、アセビもつられて笑顔になった。これだけ素直に喜ぶ姿を見て、嫌な気分になる者はいまい。
マーガレットは問題児なところは目立つが、自分に正直に生きている。ある意味そういう部分はアセビも見習いたいと思っていた。
「普通にしてたら可愛いんだけどなぁ……」
「え? 可愛くてスタイル良くて心が綺麗で誰よりも何よりも優しくて純粋な心を持っているみんなの愛されアイドル系美少女マーガレットちゃんって言った?」
「普通に生きるのって難しいね」
「簡単よ? あたしを参考にしなさい!」
「毎日がアドベンチャーになっちゃうね」
首を傾げるマーガレットを無視して、アセビはポケットから小皿と唐草模様の大きな風呂敷を取り出し、それを地面に向かって敷いた。
「おやつたくさん食べたいよな?」
「もちろん!」
アセビはクッキーとマシュマロとジャムパンをそれぞれ3個ずつ取り出すと、それらを小皿の上に並べた。
「素敵! よりどりみどりじゃない!」
「出し惜しみなしだ。たくさん食べるんだぞ」
「えへへ! ところでアセビ、前から気になっているのだけれど。あなたのポケットってどうなってるの?」
「クッキーはフクちゃんおすすめの店のだからな。こいつは美味いぞ〜!」
「ねぇってば」
アセビのポケットから大量のお菓子が出てきた。好奇心の強いマーガレットは、目を細めてじっとズボンを見つめているが、どこにでも売られているような安物のにしか見えない。
「もうちょっとよく見せてほしいわね」
「また今度な! はい、あーん!」
「あーん!」
アセビがごまかそうとしているのは火を見るより明らかだが、構ってちゃんのマーガレットは食べさせてもらえることが嬉しいらしい。期待に満ちた視線を送っている。どうやらポケットのことは、すっかり忘れてしまったようだ。
アセビがクッキーをマーガレットの大きく開けた口に入れると、彼女は満足そうに両頬を押さえ、首を高速で横に振った。
「ん~! おいしい! もっと食べさせて!」
「はいよー!」
再び口を大きく開けたマーガレットを見て、アセビはノリノリで次々とおやつを押し込んだ。
「ちょ、アセ、む、もごっ!」
「オレの分も食べていいからな!」
全てのおやつをマーガレットの口にぶちこみ、アセビは満足そうな笑みを浮かべた。しかし食べさせてもらった甘えん坊の構ってちゃんはと言うと、飲み込むのに必死になっている。
マーガレットは目に涙を浮かべながら抗議しようとしたが、アセビがポケットからさらにおやつを取り出すのを見て青ざめた。
「ジャムパン追加入りまーす!」
「ちょっと待って! 待ちなさい! そんなに同時に食べられないわよ! 喉に詰まっちゃうでしょ!」
「おお、すまん! お前があまりにも良い食べっぷりだったからつい……」
「もう! 優しく食べさせてほしかったわね! せっかくのシチュエーションだったのに!」
「ほんとうに、もうしわけない」
「でも無理やり食べさせられるのも、結構悪くなかったわね! えへへ!」
「……そっちの道はサツキさんに任せましょうや」
マーガレットはアセビにおやつを食べさせてもらい上機嫌だ。鼻歌を歌い始めている。
気合いの入ったマーガレットはアセビの手をぎゅっと握った。早速調査を再開しようとしている。しかしアセビは気まずそうにマーガレットの指を剥がしてゆっくりと離れた。
「アセビ? どうしたの?」
「言いにくいんだけどさ」
「なになに?」
「ちょっとアレしたいんだわ。マーガレット、いい子だからここで待っててくれや」
アレとは小便のことである。どうやら急に催してしまったらしい。
マーガレットは恥ずかしそうに顔を赤くするが、小走りでアセビに近づき笑顔で宣言した。
「あたしもついていってあげる! 危ないでしょ?」
「なんてまぶしい笑顔なの……つーかオレからしたらある意味1番危ないのはお前なんだが」
「見られたら困るの?」
「いや困るだろ」
「あたしは困らないわ」
「あたしは困るわ」
「なんで?」
「逆に聞くんだけどさ。オレが同じ状況でお前に同行しようとしたらどう思うよ」
「変態以外の何者でもないわね」
「答えは出たようだな」
以前単独で別行動をとったルピナスが、ホブゴブリンに襲撃されたことがあった。アセビについていこうとするマーガレットの気持ちもわからなくはない。
しかしアレをするところを見られるわけにはいかないだろう。アセビは断固拒否した。
「ぶー! なら早くしなさいよね!」
「お前のせいで早くできなかったんだよなぁ」
マーガレットは頬を膨らまし、腕を組んでいる。おとなしく待つことにしたらしい。
アセビはマーガレットの気が変わらないうちに、急いでアレを済ませるため、生い茂る木々の間を風のように駆け抜けた。




