キラキラ 1
「おえぇぇぇぇぇ!!!!!!」
ルピナスは嘔吐した。胃の中のものを口から便器に向かって吐き出している。栄養になるはずだった食べ物や飲み物は、次々と見るも無惨な吐瀉物と化していった。
それでも頭痛と吐き気から逃れることができず、ルピナスは涙を流し、顔を歪めている。そんな彼女を心配するように、アセビは優しく背中を撫で続けた。
普段のん気なマーガレットも心が傷むのか、泣きそうな顔でルピナスを見守っている。
「気持ち悪いよぅ……頭が痛いよぅ……」
「全部吐け! すぐ楽になるからな!」
「汚いよぅ……恥ずかしいよぅ……うっ!」
「あなたお酒飲みすぎたのよ……」
ルピナスは泣き言をいい続けることも許されず、とにかく吐き続けた。いやでもそうするしかないのだ。苦痛から逃れる術は、吐くことしかないのだから。
「ゲロに綺麗も汚いもないんだよ! 恥ずべきことでもない! そうやってみんな大人になっていくんだ!」
「気にしない気にしない! 次から気を付ければいいだけよ!」
「ふたりとも……ありがとう……うぉえっ!」
「……ねぇ? 今あたしの顔見て吐かなかった?」
「いいぞルピナス! もっとマーガレットの顔見てどんどん吐け!」
ルピナスは視線を便器からマーガレットに移す。彼女の顔を見た瞬間、胃液が逆流するのを感じたらしく、再び口を便器に向けた。
「うぉぉぉえぇぇぇぇ!!!」
「よし! 結構吐いたな! 楽になったか!?」
「う、うん……ちょっとまだ気持ち悪いけど……楽になった気がする……」
ルピナスの呼吸は荒いが、吐き続けたことにより頭痛と吐き気が僅かに治まったらしい。すっきりとした表情になっている。
アセビは安心したらしく、ルピナスの汚れた口をハンカチで拭き取り、笑みを浮かべた。
「酒はほどほどにってことだ。わかったな?」
「うん。これからは吐かないように、もっと気合い入れて飲むからね……」
「これは多分わかってないですね。とりあえず、今日はもう早く寝な」
「……マーガレットもありがとう……おかげですっきりできたよ……」
「あたしは複雑だわ」
ルピナスはアセビとマーガレットの前で嘔吐した現実を思いだしたらしい。気まずそうな表情を浮かべ、自身の部屋へと急いで戻っていった。
「無理矢理でも止めるべきだったか」
「次からはそうしましょ」
アセビとマーガレットはリビングへ移動し、酒瓶を片付け始めた。これは全て不死王リッチの館から持ち帰ったものである。
ルピナスは嫌なことを忘れるため、酒を飲む日々を送っていた。精神安定剤代わりにしていたのである。
そんな毎日を送るうちに、気づけば酒を飲むことが目的となっていたのだ。完全な依存症である。ルピナスにとって酒はなくてはならいものだ。それはこれからも変わらないだろう。
不死王リッチの館から酒を大量に持ち帰り、水のように飲み続けた結果、ルピナスは、弾けた。
「これに懲りて酒を控えてくれたらいいが……」
「流石に懲りたわよ……多分」
アセビは状況が落ち着いたので、マーガレットといっしょにコーヒーを飲もうと思ったが、ソファーで横になっているサツキの姿が目に映った。幸せそうな顔で眠っている。
アセビはサツキに近づき、肩を揺らした。
「おいサツキ、風邪引くぞ。自分の部屋で寝てほしいんだが」
「……フフフッ」
「……これはちょっと起きそうにないわね」
サツキもルピナス同様毎日のように酒を飲んでいたのだが、意外にも酔って暴走することはなかった。飲もうとするたびに、アセビにせめてコップ2杯までにしてほしいと言われていたからである。サツキは弟分の願いを素直に聞き入れていた。もう誰にも迷惑をかけたくないと思ったのだろう。
酔っ払いの問題児も、少しずつだが成長しているのである。
「サツキ、起きてくれ」
「アセビ……お前は以前……ここが私の帰る場所だと言ってくれたな……?」
「うん」
サツキは意識がはっきりしていないのか、目を半開きにしてぽつりぽつりと話し始めた。
「つまり……ここで眠ってもいい……そうだな?」
「そうだけどそうじゃねえんだよなぁ」
「……フフフッ」
アセビとマーガレットが肩を何度も揺らすが、サツキは瞳を閉じ、寝息を立ててしまった。完全に睡魔との戦いに敗れてしまったらしい。
アセビはやれやれと肩をすくめると、眠るサツキの背中と膝を腕で支え、そのまま抱え上げた。
「あっ! お姫様抱っこ!」
「しょうがねえなぁ。ほら、連れてってやるから、自分の部屋で寝るんだぞ!」
「……フフフッ……助かる……誰かに支えられる人生も悪くない……フフフッ」
「ねえサツキ起きてないこれ」
サツキは幸せそうな表情のまま、アセビに自室まで運ばれ、布団に入れられた。ルピナスと違って顔色は悪くない。嘔吐することはないだろう。
これで酒に溺れた者たちの処理が終わった。アセビは肩の荷が下りたらしく、ほっとしている。ふたり分のコーヒーを淹れ、椅子にゆっくり座った。
「マーガレット、サンキューな。助かったわ」
「えへへ! もっと頼ってもいいのよ!」
マーガレットは得意げな顔でブイサインを作り、コーヒーに砂糖とミルクをドバドバと入れている。すっかり真っ白になってしまっていた。
「前から思ってたんだけどさ。コーヒー苦手なら次からはミルクにするけど」
「いいの! これがあたしのスタイルなの!」
「で、あるか」
マーガレット自身本当は苦いコーヒーよりも、ミルクのほうがいいと思っている。しかしアセビと同じものを食べ、同じものを飲み、何でもいっしょに分かち合いたいと思っているのだ。
「おやすみさん。オレは部屋で仕事の準備してから寝るからよ」
アセビが席を立ち自身の部屋へ足を向けると、マーガレットもいっしょに入ろうとついてきた。このままでは仕事の準備ができない。アセビはマーガレットの両肩を掴み、踏みとどまらせた。
「はいはい、ストップストップストップ!」
「あっ、そっか! エッチな本とかあるのね? 見られたくないわよねぇ? 見せて?」
「そんなもんねえよ」
「じゃあ入ってもいいわよね? 見られたら困るものないんでしょ?」
「無敵の立ち回りやめてもらっていいスか」
アセビの部屋にいかがわしい本は存在しない。しかし仮にあると答えてもないと答えても、マーガレットには関係ないのだ。ただ部屋に入る理由が欲しいだけなのだから。
ニヤニヤとした笑みを浮かべるマーガレット。一方アセビはため息をついた。
「また今度遊ぼうな。お前も早く寝ろよ」
「ぶー! 前から思っていたのだけれど! アセビって他の女の子には優しいけれど! あたしだけ扱いが雑だと思うのだけれど!」
「オレが?」
「あなたが!」
マーガレットは不満の感情を爆発させ、頬を膨らませた。
アセビは首を傾げる。マーガレット、ルピナス、サツキと接する時は平等に対応しているつもりだった。しかし目の前の問題児の反応を見るに、もしかしたらそうじゃない時があったのかもしれない。
しかしそれはしょうがないことなのだ。人への接し方は、過去に受けた仕打ちで、全てが決まってしまうものなのだから。
「お前の借金38万イーサン払ってやっただろ? 優しいじゃん。扱い悪くないじゃん」
「アセビさんさぁ。それ言われたらあたし黙るしかなくなるんですけど?」
「黙らせるために言ってるからな」
「ぐぬぬ」
悔しそうに歯ぎしりするマーガレットを見て、アセビが手をぴしゃりと叩く。
「オレをダンゴムシ呼びしないなら、借金のこと言うのやめるぞ?」
「フン! わかったわよ! おやすみなさい! ダンゴムシのアセビさん!」
「えぇ……」
マーガレットは顔をしかめ、アセビに向かって舌を出し、そのまま自分の部屋に入っていった。
ダンゴムシ呼びは数少ない攻撃手段であり、構ってもらえる魔法の言葉なのだ。マーガレットがこれを手放すことは、未来永劫ないだろう。
「……寝よ」
アセビは仕事の準備をしようと思ったが、そのままベッドの上で寝転がった。
アル中どもの介護、マーガレットのダンゴムシ呼び攻撃が精神にダメージを与え、やる気を削いでしまったのである。
疲労とストレスのせいだろう、アセビはすぐに深い眠りへと落ちていった。




