館まるごと超決戦 11
アセビ一行がスライムを追って走り続けていると、フジとフクシアの姿が目に映った。見知った頼れる若者たちである。
アセビがスライムを見なかったか聞くため、声をかけようと口を開くが、異変に気づく。フクシアが鬼気迫る表情で、地面に向かってファイヤーボールを撃ち続けていたのだ。
ルピナスは怯えて震え上がり、アセビとマーガレットとサツキもその場で足を止めた。
「怖いよぅ!」
フジはアセビ一行の存在に気づき、急いでフクシアの腕を掴んだ。これ以上暴走している姿を見られると、印象が悪くなってしまうと思ったのだ。
「フク、もういいだろ?」
「止めないで! わたしいい子ぶってなんかないんだから! いい子ぶって……あっ!?」
「やぁ、フクちゃん絶好調だね」
「ア、アセビくん……それに……皆さんも……」
フクシアはアセビに暴走する姿を見られてしまったことに気づく。激しく動揺していたが、フジに気にするなと言わんばかりに目配せされたため、涙を流さすにすんでいた。
「うぅ……」
「そうだ、ふたりとも! 小さいスライムを見なかったか!? このあたりに来たと思うんだ!」
「小さいスライム?」
「あっ……」
「うむ! あの不死王リッチの仲間らしくてな! 逃がすわけにはいかないのだ!」
フジが髪をかき上げ、地面を指差す。
「さっきまでそこにいたんだがな」
アセビ一行は、フクシアがファイヤーボールを地面に向かって撃ち続けていた姿を思い出す。
「もしかしてフクちゃんがファイヤーボールで……?」
「撃っちまったんだな、これが」
アセビ一行は察した。自分たちがスライムを追いかけている間に戦いは終わっていたのだ、と。
アセビがフクシアの手を握り歓喜の声を上げ、サツキもほっとした表情を浮かべる。
「フクちゃん流石だ! 君が逃げたスライムを倒してくれたんだね! 助かったよ!」
「あ、アセビくん……そのぉ……わたし……」
「私からも礼を言わさせてほしい。ありがとう」
「サツキさん……」
フクシアは暴走する姿を見ても、変わらぬ態度で接してくれるアセビとサツキの優しさに感謝の気持ちを抱いていた。すでにマーガレットに対する憎悪の感情は完全に消え去っている。表情は穏やかになっていた。
「そっか……フクチャンがスラりん逃がしたあたしの失敗をカバーしてくれたのよね……」
距離をとっていたマーガレットが、恐る恐るフクシアに近づく。
「あのぉ……フクチャン……?」
「……何かな?」
「ひっ!」
フクシアは無理に笑顔を作って見せたが、マーガレットを怖がらせてしまったらしい。彼女はすっかり怯えて体を震わせていた。ナイフ投げとファイヤーボールを乱射する姿を思い出したのだろう。
フクシアから離れようとするマーガレットの肩を、サツキがそっと掴む。
「マーガレット。フクシアに言いたいことがあるんじゃないか?」
「えっと……スラりんを倒してくれて……ありがと!」
「マーガレット……さん?」
フクシアは目を丸くする。予想外の言葉。暴走した姿を見られたのだ。てっきりマーガレットが煽ってくるると思っていたのである。
「それと、上手く言えないのだけれど……そのぉ……いろいろとごめんなさい!」
マーガレットは急いでフクシアから離れ、アセビの背中に隠れた。顔だけ出して様子を伺っている。
アセビは面白がってマーガレットを前に押し出そうとするが、なかなか背中から離れようとしない。
「マーガレット、何照れてるんだよ。ほら、フクちゃんともっと交流しろって」
「いやん! っていうか! あたし別に照れてないんですけどぉ!? もう十分交流したんですけどぉ!?」
「もっとしろもっとしろ!」
フクシアはマーガレットのことを、近年稀に見るどうしようもない女と思っていた。正しい。それは間違っていない。
だがその近年稀に見るどうしようもない女は、自分の非を認めて謝罪してきたのだ。感謝の言葉も口にしたのだ。最低限の良心は残っていたのだ。
フクシアは、煽られたことをずっと根に持つのは、おとなげないのではと思い始めていた。
「マーガレット……さん」
フクシアのマーガレットに対する気持ちが、変化した瞬間だった。もしかしたら。もしかしたら。もしかしたら。少しだけ仲良くできるかもしれない。フクシアはそう思い始めていた。
「マーガレットさん」
フクシアがマーガレットに近づき、できるだけ怖がらせないようにぎこちない笑みを浮かべる。
「気にしてないから大丈夫ですよ! あはは」
「絶対気にしてるし大丈夫じゃないわよぉ……」
マーガレットは目を潤ませてうつむく。アセビの用意した食料を食べなかったこと、煽られたことをフクシアがまだ根に持っていると思っているのだろう。
「お前なに泣きそうな顔してるんだよ!」
「自分の過去の過ちを認め、ちゃんとごめんなさいできたことは偉いぞ」
「そうかしら……」
アセビはマーガレットの背中を叩き、サツキは優しい表情で頭を撫でていた。
フクシアはフジに視線を向ける。彼は黙って頷いていた。
「その……わたしも……マーガレットさんに言わないといけないことが……ありまして……」
「え?」
「さっきは本当のことを言ってごめんなさい」
「確かあたしがアセビに対して、迷惑かけてるってフクチャン言ってたわよね。あら? 煽ってるの? それとも謝ってるの?」
「あはは、どっちもかな? あはは!」
「ぶー! むかつくわね!」
「あはははは!!」
頬を膨らますマーガレットだが、胸の中のわだかまりが解け、気持ちは楽になっていた。
相性の悪いふたりだからこそ、遠慮なく本音で語れるところがあるのかもしれない。
心の底から楽しそうに笑うフクシアを見て、フジはもう少し他人を受け入れられるようになろうと心に誓うのだった。
マーガレットはすっかり余裕を取り戻している。ニヤニヤしながらフクシアを肘でつついた。
「フクチャンさぁ、さっき地面に向かって火の玉撃ちまくってたわよねぇ?」
「あはは……」
「ぶっちゃけ怖かったんだけど。あたしへのイライラをスライムにぶつけてたんでしょ?」
マーガレットの容赦のない鋭い指摘が、フクシアへと投げつけられる。
「えっと……」
フクシアはいつものようにごまかそうと思ったが、ふっと小さく笑って首を横に振った。本音で語れる相手には遠慮などしなくていいのだ。
フクシアはにこりと笑って人差し指をマーガレットに向けた。
「ばーん。正解です。でもちょっとだけ、ちょっとだけですよ?」
「絶対ちょっとじゃなかったわよ! 殺意が洪水のようにあふれてたわよ!」
マーガレットは腰に手を当て、遠慮なくフクシアに詰め寄っている。互いのもうわだかまりは残っていないようだ。どことなく楽しそうにしている。
フジは珍しく穏やかな表情を浮かべた。
「ククッ、マーガレットちゃんとフク、結構いい友だちになれそうじゃねえか」
「もうなってるさ! 見ろよ楽しそうにしてるぜ!」
「どうだろう。フジ、私たちもあの子たちみたいになりたいと思わないか?」
「そうだな。前向きに検討しておくぜ」
アセビ、サツキ、フジは何気なく夜空を見上げる。闇夜に月が煌めいており、不思議といつもより美しく見えた。
3人が月を見て癒されていると、マーガレットとフクシアが小走りで向かってくる姿が見えた。ふたりはアセビに視線を向ける。
「ちょっと聞いてもらえる!? さっきのフクチャン怖かったわよね!? 何回言ってもこの子認めようとしないのよ!」
「もうっ! マーガレットさんは大袈裟なんじゃないかな! 皆さん、さっきのわたしそんなに怖くなかったですよね!?」
「ちょ、ちょっと……怖かったかなぁ……」
「怖かったよぅ」
「うむ……」
「ククッ、俺は言わなくてもわかるだろ?」
「ほら! みんな怖いって言ってるじゃない!」
フクシアは全員の素の感想を聞き、その場にしゃがみこんで顔を覆った。
「ああ、なかったことにしたい……泣きたい」
「大丈夫よフクチャン! 切り替えていきましょ! 迷惑かけまくってるあたしよりはマシよ! まー、さっきのは怖かったけど」
「……マーガレットさん。上げて落とすタイプですね」
「ほ〜、マーガレット。お前迷惑かけてるって自覚はあったのか。今後は反省しながら行動してくれると嬉しいんだがなぁ? お?」
「えへへ!」
「えへへじゃねえよブン殴られてえのか」
いつものふたりのコミュニケーションを見て、ルピナスとサツキは優しい気持ちになっていた。
穏やかな空気のせいだろう。ルピナスとサツキはある意味1番大切なことを忘れていた。そう、酒である。不死王リッチの館に置き忘れてきたものだ。
「アセビとマーガレットは仲良しなんだなぁ」
「フフフッ可愛いよ」
「……しめしめ」
マーガレットはしっかりと酒のことを覚えている。このままルピナスとサツキが忘れてくれることを祈り、黙っていることにしたようだ。酔っ払ったアル中どもの面倒を見たくないのだろう。
しかし悪魔の願いは無惨に打ち砕かれる。芋虫が手を振りながら近づいてきた。よく見ると背中に鞄を乗せている。
「げっ……」
「あっ芋虫さん! それは!」
「おお、忘れていたよ。帰ったらみんなで宴だな! フジ、フクシアもいっしょに参加するか? 全員いっしょなら寂しくないであろう?」
ルピナスとサツキが目を輝かせている。間違いなく彼女たちは、みんなのお家に帰り次第、浴びるように酒を飲むだろう。吐くだろう。絡んでくるだろう。暴れるだろう。
回避不可のマイナスイベントが、アセビとマーガレットを待っている。
「ククッ、俺たちはまた今度お邪魔させてもらうぜ」
「お気持ちだけいただいておきますね!」
フジとフクシアは、サツキが酔って破壊の限りを尽くしたことを知っている。参加するはずがない。ふたりはアル中どもとの宴を回避できたが、アセビとマーガレットはそうもいかない。帰る場所は同じなのだから。
興奮して頬を赤くしているルピナスとサツキとは対称的に、アセビとマーガレットの顔は青くなっていた。
「早く帰ろう! アルコール! アルコール!」
「うむ! お酒だお酒!」
「マーガレット、あとはお前に任せてもいいスか」
「いやぁぁぁぁぁぁ!! アセビもいっしょにふたりの面倒みてぇぇぇぇぇぇ!!」
静寂な霧の森に、問題児どもの声が響いた。
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