館まるごと超決戦 5
アセビ一行とフジフクシアコンビは、霧の森へと到着していた。移動中に背後からモンスターに襲われることもなく、全員心身ともに良好な状態だ。
霧の森は相変わらず見晴らしが悪く、不気味なまでに静まり返っている。
フクシアは表情を強張らせ、フジのローブの袖を握った。
「ちょっと怖いな……先が全然見えないし静かですね」
「フクちゃん大丈夫だよ! モンスターや野生動物はほぼ出てこないと思っていいぜ」
「でもぼくはこの森でホブゴブリンに襲われたよ。一応気をつけたほうがいいと思う」
「そんなことがあったんですね……怖いな」
「何かあったらオレたちを呼んでね。もし近くにいたらすぐに駆けつけるからさ」
アセビの言葉に満足したらしい。フクシアは嬉しそうに手を握って、微笑んでいた。
「ぶ~……」
アセビとフクシアが楽しそうに会話している。それをマーガレットが恨めしそうにじっと見つめていた。先ほどのナイフ投げが効果抜群だったらしい。足がすくんでふたりの間に入れずにいた。マーガレットを毒虫から守ったのは建前で、フクシアの本当の狙いは、こちらだったのかもしれない。
「そう怖い顔をするものではないぞ」
悩める妹分を助けるのは、いつだって頼れるお姉ちゃんである。サツキはマーガレットの気持ちを察し、アセビに向かって背中を強く押した。
「ちょっと押さないでってばぁ……」
「マーガレット、お前は目が良いからな! 霧の森では頼りにしてるぜ!」
「え、えへへ! まかせなさいっての!」
得意げな顔で胸を張るマーガレット。アセビは笑顔で頭を撫でている。
マーガレットはフクシアに見せつけるように抱きつこうかと考えたが、その考えはすぐに捨て去った。次はナイフが顔面に飛んでくるかもしれないと、思ったからである。
「……くせに」
「ククッ、マーガレットちゃん面白いな。結構気に入ったぜ。どうだい? こっちに来るか?」
「ひっ! お気持ちだけ受け取っておくわね!」
ニヤニヤと意味深に笑うフジと、虚ろな瞳をしたフクシアに見つめられ、マーガレットはさっとアセビの背中に隠れた。やはりナイフが怖いのだ。
「……嫌われちゃったなぁ」
「いいじゃねえか。嫌われていこうぜ」
「嫌いってわけじゃないのだけれどぉ……ちょっと怖いっていうかぁ……」
マーガレットがアセビの背中からそっと顔を出し、気まずそうにしていた。建前ではなく、本心からの発言らしい。
「じゃあここで別れるか」
「おう! ふたりとも気を付けてな!」
「はい! また会いましょうね!」
フジとフクシアがアセビ一行に手を振り、霧の森の奥へ消えていった。
「行ったわよね……? 行ったわよね!? ちょっとアセビ、聞きなさいよ!」
天敵のフクシアが目の前からいなくなり、マーガレットが声を荒げた。アセビの胸を指で何度もつつく。
「フクチャンったらひどいんだから! あたしにナイフ投げたのよ!? あたしのモチモチほっぺに傷がついたの! ほら、ここ!」
「マーガレットの後ろに毒虫がいたの。フクシアはナイフで退治してくれたんだよ」
マーガレットがアセビに頬を見せつけ、悲劇のヒロインのように振る舞うが、ルピナスにフクシアの擁護をされてしまった。
アセビとサツキが、もちもちした頬を指でつつく。
「フクちゃん良い子だろ? ちゃんとお前を守ってくれたんだって」
「……ほんとにそうかしら? あたしのこと殺すつもりで投げたんじゃないかしら」
「事実はどうあれ、フクシアが助けてくれたのは事実であろう? ちゃんと感謝しないとな」
「そもそもフクちゃんが乱暴な助け方をしたのは、お前がフクちゃん煽ったからだと思うぞ。ちょっとしたお返しってやつだ。煽るんだったら、やり返される覚悟しておかないと」
「ぶ~!」
アセビとサツキに正論をぶつけられ、マーガレットは悔しそうな顔をして押し黙った。煽っていいのは、やり返される覚悟がある奴だけなのである。アセビは不機嫌そうなマーガレットの背中を優しく撫で、霧の森の調査を始めた。
道中で発見した洞窟を隅々まで調べ、中に入ってそこにモンスターか野生動物がいないか確認する。そのあと地形の特徴を細かくメモし、次へ向かう。それの繰り返しだ。
「妙な石や植物見つけたらすぐ言うんだぞ」
「持って帰るんだね」
「そういうこと! マーガレット、周囲はどうだ?」
「モンスターも動物さんもいないわね」
「よし、調査を続けるぞ」
見晴らしの悪い霧の森だが、目の良いマーガレットが常に警戒しているおかげで、アセビたちは心にゆとりを持って調査できるのである。モンスターや野生動物は滅多に姿を見せないが、安全に活動するには、やはり偵察が必要なのだ。
「よし、今日はこんなものかね? 戻ろうか」
空を見上げると、夕日が顔を見せている。見晴らしの悪い霧の森でこれ以上の活動は危険だ。
アセビは仲間たちが書いたメモを受け取り、内容を確認していた。あとで大男に報告するときに使うのである。
未知の世界と言っていいほど霧の森の情報はない。アセビ一行の調査結果は、貴重なものとして扱われることになるだろう。
「ねぇ、霧の森にはリッちんの館があったわよね?」
マーガレットが周囲を警戒しながら、アセビに声をかける。
館の主はもうこの世にはいない。アセビたちに倒された。
「もう帰るだけでしょ? せっかくだしちょっとだけ行ってみない? ちょっとだけ! ねね、いいでしょ?」
「宝石か? 宝石だよな? 宝石欲しいもんな?」
「宝石がまだあるって思ってるんでしょ?」
アセビとルピナスにはマーガレットの考えはお見通しだった。当の本人は図星をつかれ、苦笑いしている。
「そ、それもだけど! ほら、リッちんお酒コレクションしてたんでしょ? サツキ、もらってもいいって言われたわよね?」
「……うむ。確かに」
サツキは顎を擦りながら当時のことを思い出す。
不死王リッチからもらった酒は、無理矢理飲まされたせいで、味わうことができなかった。酔っていたせいではっきりと覚えていないが、美味だったことは舌が確かに記憶していた。
「……お酒」
揺れる精神。
サツキの背後から、悪魔のような笑みを浮かべたマーガレットが抱きつく。
「だったら今行かなきゃダメじゃない! お酒がサツキを待ってるわよ!」
「しかし……」
「あなたの気持ちわかってるわ」
マーガレットはサツキの耳に口を近づけ、下卑た笑みを浮かべながら囁いた。
「正直に……なりましょ?」
「しょ、正直って……」
「お酒、好きよね?」
サツキはすぐに酔ってしまう。その弱点を克服するため少しずつ酒を飲んでいるうちに、好きになってしまっていた。
あの美味なお酒をまた飲めたら。サツキの頭はそのことでいっぱいだった。
心が揺れている姉貴分を見ながら、マーガレットはルピナスにも語りかける。
「ねえ? ルピナスもお酒好きだったわよね?」
「うん。嫌なこと忘れられるから」
「なら、決まりね!」
悪魔がにこりと微笑んだ。
「ルピナス、嫌なこと全部忘れましょ!」
「……うん!」
ルピナスは秒速で誘惑に負けてしまった。彼女にとって酒は精神安定剤であり、宝だ。行かない選択肢は、最初から、ない。
「サツキも行くわよね? ついてきてほしいの」
「妹分のお願いを聞くのはお姉ちゃんの役目だ! いいだろう、私も同行する。私がお酒を飲みたいわけではないからな! そこは勘違いしないように!」
「あら〜」
サツキ自身酒を欲しているのだが、マーガレットたちの願いを聞いてあげたということにすれば、面子が保たれる。これで心置きなく館に行けるというわけだ。
「というわけでアセビ! リッチんの館行くわよ!」
「しょうがねぇなぁ」
結局アセビ一行は、全員で不死王リッチの館を目指すことになった。幸い現在地から近い場所にある。
アセビ一行は数分かけて目的地へと向かった。




