館まるごと超決戦 3
アセビ一行がクレマチスの入り口に行くと、フジは壁にもたれかかり、フクシアは道具の入ったズタ袋の中身を入念に確認していた。
「非常食と水と……これで遭難しても大丈夫かな?」
「そうならないように願いたいところだぜ」
「あっ! アセビくんたちが来た!」
アセビ一行の到着に気がつき、フジとフクシアは手を振った。全員集合である。
フクシアは目を輝かせてアセビに近づくが、今度は手を握らなかった。マーガレットが瞬きせず、監視するように、じっと見つめていたからである。
「じろじろじろ」
「遅れてごめん! 準備に時間がかかってね」
「大丈夫です。わたしたちも今来たばかりですから」
「気にするな。お前たちと俺たちの仲だからな」
アセビとフジとフクシアの間に、温かな空気が流れていた。
疎外感を感じたらしく、マーガレットが面白くなさそうな顔をした。
「フフフッ頼りにしているよ」
サツキが3人の輪に入った。温かな空気が広がっていく。
フクシアから、サツキに仲良くしたいと言われたと聞かされていたようだ。彼女を見て、フジがニヤリと笑った。妹分に対して快く接してくれたからだろう。フジはサツキに対して、それなりに良い印象を持っていた。
「黒鬼。以前アセビから聞いたが、あんた死にかけの体で暴れまわったことがあるらしいな」
「く、黒鬼……」
「ああ!ホブゴブリンを1撃でぶっ殺したんだぜ! 不死王との戦いでも、血だらけになりながら暴れまわっていたしな!」
「黒鬼の異名にに相応しい実力じゃないかな?」
「何かあったときは期待してるぜ」
「う、うむ……そうだったかな……フフフッ……」
サツキは血の気が引くのを感じていた。すっかり黒鬼の異名が広まってしまっているのだから。
異常性癖と勘違いされたアセビよりはましだろう。しかしサツキはまだ年頃の乙女なのだ。彼女はもう少し可愛らしい異名が欲しいと思っていた。
「フジ、フクシア、その……なんだ」
サツキは顔を赤くし、口をモゴモゴさせ、フジとフクシアをチラチラと見ている。
遠巻きに見ていたルピナスがそっと近づき、アセビの背中から顔を出した。
「サツキは黒鬼じゃなくて、小動物的な異名が欲しかったみたいなの」
「お、おいルピナス……」
サツキは恥ずかしさのあまり、顔を手で覆う。
それを見て、フジとフクシアは目配せする。ふたりはサツキが意外と繊細なところがあることを知り、親しみを覚えた。
「ククッ、黒猫とかか?」
「そうだ! それだぞフジ! 私は黒猫! 少し気まぐれな黒猫!」
「サツキは別に気まぐれじゃないし、どっちかっつーと黒猫じゃなくて黒豹っスよね」
「それならサツキさんの異名は黒鬼じゃなくて、血染めの黒猫でいいんじゃないかな?」
「むむ? ちょっと方向性がおかしくなったような気がするが……まー、よし! 私は黒猫だ! 誰がなんと言おうと黒猫のサツキだ! フフフッ!」
「サツキはクマちゃん!」
サツキの表情が明るくなっている。アセビとルピナスの黒豹、クマちゃん発言は聞こえていないらしい。
しかしサツキがいくら黒猫だと主張しようが、黒鬼の異名はクレマチス全体に広まってしまっている。何を言おうが無駄なのだ。今後もサツキが活躍するたびに、黒鬼のサツキとして人々の記憶に刻まれることだろう。
「フジ、私のことは名前で呼んでほしい」
「ああ、わかったよサツキ」
フジとサツキが握手をかわす。互いに穏やかな表情を浮かべている。
サツキはフクシアだけでなく、フジとも仲良くしたいと思っていた。その願いは叶うことだろう。
「じゃあ出発と行こうか!」
「おー!」
「がんばりましょうね」
アセビ一行とフジフクシアコンビは、山岳地帯のゴブリンの巣を目指して進んでいた。そこの奥には小さな穴があり、霧の森に繋がっているのだ。
クレマチスから正規のルートで行くと、数時間以上は時間を費やすことになる。これを利用しない手はないだろう。
「ファイヤーボール!」
「おぉ……」
フクシアが指先から小さな火の玉を発射し、背後から近づいてきたファンガスを黒こげにした。
ルピナスが感嘆の声を漏らす。炎魔法が魅力的に見えているのだ。
「かっこいいんだなぁ……!」
「あはは、初歩の初歩の炎魔法なんですけどね」
フクシアが照れ臭そうに頬をかく。ルピナスの心に小さな恐怖心が芽生えていたが、どうやら好奇心が上回ったらしい。興味津々にフクシアの指を見つめている。
「ぼくも炎魔法覚えたいなぁ」
「虫ちゃんは召喚士だろ? 俺たちから言わせりゃそっちの方がすごいけどな」
前を進みながらフジが振り向き、ルピナスに声をかけた。彼女は得意げな顔で契約の本を取り出す。そこにはまだ『いもむし』の名前しか書かれていない。
今度はフクシアが興味津々にルピナスの契約の本を見つめていた。
「芋虫くんたちにお礼を言っておいてください。あの子たちがいたからこそ、みんなでクレマチスを守れたんじゃないかな?」
「うん」
フクシアがにこりと笑うと、ルピナスはぎこちない笑顔を返した。
「フクの奴楽しそうじゃねえか」
アセビとフジは先頭を歩き、女性陣から少し距離を取っていた。正面からモンスターに襲われたら、真っ先に対応するためだ。
しかしそれは建前である。男だけで話したいこともあるというのが本音だった。
「さっきフクと話したぜ。サツキが、フクのこと気にかけてくれたみたいだな」
「ああ。あいつにとって年下の子はみんな弟や妹だからな。そうそう、サツキは東の国から流れてきたみたいなんだ。どうやらあいつの国には魔法がないらしい」
アセビとフジがサツキに視線を向ける。彼女はマーガレットの近くで周囲を警戒していた。その目は猛禽類のように鋭い。アセビとフジの視線には気づいていないようだ。
「サツキは黒魔法のこと、気にしてないらしいぞ」
「……ほう」
「大切なのは使い手の心って言われたよ」
「そうか」
フジが小さく笑った。クールに振る舞っているが、心のなかでは喜んでいるのかもしれない。
「ん? ふたりとも、私に何か?」
サツキが視線に気付き、後ろ髪を揺らしながら足早に近づいてきた。
アセビが手を横に振り、歩みを止めさせる。
「なんでもない、なんでもない! サツキが強くて頼りになるって、フジに教えてたんだよ!」
「フフフッ褒めても何も出ないぞ?」
サツキはそう言うとアセビとフジに背中を向け、鼻歌交じりにマーガレットの近くに戻った。どうやら褒められて嬉しかったらしい。
サツキもまだまだ年若い乙女なのである。
「そういや、お前にお礼言っておかなきゃいけないことがあったわ」
「なんだ?」
「お前から教わっただろ? リザレクション。不死王との戦いで使ったんだ。アレを教わってなかったらオレ死んでたぜ」
フジが目を見開き、アセビの体をべたべたと触り始めた。表情に余裕はない。必死に後遺症が残っていないか調べている。
「心配しすぎだっての! 体のどこにも痛みは残っていないぜ!」
「……お前よく無事だったな」
「マーガレットがヒールを使ってくれてね。おかげでなんとかなったわけ」
「アレの後遺症は、生半可なヒールでどうにかなるものじゃないんだがな。マーガレットちゃんの実力が、それだけすごかったってことか」
フジはそう言うと、サツキと楽しそうに会話しているマーガレットをチラリと盗み見た。ただの問題児ではなく、優秀な回復魔法使いと認識したらしい。マーガレットのことを真剣な表情で見つめていた。
「超一流の回復魔法使いってわけか」
「超一流の問題児でもある」
アセビとフジの会話が聞こえたわけではないのだろうが、マーガレットが後ろで手を組みながらゆっくりと近づいてきた。なにか言いたげな様子で、熱い視線を送っている。
「じろじろじろじろ」
マーガレットは頬を赤くし、もじもじとしていた。意味不明な行動である。
アセビは思わず首を傾げた。
「……便所に行きたいのか?」
「もうっ! 言わなくてもわかるでしょ! アセビのいじわるっ! 焦らさないで!」
マーガレットの頬がりんごのように赤くなった。彼女はキャッキャと声を出して飛び跳ねている。
アセビはマーガレットの両肩をそっと掴んだ。
「どうどう。落ち着け落ち着け」
「サツキのこと、頼りになるって言ったんでしょ?」
「うん、言ったかも」
「あたしのことも褒めなさいよね! えへへ! 良いところいっぱいあるでしょ!」
マーガレットが期待を込めて、瞳を輝かせながらアセビを見つめている。純粋に褒められたいのだろう。超一流の構ってちゃんである。
アセビは腕を組み、瞳を閉じた。これまでのマーガレットとの冒険を思いだしながら、彼女の長所を必死になって探す。
考えること10秒。アセビは瞳をゆっくりと開き、マーガレットの肩に手を置いた。
「3日後でいいか? 多分それまでには、お前の良いところひとつぐらい思いつくと思うから」
「は!? あたしの良いところを思い付くのに3日も必要なわけ!?」
「はい」
「そんなわけないでしょおぉぉぉ!? いっぱいいっぱいあるはずでしょおぉぉぉ!?」
マーガレットが涙を滝のように流しながらアセビに詰め寄る。どうやらこれでもかと褒められたあと、優しく抱きしめられると思っていたらしい。そんな未来はただの幻だ。
「マーガレットがまた何かやってるね」
「フフフッアセビに構ってほしいのさ」
アセビにしがみつくマーガレットを見て、ルピナスとサツキの表情が優しくなった。ふたりの独特のコミュニケーションを見ると、心が癒やされるのだろう。
マーガレットは問題児だが、ある意味アセビ一行のムードメーカー的存在でもあるのだ。
「……そうなんですね。マーガレット……さんはいつもあんな感じなのかな……?」
「あんな感じだよ」
フクシアがじっとマーガレットを見つめていた。その瞳からは妬みに近いものが含まれている。フクシアの嫉妬心がメラメラと燃え上がっていた。
「……あんなにアセビくんに近づいて……それだけじゃなくて構ってもらえて……うらやましいなぁ」
フクシアは拳を握って震わせ、呪詛のように言葉を呟いていた。
「マーガレットは、いつもぼくたちを楽しませてくれるの。面白いんだよ」
「……のくせに」
フクシアの険しい表情を見て、ルピナスは飛び上がって距離をとった。恐怖心が芽生えたのだ。
フクシアはポケットからアセビにもらったハンカチを取りだし、胸に当てた。そうすることで、憎悪に近い感情を処理することができると思ったのだ。その判断は正しかったらしい。表情はすっかり和らいでいる。
フクシアはルピナスに向かって微笑んだ。
「マーガレット……さんは面白いですね!」
「……怖いよぅ」




