館まるごと超決戦 2
「お前さんたちに頼みたいのは、霧の森の調査だ」
「霧の森……」
「そうだ。情報が全然ない土地の調査だ」
「う? そうなの?」
「なにせウチのギルドに所属している冒険者たちも、近づかない場所だからな」
「そりゃそうだ。情報がない土地に、誰が好き好んで行くものかよ」
「まぁ……そうなんだけどよ。ちょっと見てくれや」
大男は地図に描かれた霧の森を指差し、アセビたちを見回す。
アセビ一行にとって霧の森は見知った場所である。マーガレットとルピナスは、今は亡き不死王リッチの館を清掃しに行ったこともあった。
フジがフクシアに視線を向ける。
「フク、覚えてるか?」
「2回ぐらいお仕事で行ったかな? 不気味なほど静かで見晴らしが悪い場所だったような。」
「あまり何度も行きたい場所じゃなかったな」
危険な場所には近づかない。この世界で長く生きるには、守らなければならないルールだ。それができる者だけが長生きすることができる。
フジとフクシアが見せた微妙な反応。ふたりが依頼を断りそうな気配を感じ、大男は困ったような顔をした。
「大将、なんで急にまた調査の依頼を?」
「あぁ。最近多くのキャラバンや旅商人がクレマチスに来るようになっただろ?」
「今日も市場や露店が賑わってましたね」
先日不死王リッチ事件が勃発したが、アセビ一行、ギルドの冒険者たちによって解決した。その結果、優秀な冒険者ギルドが存在する街として、各方面から高評価されることとなったのである。
キャラバン、旅商人、貴族がこぞって訪れるのも無理はない。彼らにとって、クレマチスは魅力的な街なのだから。
「休憩できる拠点を、霧の森に作れたら便利なんじゃないかって話が出てるんだ」
「ほう。遠方からクレマチスに来るキャラバンや旅商人にとって、それはありがたいかもな」
「情報がない場所に拠点を作るのは危険だって反対意見も出ているがね。だが、正しい情報がないと何とも言えないよな。実際は安全な場所かもしれないだろ?」
大男は期待を込めた視線をアセビ一行とフジフクシアコンビに送る。どうしてもこの仕事を引き受けてほしいのだろう。
「アセビたちは霧の森に何回か行ってるんだよな?」
「不死王の館までのルートなら覚えてるぜ」
「モンスターや動物はほとんどいないよ。必ずしも安全とは言えないけど」
大男が手をぴしゃりと叩く。
「やはり詳しいな! なら、決まりじゃねえか!? 霧の森の調査、やろうぜ!」
「なぁおっちゃん。その仕事なんだけどさ。オレたちじゃないと駄目なんスかね」
「場所が場所だ。情報がほとんどない。できれば少しでも詳しく、戦闘の得意な冒険者たちに任せたいと思っているんだ」
女子たちはアセビに視線を向ける。彼の判断に全て任せるということだろう。
アセビは頷き、大男に向かって親指を立てた。
「オッケー! 調査やってみるぜ!」
「お前さんならそう言うと思ったぜ! 少しずつでいいから詳しく調査してくれ」
「ふむ。私たちがモンスター退治の依頼を受けたいときも、霧の森の調査を優先するべきだろうか?」
「いや、霧の森の調査はあくまで俺個人の頼みだ。やりたい仕事を優先してくれ」
「でも、調査はしてほしいのよね?」
「そうだな。できれば霧の森の調査を優先してくれると助かるな。無理にとは言わないがね」
アセビは内心嬉しく思っていた。大男から直接依頼を頼まれるということは、実力を認められているということだからだ。
フジがニヤリと笑って髪をかき上げた。どうやら依頼を引き受ける気になったらしい。少しでもアセビの力になりたいと思ったのだろう。
「まー、いいだろう。俺とフクも、調査の依頼を引き受けるぜ」
「おお、お前さんたちもやってくれるのか! それは嬉しい限りだ!」
「暇なもんでね。ただ、俺たちは俺たちのやり方でやらせてもらう」
フジがアセビに一瞬視線を向ける。同じ仕事を引き受けるが、いっしょに行動することはできないと言っているのだ。自分のことを受け入れてくれるのは、黒魔法を使う者のみと思っているである。
アセビはすぐにフジの気持ちを察した。腕を組んで首を回している。
「う〜ん。オレはできれば一緒にやりたいけどなぁ」
「その日がいつか来ると俺は思ってるぜ」
「アセビくん……」
フジとフクシアは残念そうにアセビを見つめた。もし問題児3人がいなければ、ふたりから誘っていたことだろう。理想の黒魔法使いチームを結成することができるのだから。
フジとフクシアがアセビ一行に背中を向けた。
「先に行ってるぜ」
「それじゃあまた……」
「どうだろう。いっしょに行かないか」
サツキはまっすぐフジとフクシアを見つめていた。温かな氷の壁を溶かすような視線。馴れ合わないふたりの黒魔法使いには、それが眩しかった。
「気を悪くしないでくれ。俺たちだけでやるのは、別にあんたたちが気にくわないとか、そういう理由じゃないんだ」
「ふたりだけのほうがやりやすいって言うのかな?」
「ならアセビのこと諦めたら? アセビだけ例外ってのもおかしな話よね」
「…………」
「もしかしてアセビがいないと戦えないのぉ? ベテラン冒険者ですぅって顔しているくせに、フクチャンって甘えん坊さんなのねぇ」
マーガレットが不機嫌そうに目を細め、小バカにするようにゆらゆらと体を揺らしている。
フクシアの目に殺意が宿った。そのことに気づかないフジではない。マーガレットから引き剥がすように腕を引っ張った。
「フク、行くぞ」
フジはフクシアの背中をぐいぐいと押した。急いでこの場を去ることを選んだのである。これ以上刺激されたら、黒魔法を使った殺戮ショーが始まる可能性があると思ったのだ。
そんなフジたちを見て、サツキは手を伸ばし、待ったをかけた。
「あなたたちのやり方は知っている。仕事は基本ふたりだけで行う。もしくはアセビとしか組まない、と」
「そういうことだ。悪いな」
「だがそれは仕事が始まった場合だろ?」
サツキの発言の意味がわからず、フジとフクシアが首を傾げた。
「どういうことかな?」
「霧の森へ行くための準備期間ぐらいは、いっしょに行動できないだろうか」
「ぼくたちは近道を知ってるよ。いっしょに行けば直接教えられるけど」
ルピナスがサツキの援護をする。コミュ障らしからぬ予想外の行動。サツキは驚いたが、またそれと同時にルピナスが成長していることを嬉しく思っていた。
「おいおい近道があるのかよ」
「知りませんでした」
「ぶー! あたしは絶対反対! だって……」
マーガレットが不快感を撒き散らす発言をしようとしたが、その前にアセビが動く。
「ちょっと静かにしてな」
アセビが手でマーガレットの口を塞いだ。吐き出されるはずだった言葉は、全てかき消されてしまった。顔を赤くして必死にもがいているが、力の差は覆せない。くぐもった声を出すことしかできないようだ。
マーガレットを押さえつけながら、アセビはサツキの意見に同意した。フジとフクシアに向かって、手を伸ばす。
「いっしょに行って、霧の森に着いたら別行動でいいんじゃないか? こっから近道無しで霧の森に行くの大変だってマジで」
「うむ。私もそう思うぞ」
「フジ……どうすればいいのかな……?」
フクシアがフジのローブの袖をぎゅっと握った。その表情には迷いが見える。
フクシアにとってフジは頼れる兄のような存在だ。困ったときは、判断を任せることにしていた。
「さて……」
フジは一瞬のうちに今後のことを考えた。到着後に別行動をとるなら、アセビとサツキの提案を受け入れても問題はないだろう、と。霧の森に到着するまでの道中で問題が発生しても、6人もいれば黒魔法を使わずにすむだろう、と。
フジはアセビの伸ばした手を握り返した。
「そうだな。なら途中まではいっしょに行くか」
「えっ……」
「そうこなくちゃ! お前たち喜べ! フジもフクちゃんも最強の炎魔法の使い手だからな!」
「ククッ、霧の森に着いたら別行動だ。俺とフクの魔法を見せることにはならないだろうけどな」
「到着までに何かあったら頼みまっせ!」
アセビの期待が込められた視線を受けながら、フジは口元を緩めた。
「ククッ、前向きに検討しておくか」
「私も楽しみにしているよ」
「先に出るぜ。慣れない土地に行くから、いろいろと準備が必要でね。あとでクレマチスの入口前で集合ってことでいいか?」
「オッケー! またあとで会おうぜ!」
フジは再びアセビ一行に背中を向けた。そのまま足早に冒険者ギルドから出て行く。
フクシアは、フジがアセビとサツキの提案に賛成するとは思っていなかったらしい。そのせいで反応が遅れてしまい、取り残されたことにようやく気づいた。
「……あっ!? で、では皆さん! またあとで!」
「フクシアさん、だったな」
サツキがフクシアを呼び止める。ふたりは互いにじっと見つめ合った。
「仕事では協力しあえないが、どうだろう。あなたたちに時間があるときでいい。個人的な付き合いはできないだろうか」
「個人的な付き合い……」
サツキが微笑みフクシアに手を差し出すが、彼女は目を伏せてしまった。しかしそれも無理はない。
フクシアは黒魔法を使える者、自分が黒魔法を使えると知っている者としか交流をしてこなかった。いわゆる普通の人との付き合い方を知らないのだ。
「わたし……」
汚れのないサツキの黒い瞳が、フクシアにはとても眩しかった。彼女は震える手で差し出された手をそっと握る。
「温かい……」
「フフフッそれは良かった」
自然と口からこぼれた言葉を聞かれ、フクシアは恥ずかしくなったらしい。耳まで赤くなっていた。
フクシアの微笑ましい反応は、サツキの心を癒やしたらしい。手を握り返した。
「あなたの手も温かいよ」
「あはは……」
「ちょっと失礼しますよん」
アセビがサツキとフクシアの握りあった手を、両手でそっと包みこんだ。
「握った手は離れても、オレたちの縁はずっと繋がったままだぜ!」
「フフフッそうだな」
「アセビくん」
アセビの言葉にフクシアは胸の奥が熱くした。チームは解散したが、それでも縁が無くなったわけではないのである。その事実に、小さな希望が芽生えていた。
「理由はないんだが、あなたと私は波長が合うと思っている。きっと仲良くなれるはずだ」
「わたしもそう思います」
独特の価値観を持つサツキと、独特の愛し方をするフクシア。ある意味似た者同士である。波長が合わないはずがないのだ。
フクシアが突然はっとした表情を浮かべる。
「いけない! フジのこと忘れてた!」
「むむっ、ではまたあとで」
アセビたちは急いで冒険者ギルドの外に出るフクシアの背中を見送った。慌てる姿は小動物のように可愛いらしい。アセビは心が癒されていくのを感じていた。それはサツキも同じらしい。瞳は優しさに満ちている。
「はぁ〜〜~。あたしたちも準備しましょ」
マーガレットはアセビの拘束を逃れ、深くため息をついた。誰が見ても不機嫌そうに見える。それはアセビに無理やり口を塞がれたからではない。
マーガレットがアセビの腕を掴み、ぐいぐいと引っ張った。
「ほら、さっさと行くわよ」
アセビは一切動かなかった。じっとマーガレットだけを見つめている。
「マーガレット」
「なによ」
「お前さ。フジとフクちゃんに対して当たりがめちゃくちゃ強い気がするんだが」
「うむ。私もそう感じた」
「あたしがぁ?」
マーガレットはとぼけて見せたが、アセビとサツキの刺すような視線を受けて表情が一変する。冷や汗をかきながら、首を傾げてみせた。
「まぁ? そう? 見えたかしら?」
「そうとしか見えなかったかしら」
「フジクンだっけ? 彼は好きよ? 悪ぶってるけど根は良い人臭がすごいもの」
「ぼくもそんな気がしたんだなぁ」
マーガレットの言葉にアセビの表情が緩む。本心からの発言だろう。
ルピナスもマーガレットと同意見だったらしい。ふたりで顔を見合わせ頷きあっている。
「ただ見えない壁を作ってるわよね。踏み込ませてくれない感じ。アセビの方が親しみやすいわ」
「何が踏み込ませてくれないだよ。お前壁をぶっ壊して踏み込んでくるタイプじゃねえかよ」
「ナイーブなあたしが?」
「ナイーブって言葉の意味知ってるか」
マーガレットの反応を見るに、本気でナイーブな女の子だと思っているらしい。年頃の少女とは、なかなかに難しいものである。
「フクちゃんも優しくて良い子だぞ」
「ソウネ。ソウ思ウワ」
「……それってさぁ。嘘だよね」
「嘘ジャナイワヨ」
マーガレットが感情のこもっていない声で感想を述べた。明らかに嘘をついている。
アセビはポケットからジャムパンを取り出し、手のひらに乗せて、マーガレットに見せた。
「正直に言え。ジャムパンやるから」
「正直好きじゃないわね」
「正直すぎる」
マーガレットは即答し、アセビの手からジャムパンを受け取って食べた。口内に広がる濃厚な甘味に、満足そうな表情を浮かべている。
マーガレットの膨らんだ頬を、ルピナスが楽しそうに触りながら、口を開いた。
「もちもち。ぼくはフクシアのこと嫌いじゃないんだけど……ちょっと怖いかも」
「えっどこが?」
「なんとなくだけど、危ない感じがするの」
「危ない感じねぇ……」
アセビは一瞬動揺した。フクシアが黒魔法を使えることに、ルピナスが気づいたのではと思ったのである。
しかしそうではなさそうだ。ルピナスは黒魔法について言及することなく、サツキをじっと見上げていた。
「でもフクシアよりサツキのほうがもっと怖いかも」
「まぁ……はい」
「そうね」
「えっ」
「怖いと感じているのかもしれないけど、お世話になったんだから、仲良くするんだぞ」
「うん、わかった」
「そ、その前にちょっといいか? お前たち、私のことが怖いのか……?」
「うん」
「仲良くね……前向きに考えておくわ」
マーガレットが適当な返事を返す。やはり仲良くするつもりはないらしい。
アセビはため息をつき、マーガレットの背後に素早く移動した。お馴染みのぐりぐりをするためだ。
「だって、フクちゃんにアセビをとられたらあたし悲しいもの。一時的にチームを組んでいたでしょ? だからもしかしたら、アセビがまた遠くに行っちゃうんじゃないかって思うとあたし……うぅ……」
マーガレットは大きな瞳から涙をこぼしていた。フクシアを口撃していたのは、アセビを取られたくなかったからという単純な理由だったのである。
フクシアのことを甘えん坊と挑発していたが、これでは他人のことをどうこう言う資格はないだろう。
アセビは苦笑し、マーガレットの頭を撫でた。
「安心しろって。お前たちが巣立つまで、どこにも行かないって言っただろ?」
「うん……そうだったわね!」
「これまで色々とやらかしてきたけど、お前は確実に成長していると思うよ」
マーガレットは涙を拭い、嬉しそうに笑っていた。問題児にとって1番の喜びは、アセビに構ってもらうことなのだから。
不安はすっかり消え去ったらしい。マーガレットは満面の笑みを浮かべてアセビに抱きつこうとしたが、額を手のひらで押さえられ、阻止されてしまった。
「ちょっとぉ! 美少女がハグしてあげるっていうのになんで拒否するのよぉ!」
「お気持ちだけいただきますぅ」
「そうだ! あたしこのままずっと、アセビのすねかじって生きていこうかしら! ずっとずっといっしょにいられるじゃない!」
「ふざけんな。お前にすねかじられ過ぎて、もう骨がむき出しになってる状態なんだわ」
「えへへ! なら骨をかじるだけよ!」
「えへへじゃねえよブン殴られてえのか」
アセビの足にしがみつくマーガレットを見て、ルピナスとサツキが顔を見合わせた。口には出さないが、彼女たちも心の奥底では、アセビとずっといっしょにいたいと思っている。
マイナス思考で他人とコミュニケーションをとるのが苦手だったルピナス。追放された結果孤独を恐れ、その道を進んでいたサツキ。そんなふたりを変えたのは、紛れもなくアセビだ。ルピナスとサツキにとって、恩人以上の大きな存在となっていた。
アセビはまだ知らない。問題児たちに、心から依存されていることに。
「ほら早く離れろって! そろそろ調査に行かないと遅れるだろ! 準備もしないといけないしな!!」
「このままずっといっしょ! ぎゅ~!」
「足が重たいんスけど」
「……あ?」




