館まるごと超決戦 1
アセビの朝は早い。太陽が顔を見せると同時に起床する。仲間たちの朝食の準備をし、いつ目覚めてもすぐに食べられるようにしておくのだ。
「これでいつでも……おっ」
アセビが朝食の準備が終わらせてしばらくすると、眠たそうな顔をしたルピナスと、すっきりした顔のサツキが部屋から出てきた。
「うぅ……おはよう……」
「おはよう」
「おはよう、ふたりとも早く顔洗ってきな」
アセビの指示に素直に従い、サツキがルピナスの背中を押し、ふたり仲良く洗面所へと向かった。談笑する声がアセビの耳に届く。
「次は……」
アセビがマーガレットの部屋の扉をノックする。数秒後、部屋の主の問題児が飛び出してきた。朝からテンションが高いらしく、小躍りしている。
「おはよ! 今日もいい天気ね! ふんふんふ〜ん」
「おっす。お前も早く顔洗ってきな」
マーガレットも洗面所に向かう。その間にアセビは外のポストに入った新聞を片手に持ちながら、器用に人数分のコーヒーを淹れる。
しばらくすると女子たちが席につき、全員で朝食を食べるのだ。
これがアセビ一行のいつもの朝の流れである。
「いただきます!」
口を開けて1口でパンを食べるマーガレット。少しずつかじって食べるルピナス。食べやすいように千切って食べるサツキ。それぞれ食べ方が全然違う。
3人を観察しながらアセビが新聞に目を落とす。情報収集は冒険者の基本だ。
「うお!? これは!?」
「なになに?」
突然アセビが大声を上げた。
ミルクを入れすぎて、真っ白になったコーヒーを飲んでいるマーガレットが、首を傾げながら興味津々に見つめる。
ルピナスとサツキも口の中にパンを入れながら、アセビに注目していた。
「なになに? 何かすごいこと書いてあった感じ?」
「新聞にオレたちのことが書いてあるぞ!」
「なんですって!?」
女子たちが目を輝かせる。活躍が記事になったと思うと嬉しいのだ。
アセビは女子たちの視線を浴びながら、新聞を読み進めた。
「えっと……不死王リッチは、4人の勇敢な冒険者たちに倒された。彼らの絆の力の前に巨大な悪は敗れさったのである……」
「えへへ! 絆の力ですって!」
絆の力の前に敗れ去ったのではない。無抵抗の不死王リッチをみんなでリンチしただけだ。
ルピナスとサツキは気まずそうにしているが、マーガレットはどこか誇らしげである。記憶はすっかり書き換えられ、不死王リッチを連携攻撃で倒したことになっていた。都合の良い脳みそである。
「4人の冒険者の名前は、ダンゴムシのアセビ、問題児マーガレット、虫姫ルピナス、黒鬼のサツキ。今後とも彼らの活躍に期待したい……だってよ」
アセビが新聞を折り畳み、テーブルに置いた。マーガレットは眉間にシワを寄せている。
「は? 問題児? ウルトラスーパーアルティメットハイパーネオギャラクシーマーガレットちゃんの間違いじゃない?」
「お前記憶力良いよな」
マーガレットは問題児扱いされ、不満を爆発させている。しかし彼女は不死王事件を勃発させた少女だ。問題児と言われても文句は言えないだろう。
「虫姫……いい!」
マーガレットとはうってかわって、ルピナスは頬を赤くして嬉しそうである。虫姫が魅力的な異名に思えたのだろう。
「むぅ……黒鬼」
サツキは首を捻っている。以前からそう呼ばれていたことを知っていたが、納得していなかった。自分のことをか弱い乙女だと思っているからである。
「ダンゴムシよりはいいだろ。鬼のように強い奴ってことだぞ。冒険者なんだからさ。名前を売らないと」
「しかし……」
「ダンゴムシが異名って面白いわよね。ぷぷぷっ」
「お前1週間おやつ禁止な」
「ごめんなさぁぁぁい! 許してぇぇぇ!」
「もう少しこう……小動物的な……」
サツキは顔を赤くし、目を潤ませている。やはり黒鬼扱いが納得できないらしい。
アセビとマーガレットとルピナスは顔を見合わせ、サツキの異名を考えることにした。
「お前を動物で例えると」
「私は黒猫だと思うのだが」
「……黒豹ですかね」
「同じネコ科ではあるが……もうちょっと小さく……」
「ドラゴン!」
「せめて動物がいい……」
「クマさん!」
「もうちょっと可愛い感じの……」
「クマちゃん!」
「呼び方の問題じゃなくて……」
「う?」
「黒鬼でよくね」
「そうね」
「うん」
「泣きそう」
朝食を食べ終わり、アセビ一行は冒険者ギルドへと向かった。
新聞記事のおかげだろう。アセビはすれ違う人々から熱い視線を感じていた。照れ臭くもあるが、顔を覚えられることは、冒険者としては嬉しいものなのである。
「あれがダンゴムシの」
「普通の青年にしか見えないが……」
「趣味趣向は人それぞれだから……」
アセビは顔を伏せ、冒険者ギルドへと走った。もうどうあがいてもダンゴムシという不名誉な異名を消せないと思うと、泣きたくなるのであった。
アセビ一行は冒険者ギルドに入り、依頼書の貼られた掲示板へと足を運んだ。モンスターの討伐、護衛、決闘の代理人など、様々な仕事の募集があった。
アセビがどの依頼を受けるか悩んでいると、背後から声をかけられた。顔なじみの冒険者たちである。
「ダンゴと姉ちゃんたち! ちょっと受付に行ってくれねえか。お前たちを見たら声をかけるようにおやっさんに言われててよ」
「オッケー……」
「ダンゴ!」
「ダンゴ!」
「ダンゴ!」
「泣きそう」
アセビ一行が受付に行くと、そこには赤いローブの冒険者がふたりいた。フジとフクシアである。ふたりはアセビの姿を確認すると、表情が明るくなった。
「フジ、フクちゃん!」
「よぉ」
「アセビくん!」
フクシアがアセビの手を握り、頬を朱色に染めて嬉しそうに見つめていた。まるで恋する乙女だ。
マーガレットはむっとした表情を浮かべ、フクシアをアセビから無理やり引き剥がした。
「あなたちょっと馴れ馴れしくない? アセビも迷惑してると思うのだけれど」
「……そんなことないんじゃないかな」
「アセビ、彼らは確か……」
「うん。フジとフクちゃんだ。お前たちの薬代を稼げたのはふたりのおかげなんだ」
命の恩人に等しい存在。ルピナスとサツキは感謝の気持ちを込め、深々と頭を下げた。
「感謝感激」
「ありがとう。この恩は絶対に忘れない」
「忘れてくれ。荷が重いんでな」
「お互い様ですよ」
フジは髪をかきあげいつものようにニヤリと笑い、フクシアも笑顔を見せる。ふたりにとっても、素敵な時間を過ごすことができたのだ。そういう意味ではお互い様と言えるだろう。
アセビがフジの胸を肘でつついた。
「聞いたぜ? フジもフクちゃんも、スケルトン軍団相手にかなりがんばってくれたんだって? 本当に助かったぜ、サンキュー!」
「フン、少々手こずったがな。まだまだ俺も修行が足りないらしい」
フジが肩をすくめて苦笑する。
受付の大男が口を挟んだ。
「何が修行が足りないだよ。あれだけ暴れておいてそれはないだろ」
「どうかな、それは。それより大将、あんた現役に復帰できるんじゃないか?」
「ははっ、若いのには勝てねえよ」
大男はそう言うが、フジは実力を側で見ている。武器を軽々と振り回す筋力と最後まで諦めない強靭な精神を持っていた。若さと勢いだけの冒険者には負けないだろう。
「アセビくんが側にいたら、わたしもっと頑張れたんじゃないかな……」
フクシアはどこか寂しげに本音をこぼす。やはり未練があるらしい。
アセビが口を開く前に、すかさずマーガレットがフクシアの意見を否定する。
「どうかしら? 関係ないと思うのだけれど」
「……そうかな」
視線がバチバチとぶつかった。
不機嫌そうなマーガレットとは対照的に、フクシアはニコニコと笑っている。
「怖いよぅ」
ルピナスが素早くアセビの背中に隠れた。怯えているのか、体を震わせている。
アセビはマーガレットとフクシアの相性は、あまり良くないのではと思っていた。いつ喧嘩が始まってもおかしくない。そういう雰囲気が漂っていた。
「アセビの活躍、見せてあげたかったわねぇ」
マーガレットはわざとらしく、ねっとりとした調子でフクシアにに語る。当然彼女がアセビとチームを組みたいことを理解しての行為だ。
「……くせに」
フクシアが誰にも聞き取れないような、小さい声で何かを呟いた。彼女のにこやかな表情は、偽りの仮面なのだろう。拳を怒りで震わせている。
マーガレットが小バカにするように耳を近づけた。
「なになに? 聞こえないんですけどぉ? もっとはっきり喋ってもらえるぅ?」
フクシアが口を開いた。
その瞬間、サツキがマーガレットの首に手を回す。その目は鋭い。マーガレットのこれまでの行為を咎めている。
「マーガレット、恩人への無礼は私が許さない。フジとフクシアがいたからこそ、みんな元気になれたんだ。わかるな?」
「わかったわよぅ!」
マーガレットはサツキにじろりとにらまれ、おとなしく口をつぐんだ。
「申し訳ない。マーガレットは、あなた方の気持ちを汲み取れないような子ではないのだが……」
「う〜ん、どうでしょう」
「あはは、大丈夫です! 気にしてませんから!」
フクシアがまぶしい笑顔で返す。サツキの対応に満足したらしい。
アセビが申し訳無さそうに頭を下げた。
「ごめんねフクちゃん。マーガレット新聞に載ったからちょっと浮かれてるんだ」
「そんなことないわよ!」
「わたしも新聞を見ました。確かマーガレット……さんは問題児って書かれてましたね」
マーガレットが目を見開く。フクシアの問題児発言が原因だ。侮辱に近いニュアンスが含まれていると感じたのである。仮にそうだったとしても、先に煽ったのはマーガレットだ。フクシアに対してどうこう言う権利はないだろう。
「そんなことよりも。アセビくんはダンゴムシが好きなのかな? わたしそっち系の知識はないんですけど、勉強しようかなって思ってるんです」
「フクちゃんまで勘違いしてるじゃん……」
「勉強って?」
「ククッ、誰しも自分の世界ってヤツがあるのさ」
フクシアは頬を赤くし、伏し目がちにアセビの顔を見ている。新聞記事のせいで、完全に誤解されていた。
アセビは肩を落とす。いっそのこと本当にダンゴムシに目覚めようかと血迷った考えを抱き始めていた。
「趣味嗜好の話もいいが。今日はお前さんたちに頼みがあってな」
大男が口を挟んだ。
アセビはギルドの冒険者に受付に来るように言われていたことを思いだす。ダンゴムシトークをしている場合ではない。
大男がカウンターに大きな地図を広げた。




