とびっきりの問題児ども対ほねおじさん 15
翌日。
クレマチスはいつもの日常を取り戻していた。観光客や旅人であふれ、行き交う人々の声が聞こえる。昨日までの静寂な状態が嘘のようだ。
アセビ一行は当たり前に存在する日常のありがたさを感じつつ、冒険者ギルドへと向かった。
アセビ一行が冒険者ギルドに入った。昼を過ぎているというのに、冒険者の姿が見えない。昨日の激闘で疲労が蓄積しているのだろう。ぐっすりと眠っているのかもしれない。
外は非常に賑やかだが、冒険者ギルドの室内は静まり返っている。昨日までの状況とは正反対だ。
受付にはいつも通り、大男が座っている。疲れているのだろう、寝ぼけ眼で大きな欠伸をしていた。
大男もゆっくり休みたいと思っているはずだ。しかし残念ながら冒険者ギルドに休みはない。職員も冒険者と同じなのだ。常に戦っているのである。
大男が冒険者ギルドに入ったアセビ一行に気づき、目をぱっちりと開けた。
「お前さんたちのこと待ってたぜ。そろそろ来るんじゃねえかと思ってたんだ。ここじゃアレだから、ちょっと奥で話そうや」
大男が席を立ち、近くに来るよう手招きした。アセビ一行が近づくと、受付の近くの扉を指差した。立入禁止の張り紙が貼られている。しかし大男は、この奥にアセビ一行を招き入れようとしている。あごをしゃくって着いてくるよう促した。
「おっちゃん。そこはオレたちが入ったらまずいんじゃないスか」
「見たらいけないものがあるんだろうね」
「まー、見られたらいけないものもあるが……今日は特別ってことでよ。こっち来てくれや」
大男はそういうと扉を開けて、奥に入っていった。
アセビ一行は顔を見合わせる。
「迷惑かけちまったしなぁ。首かなぁ」
「ごめんなさい……」
「……再就職だね」
年長者のサツキとは違い、アセビとマーガレットとルピナスは、声を潜めてうなだれている。3人ともこのまま逃げ帰りたいというのが本心だった。しかし逃げたところで根本的な解決にはならない。
3人は覚悟を決めて歩みを進めた。その表情には緊張感が漂っている。
アセビ一行が薄暗い廊下を進むと、大男が1番奥の部屋で顔を出して待っていた。急いでほしいのか、何度も手招きしている。
「おーい! こっちこっち!」
「今行くぜ!」
アセビ一行は大男のいる部屋に入った。室内は非常に広く、綺麗に磨かれた鎧や槍が飾られている。小綺麗な本棚にはホコリ1つない。
部屋の中心には大きなテーブルと椅子があり、アセビ一行はそこに腰かけた。
大男が4人分のコーヒーをテーブルに置いた。豊かな香りが部屋に充満するが、今のアセビたちにそれを楽しむ精神的余裕はない。首を宣告されると思っているからだ。
大男がアセビの正面に座る。小さく笑いながら、コーヒーを飲むように手で促した。
「飲んでくれや。そうそう、今回の件だが……」
大男の言葉の途中でマーガレットが席を立ち、額と手のひらを床につけた。綺麗な土下座である。
「な、なんだ!? どうしたんだ!?」
「おじさんごめんなさい! あたしが言う権利はないと思うけのだけれど……あたしは首でもいいわ! でもみんなのことは首にしないでほしいの!」
マーガレットの言葉には、真剣な気持ちが含まれていた。不死王リッチ事件で多方面に迷惑をかけたことを少しは申し訳なく思っていたようだ。
そんなマーガレットを見て、大男がゲラゲラと笑い出した。
「ワハハハハ! お前さんたち、さっきから深刻な顔をしていたが、首になるとでも思っていたのか?」
「う? 違うの? 」
「違う違う! 首なわけあるものかよ! お前さんたちは、あの不死王リッチから、クレマチスを守った大英雄様なんだぞ?」
「そ、そうなの……? ごめんなさい。あたし勘違いしちゃってたのね」
マーガレットは照れくさそうに席に戻った。ほっとしたのか、小さく微笑みを浮かべている。
首は避けられた。しかし疑問は残っている。
アセビは大男に質問することにした。
「質問いいかな? 首を宣告しないなら、なんでオレたちを関係者以外入れない部屋に招待したんだ?」
「うむ。まさかわざわざコーヒーを飲ませるために、招待したのではあるまい?」
サツキも大男の真意が知りたいと思っていた。じっと見つめながら質問の回答を待っている。
大男は黙ってテーブルの上に小さな木箱を置き、中身をアセビ一行に見せた。そこには金貨と札束がぎっしりと詰まっていた。
アセビは席を立って叫んだ。
「すげぇ! やべぇ! 超すげぇ!!」
「何よこれ!? お金ってあるところにはしっかりあるのねぇ!」
「アルコールいっぱい買えちゃうね」
「むむ? これはどういう……?」
大男はアセビ一行のリアクションに苦笑しつつ、木箱を彼らの前に押し、受けとるように促した。
目の前には大金。冒険者は誰もがこれのために日々戦っている。しかしアセビは受け取らなかった。ちょっと待てと言わんばかりに首を高速で横に振っている。
大男は首を傾げた。
「ん? いらないのか?」
「いやいやいや! っていうかちょっと待ってほしいんスけど! この金は何だよ!」
「何って。お前さんたちは、不死王リッチを倒す実力者たちだからな。これはそうだな。奴を倒したお前さんたちへのご褒美……ってところかな?」
大男の意味深な言葉。アセビ一行は顔を見合わせる。
不死王リッチはマーガレットの暴走が原因で、クレマチスを襲撃した。言ってみれば、自分たちで生み出した障害を自分たちで処理しただけなのである。
アセビは青ざめ、口を開く。
「あのさおっちゃん。これ、マッチポンプってやつになるんじゃないスかね……?」
「ガハハ! まぁそうかもしれんがな!」
流石のマーガレットも、どこか気まずそうな顔をしている。素直にご褒美を受け取れない様子だ。それはそうだろう。自分のせいで、街が滅びるかもしれなかったのだから。
「できれば受け取ってほしいんだがね」
大男が褒美を与えるのは、不死王リッチを倒したこと以外にも理由があった。恐らくアセビ一行は、クレマチス以外の街でもすぐ有名になるだろう。侵略者を倒した冒険者として。
問題児チームは成長して実力をつけた。クレマチスでも上位の実力を持つ冒険者と名乗っても、誰もバカにしないだろう。
そんなアセビ一行を、他の街の冒険者ギルドが引き抜きにくることを大男は恐れている。木箱に入った金貨や札束はご褒美の意味もあるが、引き留めるためのものでもあるのだ。
サツキは察しが良く、大男の考えを見抜いていた。
「うむ。そちらの真意はわかっているつもりだが……」
「へへっ、なら話は早い。受け取ってくれや」
「う? どういうこと?」
「彼はこう言っているんだ。このお金を渡すから、ずっとクレマチスの冒険者ギルドに所属してほしい、と」
「そ、そのためのお金ってことね……」
女子たちはアセビの判断に託した。彼がチームのリーダーだからだ。
アセビはしばらく考え込んでいたが、木箱を大男の前に置いた。受け取るつもりはないということである。
「……お前さんたち、まさかもう他の冒険者ギルドから声がかかってるんじゃないだろうな?」
「違う違う! オレたちの居場所はこのクレマチスだけだぜ!」
アセビが首を横に振り、強く否定する。女子たちも似たような反応だ。帰るべき場所はクレマチスだと思っているのである。
アセビはコーヒーを1口飲み、答えた。
「オレたちだけじゃなくて、冒険者ギルドのみんながいたからこそ、クレマチスを守れたわけじゃないスか」
「そうね。おじさんも頑張ったんでしょ?」
「まぁ……そうだな」
「だからこの金はさ! みんなで楽しめることに使った方がいいと思うんだ! お祭りとかそういうの! どうスかね?」
黙って金を受け取れば、自分たちだけが得をして終わる話だ。しかしアセビにはそれができなかった。
みんなが頑張ったのなら、みんなが得をしなければならない。そう考えたのである。
「ま、それが1番よね! みんなが笑顔になれた方がいいに決まってるわ!」
「うん。ぼくもそれがいいと思う」
「フフフッ無欲だな。しかしアセビ、お前らしいよ」
女子たちも納得の表情である。3人はうんうんと頷いていた。
大男はもったいないと思いつつも、嬉しそうにニヤリと笑っている。誰もができる選択ではない。己の欲望に正直になっても誰も責めないだろう。
だがアセビは、全員が幸せになれる道を選んだ。大男はそのことが嬉しかったのだ。
「フン、お前さんたちは金持ちになれないな。こんなチャンスは未来永劫ねえぞ?」
「はは、そんな気がするわ。でもいいんだ」
大男は木箱を受け取り、胸を叩いた。
「じゃあ準備は俺に任せてくれ! みんなが楽しめるような、最高の祭りにするからよ!」
「サンキュー、おっちゃん! オレたち冒険者だけじゃなくて、街のみんなも楽しめるようなのを頼むぜ!」
「芋虫さんのお友だちもがんばったの。あの子たちのご飯もお願いね」
「おう! 忘れてねえって! その件についても俺に任せておきな!」
大男との長い密談が終わった。すでに夕日が顔をのぞかせている。
行き交う人々を避けながら、アセビ一行はみんなのお家へと向かっていた。
マーガレットとルピナスは、楽しそうに世間話に花を咲かせている。ふたりに気づかれないように、サツキがアセビにそっと近づいた。
「アセビ、不死王の言葉を覚えてるか?」
「ああ、四天王だっけ」
「うむ。不死王は面子を大事にする男だっただろ? 他の仲間もそうなのではないかと思ってな」
「不死王が倒されたことで四天王の名に傷がついた。そのことを気にして、名誉回復のために、残った仲間たちが復讐しに来るかも……って思ってるのか?」
サツキが静かに頷く。不死王リッチは倒せたが、つかの間の平和が訪れただけな気がして、不安に思っているのだ。
アセビが自信満々に胸を叩いた。その表情には、不安や心配の感情は微塵も感じられない。
「仮に不死王の仲間がきても大丈夫さ! うん!」
「……本当に大丈夫なのか?」
「そのときはそのときだ! 実家に仕送りしながら、四天王も最強王も倒してみせるぜ!」
サツキは目を細め、口元を緩めた。今回のように、アセビがいれば、どんな強敵が現れても大丈夫だと思ったのだろう。彼は問題児どもにとって、誰よりも何よりも頼れるリーダーなのだから。
サツキが楽しそうに、アセビの手をぐいぐいと引っ張った。
「ならばよし! 早くみんなのお家に戻るぞ! みんなでいっしょに、晩ご飯を作ろうじゃないか!」
「ちょっ、わかったから! 腕引っこ抜けるって!」
アセビ一行はまだ知らない。最強四天王の強さと恐ろしさを。新たな戦いが始まろうとしていることを。
だが今はそれでいいのだ。つかの間の平和を楽しむ権利は、誰にでもあるのだから。
「そうだ、マーガレット」
「なになに?」
「お前今回の件の罰として、ジャムパン1週間禁止だからな」
「いやん!」
「いやんじゃありません!!」
お読みいただきありがとうございました!
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