とびっきりの問題児ども対ほねおじさん 6
マーガレット、ルピナス、サツキは、アセビだったものを呆然と見つめていた。体は血で赤く染まり、骨の剣で切り裂かれた傷が痛々しい。
アセビの心臓は完全に停止している。もう怒ることもなければ、優しい言葉を紡ぐこともない。
女子たちはショックで立ち上がることができず、体を小刻みに震わせていた。
「さて……」
気づけば、不死王リッチが目と鼻の先にいる。手を伸ばせば、女子たちの細い首は簡単に折られてしまうだろう。
不死王リッチはアセビの死体を一瞥すると、もう用はないと言わんばかりに背中を向ける。
「……そいつの命に免じて、見逃してやる」
不死王リッチの言葉が聞こえていないのか。女子たちは一切反応しない。変わらずアセビだったものを見つめている。
不死王リッチが、赤く染まった骨の剣の先端をマーガレットに向けた。
「この男を殺したのは我ではない。白頭巾よ、貴様が殺したのだ」
「……っ!」
「貴様が罪を受け入れていれば、この男は死ぬことはなかったんだ。満足したか?」
「あ……ああ……」
容赦の無い事実をぶつけられてしまった。マーガレットは言葉を失う。
「あの男に何か言うことはないのか?」
マーガレットは、アセビへの謝罪の言葉を言えなかった。否、言わなかったのだ。
アセビは自分のせいで命を散らした。謝罪する権利などない。そう思ったのだ。
「死ぬまで償えない罪を背負って生きろ。貴様にできることはそれだけだ」
不死王リッチはそれだけ言うと、女子たちから遠ざかっていく。
「アセビ……アセビィィィ!!! あぁぁぁぁぁぁ!」
マーガレットはアセビの胸に顔を埋め、子どものように泣き喚く。宝石を盗らなければ、素直に罪を受け入れていればと後悔するが、全て後の祭りだった。
大切なものは、失って始めて気づくものなのである。
「……待て」
サツキが蚊の鳴くような声を出した。膝を震わせながら、ゆっくりと立ち上がる。
サツキは腰のヤグルマソウを引き抜き、不死王リッチとの距離を少しずつ詰めていく。その行為が意味するものは、宣戦布告。このまま逃がしはしないと言っているのだ。
不死王リッチはサツキに背中を向けたまま口を開く。
「黒髪の女よ。助かった命であろう? 何故死を選ぶのだ? 見逃してやると我は言っているのだぞ?」
サツキの瞳から一筋の熱い涙がこぼれ落ちる。彼女は1歩、また1歩と、不死王リッチへと近づいていく。
「私たちは孤独な花だった……アセビはそんな私たちに希望という名の水をくれた……かけがえのない存在だった……こんなところで死んでいいはずがないんだ……」
「……そうか」
「……お前は殺す。私が死んでも殺してやる……!!」
サツキの言葉を聞き、ルピナスの瞳に生気が戻る。彼女もゆっくりと立ち上がり、本を片手にサツキの隣に並び立った。
「……うん」
ルピナスはあふれ出る涙を拭くのをやめた。体内に残っているエネルギーを右腕に集めている。ルピナスはずっと封印していたランダム召喚をするつもりなのだ。
「今なら強いモンスター呼び出せる気がするよ……エネルギーだけじゃなくて、ぼくの命も差し出せば……少しは働いてくれるかも……」
「ルピナス……」
「アセビ……ひとりにはしないからね……」
サツキとルピナスの視線が交差する。ふたりとも覚悟の決まった表情をしていた。命を投げ捨ててでも、不死王リッチを倒すことを決意したのだ。
マーガレットがルピナスとサツキに向かって、手を伸ばす。
「ま、待ってふたりとも……お願いやめて……」
「マーガレット……ごめんなさい……さようなら!」
「お前だけでも生きるんだ……私はもう駄目だ……アセビがいないと……生きてはいけない……せめて奴の片腕だけでも持っていく!」
「いやああああああ!!!」
マーガレットの悲痛な叫びが響く。
女子たちには見えなかったが、不死王リッチは悲しみと虚しさを覚えていた。もうこの戦いに、意味はないのだから。しかし向かってくるのなら、確実に倒さなければならない。
不死王リッチは骨の剣を握る手に力を込め、背中を向けたまま、サツキとルピナスが近づいてくるのをじっと待っていた。
「やめて……いや……みんな……うぅ……あ、あたし……」
その時である。マーガレットの頭を誰かが撫でた。温かく、厳しさと優しさのこもった手。マーガレットは知っている。その手の温もりを知っている。
しかしそれはあり得ない。その手を持つ青年は、たった今息絶えたのだから。
マーガレットは奇跡を信じ、ゆっくりと振り向く。
「……あっ!」
マーガレットが声を上げそうになると、頭を撫でた人物は唇を人差し指で塞いでしまった。
「う〜〜〜……」
『彼』は涙を流し続けるマーガレットの肩を優しく叩くと、愛用の銅の剣を握って、小さな声で呟く。
「……ストレングス」
『彼』の腕と足が輝き、身体能力が向上した。大地を蹴り、不死王リッチに向かって駆け抜けていく。その早さはまさに赤い閃光。目にも止まらぬとはまさにこのことであった。
「準備はできたよ……あとはランダム召喚を……えっ」
「アセビ……私もすぐ……あっ」
『彼』はルピナスとサツキの間を、風のように素早く駆け抜けていく。ふたりにとって、ありえない光景が見えたのだ。
ルピナスは本を落とし、サツキは顔を両手で覆った。
「……来たか」
接近する者の気配を感じとり、不死王リッチは骨の剣を握る手に力を込めた。振り向くと同時に、一太刀を浴びせようとしているのだ。
「なら望み通り死ぬが……いい……?」
不死王リッチは動きを止めてしまった。口をぽかんと開けている。剣を振るうことを忘れてしまったようだ。
「よぉ。さっきぶりじゃん。元気してたか?」
「貴様!? なぜここに!?」
不死王リッチの目の前に躍り出た赤き閃光。その正体は、アセビだった。
「おいおいおいおい! まるで死人でも見ましたって顔してるぜ!」
アセビは確かに、確実に、命を散らしたはずだ。しかし目の前にいる。錯覚ではない。
流石の不死王リッチも動揺していた。骨の剣を握ったまま動きを止めている。アセビはその隙を見逃さない。
「食らいな!」
アセビは大地を蹴り、高く飛んだ。銅の剣を不死王リッチの頭部に向かって振り下ろす。一撃で勝負を終わらせるつもりなのだ。
「ちいっ!」
不死王リッチは避けることができず、左腕で頭部を庇った。その瞬間骨が砕け散る音が周囲に響く。
「ぐおぉ……わ、我の腕が……!!」
アセビの攻撃が見事に決まった。不死王リッチの片腕が地面を転がっていく。
アセビは悔しそうに指を鳴らした。
「もうちょっとだったんだけどなぁ! ま、いっか」
不死王リッチはアセビに視線を向けたまま、ゆっくりと後退した。
「貴様……何故生きている!?」
「奇襲はバレバレだったか? へへっ、だがあんたの腕はいただいたぜ、大魔王様!」
アセビが銅の剣を肩に担ぎ、不死王リッチに向かって得意げな顔で指を差す。
確かに死んでいた。だがアセビは生きている。
不死王リッチは腕を斬り落とされたことよりも、アセビが生きていたことに衝撃を受けた。確実に手応えはあったのだ。それなのに何故か生きている。
不死王リッチはしばらく考え込んでいたが、ひとつの結論に到達した。
「貴様、黒魔法の使い手だな? アレだな? アレを使ったというのだな?」
「あら~。タネが割れるの早かったな! ま、あんたの察しの通りだぜ! アレを使っちゃいました〜! 友人が教えてくれたんだ。とっておきの切り札だぜ!」
「マジかよこいつ……」
不死王リッチは深いため息をつく。その感情は怒りではなく、憐れみに近い。
何故ならアセビは――




