とびっきりの問題児ども対ほねおじさん 4
アセビは痛みと恐怖で震える膝に喝を入れて立ち上がった。視線の先には不死王を名乗る偉大な男がいる。
「いってぇ……それにしても……」
アセビは不死王リッチのプレッシャーに押しつぶされそうになっていた。重石を背中に乗せられているような感覚に襲われている。恐怖心が芽生えかけていた。
「このままじゃ……あれ?」
不死王リッチの視線はアセビではなく、マーガレットに向けられていた。戦闘が始まったというのに、これでは興味がないと言っているも同然だ。
不死王リッチは骨の杖を地面に勢いよく突き刺し、魔法を唱える。
「覚悟するがいい! 骨も残らぬぞ白頭巾め! 最上級炎魔法インフェルノ!」
「ホネホネマンだけに骨も残らないって? そのギャグ面白くないわよ」
「お前結構余裕あるな」
不死王リッチの使う骨の杖は、握り部分が頭蓋骨に似た形状になっている。それが口を開き、青白い炎がマーガレットに向かって吐き出された。
インフェルノは強力な炎を広範囲に放つ最上級の炎魔法だ。当たれば一瞬で灰になって、この世を去ることになる。
しかし不死王リッチが唱えたインフェルノは、範囲が狭められている。マーガレットだけを消し炭にするつもりなのだろう。アセビたちは眼中にないのだ。もちろん歯向かうのなら、容赦はしないだろうが。
「いやぁぁぁぁぁ! 炎がぁぁぁ!!」
「大地を揺るがす、天を引き裂く、偉大な力を持つ救世主。召喚! 芋虫さん!」
ルピナスが本を構え、芋虫を呼び出す。彼女は周囲を見回し、状況を一瞬で察した。大ピンチ、と。
芋虫は勢いよくマーガレットに体をぶつけた。勢いよく地面を転がっていく。多少のダメージはあったかもしれないが、思い切り突き飛ばしたおかげで、インフェルノに飲み込まれずにすんだ。
ルピナスと芋虫の手助けがなければ、マーガレットは黒焦げになっていたに違いない。
「いたたたた……でも助かったわ! ありがと!」
「まだ安心するのは……あっ!? 芋虫さん!?」
マーガレットが無事なのを確認し、芋虫は完全に油断していた。背後から感じる威圧感に震え上がり、振り向く。そこには不死王リッチが立っていた。
「余計なことを……」
不死王リッチが骨の硬い指で握り拳を作り、芋虫を殴り飛ばす。凄まじい衝撃だった。
アセビ一行の真上を、芋虫が綺麗な弧を描いて飛んでいく。
「芋虫!」
「芋虫さん!」
アセビは芋虫に向かって飛び込み、地面と激突するのを防いだ。その影響で腕は擦りきれ、赤々とした痛々しい血が滲んでいる。このままでは戦闘に影響が出るかもしれない。
芋虫は激しい痛みで体を震わせながら、アセビに向かって弱々しく声を出した。
「兄さん……申し訳ないっス……」
「気にするな! お前はマーガレットを助けた! オレはお前を助けた! それだけのことだ!」
「兄さん……スケルトンが街に……」
アセビがクレマチスの方向に目を向けると、冒険者たちとスケルトンが戦闘を開始していた。極度の緊張感で気づいていなかったが、すでに街全体を巻き込む戦いが行われていたのである。
アセビは青ざめ、生唾を飲み込み、額の汗を拭う。迷惑をかけないと言ったが、結局冒険者ギルドのメンバーを巻き込んでしまったのだ。アセビはその事実に、申し訳なさで胸が張り裂けそうになっていた。
「クソっ! オレのせいでみんなが……!」
「兄さん……自分仲間いるんで……ここに連れてきていいスか? スケルトンぐらいなら……数で押せば……なんとかなると思うんで……」
「仲間がいるのか?」
芋虫はアセビの質問に答えず、傷ついた体のまま地面に潜り、脱出した。
今は少しでも戦力が必要だ。アセビは芋虫の仲間という言葉に一縷の望みを託した。
「芋虫さん……」
不安そうな表情を浮かべるルピナスに向かって、アセビは親指を立てた。
「芋虫が友だち連れてくるってよ! ブン殴られたが致命傷じゃないみたいだ! すぐ戻ってくるさ!」
「よかったよぅ。でもなんでアセビは芋虫さんの考えていることわかるの?」
「な、仲間だからに決まってるだろ!」
「じゃあマーガレットの考えてることわかる?」
「ごめんあいつのことはちょっとわかんねえわ」
マーガレットがゆっくりと後ずさる。それに気づいた不死王リッチが骨の剣を握り、地面を蹴った。一蹴りで近くまで接近し、ためらい無く突きを繰り出す。
このままでは間違いなくマーガレットの顔面は、綺麗に吹き飛んでしまうだろう。
「今度こそ死ねい!」
「いやああああああ!!!」
不死王リッチの前に黒い影が割り込んだ。骨の剣は弾かれ、マーガレットに当たることはなかった。
「間に合って良かった」
黒い影の正体はサツキだった。彼女は僅かだが不死王リッチより早く動き、マーガレットを守ったのだ。
サツキのスピードに不死王リッチも多少は驚いたらしい。顎に手を当てて首を鳴らしている。
「ほう……黒髪の。それなりに早いではないか」
「早さだけではないぞ!」
サツキは気合いを込め、不死王リッチに何度も斬りかかった。繰り出される目にも止まらぬ斬撃。並のモンスターならあっという間にバラバラになっているはずだ。
しかし相手は偉大なる男不死王リッチ。サツキの攻撃は全て骨の剣で受け止められてしまっていた。ただの一撃も通る気配がない。
刀と骨の剣がぶつかり合う鈍い音だけが、周囲に響き渡っていた。
「攻撃の方は……まー、中の上といったところか」
「なっ!? サツキの攻撃を全部骨で受け止めているだとっ!? 嘘だろ!? そんなのありか!?」
「まだまだぁ!!」
上には上がいる。
不死王リッチは骨の剣でサツキの斬撃を受け続けながら、右腕で握り拳を作った。
「黒髪の、早さだけは認めてやろう。だが攻撃が少々軽いな! 貴様には筋肉と体重が足りぬ!!」
不死王リッチの握り拳が、サツキの腹部に衝撃を与える。彼女は勢いよく地面を転がった。
「サツキ!?」
「くっ……!!」
サツキはすぐに立ち上がろうとするが、腹部に受けたダメージは大きかったようだ。その場に膝を付き、血を吐いた。
アセビ、マーガレット、ルピナスが急いでサツキに駆け寄る。
「サツキ! 大丈夫か!?」
「どうなってるのよ……サツキの攻撃が通用しないだなんて……」
「怖いよぅ」
「……フフフッアセビ……私の血は綺麗だろ? わかるだろ……?」
「お前も大概無敵だよな」
サツキが思ったよりも元気そうだ。アセビはほっと胸を撫で下ろすが、一切ダメージがないわけではない。その証拠にサツキの顔は痛覚により歪んでいる。
アセビがマーガレットに回復魔法の指示を出そうとするが、不死王リッチが再び杖を地面に突き刺す姿が見えた。再びインフェルノが放たれようとしている。
「みんな散れ! 急げ! 早く!」
アセビの悲鳴に近い叫び声を聞き、全員が散開し、それぞれ距離を取る。
先ほどまでアセビたちが留まっていた場所を、青白い炎が通過した。アセビの指示が遅れていたら、全員仲良く黒焦げになっていただろう。間一髪である。
アセビはこの状況を打破できるアイデアがないか、必死に頭を回転させた。
距離を取ったらインフェルノが放たれる。接近戦を仕掛けたらサツキの猛攻を凌ぐほどの防御力とカウンターが待っている。
全く勝ち筋が全然見えない。アセビは、絶望した。
「いやああああああ! 来ないでぇぇぇぇ!」
「往生際が悪いぞ白頭巾!」
戦意喪失仕掛けていたアセビが、声のする方向に視線を向けた。マーガレットが涙を流しながら逃げ、不死王リッチが骨の剣を片手に握って追いかけている。運が良いのか、攻撃をギリギリで回避し続けていた。
アセビは冷静に命がけの鬼ごっこを見つめながら、腕を組み、口を開く。
「あのさ。あそこに不死王いるじゃん」
「うん」
「明らかにマーガレット集中狙いしてるよな」
「うん。そうだね」
「うむ……恐らくあの子が不死王の怒りに触れたからだと思うが……」
3人は顔を見合わせ、偶然にも同じ考えに至った。このままマーガレットを囮にしてその隙を狙い、不死王リッチを集中攻撃すればいいのでは、と。
「なぁ……あいつを差し出したら、大魔王様今からでも許してくれたりしないかな。どうかな」
「ちょっとー! みんな早くあたしを助けてくれないかしら!? ねぇ、聞いてるぅぅぅ!?」
マーガレットが涙を流しながら、必死の形相でアセビたちに向かって全力疾走で近づいてきた。これでは囮作戦は使えない。
想定外の事態に、アセビは焦って大声を上げる。
「お前こっち来るな! 囮作戦が使えねえだろ!」
「ごめんなぁぁぁぁい! 助けてぇぇぇぇ!」
「死ね!」
不死王リッチの攻撃は外れたが、その衝撃はすさまじかった。地面を大きくえぐる。アセビ一行はその衝撃で全員吹き飛ばされてしまった。
マーガレットは地面を勢いよく転がる。打ち所が悪かったのか、体を震わせている。立ち上がることができないようだ。
不死王リッチは骨の剣を握り、ゆっくりとマーガレットに向かって歩みを進めた。恐怖心を煽るように。
マーガレットには、不死王リッチが命を奪いに来た死神に見えていた。
「あ……あぁ……や、やめて……来ないで……」
「生まれ変わって悔い改めよ」
不死王リッチが骨の剣を、マーガレットに容赦なく振り下ろす。この距離では避けることは不可能だ。受け止めることもできないだろう。
マーガレットは不思議と落ち着いていた。恐怖心が限界を超え、逆に冷静になったのだ。
マーガレットの脳裏を思い出が駆け抜けていく。辛かったことがたくさんあったが、楽しかったこともたくさんあった。アセビがいたから。大切な仲間たちがいたから。
マーガレットは瞳を潤ませながら、小さく笑う。
「悪くない人生だったわ……みんな、いっぱい迷惑かけてごめんなさい……」
マーガレットは瞳を閉じた。人生の終わりの瞬間を見ていたくなかったのだ。
「……あら?」
マーガレットは不死王リッチに切り裂かれるのを待っていたが、いつまでたっても痛みがやってこない。恐る恐る目を開くと、不死王リッチの骨の剣に血が付着しているのが見えた。
「えっ」
「大丈夫か? なぁ……マーガレット?」
マーガレットの目の前には、両手を広げたアセビが立っている。身を挺して盾となっていた。体からおびただしい量の血が流れている。このままでは確実に死が訪れるだろう。
女子たちは衝撃的な光景を見て、大きなショックを受けている。目を見開いて、動けずにいた。
「うそ……」
「えっ……」
「なっ……」
「はは……いってぇな……ぁ」
アセビはそれだけ言うと、大の字になって倒れた。
胸から腹部にかけて切り裂かれている。一気に血が吹き出した。
「アセビィィィィィィ!!!」
マーガレットはアセビを抱きしめ泣き喚く。遅れてルピナスとサツキが必死の形相で駆け寄った。
大切な青年の命の光が消えようとしている。マーガレットとルピナスは完全にパニックになっていた。
「ごめんなさい! ごめんなさい! アセビごめんなさい! あたしのせいで! あたしのせいで! 痛かったわよね!? アセビ!! お願い死なないでぇぇぇぇぇぇ!!!」
「アセビ! アセビ! どうしよう!? このままだとアセビが死んじゃうよぅ!!」
「マーガレット、回復魔法だ! 回復魔法を使え! 早く! まだ間に合う! 急げ!」
「わ、わかったわ!」
サツキが早口で指示を出す。マーガレットは急いでステッキを握った。しかし彼女の腕を掴んで止めるものがいた。アセビである。
「はい……ストップ……」
アセビは出血の影響で顔面蒼白だった。血は絶え間なく流れている。鋭い痛みにも襲われているだろう。
それでもアセビは優しくマーガレットの頭を撫でた。
「言っただろ……? 犠牲は……最小限にってな……」
「アセビ……?」
「早く! 早くしないとアセビが死んじゃうよぅ!」
「マーガレット!!! 急げ!!!!!!」
ルピナスが金切声を上げ、サツキは泣きそうな顔になりながらマーガレットに指示を出す。このままでは大切な存在がいなくなってしまう。それだけは避けなければならないのだ。
アセビは慌てふためくルピナスとサツキを見て、そっと微笑む。
「これでいい……オレが死ぬことで……これで全てうまく行くはずだ……」
「なにを……言って……いるの……?」
「ふざけるな……いいわけないだろうが……っ!」
サツキは声が震えており、顔を歪ませる。そうしないと、涙がこぼれ落ちそうになったからだ。
「大丈夫……大丈夫だからな……ははっ……」
それだけ言うと、アセビは動かなくなった。
マーガレットは瞳を見開き、体を震わせ、首を何度も横に振った。耐え難い現実を否定するように。
誰よりも問題児のことを想っていた青年の命が、たった今、砕け散った。
「いやああああああ!!!」




